大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第152回

2023年03月24日 20時48分46秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第150回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第152回



翌日、杉山に、よく言えば無償労働、普通に言えば労役、見たままを言えば連行されていく者たちの横を歩きながら武官に話しかけた。 話しかけたマツリも話しかけられた武官も互いの顔は見ていない。 目は咎人を見ている。

「少しは働けるようになったか」

六都でろくでもない生活を送っていたのだ、最初は杉山に来ただけで力を使い果たし、斧さえふるうことが出来なかった。 そしてすぐに戻る、そんな状態だったが少しは体力がついただろう。

「はい、二辰刻(四時間)は働けております」

「ふむ、己らの昼飯代くらいは稼げておるか」

労役があるとはいえ咎人を長い間、拘禁している。 己の飯代くらいは稼いでもらわねば。 六都官別所は食事付きの屋根のある宿ではない。

「それと・・・杉山から六都の中心に来ている者たちだがあれらはどんな具合だ」

「どんなと申されますと?」

「武官から見て真面目に・・・道義を心得たように見えるか」

「道義を心得たかと言われましたらなんとも。 ですが当初と比べれば雲泥の差でしょうか」

「そうか・・・」

男達を見ていると杉山での伐採が面白いのか、杉山に近づくにつれ首を回したり肩を回したりしている。 叩いても切っても誰にも文句を言われないのだからさぞ面白いのだろう。
初日にもマツリは一緒に徒歩で来ていたが、その時とは打って変わって足取りがいい。 かなり体力がついたようだ、これなら二辰刻くらいは働けるだろう。

杉山に到着すると上からどんどんと武官たちが下りてきて、男達に別の腰縄と足縄を付ける。 それは男たち全員に繋がって付けていた縄よりも一人一人の間が長い一本の縄である。 次に今まで付けていた腰縄と手と足に付けていた縄を解く。 足の縄も腰縄と同じで互いに繋がっていて、腰縄と足縄の二重での逃走防止である。 ちなみに一人ずつの間の長さはそこそこある。 離れた木に斧をふるうに邪魔にはならないようにである。

杉山に着いてすぐに、袈裟懸けにしていた握り飯の入った布をそれぞれが地面に下ろした。 昼飯にあたる握り飯だが、それは六都官別所が用意をしている。 ここで働く者たちと同じものは食べさせられない。 働く者たちは食事代を給金から天引きされているのだから。 そして時間もずらしている。 着いたらすぐに食べてひと休憩終わったころに、杉山の男たちの昼餉が始まる。

武官の代表がマツリに挨拶をしに来た。

「お疲れ様に御座います。 ですがわざわざ徒歩で来られなくても宜しいでしょうに」

挨拶をし終えた武官がそう言う。

「知るということも必要なこと故な」

「咎人のことなどお考えにならなくても宜しいでしょう」

武官がポロリと苦言を呈したが、マツリにとってはそれだけではなかった。 武官たちの立場になって歩くということもしていた。 マツリが簡単にキョウゲンに乗って飛んで来たり、馬で走って来ては士気にかかわらないとは言えないのだから。

「杉山の中の様子を見たいが、よいか」

「ご案内いたします」

武官のあとを歩いて杉山の中に入って行った。
威勢のいい声が上がり斧で木を打つ音が響いている。

「まずは間伐をしております。 生え放題でしたので、良い木はそのまま木材に、不足と思われた木は薪や物作りに回しております」

確かに生育の良くなさそうな杉がある。

「働き手はどうだ、問題などおこしておらんか」

「はい、それは全くで御座います。 最初の頃はいざこざも御座いましたが、今では・・・言わずとも分かるとでも言いましょうか、杉を下まで運ぶのにも誰が言うともなく運び出しております。 誰かが怪我をすればすぐに近くにいる者が動きます。 全体的に見て六都に居たあの者たちとは思えないくらいで御座います。 職務放棄では御座いませんが、咎人以外は我らが居なくとも正常に動くのではないでしょうか」

ふむ、と言ったマツリが少し考えるような様子を見せてから口を開く。

「杉山に居た者たちが入れ替わり中心に戻っておろう、その者たちで六都での自警の群を作ろうかと思っているのだが、それはどうだ」

「自警の群・・・で、御座いますか・・・」

「まだそれは無理なようか」

「中心に戻ると甘い声もありましょうし、酒を吞んでどう変わるかが分かりませんので」

酒と言われれば致し方ないところがある。 攻撃的になる者もいよう。 だが自警で回る時には呑まなければいいこと。 なにより吞んではならない。

「汗を流して働いた手に金を持っていても、甘い声に乗せられるかもしれないということか」

「確かに此処で働く者たちは汗を流して働くことを誇りに思うようになってきました。 ですが金はあればあるほどいいと考えるのが普通で御座いましょう。 それもこの六都で育ったのですから」

