大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第41回

2022年02月28日 22時43分20秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第30回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第41回



波葉が先を歩いて布を上げる。 四方が上げられた布の下を屈んで歩く。
そこは気を失った紫揺が寝かされていた場所であった。
奥の寝台に見慣れない男が座っている。
四方が遅れてやって来た分、医者に治療を施してもらうことが出来ていた。

共時が四方に気付いて立ち上がろうとしたが、足がよろめいて立ち上がることが出来なかった。

マツリならここで「よい」と言うだろうが四方は無言だ。 無言で共時に近づく。
共時の前にはここまで共時を連れてきた見張番が付いている。 二人の見張番が頭を下げる。

「マツリが何を申しておった」

共時を見据えて四方が言う。

四方に怯みながらも共時が己の知ることを言った。

「俤が?」

四方が声を発する。

マツリの狗(いぬ)と思っていたが、マツリだけではなく四方まで俤のことを知っていた。 ということは俤は宮の狗だったということだろうか。 訝りながらも「はい」と答える。

共時の返事に、そうか、そういうことかと納得する。 マツリは俤を救おうと地下に入ったのか。 だが、どうして紫揺まで。 四方が口の中で言うと共時の代わりに見張番が答えた。 しっかりとマツリと紫揺の口論を。
それを聞いた四方がこめかみを片手で押さえる。 二人の口論は充分に想像ができる。

話し終えるとマツリから指示をされていた通り、共時がマツリからの伝言を口にする。

何があっても動かぬように、と。



屋根裏部屋に優しく入れられた紫揺。 だがしっかりと戸に鍵が掛けられた音は聞こえた。

カルネラが紫揺の服の中から這い出てきた。 プハーっと息を吐く。 紫揺の腹は肉座布団というクッションもなく、居心地が悪かったようだ。 するすると紫揺の肩に上る。

「ごめんね」

紫揺がカルネラの頭を撫でる。

「ゴメンネ?」

「カルネラちゃんに無理を強いたから。 恐かったでしょ? だからゴメン」

「ゴメン?」

分からないと言った具合に何度もカルネラが首を振る。

「シユラ、ゴメン。 リツソ?」

リツソにゴメンを教えたことが蘇る。 カルネラはそのことを言っているのだろう。

「うん。 そのゴメン。 カルネラちゃん、恐かったでしょ?」

紫揺がとんでもない動きをする度にカルネラは何度も悲鳴を上げていた。 『ピー』 と。 紫揺はそれを聞いていた。

カルネラが思い出したのか、背筋の毛が逆立った。

男が暗闇は恐いだろうと言って角灯を置いていっていた。
紫揺が顔を上げて天窓を見る。 陽の光は僅かだが入ってきている。 角灯が無くても暗闇という程ではない。

「あの人優しいのかもしれない」

だからと言って自分の正体を明かすような愚行は起こさない。

(ここではマツリ以外信用できない)

部屋を見回す。 ここには何もない。 板で仕切られ隣にもう一部屋あるのが分かる。 薄明りの中、板と板の間から隣の部屋を覗く。 部屋の隅に何かが見える。
まさか人が居るのだろうかと角灯を持ってきて目を凝らして見てみたが、それは人ではなく物が置かれているだけのようだった。

ふと足元を見ると板が二枚分だけ継ぎ足されている。

カルネラがスルスルと紫揺の肩から下りた。

「カルネラちゃん?」

「リツソ、ネル」

リツソが麻袋の中で寝かされていた場所をぐるぐると走る。
紫揺が小首をかしげる。

カルネラが紫揺の足元まで戻ってきた。
「カルネラ、イイコ」 と言って、キョウゲンのしたことを真似た動作をして「リツソ、デル」 と言った。

紫揺は知らないがマツリが破った板のあとは継ぎ足しという形で修理されていた。

「そっか、カルネラちゃんはここでいい仔したんだ」

全く意味が分からないが紫揺がしゃがんでカルネラの頭を撫でてやる。
と、カルネラが板をするすると上った。 紫揺が見上げる。 そこに人が通れるくらいの空間がある。 そこを潜って板の向こうに下りたカルネラ。

