大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第107回

2022年10月17日 21時05分18秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第100回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第107回



あの夜、塔弥が言った。
明日から葉月を毎日、紫揺の元に行かせると。 その時には此之葉には座を外して欲しいと。

『どういうことだ』 阿秀が厳しく言った。

『阿秀、俺が間違っているかもしれません。 でも・・・俺にかけてはもらえませんか?』

『その訳は』

疑問符など付けない。 あくまでも厳しい。 紫揺に付くのは此之葉なのだから。

『・・・今は言えません』

此之葉には悪いが、塔弥が誰よりも紫揺のことを理解していることは分かっている。 だがそれでおさめてしまっては、此之葉の居る意味がなくなってしまう。
阿秀と塔弥の話を聞いていた此之葉が下を向いてしまった。

『此之葉、俺は・・・俺が知ったのは偶然だ』

『え?』

何のことだと、思わず下げた顔を上げる。

『正確に言うと、偶然というか・・・葉月とのことを、その、交換条件に紫さまに話して頂いたことがある』

『葉月とのこと?』

顔を下げた塔弥から視線を移し、葉月を見ると葉月がくすくすと笑っている。
葉月がチラッと塔弥を見たが、まだ下を向いてすぐに此之葉に答える様子がない。
仕方がない。

『塔弥が私に想いを告げるってこと』

『え? 紫さまがその様なことを?』

阿秀が苦虫を噛んだように顔を歪めた。
己にも似たような状況があったのではなかったかと。 そこで紫揺を問い詰めれば塔弥が知ったことを聞くことが出来たのではなかったかと。
だがあの状況では難しかっただろう。 領主がノリにノっていたのだから。

『そう。 紫さまが言ってくれなかったら、いつまで経っても塔弥は・・・ね?』

最後の “ね?” は塔弥に向けられている。 しっかりと顔を下げている塔弥を覗き込んでいるのだから。

一度口を歪めると顔を上げて話し出す。

『紫さまが聞かせて下さった話で気になることがあった。 それを葉月に・・・確かめてもらいたいと思ってる。 時はかかると思う。 紫さまは簡単にハッキリと言われないだろうから。 なによりご自分で分かっておられないのだから』

『分かっておられない?』

何のことかと此之葉が訊き返す。

『ああ。 紫さまは分かっておられない。 だからこそ引き出さねばならないと思っている。 俺では無理だから』

『塔弥、何を言っているか分からないわ』

『此之葉、これ以上は言えない。 紫さまを・・・葉月に預けてはもらえないだろうか?』

『・・・葉月が、葉月が悪いとは言わない。 でも!』

声を荒げかけた此之葉。

『此之葉』

名を呼んでそれを鎮めさせ続ける。

『此之葉が紫さまに付くのは当たり前のことだ。 当然だ。 此之葉以外の誰が紫さまに添えるというのか』

『阿秀・・・』

『塔弥はお付きだ、私もな。 お付きが此之葉に口を挟む力など持っていない。 だが、塔弥の言うことに耳を傾けるのも一考ではないか? さっきも言っただろう? 紫さまはこの領土で生まれ育たれたわけではない。 此之葉が考えもしない、この領土の者が考えもしないことを、考えておられることもあるかもしれないと』

阿秀の言うことも一つだが、今はそういうことではない。

『阿秀、いま言っているのはそこまでのことではないとは思うんですけど、誰か他に居ては余計に何日もかかることだと思うんです。 葉月にしてもすぐには訊きだせないと思います』

『でも、それがどうして私じゃいけないの?』

『紫さまが話して下さったとき葉月についてもらった。 だから葉月は話を聞いてるんだ』

『え? どうして?』

『紫さまの言われる言葉が時々分からなくて。 最初は葉月に部屋の外に居てもらってたんだけど、分からない度に部屋を出ていては話が進まないし、紫さまも俺と同じように判断された。 だから葉月も聞いてたんだ』

此之葉が下を向く。

『此之葉ちゃん、抜け駆けしようと思ったわけじゃないからね・・・』

同席するのは自分だったはず。 でも葉月の役は自分に出来ることではない。 日本の言葉を全てわかっているわけではないのだから。

『紫さまから訊きだすには言葉が通じなくては進むものも進まない。 それに・・・こう言っては何だけど、此之葉のように考えて考えて紫さまを想って添いながら訊きだすというより、葉月みたいに思うまま話して訊きだす方が、紫さまご自身がご自分に気付かれやすいと思うんだ』