植え付いた、植え付けられた性格を根こそぎ変えるのは容易ではないということ。

「・・・そうか」

甘い考えだっただろうか。 だがいつまでもいま学び舎で道義を教えられている子たちが大人になるまで待ってはいられない。

(え・・・)

最初はそのつもりだったのにどういうことだ。 己は何を思ったのか。

(・・・焦っておるか)

頭の片隅に紫揺が浮かんだ。 いや、いつも浮かんでいる。 だからこそ無意識に焦ってしまっているのか。 己のやらねばならぬことの天秤のもう一方に紫揺を置くなどと。 ましてやそちらに重きを置くなどと。

(不甲斐ない・・・)

そうは思ったが京也に男達のことを訊いておくのは不甲斐なかろうがなんだろうが、それが第一の目的。 武官を四方に返さなくてはいけないのだから。

「手間をかけた。 あとの事は頼む」

武官が頭を下げるとマツリの先を歩きだそうとした。 道案内をするつもりなのだろう。

「よい。 これ以上邪魔をする気はないのでな」

武官を置いてさっさと山を下りて行った。

宿所の影から京也が僅かに姿を見せた。 マツリが来たのだ、それなりに用があるのだろうと踏んでのことだ。
京也の元に足を進める。 もちろん人の目を忍んで。

「如何なさいました?」

そこで早口に自警の群のことを説明した。

「武官ではいけないのですか?」

そんな質問にも応えた。 武官を返すからだと。 今は六都の中に武官がうじゃうじゃ居るがそれを撤退させる、だからそのあとの事だと。
マツリが何を言いたいのかが分かった。 京也が口の端を上げる。

「やりようかと」

意味深な言葉を発した京也。

「やりよう?」

「その話し、お進めください。 それにオレと金河が頭にならなくとも宜しいでしょう。 金河に話しておきます」

その “やりよう” に京也が何か手を打つのだろう。

「承知した」


享沙が難しい顔をして柳技たちの長屋に来た。
長屋に来る前、と言うか長屋に逃げ入る前、ギクシャクする足取りで歩いていると、偶然・・・本当に偶然、弟と再会した。 まさかあんな所で弟と再会するなどと思ってもみなかった。

『・・・兄さん?』

路地ですれ違った男から声をかけられ無意識に振り返った。 声に覚えなどない、人間違えだろう。
だがそこには己が家を出た時と変わらない弟の顔があった。 もう十何年も前に出た家だったのに。 顔は変わっていない、だが声は声変りをしていた。 ・・・だから気付かなかった。

『人違いだろう』

享沙が家を出た時には享沙自身は既に声変りは終わりかけていた。 弟と違って体格もよく声変りは誰よりも早かった。 それに精悍になったと言っても顔の基本は変わっていない。

『そんなことない、兄さんだよね?』

享沙が踵を返した。

『待って! 兄さん!』

享沙の衣の裾をつかむ。

『俺、俺、六都を出てたんだ。 でも兄さんに逢えるのは六都だろうと思って戻って来てて・・・』

『・・・父さんと母さんは』

問う権利などない、それは分かっている。

『死んだよ。 ・・・自業自得ってやつ』

享沙が十三歳で家を出た時にこの弟は十歳だった。 享沙は両親に何度も盗みをやめてくれと言っていたが両親はやめなかった。 そして享沙が家を出た。 六都を出た。

『父さんと母さんが盗みに入った家で見つかって・・・ボコボコにされて道に放り投げられてて・・・医者に行く金なんて無くて・・・そのまま、逝ったよ。 父さんと母さんが死んで・・・家の中の物全部盗られた。 俺、力無かったから。 だから兄さんの後を追おうとしたけど何も分からなかった。 でも六都を出て勉学が必要なことが分かった、あっちこっちで教えてもらった』