「アニウエ」

カルネラの口からリツソの名前が出るということは、リツソは此処に攫われ監禁されていたのかもしれない。
リツソ自身が地下に攫われたと言っていた。
そしてカルネラの言う兄上とはマツリの事。 マツリは隣の部屋からリツソを助けたのだろうか。

「そっか。 リツソ君はジョウヤヌシに攫われたんだ」

そして変な名前と継ぎ足した。

「シユラ、カルネラ、イイコ?」

「うん、いい仔だよ」

カルネラが板の隙間に頭をくっ付ける。 頭を撫でてと言っているのであろう。

「カルネラちゃんはいい仔。 よく出来ました」

板の間からカルネラの頭を撫でてやる。

「ヨク、デマキ、シタ?」

「うん。 よく出来ました。 上手に出来たねってこと」

「カルネラ、ヨク、デキマ、シタ!」

ひっくり返っていた言葉はなおったようだが、区切りがおかしい。

気が済んだのか、カルネラが物が雑多に置かれている方に歩き出した。

紫揺がわざと捕まったのはとにかく屋敷に侵入する為だったが、その後のことを具体的に考えているわけではなかった。
角灯を元の位置に戻すとその横、部屋の真ん中に戻り大の字に寝そべった。 久しぶりに思いっきり動けて嬉しかったが少々久しぶり過ぎた。 身体を休めたい。

「さて、マツリが来るのを待つか、自分で動くか・・・」

何度か目を瞬かせる。

「でも今はまだ動かない方がいいか」

何人もの男たちが屋敷をウロウロとしていた。 この部屋をどんな形で出られたとしてもすぐに見つかるだろう。
それにあの跳ね上げの階段がくせものだ。 あれが閉まっていては下に降りることが出来ない。 紫揺が歩いている時に男たち三人がかりであの階段を下していたのを見た。

「マメに上げ下げしてるんだろうな」

それにいかにも重そうだ。

紫揺の言うように城家主に散々言われていた手下たちはマメに上げ下ろしをしていたが、共時が忍び込んだ時、地下の者から巻き上げたものをまとめて屋根裏に放り込み、跳ね上げ階段を上げるのを忘れていた。
それをチャンスと共時が屋根裏を確認することが出来たのだった。

ゴロンと横に寝返る。 部屋と廊下の間にも上部に僅かな隙間がある、何かが必要な時にはカルネラをあそこから出すことが出来るな、などと考えていたら板間に付けていた耳から何か聞こえた。

「うん?」

何かが聞こえる。 更に耳を押し付ける。

「おい、すぐに戻ってくるから上げとくなって言ってただろーが」

盆を持った男が跳ね上げ階段の下に居た三人の男に言った。

「でも万が一ってことが」

「うっせーんだよ。 さっさと下げろや。 戸には鍵をかけてある。 あんな餓鬼に万が一も何もあるわけねーだろーが」

「何ザワついてんだよ」

盆を持っていた男が振り返る。

「なんでもねーよ」

「へぇー、飯か。 あの餓鬼にか?」

盆を覗き込んだ男がその目でジロリと見上げる。 この男が最初に紫揺の腕を掴んでいた。 紫揺が痛そうに顔を歪めていたのに気付いて掴まれている腕を見ると、わざと捻じり上げるように掴んでいた。 それを見たこの盆を持つ男がこの男から紫揺を取り上げた。

「うっせーんだよ」

「餓鬼の扱いに慣れてんのか? 手なんか繋いでよー。 それとも何か? そっちの趣味でもあんのか?」

「いちいち、うるせーって言ってんだろがっ!」

跳ね上げの階段が下ろされた。 階段を下した男から角灯を受け取る。
盆と角灯を持った男が階段を上っていくと、あの男もついてくる。

「あの餓鬼に何か用か?」

階段で足を止めて振り返る。

「別に」

盆を持った男が訝し気な目を送ると続けて階段を上りだす。

角灯を下に降ろすと腰にさげていた鍵で戸を開ける。 蝶番がキーッと音をたてた。
紫揺が角灯の明かりの届かない部屋の隅に座っていた。 角灯は男が置いていた位置から動いていない。 それを確認した男。 部屋の中に足を入れる。 もう一人の男が続いて中に入ってきた。

「そんな暗い所に居てねーで、明るい所に来な」

角灯の横に盆を降ろして紫揺を呼んだ。
紫揺が後ろから入ってきた男を見上げる。

(あっ! アイツ!)