『褒められてる気がしないんだけど』

横目で塔弥を見るが、塔弥は此之葉しか見ていない。

『阿秀・・・』

顔を上げ、すがるような目をして阿秀を見る。
風にそよいだ此之葉の髪を優しく元に戻してやる。

『そうだな、葉月は此之葉と違って勢いがある。 島の人も葉月のことを撥ねっかえりと言っていたか』

漁師のカクさんが言ったことを思い出し、クスッと笑う。
言われた方は、え、うそ。 と口の中で言っている。

『今の紫さまを、お小さい頃からお育てになるはずだったのは、独唱様と唱和様だ。 此之葉は独唱様と唱和様がどのように紫さまをお育てになるのかを見て学ぶはずだった。 分かるな?』

此之葉が下を向いてしまった。

『だが残念なことにそれが叶わなかった。 ましてや日本という土地で育った紫さまだ。 日本のことを知っている葉月に任せないか? それに日本の言葉で話した方が紫さまも話しやすいと思うんだが?』

止まっていた此之葉の目からまた涙が零れだした。
阿秀が此之葉を抱きしめると、そっと塔弥と葉月がその場を外した。


そしてどうしても諦めきれない此之葉が口を挟まないからと、一日目は葉月と共に部屋の中に居たのだが、葉月と紫揺の会話は自分と紫揺の会話と全く違っていた。
塔弥の言うように此之葉は紫揺のことを想い考え考え話すのだから、カクさんに撥ねっかえりと言わしめる葉月との会話と違っていても当然だ。

塔弥も葉月が紫揺に対してどんな風に話すかは知っていた。 此之葉がショックを受けるのではないだろうかと襖の外に座っていた。
案の定、寂しさを大きく顔に貼り付けた此之葉が葉月を残して部屋から出てきた。 塔弥がそっと此之葉の後ろについて二人で家を出た。


「あれ? なにを目を丸くしてるの? おっと・・・丸くしているのですか?」

「ん? ちょっと」

紫揺の持っている覚書を覗き見た。

「これ、どういう意味ですか?」

“地下に行って信じられるのはマツリだけだった” そう書かれていた。 書いた時のことをではなく、そう思った時のことを思い出そうとしていた紫揺。

「うーんと・・・話せば長いんだけど」

本領で地下に入った。 地下の者が言うことは何も信用できなかった。 あの泥を拭いてくれた宇藤でさえ。 マツリ以外は信じることは出来なかった。
一度停止した思考、再度思い出しながら、ぼやかしながら言った。 本領で地下に入ったなどと声高に言えないのだから。

