大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第48回

2022年03月25日 22時41分27秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第40回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第48回



紫揺の足が止まった。 振り返る。

「いま何と言った」

どうして食い付くのかと思いながら「デカーム」 ともう一度言う。

四方が回廊の勾欄によろけるように両手をついた。

「父上!」

マツリが大階段を駆け上ると、シキも四方の様子にマツリの後に続く。

「それを・・・どこで聞いた」

「ジョウヤヌシの地下の牢屋」

紫揺が眉間に皺を寄せ首を傾げる。

「他に聞いたことは」

「宮の中でデカームと人に聞こえるように言って欲しいって。 それと、五人って言ってました」

四方が両手をついたまま頭を垂れた。

「マツリは会ったのか」

「いいえ、残念ながら。 杠を屋敷から出してきたのは紫です。 我は屋敷にも入っておりません。 それより父上どうされました」

四方が頭を上げ紫揺を見る。

「それはわし宛だ。 もう言わんでよい」

「四方様宛?」

紫揺が怪訝な目をするが、あの時のことをよく考えると牢屋の中にいた男は話し方が堂々としていたし、立ち姿もピンと背筋が通っていた。 民といわれる者とは違った。

四方ほどの立場の人間だ、マツリとて俤という手足となる者が居るのだ。 地下に密偵をおいていてもおかしくはないだろう、地下に限らずとも。

密偵であれば四方に伝えろとは言えないだろう。 だから人に聞こえるように言って欲しいと言ったのかもしれない。 その内に四方の耳に入るだろうと。

「分かりました」

あちこちで言おうとは思っていたが、まさか四方は関係ないだろうとは思いながらも、二度と四方に会うことが無いのだろうから一応言っておこうと思ったのが、正鵠を射ていたようだ。 まさかのど真ん中、大アタリ。
牢屋の鍵はハズレばっかりだったというのに。

「あと、牢屋に居る他の人から言伝を聞いてます。 マツリにでも言っときましょうか?」

マツリではなくシキと言いたいがシキはもう嫁いだ身。 シキに頼むわけにはいかない。 軽く言ったように聞こえるだろうが、決して軽くない内容。 だが “マツリにお願いしておきます” などとは言いたくもない。

“マツリにでも言っときましょうか”。 “最高か” と “庭の世話か” が何とも言えない顔をし、シキと昌耶が額に手をやる。

四方も渋い顔をしている。 どうしてマツリ様と呼べないのか。 それも “言っときましょうか” などと。
さっきのゴングが鳴る前のことを思い出す。 それに見張番からも聞いた舌戦。 地下に居る間にそれなりのことがあったのかと思うと、マツリもマツリだからと諦めに近い心境になってしまう。

「紫には訊かんとならんことがあるようだ。 ゆっくり休んでその後マツリと共に聞こう」

「四方様がですか?」

どういう意味だ。

「いかんか」

「いいえ。 じゃ、明日? お話します」

まさかそんな展開になるとは思ってもいなかった。 相変わらず四方が好きなわけではないが、マツリを通して頼もうと思っていたことが直接頼める。 マツリに頼み事などしたくはないのだから丁度いいと言えば丁度いい。

今度こそ紫揺が走った。
その後を “最高か” と “庭の世話か” が「お待ちくださいませー」 と言いながら追って行った。

「シキ様、お房にお戻りいたして衣裳を替えましょう」

昌耶がシキの衣装に砂が付いている所を示す。

「あら」


半分ほど飲んだ湯呑を置くと盆を前にマツリが話し出した。

ここに来るまでに四方から紫揺の言った “デカーム” の説明は聞いた。
“デカーム” とは四方の手足となって動いている、百足(むかで)を逆から言う暗号の一つ、隠語であると聞いた。
それでは “デカム” になる。 それなら “カ” と “ム” の間の伸ばすための “―” は、要らないのではないかと思えるが、捕まっただけならば “デカム”。 捕まったことにより四方に伝えきれていない情報がある時には “デカーム” と言うのだということだった。

そして紫揺の言った五人と言うのは、地下に居た百足全員だということ。 よって情報を伝える術を持っていないということであった。

「先ほども申しましたが我は屋敷の中には入っておりません。 ですから屋敷のことは申せませんが、杠から聞いたことがあります。 官吏のことを金で釣られたと言っては可哀想、そう情報を得ていたようです」

