大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第182回

2023年07月10日 21時03分13秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第180回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第182回



マツリではなく、早馬が着いたと屋舎の様子を見ていた杠の元に文が持って来られた。
紫揺を東の領土に送り届け、呉甚と柴咲の話を聞いてすぐに六都に戻ってくるはずだった。 そのマツリが日が明けたにもかかわらずなかなか戻って来なかった。 そして早馬での文。 杠に早馬の文がくるのは四方かマツリ以外にない。

何があった?

すぐに文を広げるとマツリからであった。
呉甚と柴咲のことにも触れられていたが、宮であったことが書かれていた。 そして紫揺が倒れたとも。 熱が出て夜半には熱が下がりだしたが、今だにふらつきが残っていると。 だから六都に戻れないと。

「紫揺・・・」

硯の岩石の山のことが気になっているのだろう、そこにも触れられていた。 上手く進むようなら進めておいてくれ、と。 そして応援の武官三十名を出来るだけ早く向かわすとも。
マツリが気にかけていた岩石の山は硯職人に指導を受け、杉山の者たちは面白がった。 今までのように力任せに斧を振るのと違って、層に沿って力を加えるだけで簡単に板状に割れる岩石。 まだその岩石をどう成形していくかまでは、幼子が泥遊びをしているような状態だが、それでも楽し気にやっている。
ただ早急に道具を手に入れなければならない。 いつまでも硯職人が持って来た道具を借りているわけにはいかないし、ましてや一人分しかない。 職人自身の物は使わせてもらえない。 職人なのだから自分の道具は他の者に触らせないのは当前だろう。 今回のことで予備として持ってきていた一組だけである。

マツリが進めていくようにと書いてきた。 すぐに何処から買えばいいかを硯職人に教えてもらい、依庚に手配と都庫から金を出すように頼み込む。 まずはそこから始めなくてはならない。

現在は杉山から毎日、六都の中心である屋舎に杉を運びに来る者と、岩石の山に向かう者、杉山に残り木を切っている者とに分かれている。
マツリが心配するようなことは無かった。
文を畳むと懐に入れる。

享沙の弟である飛於伊が都司の話を受けると言ってきた。 飛於伊自身どう考えていたかは分からないが、もしその気が無いと言っていたのなら、享沙が説得してくれたのだろう。
だがマツリが居なければこの話しを動かすことは出来ない。

マツリ自身、飛於伊を都司においても当分見習いのような形にすると言っていた。 何も分からない飛於伊に任せるわけにはいかないのは当然だが、強硬な手段を飛於伊にさせるわけにはいかないからだとも。
落ち着きを見せてから飛於伊に全て譲ると言っていた。 その時にはマツリは六都を退く。
そこのところの話は、飛於伊が諾と言ってきた時に説明をしておいた。
だが飛於伊にしても文屋を辞めるにあたり、いつから都司見習いとして働くかの目安が必要だろう。
宮のことも、まだふらつきがあるとは言え、紫揺のこともそんなに長くはかからないだろうが・・・。

「一度声をかけておく方がいいか」

腹を割って話すのもいいか。 今晩酒でも呑みなが、ら。

「ん? 呑めるのか?」

享沙があの状態だった。 飛於伊ももしかして・・・火を吐くようにぶっ倒れるのだろうか。
取り敢えず文官所に先に寄り、依庚に都庫から出してもらえるよう頼み込まなくてはならない。


「よう、金河、食当番か」

「ああ、昨日中心で仕入れてきたからな、期待しとけ」

「仕入れてきたって・・・どうせ豆腐や野菜だろう。 あー、肉が食いて―」

「どっさりとはいかねーが、期待しとけや」

「え? あるのか? 肉が?」

「ブツブツ言ってねーで、杉を運んでこいや」

「オラ―! 金河―! さっさと米洗えや!」

「わっ、力山・・・お前、もう一人が力山だって早く言えや!」

逃げるように杉山に走って行った。
今では力山である京也が誰が杉山に残り、岩石の山に行き、六都の中心に行くかを決めている。 決して京也から言い出したことではないが、自然とそうなっていった。 多少は京也の、よく言えば渋い顔が手伝ったのかもしれないが。
確かに最初は、六都の中心に行く者と行ってはならない者をそっと選別をしてはいたが、その目に狂いの無いことは誰にも分かっていた。 京也の目に頼る。 そうすれば問題は起きない。

