大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第47回

2022年03月22日 20時57分41秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第40回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第47回



地下を出るとマツリと二頭の馬が待っていた。 馬の首の下には大きな光石が付けられているが、馬の目を刺激しないように工夫がされている。
先にマツリがキョウゲンに乗って地下を出ると剛度の家に行き馬を用意させていた。
剛度が申し出た見張番を二人つかせるというのはマツリが断った。

マツリの足元には紫揺の長靴と袋が置いてある。 袋には紫揺の着替えが入っているのだろう。
そして辺りには粉々に砕けた謎の石の数々。

ここに来た時にこんなに砕けた石があっただろうかと首を捻る紫揺だが、その真実は紫揺の知るところではなかった。

「もう東に戻れる時ではない。 一旦宮に戻る」

御尤も。 だが東というからには紫揺に言っているのに紫揺を見て言っていない。 真っ直ぐに前を向いているだけだ。
そのマツリの様子に紫揺が口を歪め、俤が首を傾げている。

「俤さん」

呼ばれ俤が紫揺を見る。

「長靴に履き替えたいんでカルネラちゃんを持っててもらえますか?」

紫揺の両手の中でぐっすりと寝ているカルネラ。
俤が頷き手を出そうとしかけた時、マツリの手が伸びてきてカルネラを掴んだ。 そのカルネラを己の懐に入れる。 無言で。

「マツリ様?」

「さっさと馬に乗れ」


キョウゲンの下を光石を付けた二頭の馬が並走している。 いや、僅かに俤の馬の方が先を走っている。 何気に行く先を誘導しているのだろう。
マツリの背には袋が襷がけに括られている。 俤が持ちますと言ったがそれを撥ね退けた。

「マツリ様・・・」

落ち着いて下さい。 そう言いたかったが、言える空気ではない。

「なんだ」

「いえ、失礼をいたしました」

マツリが二頭の馬から目を外してキョウゲンの後頭部を見る。

「言いたいことがあるなら、はっきりと言え」

「・・・ずっと苛立たれておられるようなので」

マツリが大きく息を吐き、キョウゲンの後頭部から二頭の馬に視線を戻した。

決してノロノロと走っているわけではない。 見張番と走っている時より早いほどだ。 しっかりと早めの駆歩(かけあし)で走っている。
下から聞こえてくる蹄の音に混じって、時々楽しそうな声も聞こえてくるし、紫揺も俤も時折互いに目をやっている。

「気のせいだ」

キョウゲンの目の前であれだけの石を投げつけ粉々にしておいてよくも言えたものだ。

見張番と走っていた時には紫揺はときおり上を見ていたが今は一度も見ていない。
マツリの態度に怒っているのもあるが、俤と話していて楽しいというところもあるのだろう。

月がキョウゲンの影を降ろしているのに、二頭の馬に括り付けられている光石がそれを遮る。


とうとう宮の塀が見えてきた。 塀に沿って走って行くと門の前で馬を降りる。
紫揺の顔を見た外門番が大きく目を見開いた。

(なんだ?)

俤が眉根を寄せる。

「門番、門を開けよ」

上空からマツリの声が降ってきた。
門番が慌てて振り仰ぐ。
内門番が横木を外す。 門が開けられ小汚い紫揺と俤が馬を曳いて入ってきた。

「紫さま!」

内門番が慌てて紫揺の持っている手綱を手にする。

「むらさき様?」 “様” 付け?

「どうしてその様なお姿で・・・」

「諸事情ありまして」

ニコッと笑い返すが、まさか門番が自分の顔を憶えているとは思いもしなかった。

「ですが・・・」

「気にしないで下さい。 お仕事ご苦労様です」

そう言うと俤を見て促すようにして歩き出す。
もう一人の門番が俤の持つ手綱を預かり、もう一人が走った。

「お前一体・・・誰なんだ?」

「うん、と。 ここではリツソ君とカルネラちゃん以外からは紫って呼ばれてる。 ってか、もう私のことを紫揺って呼んでくれるのは、リツソ君とカルネラちゃんくらい」

「そういう意味じゃなくて」

「ねぇ、ここでも俤さん? それとも杠(ゆずりは)さん?」

「宮に入ったことなどない。 マツリ様がお呼びになる方だ」

俤がマツリの手足になりたいと、毎日門前に来ていたことはこの道中で聞いた。 地下でも馬の上でも色々話した。

既にキョウゲンから跳び下りていたマツリは腕を組んで大階段の前に立っている。

「マツリ、機嫌悪そう」

光石に照らされているマツリ。

「ああ。 今日のマツリ様はいつものマツリ様ではないな。 初めて見る」

「そう? 私はしょっちゅう見てる。 だから俤さんが・・・。 じゃないな」

なんだ? と言う目で俤が紫揺を見る。

「マツリなら杠さんって呼ぶな」

「え?」

「間違いないと思う」

二人が足を止め目を合わせる。

「マツリ!」

四方の声が響いた。 門番が四方の側付きに報告をしてきたのだ。 紫揺が帰ってきたらすぐに報告するようにと言われていた。 そしてまだ顔色の悪い側付きが四方に報告するとシキにも報告に走った。 シキが四方の側付きに言っていたのだ。