「え? じゃ、紫さまは誰よりもマツリ様を信用してるってことですよね?」

「いや・・・状況が状況だったからじゃないのかな?」

「どんな状況でもマツリ様のことを信じたんでしょ? どんな状況であれ信じる心がなかったらそんな風に思わないでしょう?」

「・・・でも」

「でも、何ですか?」

「あんなこと・・・」

首筋への口付け。

「だからー、それはマツリ様の感情表現ですってば」

「だって・・・」

「だっても何もないですって。 紫さまの仰っていたチューは誰もがしてるんですって。 なんならもっと詳しく性教育しましょうか?」

全くのトンチンカンからはステップアップをしたと言えど、欲しい子供の数だけ行為をすればいいと思っているのだから。

「要らない・・・」

「紫さま?」

「なに・・・」

性教育と言われて少々ふてぶてしく答えた。

「では、紫さまはそれ程までにマツリ様を嫌われているのに、どうして石の力を知った時にマツリ様に身体を預けられたんですか?」

葉月が紫揺から訊きだしていたことだ。 とは言っても紫揺もマツリの胡坐の上に座っていたとは言っていない。 身体を支えてもらったという言い方をしていた。

「え?」

「力のことは分かりませんが、女としては分かります。 女は一人の男を嫌えば、その睫毛一本さえも見たくありません」

「え?」

「指も顔も声も影も、何もかもを見たくも聞きたくもありません」

「あ・・・、だってあの時は・・・」

「力が入らなかったんですよね。 でもその後はどうでした? 力が戻ってきたのに、マツリ様から離れようとされなかったんでしょ?」

「お礼を・・・言わなくっちゃいけなかったし・・・」

「礼などすぐに身体を離してから言えばいいことじゃないですか? 紫さまがそれほどまでにマツリ様を嫌ってらっしゃるんだったら、ですよ」

「葉月ちゃん、何が言いたいの?」

「紫さま、マツリ様のことを好きじゃないんですか?」

「有り得ないし」

即答かい・・・。 やっとここまでもってきたのに、どうしたものか。

「んじゃ、その・・・えっと。 喜作だったっけ? マツリ様とその喜作は同レベル?」

「喜作!? わー!! 名前も聞きたくない!」

「ほら、嫌いってそうなんですよ」

「あれは特別! 思い出しただけで蹴り倒したいっ!」

「え? 蹴り倒すの?」

「やられるだけやられたんだもん。 仕返しが出来ないまま帰ってきちゃったんだもん」

「え? やられるって? そんな話聞いてないけど?」

腕を絞り上げられたなどとは言っていない。 単にいけ好かない男が居てそれが喜作だったと言っただけだ。

「あ・・・えっと。 うん、と・・・」

葉月が目を眇めた。

「そいつのことマツリ様は知ってるんですか?」

「あ、うん。 しっかりとチクっといた」

はぁー、と葉月が大きく息を吐いた。

「嫌いな人に嫌いな奴の話をしたってこと?」

「え? えっと・・・訊かれたから話したって感じ? 報告的な?」

「じゃ、マツリ様とその喜作って奴の立場をひっくり返してみて」

「へ?」

「性格はそのままでね。 立場だけよ。 喜作って奴にマツリ様が紫さまにしたことを話す? チューのことを」

「言うわけないしっ!」

葉月がニヤリと笑った。

「喜作が力の入らない紫さまを支えたら? こうして」

わざと紫揺の身体のあちこちを触る。

「ギャー!! やめてー! ムシズが走るー!!」

身体をよじり手足を縮めて丸くなる。
手を止めてニンマリと笑う。

「マツリ様はいいのに喜作は駄目ってどうしてでしょうね?」

身体をよじらせたまま頬を膨らませて上目遣いに葉月を見た。

「でしょ?」


「今日はやけに賑やかだな」

お付きの部屋からお付きたちが顔を出している。 組立体操のピラミッドモドキで。
ピラミッドモドキに参加していないのは醍十と塔弥の二人。 醍十は窓辺に座り外を見ている。 阿秀は領主に呼び出されている。 居たとしてもピラミッドモドキに参加はしないであろうが。
ピラミッドモドキが解除されていく。 一人ずつ座卓の前に座った。

「それにしても退屈だよな」

「ああ、毎日これじゃあな」

「塔弥、マツリ様は本当に近々来られるのか?」

「いつかは分からないけど、遠くは無いと思う」

「紫さまが暴れられるのも困ったもんだが、これはなぁー」

「じゃ、どっちを選ぶんだよ。 なんなら、いつでも外に行かれてもいいって言うぞ」

「・・・お前、いい性格してんな」

「いや、それもありかなぁー。 じっとされてる紫さまなんて紫さまじゃないみたいだし」

「その台詞、責任取れよ。 って、まあ、そうかもしれないか」

「ん? どうした醍十、えらく静かだな」

全員が醍十を見たが、聞こえていただろうに、まだ立膝をして外を見ているだけだ。

「醍十? どした?」

「・・・」

「おい、無視かいっ」

「どうしたんだよ」

湖彩が醍十の前に座ってその立膝を足でつつく。
外を見ていた瞼を伏せ顔を下げる。 その口がゆっくりと開く。

「塔弥」

「え? なに? 俺?」

「・・・此之葉。 俺には言ってないのにどうして塔弥には言ってるんだ」

「は? 何を?」

醍十と塔弥を除く五人の口の端が上がり、目が三日月になる。

「塔弥、何のことだ?」

「いや、だから何のことだか・・・」

「しらばっくれてんじゃないよ」

「おうさ、吐いてもらおうか」

五人に取り囲まれた。


ピロピロと覚書を目の前ではためかせる。 もう夕餉も湯浴みも終わり月が外の道を照らしている。

『今日一日よーっく考えて下さいね。 嫌いな人には触られたくもないし、思い出したくもないんですよね、よく分かったでしょ? でもこうしてマツリ様のことを思い出して書かれてる。 マツリ様のされたことに最初はショックだったかもしれません。 でもそれは特別なことじゃないって分かったでしょ? まぁ、誰かれにするものでもないけど。 落ち着いた今、紫さまがマツリ様のことをどう思っていらっしゃるか。 明日訊きますからね。 考えをまとめておいてくださいよ』