「どういうことだ」

「探れなかった様です。 それと城家主の後釜を見つけたと」

四方の目が光った。 城家主の後釜さえ見つかれば今の城家主を潰すことが出来る。

「共時からの話は聞いて頂けましたか?」

やっと箸を手に取る。

「え? ああ」

後釜の話しからどうして共時の話になるのか。

「どんな手応えで御座いました?」

「手応えなぁ・・・」

腕を組む。

マツリは四方の様子を見ながら箸をすすめている。
マツリは二十六歳。 育ち盛りが終わったとは言え、早朝に朝餉を食べただけで今はもう月が出ている時だ。 もう十二時間どころか、それ以上何も食べていなかった。

と、そこにバタバタと走ってくる音がした。
四方の側付きが顔色の悪い眉を寄せて襖戸を開ける。

「これ、このような刻限に何を走っておる」

「シキ様はおられましょうか!」

マツリが食事をとっていることは分かっていた。 さっき四方も言っていたし、自分たちが用意をするように厨に言ったのだから。
紫揺のことを心配していたシキがマツリに紫揺のことを尋ねているのではないかと、その食事室にやって来た。

息を弾ませた丹和歌の声だとマツリが気付いた。
側付きが口を開けると同時に「入れるよう」 と、四方の許可も取らずに側付きの背中に言う。

側付きが「入れ」 と丹和歌を食事室に入れる。 てっきりシキが居ると思い入ってきた丹和歌だったが、そこにシキの姿が無い。

「何かあったのか」

シキに丹和歌とくれば、それは紫揺に繋がる。

今にも泣きそうな丹和歌が「シキ様はどちらに・・・」 と問い返す。

「何があったのかと訊いておる」

「・・・紫さまの・・・紫さまのお身体に・・・」

マツリがバンと卓に両手をついて立ち上がった。

「身体に何があった!」

「痣が・・・」

とうとう顔を覆って泣き崩れてしまった。

一瞬にして顔色を変えたマツリが走って食事室を出た。

「マツリ!」

四方が呼ぶが、既にマツリは走り去ってしまっている。

「シキは房に戻っておる」

側付きに言う。
顔色の悪い側付きが心得たとばかりにすぐに出て行く。

「ったく、マツリは。 女人の湯殿に入るつもりか」

聞いてはいないマツリに吐くが、四方も気が気ではない。 紫揺は東の領土の五色なのだから。 その紫揺が本領に居る間に痣を付けたなどと。 ましてや危険と分かっている地下に入らせたのも本領だ。
本領の面子が丸つぶれになる。

「痣はどこに付いておった」

泣き崩れる丹和歌に問う。

「お腕・・・お腕で御座います。 ゆ、指のあとが・・・しっかりと」

腕を掴まれたということだろうか。 それなら幾分かましか。 もし腹や背などを蹴られた痕であるなら大事だ。

「他には?」

「まだ。 まだ全てをお脱ぎになって・・・おられませんでしたので・・・。 ですがあの様に痕がお付きになって・・・どれほどお痛い目に遭われたか。 細いお腕が・・・」

そこまで言うとまた泣き崩れた。

四方が解いていた腕をもう一度組んだ。


客用の湯殿目指して回廊を走るマツリ。

宮で働く者や下働きが入る風呂を湯所と言い、それは大衆浴場のようになっている。 宮の者や客が入るのは湯殿と言い、三,四人が余裕で入れるスペースに一人で入る。
湯所、湯殿と言葉の使い分けをしている。

杠は湯所に案内されたが紫揺はあくまでも宮の客人。 湯殿になる。

「傷など無いと言っておったのに!」

着替えていてはこんなに早く走れなかっただろうが、今は他出着のままである。 狩衣よりよほど走れる。

客用の湯殿まで来たマツリ。
木で出来た戸を勢いよく開ける。 そして次に見える女人用の湯殿の戸も開けた。 戸を開けた時に中が見えないように、少し離れた戸の前には見事に精緻を凝らせた彫り物のある衝立が立ててある。 その横を抜けて中に入る。
そこには紫揺の足元で泣き崩れている “最高か” と世和歌がいた。