自警の群を作ったことも大きな切っ掛けにはなっている。 己たちの作った物を守りたい。 そのためには問題を起こすわけにはいかない。 それに仲間があんな風に縄に繋がれて咎を受けるなんて考えたくもない。
そう思うようになってきていた。 そしてそう思えることが男達の大きな変化でもあった。

「こき使いやがって」

大きな桶に米がたんまりと入っている。 川から取った水でザッザと音を鳴らせて洗う。

「誰がこき使ってるって?」

「分かってんなら訊くなや」

「マツリ様はいつ戻って来られるって?」

「早ければ昨日中、遅くてももう戻ってんじゃないか? 紫さまを送りに行っただけだろう」

「岩石の山をどこまで進めていいのか・・・俤は何か言ってなかったか?」

「特には? 何だ、何かあるのか?」

「オレとしては咎人を杉山に。 それで徐々に最初に居た奴らで硯の方を作りたいっていう奴らを完全に岩石の山に移したいんだが」

「ん? それって岩石の山にも宿所を作るってことか?」

「ああ。 毎日通うのも無駄な時を取るだけだろう。 それにその内、誰かが言い出すだろうからな。 誰かが言い出す前にマツリ様からの命だという方が、受ける印象も違うだろう」

「まあそうだが、焦るこたーねーだろ。 まだ二日三日じゃねーか? ああ、そう言えば、六都官別所が満杯だって話だ、また通いの咎人が増えるんじゃねーか?」

「満杯?」

「ああ、通ってきている咎人が場所を移されたらしい。 奴ら言ってなかったか?」

「紫さまを襲いかけた間抜けたちか? 来るだけ来て話す体力もない。 可愛がってやる時もない。 ・・・そうか、中心で何かあったか。 マツリ様も忙しいということか。 その中で紫さまを送りに行かれたとはな」

「マツリ様はどうか知んねーけど、武官様達にゃ、紫さまの人気は絶大らしいぜ。 毎日、紫さまが寝泊まりしていた宿の部屋の前にやって来ちゃ、手を合わせてブツブツ言ってるらしい」

「ブツブツ?」

「紫さま紫さま、早く戻って来て下さい、ってな、巡回の途中に寄ってんだろな、昼間だけならまだしも夜中に言われちゃ呪詛に聞こえるって、隣の部屋で寝てる俤がクマを作ってた」

「そりゃ災難だな」

「よっと、これでいいだろう。 あとは米を炊いて」

ニヤリと巴央が笑うと、その顔に京也が呆れたように言う。

「手が抜けていいことだ」

「上手いぜ、黒山羊の混味は」

数日前に店主に何十人分も持ち帰りたいと言った。 店主は持ち帰りなどさせたことが無く、かなり渋った顔をしたが、杉山で働く自警の群の為だと承知した。
鍋釜に何十人分も入れて昨日馬車に積んで持ち帰っていた。 傷まぬよう、昨日の夜と今日の朝昼と火は通してあった。 薪はいくらでもある。
米を炊いて黒山羊の店主から買った混味をぶっかければ、それで今日の夕餉が出来上がる。

(紫さまか・・・一度目通りをしたいものだ)

