大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第106回

2022年10月14日 20時45分36秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第100回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第106回



「塔弥、紫さまに言い切ったんだってね」

「ああ」

次にマツリが来るまでお転婆を禁止とした。
どうしてマツリが関係あるのかと言われたが、身体のことがある、と言って言い切った。 特に病んでいる気配はないが、あのままでは憑かれたように石を探すだろう。

月明かりの元、厩の横の木箱の上に塔弥と葉月が並んで座っている。 もう寝ているはずの長い春の象徴である “春告げ声” の鳥の声が短く聞こえた。

「いいの?」

「・・・」

「塔弥?」

「分からない。 五色様のお力など、俺に分かるわけがない」

でも・・・何か必要であればマツリが塔弥に何かを言ったはずだ。
馬車の中でマツリと話しただけではあるが、それなりに濃い話をしたはずだ。 マツリが紫揺のことを想うのなら、必要なことがあったのならば、紫揺のこれからのことを指示したはずだ。
それが無かった。

「・・・塔弥」

隣りに座る塔弥の横顔を見た。

「葉月・・・。 紫さまは・・・この領土では計り知れない。 誰にも紫さまのお相手は出来ない」

「・・・うん」

葉月が顔を下げる。
綺麗な額の煌輪、紫揺に良く似合っていた。 ただそれだけだったはずなのに違っていた。
紫揺が倒れた理由も、どうしたら目を覚まさせることが出来るのかも、この領土の者は誰も知らなかった。
単に我儘な、自由奔放な紫揺と言っているのではないと分かっている。

「領主に言うの?」

「・・・それは、マツリ様が望んでおられない。 それより・・・紫さまがマツリ様のことを想っておられるというのに間違いはないか?」

「うん、まず。 なに? 一緒に居て紫さまのお話を聞いていたのに、まだ信じないの?」

葉月は軽く言うが、あの時はマツリとの話しだけではなかった。
紫揺はどうしたら赤ちゃんが出来るのかを葉月に説いていた。 恥ずかしげもなくトンチンカンに。 それを聞いていただけでも顔が熱くなってきていたのに、葉月が『紫さま? 赤ちゃんがどこから生まれてくるか知ってる?』 と訊いた。

紫揺が耶緒の話しで再々、赤ちゃんと言っては赤子と言い変えていたから、赤ちゃんとは赤子のことだとは気づいていた。
そしてその後にも “血” とか “出る” とか “場所” と言っていた。 何の話かは想像できた。

女人と認められる十五の歳を迎えた時に母が子に話す。 だが子たちは子たちで、母から話されたことをクスクス笑いながら話している。 それがまだ十五の歳を迎えていない子の耳にも入る。
それに何より実践を見ている。 あくまでも人間ではないが。
実践が成功し、その後産まれてくる仔馬の出産にも立ち会ったりしているし、牛も犬も他にもいる。

この領土では女人と認められる十五の歳にならずして、子供たちの知っている話であった。 とは言っても、男たちがそんなことを女人と話す話題ではない。
葉月が『塔弥、いいわよ。 あとは私が話すから』 そう言ってくれたから、どれだけ助かったことか。
あの後、母が子に話すように、しっかりと葉月が話したはずだ。

思い出しただけでまた顔が熱くなってくる。 頭を一振りすると要らないものを取っ払った。

「マツリ様が領主に言われた後、俺からもマツリ様を推す」

「・・・」

「それまでに葉月に頼みたいことがある」

「・・・なに?」

「紫さまに気付かせてもらいたい」

「え?」

「紫さまがマツリ様を想っていらっしゃるということを」

「・・・」

「分かってる。 葉月は紫さまが領土から居なくなられるのが嫌だもんな」

「私だけじゃないよ・・・」

「マツリ様が仰ってた。 東の領土から紫さまを取り上げることは無いって」

思わず葉月が塔弥を見た。

「・・・そんなこと出来るはずないじゃない」

「ああ、俺もそう思う。 でもマツリ様を信じたいんだ」


「そうか、塔弥が言ったか」

「はい」

「私が言わねばならない事だとは分かっていたが、どうも紫さまには甘くなってしまうようだ」

「阿秀は日本にいらっしゃった紫さまのことを考えるから」

此之葉に言われ、阿秀が顔を下げて小さく笑った。

「そうかもしれないな」

初めて紫揺を見た時のことを思い出す。 決して紫揺が襲われた時ではない。 あの時は見たうちの数には入らない。
船着き場の空き地で見た時だ。 信じられない身体能力だった。 追われているのに楽しそうに笑っていた。
最後に壁を走った時には少々驚いたが。