そう言い残されてしまった。

「どう思ってるかまとめとくって・・・。 この歳になって宿題じゃあるまいし」

チラリとまだ新しい紙を見た。 日本のような上質紙ではないし、紙はあちこちで溢れかえっているわけではない。 和紙ほどに分厚くはないが、一枚一枚が手漉(てす)きだということは分かる。
あまり無駄に出来ない。
此之葉が言っていた。 紫揺が使う紙だと知って紙職人が喜んで漉いていると。

「失敗した紙なんてあるのかな?」

そんなものがあるのなら、メモ用にもらっておこう。
今日は諦めるしかないかと、一枚の紙を手に取ると、左手の人差し指を口に当て少し考えてから思いつくままを書く。

〇 リツソ君を虐めてた
〇 ムカつく
〇 兄上として何なの!

段々と当時のことを思いだし、むかっ腹が立ってきた。

〇 エラソーに
〇 何なの、あの上からの物言い、ドローンかっての!

「あ・・・ある意味ドローンか」

キョウゲンに乗って空を飛んでいるのだから。
一瞬止めた手だが、思い直して〇と書いて、次々に箇条書きにしていくが、ときおり感情も書きなぐっている。

〇 短気
〇 見下す目
〇 男のくせに髪が長いっての
〇 白髪か。 お爺さんかっての
〇 話し方が気に食わない
〇 子供の頃に杠を助けた

手が止まった。
息を吐くと筆に墨を付けて続きを書く。 思うまま。

〇 太鼓橋で降ろしてくれた
〇 看病

「何でそんなこと思い出すのよ・・・」

他にあるはず。 ちゃんと書くことが。 思い出せっ! 頭を絞る。

〇 ひっぱたいた

ひっぱたいた。 なのに走り出した紫揺を心配して追ってきた。 ひっぱたいたのに、倒れた紫揺を本領まで連れて行った。
キョウゲンを使わずに。

「だってそれは・・・きっと禁を破るってことになるから」

あの時には、急にそんなことを言われて分かるわけないだろ、と思っていたが、よく考えれば分かりそうなもの。
シキが唱和とニョゼをロセイに乗せて本領に連れてくるときに四方が言っていた。 供には誰も乗せてはいけないのだろう。 それが禁を破るということ。

「あ、なに書いてんだろ。 ひっぱたいたのは私じゃない。 これじゃあマツリが私をひっぱたいたみたいじゃない」

二本線を引いて無いものとする。 墨を消せる消しゴムがあるなら欲しい。
片手に筆を持ったまま頬杖をつく。 書くことが浮かばない。
手を浮かしているのも疲れる。 筆を置く。
筆を持っていた手で、もう乾いたであろう達筆をなぞる。

『よくやった。 よく堪えたな』
『苦しかったであろう、悲しかったであろう、痛かったであろう・・・我にはそれが分からん。 紫一人でよう堪えた』

「マツリ・・・」

そうだった。 あの時マツリが居てくれたから、マツリが教えてくれたから。 マツリが見守ってくれてたから、石と、石の初代紫と話すことが出来た。

『一人ではない』

―――マツリが居る。

「でも・・・」

あの時はマツリに知識があったから。 本領で本を読んだ。 あの本をもっと前に読んでいればマツリの助けなく石と話せたはず。

―――そうだろうか。

沢山の本がある中、それを書かれていた本を、ましてやピンポイントにチョイスし思い出し、実行に移せただろうか。
マツリは沢山の本を読んでいたはず。 それはマツリの部屋の書棚からも分かる。 本が全てだとは思わない。 日本での本がそうだ。 信じて読んで、そして馬鹿を見る。

『ダイエットの本、実行したのに痩せないし!』
『あの便秘改善本! どこが快便になるって言うのよ! もう一週間出てないしー!』

高校の友達が言っていた。

マツリは・・・。
それにああいう風に支えてもらったからこそ・・・。

「あ“あ”ぁぁぁー!! 何考えてんのよぉぉー! そうじゃないってばー!」

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