「紫!」

マツリの声が響いた。
顔を上げる紫揺。

「げっ! なんでここに居るのよ」

かろうじて最後の一枚は脱いでいなかったし、まだ下穿きも穿いている。 だがその最後の一枚が言ってみればノースリーブ。
マツリがズカズカと中に入ってくる。

「痣がどこにある!」

「何でそんなに怒られなくちゃいけないのよ」

「どこだと訊いておる!」

紫揺の腕を掴んでこちらを向かせようとすると「イタ・・・」 と小さく紫揺が言った。 まだ骨にまで残る痛みが残っている。

マツリが手を離して紫揺の腕を見た。 くっきりと掴まれた跡が残っている。
今度は紫揺の手首を取り水平に上げた。 腕には指の一本一本まで分かる痕が残っている。
食事室を出た時には蒼白だったマツリの顔が憤怒に近くなる。

「他には!」

「だから声が大きいし、なんで怒られなきゃなんないのよ」

“最高か” と世和歌がやっとマツリに気付き驚きに目を瞬かせている。

「他には無いかと訊いておる!」

「無いって。 地下でも言ったでしょ」

「お前は無いと言っておったが、こうしてあるではないか!」

「マツリが骨を折られたかって訊いたから無いって言ったし、傷が無いかって訊いたから無いって言ったんじゃない」

“最高か” と世和歌にとってマツリがここに居られては困る。 ここは女人の湯殿なのだから。 だが今は到底口を挟めそうにない。 とにかく三人が紫揺の足元から離れた。

「ではこれはなんだ!」

「青たん。 傷でも骨を折られたわけでもない」

紫揺の言う内容に “最高か” と世和歌が気絶しそうになる。

「何故あの時に言わなかった!」

「ずっと服・・・衣装を着てたもん。 脱いで確認なんかしなかったから私も知らなかったし」

衝立からシキが現れて手で口を覆った。 ずっと先からマツリの怒声が聞こえていたから、もしやとは思っていたが、こうして女人の湯殿にいるマツリを見るとは思いもしなかった。

「これは掴まれた跡だろう! お前はあの時、掴みかけられたから横をすり抜けた、逃げたと言っておったではないか!」

「うん、そう。 掴ませなかったし。 アイツ、サイテーだし。 触られたくもないし」

「触られる!?」

紫揺の最後の言葉にマツリの髪の毛を括っていた平紐がするりと解けた。 そして髪の毛が裾からゆっくりと上がってくる。

「マツリ! 落ち着きなさい!」

シキが中に入って紫揺を抱きしめた。

「紫の手をお放しなさい!」

「触られるじゃなくて、触られたくもないって言ったの! 考えただけで気持ち悪い」

「当たり前だ!!」

上がっていくマツリの銀髪が徐々に赤くなってくる。

「マツリ! 頭を冷やしなさい!」

このままマツリの髪の毛が逆立って赤くなってしまえば何も残らなくなる。 物も人も。

「痛いんだけど」

「当たり前だ! こんな痣など作りおって!!」

「マツリ!!」

「手首が痛いんだけど」

マツリが睨み据えていた紫揺の目から、己が掴んでいる紫揺の手を見る。 己が掴んでいる手首、そこから見える紫揺の手の甲から指からパンパンに膨れている。 針でつつけば今にも破裂しそうだ。
マツリが目を見開いた。 思わず手を離すと紫揺の手首には赤くマツリの指のあとが付いている。

「意味分んないんだけど。 人のことを無視しておいてソッポ向いて話しておいて、これって何?」

「・・・お前は東の五色だ。 本領が東の五色に痣を作らせたなど、許されるものではない」

「ふーん、そうなんだ」

自分のことを五色扱いしてるんだ。
だったらもっと大事にしろよ! 無視とか目を合わせないとか止めろよ! 言いたいけど言えない。 マツリの中での五色の扱いが分からないから。

湯殿でピシャンと水滴の滴る音がした。
暫くは誰も口から何も発することは無かった。

マツリの髪の毛が沈んでいく。 それとともに赤みも引いていく。
シキがホッと息を吐く。

遅れてやって来た昌耶とシキの従者。 いったい、シキの従者なのか昌耶の従者なのか分からない。
決してシキの走るのが早いわけではない。 走ると言っても早歩き程度。 そのシキから昌耶が遅れを取った時には昌耶につくようにとシキから従者たちに言われていた。

「紫、痛くない?」

紫揺の手を取って手首を撫でてやる。
血流が止まっていて急に流れたからだろう、指先がジンジンする。

「これくらいなんともないです。 こっちも」

ついでと言うように、喜作につけられた痣のことを言う。
実際、部活時代は、青たんだらけだったのだから。

「これは・・・どうして出来たの?」

「ジョウヤヌシの手下? に掴まれたんです。 そのまま逃げても良かったんですけど、ジョウヤヌシの家? に潜り込もうと思ってそのまま掴ませておいたんです。 そしたらなんか・・・嫌がらせみたいに段々と捻るみたいに強く握ってきて」