「力山! 手伝え!」

分割して洗った米を釜に入れ持ち上げようとしている。

「あ、ああ」


暗い。 暗いけど・・・ああ、目を開けても暗い。 ん? んっと、目を開けられたのかな? 気のせいかな? でも薄っすらと天井が見える。 ああ、常夜灯の光石か。

「紫さま?」

聞き慣れた声がする。

「あ・・・?」

「お気付きで御座いますか?」

彩楓の声だ。
パチリと瞼を上げる。

「彩楓、さん・・・」

「まぁ、わたくしの名を呼んでくださって嬉しゅうございます」

「あ・・・」

ガバッと上体を立てようとしたが、すぐにふらついた。 その身体を彩楓に支えられた。

「まだご無理をされてはいけません」

無理? どういうことだ? 彩楓の腕を握る。

「門番さんたちは!? 門番さん達が倒れて・・・」

いや・・・この話は既に聞いたはず。

「紫さま? 茶を飲みませんか?」

分からない、何が起きていたのか。

「あ・・・」

混乱する頭を整理しなければ。

「丹和歌が美味しい茶をお淹れいたします」

すぐに茶を淹れる音が聞こえた。

「えっと・・・寝てたんですか? 私」

「はい、ですが今は何もお考えになられませんよう。 さ、茶を飲んでくださいませ」

すっと横から茶が差し出される。
手を出した紫揺の手を覆うように丹和歌が手を添える。 そっと口にあて飲むと、柔らかい薄っすらと甘さのある茶だった。

「美味しい」

丹和歌が微笑むと「ゆっくりで宜しいのでこの一杯はお飲みくださいませ」と言い、湯呑をしっかりと持っている紫揺の手を感じ、そっと手を離した。
ゆっくりとと言われたのにもかかわらず、喉が渇いていたのだろう、一気に飲み干した。

「お替わりもらってもいいですか?」

丹和歌がコクリと頷いて茶を淹れる。 お替わりの茶は言われたようにゆっくりと飲み始める。

「腹は減っておられませんか?」

腹に片手をあてる。 どうなのだろう、分からない。

「今は・・・いいです」

食べては欲しいが、無理に食べさせる方が悪いだろう。

「昨晩はずっとマツリ様が付いて下さっていたので、今は寝て頂いております」

何のことだろう。 マツリがずっと付いていた?

「えっと・・・」

思い出せないのだろう。 紫揺の頭を動かさせるより、聞かせる方がいいだろう。
宮に戻って来て高姫とのことから始まって、熱を出し倒れたこと、翌昼に熱も下がり気が付いたが、食をとっている時にリツソがやって来てマツリとのことを話した。 そしてシキに礼を言った時に再び倒れてしまったと言う。
話を聞きながら飲み終えた湯呑を丹和歌が受け取る。

「門番のことを気にされておりましたが、マツリ様からそのような心配はいらないと伺っております」

彩楓がゆっくりと話したので、そのシーンシーンを思い出すことが出来た。

「ふらつきはいかがですか?」

訊かれ、ずっと彩楓が支えてくれていたことに気付いた。

「あ、有難うございます。 大丈夫です」

今の彩楓の話から、夜が明ければ宮に戻って来て三日目になるということだ。 東の領土が気になる。

「東の領土から秋我さんは来ていませんか?」

その話もマツリから聞いている。 紫揺が東の領土を気にしているだろう、秋我のことを訊いてきたならば来ていないと答えるようにと。 実際来ていないのだから。

「来られておりません」

良かった。 東の領土に問題は起きていないようだ。
だがよく考えると、紫揺が東の領土に居る時にそうそう問題があったわけではない。

「もう少しすれば暁闇(あかつきやみ)になりましょう。 あと少しゆるりと」

紫揺を促してそっと床に横たわらせる。
ゆるりと、と言われて目を瞑るが寝られそうにもない。 きっと馬鹿ほど寝たのだろう。 薄っすらと目を開ける。

(そう言えば、あの子・・・どうなったんだろう)

それに門番たちのことを心配しなくてもいいとマツリが言っていたと・・・。

(怪しい・・・)

何かあるに違いない。
他に何か気にしなくてはいけないことがあっただろうか。 思い出そうとするが、深く考えようとすると吐き気とまではいかないが、頭がグラグラする。

(まだ本調子じゃないか・・・)

何があるにしてもきっと力を使わなくてはいけない場面があるだろう。 ここは大人しく身体を休める方がいいのだろう。 ゆっくりと瞼を閉じた。
薄明りの中、紫揺の様子を見ていた彩楓と丹和歌。 頷き合うとそっと寝台から離れる。

