大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第40回

2022年02月25日 22時58分55秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第30回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第40回



(マツリ、どうやって俤さんを助け出すんだろうか・・・)

距離をあける為にゆっくりと足を動かす。

(ん? 私どうしてここに居るんだ?)

俤を助けたいということはちゃんと覚えている。 まだ俗に言われる健忘症の年齢ではない。 そういうことではない。

(マツリが俤さんの心配をしてるのが分かったから・・・)

シキの部屋でマツリの役に立ちたいと思ったことも覚えている。
いや、そうじゃない。 それに俤がいたからどうこうではない。 どうしてマツリの役に立ちたいと思ったのか。
紫揺がブンブンと頭を振る。

(どうでもいい。 今は俤さんを助けるだけ)

「坊、可愛いじゃないか」

いつの間にか男が紫揺の横に立っていた。

(コイツ、坊とはどういう意味よ)

無性に腹が立った。

「俺と一緒に来いや」

(コイツ・・・えっと、なんて言ったっけ、ロリコン? 坊と言ったけど、それにあてはまるのかな?)

つまらないことを考えている紫揺に男の手が伸びた。
紫揺が側方宙返りをしてその手から逃れる。

「へぇー、大したもんだ。 元気な坊だ。 気に入った」

(気に入られてたまるか)

再度伸びてきた手から紫揺が逃れる。

(どんくさい男。 だから地下に落ちたんじゃないの?)

チラッとマツリを見る。 マツリは歩を進めている。 キョウゲンは首を捻りこちらを向いている。

(遅れを取りたくない。 こんなやつ相手になんかしてらんない)

再度伸びてきた男の手を膝を曲げ腰を低くしてかわして走り出す。

「待て!」

男の声が後ろから聞こえるが、そんなことに構ってはいられない。

(こんな男に追いつかれる謂(いわ)れはない)

紫揺がぶっちぎる。
男が周りから囃し立てられている声が聞こえる。

「どうだ?」

「逃げられたようです」

「そうか。 ・・・なかなかのようだな」

「なかなかでは終わりません。 たいしたものです」

マツリがキョウゲンを見た。 キョウゲンの言(げん)がおかしい。 いつもなら “そのようで” と言うくらいだ。 マツリの言を否定するようなことは言わない筈だ。

「キョウゲン? どうした?」

問われたキョウゲン、意味が分からない。

「どうしたとは? どういうことで御座いましょうか?」

「あ? ああ。 何でもない」

どうしてキョウゲンが紫揺のことを、このとんでもないことをしでかしている紫揺のことを、たいしたものというのか。
それにキョウゲンなら己の心中を分かってくれているはず。 それなのにどうして。

詰まってしまったマツリとの距離をもう一度あけた紫揺。

(アイツ、坊って言った)

マツリからは、紫揺が女だと分かるとどうなるか、そう聞いていた。

(マツリの馬鹿! 男でも女でも関係ないじゃない!)

マツリ情報に腹立たしく思いながらマツリの後をゆっくりと追うが、女と分かられてはこれくらいでは済まなかっただろう、ということまで紫揺の頭は考えられなかった。
と、手首を握られた。
紫揺がハッと顔を上げる。
男が嫌な顔を見せる。

(ウッザ、コイツ、ただじゃおかない)

紫揺が片足で地を蹴り上げる。 次に男の腹に足をボッコンと入れ、蹴り上げた足で男の後頭部を打った。 

ピー! 懐で笛が鳴ったようだ。

男が紫揺の手を離しよろめいた。 身体を捻って着地した紫揺。

(弱っ!)

