大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第46回

2022年03月18日 21時53分01秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第40回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第46回



「マツリ様?」

俤が問うが、まるでそれが耳に入っていないように後ろを振り返ったままのマツリ。

「カルネラはどうした」

「ここ」

そう言って自分の腹を指さす。
肩に居たカルネラがマツリを怖がって紫揺の腹の中に隠れてしまっていたのだ。
マツリの顔が鬼のようになるのが分かった。

「マツリ?」

「カルネラ出てこい」

紫揺の腹の中で「ピー」と聞こえた。
カルネラは己の言葉が分からないかもしれなかったのだ、それを思い出した。 今鳴いたのも言われてる意味が分かって鳴いたのではなく、マツリの声が間近に聞こえたからだろう。

「カルネラちゃんに用事?」

「出てこさせろ」

「カルネラちゃん、出ておいで。 怖くないから」

そう言って腹の中にいるカルネラを服の上から優しく撫でてやる。
それでも出てこないカルネラ。
マツリが紫揺を睨む。

(はっ!? どうして私が睨まれなくっちゃいけないわけ?)

カルネラを睨めというわけではないが、なぜ自分が睨まれなければいけないのか。

「衣裳を全部脱げとは言わん。 だがカルネラを出せるところまで脱げ」

「マツリ様、それは・・・」

たとえ少年の服を着ていると言えど、紫揺が少女だということは分かっている。 さっき抱え込んだ時にそれが何となくと分かった。 きっとマツリもそのことは知っているだろうに、その言いようは少女に対してあまりに酷い。

紫揺がマツリを睨み返しながらカルネラに声を掛ける。

「カルネラちゃん、出て来てもらわないと私困る」

「シユラ、コマル?」

くぐもった声が腹の内から聞こえる。

「うん。 出て来てほしいな」

紫揺の腹の辺りで服がもぞもぞと動き、それが段々と上に上がってくる。 懐からカルネラが顔を出した。
プハー、と息を吐く。 やはり紫揺の腹の中の居心地は悪いらしい。

「カルネラ、イイコ。 ナンでもデキル。 イッタらワカルコ。 シユラダイジ。 コマルダメ。 シユラスキ」

「うん。 私もカルネラちゃんが好き。 出て来てくれてありがとね」

「コマル、ナイ?」

「うん」

カルネラが鈍い野生の勘で視線を感じたのだろうか。 後ろを振り向いた。 するとそこに恐~いマツリの目があった。

「ピィ!」

総毛だった後にまた紫揺の懐に潜り込もうとしかけたカルネラをマツリが掴んだ。

「カルネラ」

今にも握り潰されんばかりだ。

「返してよ」

カルネラを見ていた目で紫揺を睨む。 睨まれて怯むような紫揺ではない。

「カルネラちゃんはリツソ君の供なんだからね。 マツリの供じゃない。 返してよ」

「お前の供でもない」

「リツソ君の供をマツリが勝手に掴むのはいいって言うの?」

「屁理屈を並べるな。 供のことは宮を納める者だけの話だ」

「でもその供が誰を選ぶかは自由でしょ。 供に選ぶ権利はあるでしょ」

「シユラァー・・・」

マツリに掴まれているカルネラが紫揺を見て情けない声で呼ぶ。
眉間に皺を寄せていたマツリだが、更に皺を寄せ手に握るカルネラを見た。

「ピィ・・・」

睨まれたカルネラ、紫揺の名前を呼ぶことすら出来なくなってしまった。

「肩にいろ。 腹に入るな」

そう言うと紫揺の肩にカルネラを戻したが、カルネラがすぐさま懐に入ろうとする。

「カルネラちゃん、一緒に歩こう。 カルネラちゃんと私と」

「イッショ? アルコウ? カルネラとシユラ?」

「うん、そう。 一緒。 同じ時を持とう。 同じものを見ようよ。 肩に居て」

「イッショ・・・オナジ? オナジトキ? オナジモノをミル?」

「そう。 中に入っちゃったら見えないからね」

「カルネライイコ! シユラとミル! シユラスキ! シユライッショ!」

「よく出来ました」

胸元のカルネラの頭を撫でてやる。
懐に入りかけていたカルネラが紫揺の肩に上る。

「ヨクデキマシター!」

嬉しそうにカルネラが言う。

その一人と一匹の様子を刺すような目で見ていた一人。 それを見ていた一人。 その最後の一人が首を傾げる。

(マツリ様?)

