大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第151回

2023年03月20日 21時05分44秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第150回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第151回



「我と紫の子だ、女子(にょご)さえ生まれれば必ず次代紫が生まれるはず。 次代紫が紫として自覚すれば本領に来てほしい」

「え? だって、この間はそんなこと言ってなかった」

「紫は民を守る紫として東の領土に居たいのだろう、その役は次代紫が引き継ぐ。 言い換えればその邪魔をしてはならん」

「邪魔なんてしない」

「紫は・・・今代紫はあの事情の中、東の領土が待ちに待った紫。 単になかなか生まれてこなかった紫ではない。 民はずっとお前を慕うだろう、次代紫がいてそちらを見る者もいるだろうが一人でもお前を見させてはならん。 それは次代紫の邪魔となる。 分かるか?」

「・・・もっと優しい言い方ないの?」

膝の中に顔をうずめてしまった。

「分かりやすかろう。 それに我も永久に紫と一緒に居れんというのは願い下げだ」

「・・・言いたいことは分かった」

素直になったものだ。 以前は杠が猿回し並みに上手く調教したと思っていたが、そうでもないらしい。 こちらの出方で変わるようだ。
マツリが立ちあがり、ひょいっと膝に顔を埋めている紫揺をそのまま抱き上げた。 そしてそのまま胡坐をかく。 紫揺はマツリの胡坐の上に座る形となった。

「肉のない尻だ。 ずっと岩の上に座っておれば尻も痛かろう」

「悪かったわね・・・」

肉座布団のある者が聞けば羨ましい話である。
先輩の話では筋肉が落ちていってぜい肉になるという話だったが、その気配が全くないと思っていた紫揺だったが、それはそうだろう、あれだけ暴れていれば筋肉の落ちる暇もない。

「もう一つは?」

「話したくはないのだが・・・」

「イヤな話?」

「・・・ああ。 出来れば寸前まで話したくはなかったが、それでは遅すぎるかもしれん」

後ろに手をついていたマツリの手が紫揺を包み込んだ。

「なに? これをしようと思って座らせたの?」

「馬鹿を言うな」

背中を丸めたマツリの頬が紫揺の頬にあたる。

「・・・トウオウが身罷(みまか)った」

「え・・・」

身罷った。 古文だっただろうか、現代文? それとも日本史だっただろうか。 その言葉を先生から説明された。 だから知っている。 でも・・・覚え間違いかも知れない。

「身罷ったって・・・な・・・亡くなったって、こと?」

「そうだ。 紫が・・・額の煌輪で倒れた時があったであろう。 長く宮に居た時。 あの後、紫が東の領土に戻って暫くしてからだ」

「・・・」

「ニホンに居る時に分かっていたそうだ。 だがトウオウは誰にも言わなかった」

「・・・背中の傷が原因」

「いや、その時に調べて分かったということだ。 白の力を持つ者に時折生まれる血の病がある。 我らは血脈と呼んでおる」

「アマフウさんは・・・」

「最初はただ泣き暮れておった。 だが落ち着いてからは本領から送った白の力を持つ者にずっと寄り添ってくれておる。 まだ童女なのでな」

「・・・もう二年も前・・・」

「トウオウもその童女と顔を合わせておる。 気に入ったようだった。 そのすぐ後に身罷った」

マツリの回している腕の衣装にポトリと染みが出来た。 これがリツソなら鼻汁の危険性があるが紫揺はそうではない。
マツリの衣装の染み、それは悼むもの。
紫揺が静かに泣いている。 マツリは紫揺を抱きしめることしか出来なかった。

マツリと紫揺が婚姻の儀を上げる時には、北の領土から五色達も来ることになる。 その時にトウオウが居なく、新たに白の力を持つ羽音に会うことになる。
突然婚姻の儀の席で聞かされても、寸前で聞かされても頭の中は混乱するだろう。