「こんなに細い腕を・・・」

シキが痣を撫でる。
紫揺が顔を上げてマツリを見る。

「それに気付いてウドウさんが上手く言って私の手を握ってくれたの」

「ウドウ?」

「杠さんも言ってたでしょ? 共時さんを慕って幅を利かせてきてるって人の話。 マツリだってジョウヤヌシと話してた時、私がウドウさんと手を繋いでたのを見たでしょ?」

紫揺が手を繋がれている場面を思い出した。
宇藤の顔を思い出したのではない。 宇藤に手を握られている紫揺。 手を繋いでいる場面。 マツリの頭の中で段々とズームされ繋がれている手だけがアップになってくる。

マツリがプイと横を向いた。

「さっき俺がその痣のことに気付かず握った時、痛いと言っていたが」

「結構長い間キツク握られてたから。 まだ骨まで痛い感じかな」

「骨!?」

横を向いていた顔を紫揺に向ける。

「マツリ、落ち着きなさい。 分かっているわね、さっき赤髪になりかけていたのを」

一度口を歪めたマツリ。 「申し訳ありません」 と言い、口を横に引いた。

「他に痛むところはない?」

ありません。 全然元気です」

「紫・・・」

紫揺の名を口にするとその紫揺の頭に手をやり抱きしめる。
そして何故か昌耶が涙した。


食事室で四方と杠が向かい合っている。

「マツリからは一つ二つ聞いた」

「マツリ様はどちらに?」

キョロキョロとすることもなく堂々としてみせてはいるが、本領領主である四方と二人で向き合うなど耐えられるものではない。

「色々あってな。 まだ戻って来ておらん」

「そうで御座いますか」

食べかけの食事がマツリのものだと分かる。 マツリが出てしまっていては仕方がない。 腹を据えるしかない。 だてに他の都(と)や地下で鍛えていたわけではないつもりだ。

「官吏が金で釣られたと思うことは哀れだということは聞いたが、その後に城家主の後釜の話を聞いた。 どういうことだ」

官吏の話を杠は調べ切れていないとマツリから聞いている。

「内々で、亀裂が生じております。 城家主のやり方・・・と言いましょうか、城家主自身についていけないと思っている者が増えてきております。 それと同時に共時という者がおりますが、共時を慕っている者が増えてきております」

「その共時を後釜にということか?」

「はい」

(だからマツリは、共時と話してどんな手応えかと訊いてきたのか)

四方が得心する。

「共時とは話した」

杠が目を見開いた。

「身体を痛めておる故、宮で預かっておる」

マツリからは共時が己を助けるために城家主の屋敷に忍び込んだと聞いていた。 身体はかなりやられていたとは聞いたが、その共時を宮に連れて来ていたのか?
そんなことがあるはずはない、地下に居る者を。 それもその時には己が共時のことをどう考えているのかマツリは知らなかったのだから。

それとも・・・共時が地下から出ていた? たしか紫揺が共時を見つけたと言っていた。 そこは外だったということだろうか。
いずれにせよ、いま四方は預かっていると言った。 大体、共時が己を助けるために屋敷に忍び込んだこと自体がおかしい。 腑に落ちない。 本人かどうかを確かめることが必要だ。

「具合はどうなのでしょうか?」

「医者が言うに痣は数え切れんぐらいあるそうだ。 酷いのは頭の打撲と右足の骨にひびが入っておるということだ」

何かを考えるように杠が数瞬目を瞑った。

「共時が言うに、杠以外の者が囚われているということだが?」

「はい、己が城家主の屋敷に入りましたのは、四方様の手足となっている者が捕らわれたと聞いたからで御座います」

四方が眉を上げる。 百足を助けようとしてくれたのか。

「その者たちのことは紫から聞いた」

「そうで御座いますか。 それではそれ以外には承知しておりません」

四方の話しから紫揺は杠を助ける前に百足と接触していたのか、と分かった。

「そうか。 共時も詳しくは知らないようだった」

「その男、己の知っている共時かどうかを確かめても宜しいでしょうか」

尤もなことだ。 四方が頷いた。

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