「行くぞ」

マツリが歩を進めた。

城家主の屋敷の塀沿いに歩きながら、マツリが俤と最後の接触をした後のことを話しだした。

「悪かった、リツソが見つかったことを告げられなかった」

「いいえ、そのようなことは。 リツソ様が宮に帰られたことは噂で聞きましたので。 それより見張番のことですが、申し訳ありません、まだつかめておりません」

「ああ、それはもうよい。 こちらで分かった」

「それは・・・申し訳御座いませんでした」

手を煩わせてしまったと俤が頭を下げる。

「いや、見張番のことはそう簡単に分からなかったであろう。 こちらも偶然が重なって分かったことだ。 それより一つ伝えられなかったというのは何だ?」

気付いてもらえていたんだと口元が綻(ほころ)ぶ。 それにいつものマツリより幾分か砕けているように感じる。
俤と顔を合わせた時、開口一番に『俤、無事だったか』 だった。 心配をしてくれていた、それだけでも嬉しかったというのに、無事を確認して気が緩んできたということだろうかと驕(おご)った考えを持ってしまう。 それが思い上がりであろうと、また嬉しい。
マツリに話すよう促され、この場で話すのはやぶさかではないが、それでも紫揺の存在が気になる。

「宜しいのでしょうか?」

そう言って僅かに目を動かす。 紫揺を指しているのだ。

「ああ、構わん」

紫揺とマツリの関係が全く分からない。 だが話は進めなくてはいけない。 マツリが言えと言うなら、この “私” が居ても話してもいいのだろう。

「官吏のことを金で釣られたと言っては可哀想、そう聞きました」

「どういうことだ」

官吏という言葉に紫揺が眉を上げる。 だが今はマツリと話したくない。

「分かりません」

「誰から聞いた」

ずっと知らない男だった。 だがその後に酒をおごってもらった奴にあの男の名前を聞いた。 それに紫揺も言っていた。

「共時です」

「共時?」

「はい」

マツリが口元に手をやる。

「共時が己が捕まったとマツリ様と・・・後ろにいるのに言ったことは聞きました」

「共時とはどういう者だ」

「聞いた限りでは、マツリ様が城家主の後釜を考えていらっしゃるに相当しますかと」

どうしても気になって、あのあと共時のことも調べた。

「聞いた限りか、では俤はよく知らないということか。 だが共時は俤を助けるに今の城家主に対抗できる者の数は無いと言っておった」

「共時が己を助ける?」

「俤のことを思って屋敷に忍び込んだらしいが、見つかって・・・かなりやられておった。 屋敷の中にいる共時を慕っている者に逃がしてもらったらしい」

最初は首を振っていた俤だが最後には頷いた。

「はい、それは確かです。 今はまだ城家主に付いている手下ほどは集まっていませんが、城家主が無理に付かせているのとは違い、共時にはすすんで人が付いています。 それに共時を慕っている者がいますが、それが徐々に幅を利かせています」

「それって、もしかしてウドウってひと?」

後ろから声が聞こえた。 マツリと俤が後ろを振り返る。 紫揺の目はマツリではなく俤を見ている。

「どうして知っている・・・」

俤が紫揺に言う。

「ほら、言ったでしょ? 結構苦労してここまで来たって。 罠じゃないって」

言われ思い出し眉を撥ね上げた俤。 反対に眉を顰めるマツリ。

「宇藤と話したのか?」

俤が問う。

「うーん、話したと言えば話しました。 ウドウさん優しかったし。 でも何を考えているのか分からなかった。 わたし自身が地下の様子が分からなかったからなんだろうけど。 だけど俤さんの話しからすると、有り得なくもないかな?」