『シユラ様。 諦めようよ。 オレたちの運命としようよ』

お転婆の手綱を預かった塔弥。 紫揺の様子がおかしい。

「何か御座いましたか?」

「なんでもない」

「・・・すぐに昼餉をお持ちします」

「ああ、悪いな」

座卓の上に置かれた昼餉。 膳を持ってきた此之葉も眉をひそめた。

『案ずることはない。 少々・・・辛い話を聞かせた』

『辛、い?』

『此之葉は北の領土のことを少し知っていよう』

紫揺からまだ洞を潰す前に此之葉と共に北の領土の “影” と呼ばれる者たちの術を解きに行っていたと聞いている。

『北の領土の五色、トウオウという者がおるが、知っておるか』

『いいえ』

『そうか・・・。 紫はトウオウが気に入っておったようでな、トウオウも紫によくしてくれておったようだ。 そのトウオウが先先年に身罷った。 紫もいずれ知ること。 それで先ほど聞かせた。 今日は夜まで我が居るがそれ以降は頼む』

『・・・承知いたしました』


「さっ、紫食べようぞ」

紫揺が首を振る。

「それでは我の膝の上で食べさせてやろうか?」

紫揺が箸を持つ。

「そうか、残念だ」

半分笑いながら言い、箸を動かす。

「・・・ごめん」

「なにが」

「せっかく来てくれたのに辛気臭くて」

マツリが手を止める。

「人を悼むということは大切なこと。 だがいつまでもそれではいかんということを心しておくよう。 紫の周りにはまだまだ沢山の民がおるのだからな」

うん、と返事をするとゆっくりと箸を動かした。
昼餉のあとも沈んていたようだったが、それでもマツリがせっかく来てくれたのだ。 外に出る気にはなれなかったが、それなりに話をした。

「え? 木と話せた?」

「うん、まだ若い木は話せないんだって。 なんか・・・初代紫さま以来みたい。 それで、こう・・・香山猫のことを教えてくれた」

「紫はその力も持っておったか」

「あ? ビックリしないの? っていうか、疑わないの?」

「過去に何人かの、一人で五色を持つ者にそういうことがあったと書に書かれておる。 だがはるか昔のことだ」

本当に紫揺の力は計り知れない。

「いつでも訊きに来たらいいって言ってくれたけど、何でもかんでも訊こうとは思わない。 まあ、山のことは分からないからその時には訊きに行くだろうけど」

「ああ、考えるということは必要だからな。 だが我と紫の間にはどんなややが出来るのか、空恐ろしくなってきたわ」

日本人が考えるのならスーパーサイヤ人だろうか。

「はは、女の子ならシキ様か澪引様に似るといいな。 可愛いだろうなぁ」

女の子というのは童女のことだろう。

「ああ、母上に似ても姉上に似ても美しくなるだろう。 だが我は紫に似て欲しい」

だから、そういうことを簡単に聞かせないで欲しい。 咄嗟にどういう顔をしていいか分からない。

「男の子なら・・・見た目リツソ君に似ると可愛いかな」

「・・・やめてくれ」

マツリの頭の中でリツソがウジャウジャ湧いて出て走り回った。

他愛もない話ではあったが、少なくともマツリの前では笑うことが出来たようだった。
夕餉も食べ終え、紫揺の東の領土での話や、紫揺が訊いてくる地下や六都、杠の話をひとしきり話すと紫揺に見送られマツリが帰って行った。
部屋を出る前に『よいか、あまり悲しむのではないぞ』 と見送りに立った紫揺の前で腰を曲げて言った。 涙が溢れてきた。 せっかくマツリが帰るまで我慢しようと思っていたのに。
手を伸ばしてマツリの首にしがみ付いた。 足がふわりと浮く。 マツリが抱きしめていた。

『我の前で涙を我慢することなどない。 今日はよう頑張った』

トウオウのことを知っているのはマツリだけ。 平べったい胸にマツリの逞しい胸が当たる。 それだけで、抱きしめてくれただけで、この悼みを分ちあえてもらえる気がした。



「お帰りなさいませ」

「ほんに・・・律儀な」

思わずため息が出そうになる。
何度言ってもマツリが戻ってくるのを部屋の前で座して待っている。

「今日の報告も御座いましょう」

「我のか?」

「六都のことで御座います」

即答で返した。
どうして人の恋路の話を報告として聞くために部屋の前で座していなければならないのか。
杠がはっきりと溜息を吐く。 そしてその後で「よろしかったようで」と付け足した。