腕にまだ痣が残っているのではないかと思えるほど、紫揺の腕を捻じるように強く握っていたあの男。 今も腕に痛みが残っている。

(痣が残ってたらどうしてくれるのよ!)

此之葉がどれだけ泣くだろうか。

「ケッ、いっちょ前に睨んでやがる」

盆を置いた男が屈んでいる姿勢からその男を斜に見上げる。

「城家主が傷を入れんなって言ってたのを聞いてたんだろうな」

「見えねーとこなら分かるもんか」

男が一歩を出す。

「やめろや」

持っていた角灯を置いて、しゃがんでいた体勢から立ち上がり男に対峙した。

「邪魔すんじゃねーよ!」

男が拳を上げた時、隣の部屋からガシャンという音が聞こえた。 男二人が隣りの部屋に目をやる。 

紫揺も四つん這いになって境となっている板の間から隣の部屋を覗き込む。 カルネラは隣の部屋に行ったきりだ。 カルネラが見つかるかもしれない。

拳を下した男がその手で相手の男の腰にぶら下げてあった鍵のついている輪っかを抜き取り、角灯を一つ持つと隣の部屋に向かった。 盆を置いた男もその後に続く。

紫揺の目にカルネラが走って部屋の境の空間に上ってきたのが見えた。 ホッと胸を撫で下ろした。
カルネラも見つかってはいけないとどこかで分かっているのだろう。 そこでじっとしている。

鍵を開ける音がしたかと思うとバンと勢いよく戸が開けられた。
角灯を照らして部屋の中を歩く男達。 誰も見当たらない。 雑多に物が置かれている所を照らすと崩れている。 元々整理されて置かれていたわけではないし、その上リツソが脱走した時にそれまでより適当に端に寄せたというだけの置き方だ。

「おめーが大声を出したから、崩れたんじゃねーか?」

嘲るような視線を男に投げると隣の部屋に戻って行く。

その後ろ姿を追う男。 ケッ! と言い、雑多に置かれていた何かを蹴ると部屋を出た。 バン! とひときわ大きな音をさせて戸を閉め、隣の部屋に戻ってきた。

紫揺の居る部屋の戸は開けっ放しにされていた。 だが紫揺は逃げなかった。 この部屋から出てもすぐに捕まることは分かっている。

だが男たちはそう考えなかった。
盆を置いた男は紫揺は城家主から待っていろと言われたのだ、それに嬉しそうに応えていた。 逃げる必要など無いと考えているのだろうと思い、もう一人の男は、紫揺は睨みこそすれ逃げる根性が無いか、そこまで頭が回らないのかと思っている。

「ほら、こっちに来て飯を食いな」

男が胡坐をかいて紫揺を呼ぶ。
わざと紫揺が動かない。

「テメーが邪魔なんだよ、出て行けやー!」

まだ戸際に立っている男に言う。

「チッ!」

舌打ちをした男が出て行こうとする。

「角灯と鍵は置いて行けや、テメーが勝手についてきたんだろうが」

角灯は投げるわけにはいかない。 自分の足元に置き鍵の輪は思いっきり下に投げつけた。 そして腹立たし気にドンドンと足音を大きくならして廊下を歩き、跳ね上げの階段を降りて行った。

その音をじっと聞いていた紫揺。

「ほら、こっちに来いって。 晩飯はまた持ってきてやるけど、それがいつになるか分からねーからな。 今のうちに食っとけ」

晩にも来るのか。 それでは行動時間が限られる。 だが文句を言っても始まらない。 とにかく男の言う通りだ。 腹が減っては戦は出来ぬだ。 それに走り回った、喉を潤したい。
立ち上がり男の置いた盆の前に座る。