「紫」

マツリの声が低く響いた。
紫揺がマツリを見る。

「苦労をしたとはどういうことだ」

「まぁ、色々あるわよ。 ジョウヤヌシに捕まるまでも色々あったし」

「捕まったのか。 ではあの時どうして笑んでおった」

城家主に声を掛けられ、紫揺を見た時のことを思い出す。

「わざと捕まったからに決まってるでしょ。 余裕の微笑みよ。 それをマツリに伝えたつもりだったけど、分からなかった?」

「・・・お前」

どこかで分かってはいた。 だが、どれほど心配したか。

「まあ、その後も色々あったけどね。 キサってヤツはサイテーだった」

「喜作!?」

問い返したのは俤だ。 だがそれを退けるように言ったのはマツリ。

「最低とは、どういうことだ」

「私の身体の、外から見えないところに傷を入れるとか、ろっ骨を折るとか。 ホンット許せないヤツ。 一度目はウドウって人が止めてくれたけど」

マツリが光石を取りこぼして紫揺に向き合った。 おもわず俤が光石を拾う。

「マツリ?」

紫揺を上から下まで見たマツリ。

「傷? 傷を入れられたのか!? 折られたのか!」

「声、大きすぎるし」

マツリの肩の上でずっと黙っていたキョウゲンも「マツリ様、お声が」と小声で進言しているが、同時に首を何度も傾げている。

「そんなことを問うておらん! 傷を入れられたのか! 折られたのか!」

マツリの顔が蒼白になっている。

「そんなヘマを私がするわけないし。 それに折られてたら跳んだりできないし。 何考えてんの?」

「・・・」

マツリが腰を曲げ手を膝につき「・・・そうか」とこぼす。

「言ったじゃない。 足手まといにならないって。 まぁ、最初は迷惑かけたけど」

「傷は?」

腰を伸ばしたマツリが訊く。

「は?」

「傷は入れらていないのか」

「だから言ったでしょ、そんなヘマしないって。 アイツが掴みかけたから横をすり抜けて逃げた、何にもない」

マツリが安堵の表情を見せる。

「餓鬼が逃げた、それがその時なのか?」

すぐに俤が問う。

「そう」

当たり前に答える紫揺。

「マツリ様」

紫揺を見ていた俤がマツリを見る。

「宇藤は共時の為に動いています」

「どういうことだ」

紫揺から目を外したマツリ。

「まだまだ、城家主と比べて盛栄はつきませんが、地下の後釜は共時しかないと思います」

それを聞いた紫揺。 宇藤に心当たりがなくもない。 その宇藤が慕っている共時なら。 その共時の心意気も聞いている。

「私も賛成」



足を進める二人、肩に止まって足を進めない一匹。 その影が地下を動く。
紫揺の肩でウツラウツラと始めたカルネラ。 今にも落ちそうだ。 紫揺がカルネラの身体を両手で持つ。 持っていた光石は懐にしまっている。 今は地下にある光石で足元を照らされながら俤と歩いている。

地下の者達があちらこちらでくだを巻いたり、地べたに座り込んだりしている。 俤が居るからだろうか、来た時のように紫揺に絡んでくるものは少なかったし、絡んできても俤がそれをかわしていた。

マツリは何故か俤と紫揺に刺すような視線を送ってから、自分がこの時に歩いているのを見つかるわけにはいかないと、キョウゲンに乗って先に地下を出ていた。

「マツリ様とどういう関係なんだ?」

「難しいですね」

「どうして隠す?」 

マツリと対等に話しているのに名も告げなければ関係も言わないとは、どういうことだ。

「出来ればはっきり言いたいです。 でも私の立場とマツリの立場があります」

「だから言えないと?」

「はい」

「では、一つだけに答えて欲しい」

「はい?」

「お前の名はシユラなのか、ムラサキなのか?」

カルネラが紫揺のことをシユラと呼んでいた。 一度先に問うていたが、教えてはもらえなかった。 だがマツリとの会話でマツリが紫揺のことを紫と呼んでいた。 俤はそれを聞き逃さなかった。

「・・・紫揺であり紫でもあります」

気のせいだろうか、紫揺に悲し気な顔が見えた。

「シユラであり、ムラサキでもあるか・・・。 悲しいのか? 己の名が」

「そんなわけないです」

―――悲しいのか? 名をもらったことが。
―――悲しいのか? 名を知らされたことが。

「そうか。 俺は俤という名をマツリ様から頂いた」

己は嬉しかった。

「え?」

「俺の名は俤でもあり、もう一つでもある。 お前もそうか?」

お前もマツリから名をもらってマツリの手足となって働いているのか? だがマツリが無理強いするようなことは無いはず。 それなのにどうして悲し気な顔をする?