驚くほど簡単に男が倒れた。

(だからー、そんなんだから、地下に落ちちゃうんでしょ。 もっと頑張りなさいよ)

溜息をついた紫揺がマツリの後を追う。

その間にマツリはマツリで地下の者から声を掛けられたり、マツリから声を掛けたりしている。

「どうだ?」

「お見事でした」

「いや、そうではなく・・・」

いったいキョウゲンはどうしたのだろう。

「一旦離れましたが追ってきております」

マツリが安堵の息を吐く。 キョウゲンにも紫揺に対してもだ。

「見逃すことが無いよう」

「御意」

マツリに返事をしたキョウゲン。 カルネラにはいい修行になるかとも思っている。

角を何度か曲がりあと一つ曲がると先に城家主の屋敷が見える。 人が居るという意味では地下の一番奥になる。
そこでマツリが足を止めた。 辺りを見る。 城家主の手下(てか)が居るかどうか確かめている。 とはいえ、マツリも全ての城家主の手下を知っているわけではない。

今は上空・・・上空と言っても地下だ。 その地下なりの上空にはいくつもの穴が開いている。 空気孔や換気口と言ってもいいし、陽の光が入る穴と言ってもいい。 その陽の光が僅かに斜めに入ってきている。 昼餉時を越したということが分かる。

「明るすぎるな」

物事を起こすには。

「夜まで待たれますか?」

マツリが顎に手をやる。 今までも上空には穴があった。 明るいことは分かっていたが気が逸っていた。 いざ行動を起こそうとなると陽が邪魔になることに気付いた。
夜まで待って俤がどうかなってからでは遅い。 それとも、もう遅いかもしれない。

「これは、マツリ様」

マツリが振り返るとそこに居たのは城家主であった。

「噂は地下にも届いております。 弟君が行方知れずになっていたと・・・。 見つかったようで何よりですが、弟君についておられなくて宜しいのですか?」

しらじらしい・・・。

「ああ、元気にしておる、案ずることではない」

「それは何よりで。 で? 今日はどういったことでお目見えで?」

やはりリツソのことがあったこんな時に地下に入ったことを疑われている。

「いつものように地下を見て回っておる」

「左様で。 ですがお元気と言われましても弟君についておられなくて宜しいのでしょうか? 姉君が嫁がれましたのに。 マツリ様も行方知れずになっていた弟君がご心配でしょうに」

マツリがどうして地下に来たかを探っているのが見え見えだ。
攫ったリツソが居なくなった。 そしてそのリツソが宮に戻った。 その足跡が今も全く分からない城家主なのだから。

「宮内のことだ、地下が案ずることは無い」

地下に居て地上のことをよく知っているな、と嫌味の一つも言いたかったがそれは喉の奥で飲み込んだ。
俤が入手した情報、地下の者が本領に出て来ているということを知っていることを城家主に気(け)取らせないようにしなければいけない。

“宮内のことだ” と言われた城家主がいかっていた肩を下した。 このマツリは地下がリツソを攫ったと知っていない、そう判じた。
手下からはリツソが何も知らないと聞いてはいたが、不安を蹴ることは出来なかった。 だがここで一蹴することができた。

「単に、いつも通りの見回りと?」

「ああ、そうだ」

「ご心配なく、地下は安泰しております」

「地下が安泰? 笑わせることを言う」

「それは、それは。 どういう意味で御座いましょうか?」

「地下に安泰など無いと言っておる」

飄々と言う城家主をマツリが睨みつける。

「それはマツリ様が地下のことを何もご存じないからでしょう。 先代から地下は安泰しております。 ただ、地下に流れてくる新参者を落ち着かせることは大変ですが。 まあ、それも城家主の役目と思っております」

マツリが顔を歪めたくなったが今はそれが出来ない。

「そう、そう。 坊が迷い込みまして」

「坊?」

まさか紫揺ではないだろうか、一瞬顔色を変えかけたが抑える。 マツリが見てきた紫揺の逃げ方、それにキョウゲンの報告からも紫揺が捕まるわけなどない筈。

「はい。 珍しいことで。 以前マツリ様が探されていた子ではないと思うのですが」

そう言うと城家主が肩越しに顎をしゃくった。
後ろから出てきたのは男に手を繋がれた坊。

坊、紫揺であった。

マツリが息を飲む。

幼年の子なら今の紫揺のように手を繋がれている程度だろう。 だがいくら子供に見えると言っても紫揺が幼年の子には到底見えない。 それなのに羽交い絞めにされているわけではない。