「おっとその前に。 じっとしてな」

そう言うと腰から手拭いを出し片手で紫揺の頬を固定すると、もう一方の頬に付いていた泥を拭きとった。
手拭いは濡れていた。

(泥を拭くためにわざわざ濡らしてきてくれたんだ)

「さ、きれいになった。 食いな」

一番に吸い物に手を伸ばす。

「喉が渇いてたか」

優しい微笑みで紫揺が啜るところを見ている。 紫揺も上目遣いに男を見ている。

「そんなに警戒しなくていい」

椀を口から外した紫揺が首を振る。

「なんだ、警戒してるんじゃないってのか?」

紫揺が頷く。

「じゃ、どうして・・・ああ、そんなことはいいやな。 ゆっくり食いな」

紫揺が口の利けないのを思い出して理由を聞かなかったようだ。
男が己の腕を枕にゴロンと寝転ぶ。

(子供にやさしいってことはこの人にも子供が居るのかなぁ)

見た目は三十歳くらいだろうか、子供が居てもおかしくない。 それにしても子供がいるならその子はどうしているのだろうか。 地下に子供はいないとマツリから聞いている。 一人でこの地下に来たのなら子供を置いてきたということだろうか。

コトリと小さな音をたて椀を盆に置くと箸をすすめた。

男が紫揺の食べ終わった盆を手に「よく食えたな」と頭を撫でて出て行った。
頭を撫でられたのなんて何年ぶりだろう。 記憶にもない。

(あの人から見て、私は何歳に見えてるんだろうか)

いや、と思うとブンブンブンと頭を振る。 今はそれどころじゃなかったのだった。
カルネラがやっと降りてきて紫揺の肩に乗った。

「カルネラちゃんいい仔だったね。 ちゃんとじっとしてたね」

カルネラの頭を撫でてやる。

「シユラ?」 と言って、紫揺の頬を触る。

「泥が落ちてるでしょ? 拭いてくれたの」

「ドロ、オチテル、ク、レタノ?」

「うん。 おっとその前にじっとしてな、だって」

「オット、ソマエ、ジットシナテ?」

「違うよ、おっとその前にじっとしてな、だよ」

「オット、ソノマエ・・・ジット・・・」

「じっとしてな」

「ジットシテナ?」

「うん、そう。 なんか、かっこいいよね」

「カッコ、イイヨネ?」

うん、と言いながらカルネラを見ていた紫揺、その視線を隣の部屋に移した。

隣りの部屋の鍵はかけ忘れていたはず。 バンと戸を閉めた後に鍵をかける音はしなかった。
そしてあの男の歩幅がどれくらいかは分からないが、七歩あるいて階段を降りて行った。
部屋を出て男の歩幅で七歩。 そんなに長くはない廊下だったか。
連れてこられた時にはこの部屋に入るなどとは分からなかったから、もう一つ距離感が掴めていなかった。

(とにかく、夕飯までは誰も入ってこないはず)

現状 “はず” ほど怖いものは無いが、このままここに居ても何も始まらない。
夕飯までに動くか夕飯後に動くか。

(今から夕飯までに動く方が危険が多いか)

その夕飯もいつ持って来るかは分からないが今すぐでないことは確かだ。

角灯は持って出られないが剛度が持たせてくれた物がある。 とにかく廊下の状況を見よう。 隠れるところがあればそれに越したことは無い。 下見は必要だろう。

立ち上がり隣の部屋との境の板の前に立った。 板の左右の隙間に両手の指を滑り込ませ板を揺すってみる。 マツリの親指ほどの隙間だ。 紫揺の指なら余裕で入る。

(いけるだろう)

両手の指の力で板を持つと板に足を置き器用に板を登っていく。 上まで上るとマツリでも潜れると判断できた隙間だ、紫揺には余裕である。

隙間の中で身体の方向を変えて足から跳び下りる。 トン、と軽い音をたてて着地をする。 紫揺には簡単なことである。

「シユラ・・・リス?」

紫揺の肩の上でカルネラが何度も首を傾げながら紫揺に訊いてくる。

「違うよ」

笑いながら懐から剛度が持たせてくれた光石を取り出す。
光石がポワッと光った。 小さいが為そんなに遠くまで灯りが届くわけではないがそれでも充分だ。

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