月明かりの下、大木の下で影が動いている。
ダン、と踏み込む音が静かに響き、続いてダッ、ダッっと大木を足だけで上る音。 そしてドンと尻もちで落ちてきた音。
その音が夜陰に響いた。

「ウ、グググ・・・」

こんな夜に大きな声は出せないということもあるが、それ以上に尻もちをついてはその声すら出せない。
尻もちからワンテンポ遅れて元の位置に戻った内臓が落ち着くと、痛みを堪えて立ち上がる。

「どうして出来ないんだ・・・」

呻き声と共に己に呪詛の言葉を吐いた。


残暑が厳しい季節に入った。

「やっと猛暑が終わったと思ったのに、この暑さは・・・」

陽が照って肌が焼かれそうになるという感覚は終わったが、それでもジリジリと暑い。 今日一日が終わり、宿に戻ってマツリと杠がマツリの部屋で話していた。

「ええ、暑すぎますか」

とっとと寒くなってくれれば六都のゴロツキも大人しくなるだろうに、まだ暑いときている。
だが昨年に比べると雲泥の差を感じる。 その数が明らかに減っている。

「小さなことまでもしょっ引いていますから。 杉山通いの刑が効いたので御座いましょう」

咎人にとって冬に雪山まで往復させられるのも地獄だろうが、夏場は汗もかき体力を奪われ冬よりキツイかもしれない。 それを最低でも、食べ逃げでも五日間は杉山に通わせている。 それに凝りて一度杉山に通わされた者は、二度と同じことを踏まなくなってきていた。 だが中には二度踏む者、三度踏む者がいる。 同じ咎で杉山に通わされると日数が増やされる。 やっと懲りてきたのだろう。

「徐々に武官を引き揚げさせるか」

四方に武官を返さなくてはいけない。 常日頃、四方はこの六都に宮都からの武官の応援を出してはいるが、これほど長逗留させたことはない。 宮都では武官の見回りが減ってさぞ問題が起きていることだろう。

それに学び舎を建てた者たちは未だに杉山と六都の中心を行ったり来たりして、木を運んだり物を作ったりしている。 今ではその者たちに見張はついていない。 その者たちの姿を見て働く者も出だしたり、その者たちが喧嘩を押さえることもあったりとしていた。
そして咎を受け杉山に通ううち、何人かが咎が終わっても物作りに嵌まった者たちもいる。

六都の人口に対してはまだまだ少ない人数だが、それでも自分達から動こうとする者たちが出てきた。
特に学び舎を建てた者たちは、自分達が大切にしているものを壊される悔しさ、悲しさを知った。 そして何より、学び舎を作ったことを誇りに思っている。 それを杉山から中心に戻ってきてからも心に抱いている。
それは学び舎だけではないこと、自分達が作った物だけでもない事を心のどこかで感じたのだろう。 他の者たちが作った物も、丹精込めたものも己らの誇りと同じと考えられるようになっていた。 そして大切に扱うようになってきていた。
これも道義の一つである。

「ですがこの暑さが終わりますと、寒さの前に過ごしやすくなる時が来ますが?」

そうなればゴロツキがまた暴れ出すだろうし、盗みも多くなるだろう。

「ふむ。 では武官を返す前に自警の群(ぐん)を作らせるか」

「自警の群、で御座いますか?」

それは他の都でちょくちょく見られる。 不当に殴ることなどは認めてはいないが、取り押さえるにあたり、暴れた相手に致し方なく、という権限を持っているいわゆるパトロール隊というところである。

「ああ、この頃では杉山に行っていた者たちが喧嘩を押さえているということを耳にした」

「ですが滅多やたらに権限を与えるのも考えもので御座います」

ここは六都なのだから。

「まぁ、大きな賭けとなるだろうが、いつまでも武官を借りているわけにはいかん。 力山を筆頭に立て、出来れば金河も。 それで二つの自警の群が動かせれば随分と違ってくるだろう」