「どうでしょう? マツリ様の探されていた子でしょうか? 違いますでしょうか?」

違うだろう。 あの時は子を探していると言っていたが、明らかにリツソを探している振りをしていたのだから。 振りとは知らずとも、リツソを探していたのを知っていて訊いてきている。

「いいや。 背丈が違うな」

どうするか・・・。

「そうですか。 きっと父か母を探している間に迷い込んだのでしょう。 それともこの地下に居るのかもしれません。 まぁこの地下で女子は居ませんので、母は居ませんでしょうが、この子の父を探してみます。 それで見つからなければこの子を連れてご報告に参じます」

さも地下が安泰し事が簡単に進むように言う。
そんな気がないのはマツリも分かりきっている。 よくも白々しく言えるものだ。

そう考える中、マツリが紫揺から目を離せない。 その紫揺は何故か余裕を見せている。 それに紫揺の肩にカルネラがいない。 いや、そう言えばいつからだろう、歩いている時から肩には居なかった。

「だが、このような坊を・・・」

「坊と言っても・・・。 よく見積もってもうすぐに十五の歳を迎えるでしょう。 子でもなくなります。 それにこの歳です、父母のことをしっかりと覚えていますでしょうし、ご心配なさいますな。 地下で徹底的にこの子の父を探します故。 それで見つからなければ必ずお知らせしますので」

紫揺がマツリから目を離した。 半笑いの紫揺が。

―――どういうことだ。

「・・・では頼む。 くれぐれも見つからなければ、宮に申し出るよう」

「承りました」

城家主が慇懃に頭を下げる。
それが真実ではないことを知っている。

マツリが踵を返す。

(どうしてだ・・・)

最終の危険と言う意味で声を上げろと言った。 だが紫揺は声を上げなかった。 それどころかマツリを見て余裕さえ見せた。 ましてや半笑いも。

ここまで来てしまってはあとには引き返せない。
ここに来るまでに地下の者に散々見られている。 一旦、地下を出るふりをして夜を待つしかない。

(クソッ!)


「坊、この地下に何をしに来た?」

不思議そうな顔で部屋中を見回していた紫揺に城家主が問う。

ここは城家主の屋敷の中。 そして城家主が手下を集める時に使う広い部屋である。
趣味が良いのか悪いのか分からない絵画や、繊細な模様が入っている壺、足元には上等そうな毛足の長い絨毯が敷かれている。 頭上の光石はかなり大きなもので、部屋の隅々まで明る過ぎるくらい照らしている。

紫揺が口をパクパクさせながら身振り手振りで答える。
城家主が得心した。 口が利けないのか、と。

「おとぅ(父)か、おかぁ(母)を探しに来たか?」

こくこくと紫揺が首を縦に振る。
さっきのマツリと城家主との会話が無ければ、どうにも答えられなかっただろう。 理由など用意もしていなかったのだから。

「口が利けねーのは不便だな」

だからこそ、父母を頼ったのか。 それとも捨てられたのか。 そんなことはどうでもいい。 置いてやってもいいとは思っていたがこの餓鬼は間違いなく売れる、その筋に。 見た目に十分だ。 いや、上玉だ。

「坊、俺がお前のおとぅとおかぁを探してやる。 その間、待てるか?」

嬉しそうな顔をした紫揺が何度も首を縦に振った。
演技派だ。

「いい子だ」

城家主が顎をしゃくった。 紫揺を一室へ入れろということだ。

「どこに?」

手下が問う。

「屋根裏でいいだろう」

それを聞いた紫揺が心の中で舌打ちをした。

「分かってんだろうが、傷を入れんじゃねーぞ」

売りものにならなくなる。 若しくは値が落ちてしまう。

頷いた男が紫揺の横に立ち「坊、こっちだ」と紫揺の手を引く。 ここまで紫揺の手を引いていた男だ。
城家主に恨みがましい視線を送りたかった紫揺だが、手を取った男に満面笑みで応える。