『寝ずに待っています。 必ずや報告を』 と。
思いあぐねいた挙句、波葉はシキに紫揺のことを話していた。

四方の声に振り返ったマツリ。 大階段の上に四方が立っている。 響いた四方の声に紫揺と俤も四方を見たが、すぐに互いに顔を戻していた。

「紫は!?」

「無事です」

「何処におる!?」

「あちらに」

マツリが顔を巡らせると紫揺と俤が歩を止めていた。 その上、朧気だが目を合わせているように見える。

「怪我は!?」

「・・・至って元気にしております」

マツリが顔を歪める。

「父上!」

シキが走って来た。 もれなくついてくる “最高か” と “庭の世話か”。 まだ見えていないが、ずっと後ろに走っているつもりの昌耶。

「紫は!?」

「無事だそうだ」

ホッと胸を撫で下ろしたシキが四方の横に立ちその目先を追った。 紫揺が見えるが隣に居る男と見つめ合いながら話している。 すぐにマツリを見た。
その横を「御前を失礼いたします」 と言って “最高か” と “庭の世話か” が急ぎ足に大階段を降りて行く。

「珍しいですね。 こんな時間・・・刻限まで四方様がマツリを待ってるなんて」

「え? ・・・四方様?」

俤は単なる民だ。 四方が本領領主ということは知っているが、四方の顔など見たこともない。

「お前は四方様も知っているのか?」

「うん。 あ、そうだ。 だから俤・・・杠さんがマツリのことを気骨があって温情の深い人って言うのが信じられない。 まぁ、無くはないんだろうけど。 でもマツリって今日だけじゃなくて、いっつも怒ってるもん」

それとも杠の言うように温情があるから、杠のことを今でも思っているのだろうか。

紫揺の話し方が随分と崩れている。
俤に杠なのかと聞いたら、何故知っていると訊き返された。 杠ならマツリの話しから、自分より年下だということは分かっている。 一つだけだが。 だから「です、ます」 をやめた。

こんな時間に下足番はいない。 “最高か” と “庭の世話か” が、自分たちで履き物を用意して紫揺に走り寄る。

「紫さま!」

紫揺が杠から目を離す。

「よくぞご無事で・・・」

“最高か” と “庭の世話か” が紫揺の手を取ってむせび泣いている。

「あ・・・心配かけてごめんなさい」

「ごめんなさいなどと・・・」

「お手がこんなに汚れてしまわれて・・・」

「シキ様がご心配をされておられます」

「え? シキ様は帰られたんじゃないんですか?」

「紫さまのことをお知りになって、それはそれはご心配をされて宮に留まっておられます」

シキにも地下に行ったことがバレていたのか。 ということは四方もそれがあって出てきたということか。

「階段上でお待ちで御座います」

“最高か” と “庭の世話か” から目を外す。

「杠さん行こう」

紫揺が杠を見上げたのを見て “最高か” と “庭の世話か” が初めて杠に気付いた。 杠は “最高か” と “庭の世話か” に気圧されて身を引いていた。

「こちらは?」

「杠さんです。 地下で助けてもらいました」

「まあ!」 四人が声を合わせた。

「私たちの紫さまをお助け下さいまして、誠にありがとうございます」

四人が深く頭を下げる。

「いいえ、助けてもらったのは己の方です」

民の間の娘たちとは違う煌びやかな衣装を着けた美しい女人四人もから頭を下げられて戸惑ってしまう。

「ご謙遜を。 紫さまは嘘など仰いませんわ」

「ええ、そうで御座います」

「ささ、シキ様がお待ちになっておられます」

癖で紫揺の裾を持とうと後ろに回った “最高か” だが持つ裾がそこになかった。

「やっとこっちに来るか」

マツリから紫揺が怪我でもしていると聞かされていればこんな所で待ってはいないが、マツリの言うように何ともなさそうだ。

「ええ、そのようですわね」

シキも立場的に階段上で待っていなければならない。

紫揺の具合も気になるしマツリの眉間も気になる。 だが、こちらにやって来る紫揺を見ているとすぐにでも駆け寄り抱きしめたい衝動にかられる。

大階段の近くにやって来ると光石に照らされて紫揺の姿が露わになった。

我慢限界。

「紫!」

大階段を降りていくシキ。

「シキ様・・・」

シキの従者と共に遅れてやって来ていた昌耶が止めようとしたが、シキの気持ちが分からなくもない。
シキに続いて昌耶も大階段を降りた。

“最高か” と “庭の世話か” が身を引く。

「シキ様」

「紫・・・よく無事で」

ホロリと目から大粒の涙が落ちる。

「ご心配をおかけしました」

「こちらに来て」

シキが両手を差し出す。

その腕の中に紫揺が入るとシキが抱きしめた。

「シキ様、泥が付いてしまいます」

泥と言ってももう乾いているが。

紫揺が何を言おうとも、シキの手は緩むことは無い。 “最高か” と “庭の世話か” がその姿を見てまたむせび泣いている。

(この方がシキ様・・・)