「もしや、どこかで百足に見張らせようなどと考えておられるのですか?」

好々爺と強面の男たちということだ。

「我が襲われた時があっただろう? あの時の百足は楽しそうだったぞ? いくら退いたと言っても身に付いたものはそうそう忘れられないのだろう」

特に好々爺三人は武官をおちょくってかなり面白がっていた。
もし杉山の者たちが目先に狂わされ過ちを犯しそうになれば、あの好々爺三人はどれほど目を輝かせるだろう。
杠が片手で顔を覆った。

「応援を依頼するということですか?」

そうであるならば、四方の許可を得なければならない。
だがマツリの返事はそうではなかった。

「いや。 そのようなことはせん」

どういうことかと目で問う。
マツリ曰く。 これからこういうことをしようと思う。 よって、民に教えているような護身の術を杉山の者たちに教えて欲しいというだけで、少なくともあの好々爺たちは目を輝かせるはずだと。 そして色んな意味でお楽しみの場面に出くわすことが出来る様に足を運ぶはずだと。

「・・・そういうことで御座いますか」

「だがまずは、最近の杉山に居た男たちの様子を力山に訊かねばならんか。 力山はまだ杉山か?」

「はい。 金河は時折こちらに来ておりますが力山はずっと杉山におります」

マツリの眉が僅かに動く。

「杉山で何かがあったということか?」

「いいえ、毎日通って来る者たちを見ているようで御座います」

その者たちがいつ脱走するか、それは武官が見ている。 京也が見ているのは、毎日通っている者たちがどれだけ変わってきたかだろう。
力山である京也はマツリと出会った時に言っていた。

『幼いころから親父からずっと言われてきていました。 真っ直ぐに目を見ろって。 相手の目を見られなければお前に嘘があるって』

それを聞いてマツリが京也に声をかけた。
京也は採石場で暴れた者を捕らえようとした武官に協力をした。 当時、享沙も然りであった。

「ということは・・・」

マツリが顎に手をやる。

「はい。 それだけではなく、言いたくは御座いませんが、こちらに戻ってくる者たちは力山の目にかなった者たちで御座います」

マツリがニマリと口の端を上げる。

「言いたくはないなどと、ハッキリ言えばよかろう」

「言えばマツリ様が無理を押されましょう・・・」

「なに? それでは杠は力山の目を信用しておらんということか?」

杠がこれでもかというくらいの溜息を吐いた。

「それとこれとは別で御座います」

京也を信用していないわけではない、だが京也とて万能ではない。 人は何が切っ掛けでどう変わるか分からない、いつ戻るか分からない。
それに京也は今マツリが欲している所に合格の印を押したわけではない。 京也はあくまでも物を作れるというところと、作る者の矜持、それを他の者に向けられる心根を持つということに重点を置いて、六都の中心と杉山を行き来させているのだから。
そして巴央はその様子を見に時々中心に戻ってきていた。 ずっと戻っていても良かったのだが、杉山と中心とを他の者と徒歩で同道し、会話の中から良からぬことを考えていないかを探っている。 それは杠からの指示であった。

「父上にも杠にも押すのが我の仕事なのでな」

「・・・マツリ様」

アッケラカンと言うマツリに頭痛がしそうだが、どこかでそういうことも必要だということは分かっている。

「多々貸しのある父上とは違って杠には借りが多すぎるのでな、ゴリ押しはせん。 まあ、とにかく一度、力山と話をしてくる」

もしも杠が反対してもゴリ押しするのだろうが、その判断も必要だ。 分かっている。 六都には何よりも今、他人による守(も)りが必要。 だがいつまでもそうしてはいられない。 そこにマツリが一石を投じたのだから賭けであっても進むしかない。
己のようにあちらこちらを槌(つち)で叩いてから進んでいては、時がかかり過ぎることは分かっている。
杠が顔を下げた。 そう返すことしか出来なかった。

「で? あれはどうなった?」

あれ・・・都司の話だ。
杠が渋面を作る。

「なんだ? あの者以降、見つかっておらんのか?」

二十七の歳で今は文屋で番頭まがいのことをしている幼顔の者以降。

「・・・はい」

何度溜息を吐けばいいのだろう。 ここでも大きく溜息を吐いた。

「誰もかしこも本人なり、親や伴侶や兄弟なりが何某かをしておりますので」

「・・・ろくでもないな」

「はい・・・」

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