『そうか』

自分と同じようなことをしたのか。

『俺、六都に戻って働いてる。 父さんや母さんがしたことなんてしてない。 ね、兄さん、帰ってきたんだろ? 一緒に住もう?』

まだ歳浅い弟を置いて勝手に家を出たというのに、この弟は責めることをすることさえなく一緒に住もうなどという。 自分にはそんな風に声をかけてもらえる資格などないというのに。
それに今はマツリの元で、杠の元で働いている。 マツリは最初に言った『守るべき者はおるか』 と。 『おりません』 と即答した。 もしあの時『いる』 と言えば、マツリから誘いの言葉は無かっただろう。 今更 “守る者が出来ました” などとは言えない。 それに言うつもりもない。
享沙が弟の手を撥ねて走った。 ギクシャクする身体で。 そして柳技たちの居る長屋に逃げて来た。

「うん? なんだか沙柊の尻から薬草の匂いがするけど?」

ドキリとした享沙。 あまりのことに薬草のことなどすっかり忘れていた。

「き、気のせいだ」

杠のようにあっという間に姿を消せるようになりたくて毎晩練習しているが、全く思うように出来ない。
一度、杠に訊きはした。 すると「鍛練ですね」と軽く返されてしまっていた。 それはそうだろう。 ご尤もだろう。 頭に塩を振って出来ることではないだろう。
温かい助言のお蔭で時折、薬草を磨り潰したものを塗っていたが、この連日、大木から見事に落ちてあまりの痛さにべったりと尻に塗っていた。

「きょ、今日からは、たんと新しい字を教えるからな」

痛みを堪えてはいるが硯を取りに歩く姿がギクシャクしている。 

(杠に弟に会ったことを報告せねば・・・)

やっとそう考えることが出来た。 上がっていた肩を下ろせることが出来た。
硯と筆一式を手にしておかしな歩き方で戻ってきた享沙。

「沙柊? おかしいよ? どこか痛いの?」

柳技と芯直が見ている。 そして絨礼が声をかけてきた。
享沙は痛いところを隠しているつもりだった。 だがそれを見事に見られたようだ。 それが尻もちの結果であっても。

「痛いのは・・・心だろ。 沙柊? 何かあった?」

柳技が訊く。
驚いた。 柳技がそんなことを言うなんて。

「いいだろ・・・。 もう沙柊はわかってるんだから」

芯直だった。

「な?、 分かってるよな?」

朧(おぼろ)である芯直は何も知らない。 だけれども享沙の目を見ればわかる。 何となく・・・。 何かあった、心にくる何かが。 だけれどもそれを心で解決したはずだと。
享沙が微笑む。
弟と会ってしまった、この六都から身を引くしかない。

「たんと宿題を出す。 全て覚えるように」

山ほどの漢字をつらつらと書きだした。
絨礼と芯直が身を凍らせる。

「うわ、どんだけ書くの?」

柳技も知らない漢字を次々と書いていった。

「わわ、オレも覚えなくっちゃだ!」

書かれた文字。

『失敗をして犬が尾を股に挟んだ』『人が見ていても己ではないと嘘を言う輩』『登る大木に尻痛し』『逃げ時の注意』『待つは待つ。 人を待つ。 木の松ではない』『松ならば松竹梅』 『竹の皮に包まれた握り飯は美味しい』『梅より団子』などなど。

全く以って意味不明な金言格言にもならないことを書き出した。 だがしっかりと漢字にルビをふっている。

「“嘘” ・・・この字の形、難しすぎる・・・」

「そんなことないよ、淡月。 書き順を知ったら書けるよ、多分だけど」

次々と書く享沙。

『どうして逢ったのだろう』『偶然にも程がある』『変わって無さすぎ』『御免』『良かった生きていてくれた』などなど。

その手元をじっと見ている柳技と芯直。
絨礼も手元を見てはいたが、次々と書かれるお題が・・・オカシイ。

『御免』とは? ルビが “ごめん” とふられているが、それは “ごめん下さい” なのか “ごめんなさい” なのか、それともどちらでもあるのか。 それにアレはなんだ? 『御免』の後に『良かった生きていてくれた』
なんだそりゃ?