あまりの美しさに声が出ない杠。

「マツリ」

大階段の上から声が響いた。

「はい」

「まずは食べながら報告を聞こう。 用意はさせておる」

そして杠を見た。

「俤か?」

シキに見とれていた杠が深く頭を下げる。

「よく無事に戻って来てくれた」

更に頭を下げる。

「父上、こちらでは俤ではなく杠と」

杠が下げている目を大きく開いた。 紫揺の言っていた通りだ。

「杠か・・・。 杠からの報告は聞いたのか?」

「大まかには」

「杠、食は?」

「あちらで出されました」

頭は下げたままだ。

「ではマツリの報告を聞いている間に湯浴みをしておくよう」

側付きにチラッと目をやる。
杠を湯所(ゆどころ)に案内するため、側付きが大階段を降りる。

「紫」

大階段の上から声が降ってきた。
シキが抱きしめていた手の力を抜く。 紫揺がシキからそっと離れる。

「結果がこうしてあるから良かったものの、何かあったらどうするつもりだった。 紫は東の領土を背負っているということを忘れたか」

側付きの後ろを歩こうと、一歩出した杠が振り返った。

「いかがした?」

東の領土を背負っている?

「あの、紫とは?」

四方の側付きを見る。

「お呼び捨てをしてはならん。 紫さまは東の領土の五色様だ」

「え・・・」

「四方様の前に出ねばならん。 四方様をお待たせできん。 行くぞ」

呆気にとられたまま杠が四方の側付きに続いた。

「忘れていません。 でも・・・マツリが気にしていた杠さんが殺されるかもしれないってわかったら。 ・・・じっとなんてしてられませんし、知らん顔して東になんて帰られません。 それに私が失敗することなんてありませんから」

自信過剰と思われてもいい。 でもこういう場合は、失敗なんてしないと堂々と答えた方がいい。

問罪に近いことを言われたというのに、それに意ともせず答えている。 昌耶と “最高か” と “庭の世話か” が、ハラハラとして聞いている。

マツリが眉根を寄せる。 さっきマツリは、俤のことを杠と呼ぶように四方に言った。 だが今の話しようでは紫揺は杠の名前を既に知っていたような言い方だ。
そんな話も杠としたのだろうか。

「それでは紫はマツリの為に地下に入ったというの?」

「え?」

と言ったのは紫揺。 マツリと昌也と “最高か” と “庭の世話か” が目を大きく開けて、問うた相手、シキを見た。

「えっと・・・。 役に立ちたいと思いました。 だってカルネラちゃんに頼むほどだったんですから」

「役に立ちたい? マツリの?」

シキをはじめ、さっきまで泣いていた者たちが泣いていたのを忘れたかのように目を輝かせ口元に手をやっている。

「はい」

「お前・・・」

紫揺がマツリを見る。

「お前って言うなって言ってるでしょ。 前にも言ったけど、食べさせてもらってるだけなのは気になってたし彩楓さんや皆さんに聞いた。 私が倒れている間にマツリが気にかけてくれてたって。 だから・・・お返し」

そうだったっけ? 自分の中で疑問は残るが、そうとしか考えられない。

女達の手が残念そうに下がる。

「・・・そうか。 だからと言って今回のことは父上の仰られるように短慮が過ぎる。 我にも止めきれなかった責はあるが、紫は東の領土を背負っていよう」

「ふーん」

「なんだ」

「やっとこっちを見て話すんだ」

マツリが顔を歪めた。

―――始まる。

四方が思った。

だがシキはマツリがもう声を荒げないことを知っている。 そして紫揺が言っているのは、マツリとの会話で紫揺を見ないで話していたということだろう。
紫揺がそれを指摘したということは紫揺も気にしていたということだ。 シキ的に見てもあれはヨロシクない。 このまま話させていては、マツリが声こそ荒げはしないだろうが、またあれが始まるかもしれない。

「父上、紫に湯浴みをさせてきますわ」

あちこち泥だらけ、と紫揺を見ながら付け加える。

「あ、ああ。 そうだな」

マツリと紫揺の罵詈雑言など聞きたくない。 一応ではあるが、本領領主として言わなければならないことは言った。

「さ、紫行きましょう」

シキが一緒に階段を上がろうとする仕草を見せる。

「回廊に泥が落ちちゃいますから下から行きます。 場所は分かってますから」

「紫?」

「お掃除の人が困りますから」

そう言うと踵を返して「デカームー」 と言って走り出した。

四方の目が大きく開いた。

「待て!」

四方の声が響き渡る。

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