部屋を出て廊下を歩く。

「・・・坊」

男が紫揺に寂しい目を送ってくる。 この先を知らないであろう紫揺に。

坊と呼ばれ視線を送ってこられた紫揺、ここは大人しくしておくが最上だろう。 プラス笑み。

ニコリと応える紫揺に耐えられなくなり男が目を逸らした。
この坊は口が利けないだけじゃなく、少々知能が遅れているのかもしれない。 それだけに何も知らない、分からないのであろう。 これから売られるということに考えが及ばないのであろう。

手を引き屋根裏に続く二階の階段を上がって行く。
大人しくついて行く紫揺。 それにしても気になることがある。

(坊・・・って。 やっぱ私って男の子としか見られないんだろうか・・・)

下を見る。
断崖絶壁を。

せっかく百藻の女房が大きな服なら胸を誤魔化すことが出来るとは言ってくれたが、あまり必要がなさそうだ。

その断崖絶壁の下はポッコリと膨らんでいる。 だがそれは紫揺のせいではない。
でもよく考えるとそれは幼児体形に見えるのかもしれない。

(いや、幼児じゃないし)

本来の年齢もそうだが仮の年齢もだ。

ポッコリとした下腹がごそごそと動く。
繋がれている反対の手で腹を撫でた。 ごそごそが落ち着く。

「ん? 腹が減ってるのか?」

驚いて男を見上げた。 どう返事をしようか。 迷いを見せた紫揺。

「餓鬼が遠慮なんかするもんじゃねーよ。 一人じゃろくに飯も食えなかったんだろ」

一応、笑っておこう。

紫揺の笑みを見て男が口の端を上げた。
いくらか進むと三人がかりで跳ね上げの階段を下しているのが見えた。

(マツリ、どう思ったかな・・・)



紫揺とマツリが顔を合わす前。 マツリが最後の角を曲がる直前に、紫揺の後ろから声が聞こえた。
“城家主” と。
その後すぐに男に腕を掴まれた。

『餓鬼がどうして?』

城家主と関係が無ければそのまま逃げるつもりだった。 だがその前に “城家主” と聞こえたのだから足を動かすわけにはいかない。
紫揺の腕を掴んだ男の後ろから声が掛かった。

『餓鬼か?』

『城家主、そのようで』

(ジョウヤヌシね。 こいつか、コイツがジョウヤヌシって言うのか)

紫揺が城家主を振り仰いだ。

そこには短髪に濃い髭を生やし、出っ腹で着流しにした綿で出来た白黒黄色の縦縞の着物に似た作りの衣に、これまた黒い羽織のようなものを着た城家主と呼ばれた者が立っていた。

『ほぉー、十五の歳にはならんか。 坊か』

いやらしい目を紫揺に向けて『売れるな』 と小さな声でそう言った。

(はっ!? 十五の歳にはならない?)

十五と言えばアバウト中学三年生。
むかっ腹が立つ。

(高校一年にも満たないってか! こっちは二十三歳だよ! とっくに、高校卒業してるしっ! 成人式越してるし! コイツ、完全に目が腐ってるのか? 腐っててもなんでも、今言ったことを後悔させてやるからなっ)

心の中で城家主に悪態をついたが、その前にたとえ男の子の服を着ているといっても、年齢ではなく女として “坊” と呼ばれたことへの反感は無いのだろうか。

マツリの心配など他所に紫揺の内なるボルテージは上がっていた。 それ故のマツリへの笑みだった。
連れられて歩いていると、そこいらに居る者たちが城家主を見てみな頭を下げている。

(ふーん、みんな手下かなぁ?)

等と考えながら歩いているとさっきから気にはなっていたが、とうとう摑まれていた腕の痛みに顔を歪めた。



鐘の後に太鼓が鳴った。 就業を知らせる太鼓の音である。
その時になりようやっと医者部屋に四方が姿を見せた。

「義父上」

四方を迎えたのは波葉。

「遅くなった。 男は?」

抜けるに抜けられなかったのだろう。 今は四方の側付き以外は信用できないと聞いている。 そして特に官吏には、と。 それは重々分かっている。

「奥におります」

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