「違います。 私の名前にマツリは関係していません」

俤が眉を上げる。
それではどういう事だろう。 名が二つあり、どちらでもあるとは。

「誰に名付けられた?」

「紫揺は・・・多分、祖母。 紫は決まっていた名前」

「意味が分からんな」

そう言うが、マツリは関係していないようだと納得をする。

「分かってもらわなくてもいい」

「敢えて訊くが、子ではなく女か?」

紫揺は大人びた返事をしている。 それに、地下牢に閉じ込められていた時にも的確に話していた。

「女?」

子供ではないし女のつもりだけれど、それが何歳を指しているのか分からない。

「大人の女ということだ。 十五の歳以上か?」

“十五の歳以上か?” 坊と呼ばれていた時のことを思うと喜びたいところだが、十五歳以上で大人扱いされるのか? まだ中学生ではないか。 それに成人式は二十歳ではないか。
驚いた顔を俤に向ける。

「ああ、あまりにしっかりと受け答えをするから、子では無いと思ったんだ。 違ったようだな」

チガウクありません。 二十三です。 ここの十五歳以上の規定より八年も長く生きてますし、日本でいうところの成人式から、三年オーバーです。

「十五とか、そんなんじゃない」

「ああ、悪かった」

「二十三だし」

「は?」

「二十三の歳」

「あ“あ”――!?」

俤より一つ上であった。



「よう、俤。 城家主に捕まったって聞いたけど? そうじゃなかったのか?」

「そう聞いたのなら、策を持って助けに来たんだろーなー?」

「行くわけねーだろ」

「とか言いながら、助けに来るよな」

「行かねー」

「お前の根性見たからな」

「どうとでも見ろよ。 で? その餓鬼は何だ?」

「餓鬼は餓鬼だ」

「そっちに走ったか?」

「馬鹿言ってんじゃねーよ」

「どうだろうかなー」

男が下卑な笑みを残して呑屋に姿を消した。 姿を消さないでくれ、と願う俤。 紫揺から二十三歳と聞かされてからは、ギクシャクとしているのだから。 それは俤だけであるが。

「あの人は、どういう人ですか?」

「単なる地下の住人」

「ウドウさんともキサとも関係のない人ですか?」

喜作には “さん” が付いていない。 付ける気など無い。

「ああ」

「俤さん?」

俤に何かを感じた。

「なんだ?」

「私のことを何と思っていますか?」

「お前のことはよく分からない。 自分から名も言わないんだからな。 だけどマツリ様がお前をかってんだろ?」

紫揺が微妙に笑む。

「なんだよ」

「どうでしょうか」

「どういう意味だ?」

「あの部屋で助けてもらって有難うございました」

俤が紫揺を抱えていた部屋。

「俤さんに引っ張ってもらわなかったら完全に見つかってました」

「俺を牢から出してくれたのはお前だ」

プイッと横を向くがあの時のことを思い出す。 知らなかったとはいえ、二十三の歳にもなる女を己は赤子のように抱えていたと。

「怪我、あんまりしてないんですね」

殴られただろうあとは見えるが共時とは比べ物にならない。

「地下に潜る前にはマツリ様から体術や色々と教えてもらっていたからな」

やっぱり単なる情報屋ではないのか。

「マツリからは情報屋さんって聞いていますけど。 違いますよね、どういう関係ですか?」

「マツリ様に情報を流しているから情報屋に違いない」

「単なる情報屋さんじゃないですよね? マツリが俤さんのことを異常なくらい心配していたんですけど?」

「そりゃ、嬉しいな」

心底そう思っているのだろう。 くすぐった気に頬を緩め下を向いた。

「俺はマツリ様の手足になりたいと思っているだけだ」

「どうして? そこまで思われるマツリとは思えないんですけど」

俤が紫揺を見る。

「お前がマツリ様のことをどう考えているかは知らないが、あの方は気骨があり温情の深い方だ」

(権高で癇性の間違いじゃないの?)

「俺はマツリ様が居なけりゃ・・・もうおっ死(ち)んでた」

「え?」

「マツリ様に助けてもらった。 餓鬼の頃の話だけどな」

紫揺の頭の中で心当たりのあるマツリとの会話が流れた。 映像付きで。 あの淋しそうに悔しそうにしていたマツリの顔が目の前に現れる。

「もしかして・・・俤さんのもう一つの名って・・・杠(ゆずりは)?」

俤が驚いた顔を紫揺に見せた。

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