「えっと・・・これって、もしかして優しいやつ当たり?」

素直な絨礼が言ってはいけないことを言う。

「淡月、それを言っちゃいけない。 沙柊にも色々とあるんだろうから」

柳技の言ったことに芯直も頷く。

「あ・・・沙柊になにかあったの?」

「オレたちの出来ることは沙柊から出される勉学をするだけだ。 オレたちが沙柊から出される勉学に応えられれば沙柊が喜ぶ」

「あ・・・うん、そうだね」

今のところどんな設問にも最下位の絨礼である。
があれこれと言っている間にも享沙が筆を動かしている。

『立身出世』『親は父母』『童よ大志を抱け』『狼なんぞに尻を蹴られてなるものか』などなど。

はっきり言って意味不明。
画数も何もあったものじゃない。
ルビはふられているが『りっしんしゅっせ』とは、いかなるものや。 それにどうして狼に尻を蹴られなければいけないのか。

「えっと・・・淡月?」

絨礼が顔を上げると柳技が絨礼を見ていた。

「なに?」

「ちょーっと、享沙がおかしくなってるみたいだから・・・えっと、意味が分からなかったらオレに訊いて」

「どういうこと?」

「字の説明は出来るから、全部じゃないけど。 それでも出来るから。 訊いてくれたらいいよ。 って、享沙・・・いつまで書くんだよ」

『心たり』『金銀銅』『銅でもあれば、同ではないし胴でもない道はどうした』『小石が転んだ』『ひよこぴょこぴょこみぴょこぴょこ』ツラツラツラ。

「全部平仮名って・・・。 享沙が完全に壊れたみたいだから・・・享沙が書いてくれたお手本だけを・・・ああ、怪しいのはとばして・・・その、覚えよう」


翌日朝、巴央が十二人の男を引き連れて杉山からやって来た。 朝と言っても早朝ではない。 その早朝に杉山を出てきたのである。

鍛え上げられた肉体は隆起している。 通い慣れたこともあって歩くのも早いのでこの刻限に着いたのだろう。 そして眠そうでもなければ、かったるそうにもしていない。 そう思うと朝早くに起きて働くということが身に付いたのだろう。 生活も人並みになってきたようだ。
男達が材木の置かれている屋舎に入って行ったのを見届けると、巴央がすっと身を隠して杠のところに足を向けた。

「アイツらは力山の折紙つきです」

「力山はいったい何を? “やりよう” と言っていたと聞きましたが?」

訊かれすぐに声が出せない、肩を震わせて巴央が笑う。
巴央が言うには、夕餉のあと皆が何某かを作っている時、燃やされた学び舎のことを京也が話し出したと言う。

『昨日、学び舎が燃やされた夢を見てよぉ』 と。

『けっ! なんて夢を見んだよ、縁起でもねー』

『・・・いや、有り得るかもしんねーか』

数人の男たちが手を止めた。 互いに目を合わせる者、どこを見るともなく見ている者、反応はそれぞれだった。

『万が一にもこれ以上やられてたまるかい!』

『ったりめーだ』

『学び舎もだがよー・・・屋舎に万一のことなんてねーよな?』

その一言に今まで手を動かしていた者たちの手も止まった。
自分達で杉を切り木材を運び入れ、そして色んなものも作っている。 それをまた自分達で建てた六都の中心の屋舎まで運んでいる。 屋舎は言ってみれば自分たちが作った自分たちの宝物入れだ。

『・・・見張に・・・立つか?』

最初に夢を見たと言っただけで、それ以降、京也は何も言っていない。

「ってな具合で。 で、今回は力山のお眼鏡に叶った者たちだけを連れてきたってわけだけど、オレから見てもかなり固いところだと思いますよ。 あとは俤の腕の見せ所ってやつになりますか? それにアイツらが杉山に帰ってそれなりな話をしたら、他のヤツたちにも火が点くと思います」

巴央の言うところの『俤の腕の見せ所』 と言うのは、男達は『見張に立つか』 と言っていたと巴央が言っていた。 それを自警の群にどう変えるかということだ。

「力山はそこまでしてくれなかったということです、か」

「あんまり俤の手柄を取っちゃマズイと思ったんでしょう」

言いながら笑っている。 なかなかの挑戦状を頂いた。 それ程ヒマにしているように見られているのだろうか。

「取り敢えずこのまま一緒に屋舎に入りましょうや。 オレが屋舎に入らなかったことを疑われても困ります。 今の話をオレから聞いたってことで話して下さい」

見張を立てるということを巴央から聞いたということで、そこから話を進めてくれということである。 話をどう変えるかという、考える時をくれないということだ。
信用されているのか過大評価なのか、試されているのか・・・。
杠が横目で巴央を見ると僅かに口の端が上がったように見えた。

―――試しているな。

巴央の話し方は随分と変わった。 それは下三十都のことがあってからだ。 だが・・・確証が欲しいのだろうか。

―――杠の下につくということの。

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