紅香と世和歌は女官の部屋で今頃は寝ているはず。 丹和歌に言われても誰かとお付き合いをしようとしなかった世和歌がたっぷりと紅香に説教をされて。
その為、いつもと違うペアが組まれていた。

朝餉を終えたマツリが客間に行くと、襖外に紅香と世和歌が座っていた。 マツリを見止めた紅香がそっと襖を開け中に入る。 再び出てくると襖を閉め「まだお休みで御座います」と言い、続ける。

「暁闇前に一度目覚められ、昨日あったことを忘れられているご様子でしたので、ご説明をしたそうです。 やはり門番のことを気にされていたようで、マツリ様からの言伝を伝えたということです」

「食は摂ったようか」

「いいえ、茶を二杯飲まれただけで御座います」

「朝餉を頼んで持ってきてやってくれ」

「承知いたしました」

マツリがそっと襖を開けた。 紫揺が寝ていようが構わない、今更だ。 着替えの途中でなければそれでいい。
彩楓と丹和歌が頭を下げマツリを迎え入れる。 こちらも最初と違って慣れたものである。
紫揺を起こさない為だろう、窓の蔀は閉じられたままだった。 薄暗い中、紫揺の寝ている寝台まで行く。
もう熱は下がった、額の上に手拭いはのっていない。 その額にそっと触れる。
眠りが浅くなってきていたのだろう、ゆっくりと紫揺の目が開いた。

「ああ悪い、起こしてしまったか」

「・・・マツリ?」

「具合はどうだ」

寝台の横に膝をつく。

「あ・・・寝ちゃったんだ」

どれだけ寝るんだ。 成長盛りか・・・背も伸びないのに。 おムネも大きくならないのに。 落ち込みそうになる。

「ふらつきは無いか?」

上体を起こす紫揺の背に手を回し手伝ってやる。

「うん、大丈夫っぽい」

振り返り、茶を淹れてやってくれと言い、向き直ると、今紅香が朝餉を頼みに行っているとも言った。

「コウキ・・・どうなった?」

マツリも様子は見に言った。 女が付いていたが、四方の言うように焦点がずれているようでボゥッとしていただけであった。

「紫によって力を失くしたのかどうかは我には分からんが、力を出す様子は見受けられん。 会ってみてもボゥッとしているだけ。 あまりよい状況下で育ったようではないらしい」

「そうなんだ」

決起のことは知っている。 だがどうして決起を起こそうとしたのかは知らない。 それらしいことを耳に挟んだのは床の下で聞いた “本来なるべきだった六代目本領領主の直系” というワードだけ。

本領は初代から五色が領主となっていたが、六代目かで五色ではなく、まとめる力のある者が領主となったとシキから聞いていた。 そして今の五色は辺境に行き民を自然や厄災から守っているとも聞いていた。

高妃はあまりよい状況下で育ったようでは無いとマツリが言った。 五色として生活をしていなかったのだろう。
もしかして直系というのが高妃だったのだろうか。
そうだったのなら、ましてや五色としての力を失くしてしまった高妃のことを考えるのは、紫揺の役目ではない。 口を出してもいけない事。 だが力を取り上げられたかどうかの確認はしなくてはならない。

丹和歌から受け取っていた茶を何度かに分けて飲み、湯呑を丹和歌に返す。

「力の確認をしたいんだけど」

「ああ、悪いが頼む。 本領の五色達には分からんだろうから」

紫揺にしか分からないだろう。
寝台を下りかけた紫揺をマツリが止めた。

「朝餉を食べてから、その上で紫の身体が万全かを確かめてからだ」

「もう何ともない」

「少なくとも朝餉を残さず食べたら、だ」

あとはマツリが見るから休んできてくれと、彩楓と丹和歌を引き上げさせた。 それからは紅香が朝餉を持ってくるまで、紫揺をもう一度ゆっくりと休ませた。

「腐った魚の目になりそうなんだけど」

訳の分からないことを言われたが、多分、日本での表現の一つなのだろう。

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