「で? 今日は何をされていたんだ?」

「ずっと書を書いていらっしゃいました」

「書?」

「残すことは必要だと仰って」

「そう言われれば本領ではずっと書を読まれていたと仰っていたか」

「以前、歴代紫さまの書き残された物がないかと聞いていらしたけど」

「ああ、梁湶から聞いている。 そうか。 紫さまはご自分の経験されたことを書き残されようと思っておられるのか」

「ご自分の?」

「ああ、今代の “紫さまの書” は此之葉が書いているだろう?」

どこか寂し気に此之葉が頷く。

「それと別に書かれるんだ」

「どうして?」

どうしてそんなものが必要なのか。
此之葉は漏れることなく “紫さまの書” を書いているつもりだ。 それなのに・・・。 どこかに書き落としがあると思われているのだろうか。 書き落としがあるのだろうか。

「日本には・・・日記とか自叙伝なるものがある。 自分が感じたこと、考えたこと、行ったこと、知ったことなどを書き残す書だ」

「そのような書が?」

僅かに眉根を寄せる。

「ああ。 もしかしたら・・・本領でそのような書を読まれたのかもしれないな。 いや、そこのところは私の想像でしかないが。 だが、この領土での紫さまに関する書は既に読まれた。 それなのに本領でも読まれていたということは、本領にはこの領土にない書があるのだろう」

「それが、にっきや、じじょでんというものかと?」

「分からないがな」

紫揺が思いの中で感じたことや頭の中で考えたことなど、声に出してもらわなければ此之葉に分かるはずもない。 “紫さまの書” は想像で書くものではない、あったことや紫揺がしたことを書き記すもの。

「それにしても何時マツリ様がいらっしゃるか分からないのに、塔弥はどうやってお持たせさせるつもりなんだろうか」

話しを変えたのに此之葉からの返事がない。 紫揺が書き記しているということを気にしているのだろうか。

夜風が二人の髪を撫でる。

「そろそろ戻ろうか」

「・・・はい」

二人が紫揺の家に向かって歩き出す。
毎日領主への今日の報告を済ませ、領主の家を出てこの僅かな時が二人だけの時。 そんな甘い時なのに話すことは紫揺のこと。
厩の前を通り過ぎた時だった。

「・・・此之葉」

「はい」

阿秀が足を止めると、斜め後ろを歩いていた此之葉の足も必然的に止まる。
阿秀が振り返る。

「紫さまはこの領土で生まれ育たれたわけではない」

「はい」

寂しげな顔で此之葉が頷く。

「此之葉が考えもしない・・・この領土の者が考えもしないことを考えておられることもある。 日記や自叙伝にしてもそうだ。 あまり自分を責めるんじゃない。 今代の紫さまは先代迄の紫さまとは違う。 此之葉の書いている “紫さまの書” に紫さまが不信を持っておられるわけではない」

「・・・はい」

阿秀の手が此之葉の左頬を包む。
え? と此之葉が顔を上げる。
月明かりが小さな雲によって影った時、右の頬に阿秀が口付けた。
唇が離れたと思ったら、そのまま耳元に阿秀の声がする。

「此之葉はよくやっている」

一瞬にして此之葉の目に涙が溢れた。 まるで張っていた糸が切れたように。
小さな雲が過ぎゆき、月明かりが涙を照らしキラキラと輝きを見せている。

「此之葉が紫さまに添うように私が此之葉に添う。 一人で悩むことなどない」

「阿秀・・・」

落ちてきた涙をすっと指で拭いてやる。
また短く “春告げ声” の鳴き声が聞こえた。

阿秀と此之葉の声に気付いた厩の横の木箱に座っていた二人が振り返って見ている。

「うそ、だろ・・・」

塔弥の声であるが、塔弥が驚いたのは阿秀と此之葉が並ぶ姿にではない。 この二人のことは紫揺から聞いて知っていたのだから。 驚いたのは阿秀が此之葉の頬に口付けたことだ。

「まさか、よね」

葉月は此之葉と阿秀のことは知らなかった。

小声で言ってはいたが、日中の騒がしさの中ではない。 それに阿秀たちも小声で話していたのだ。 それを二人が耳にしたということは反対もあり得るということ。
阿秀が声のする方に目を転じた。 するとそこには木箱の上に座っている二つの影がこちらを振り返っていた。 月明かりに照らされたその二つの影は塔弥と葉月。
視線を外し此之葉を見る。

「見られてしまったようだな」

「え?」

「いつから見られていたものか・・・」

自分のしたことを見られていたとしてもなんということは無いが、此之葉のことを考えると誰かに見られていれば恥ずかしいだろう。
もう一度塔弥たちを見ると、阿秀の視線を追うように此之葉が横を向いた。 すると呆気に取られている塔弥と葉月の姿が目に映った。
驚きと恥ずかしさに、一気に涙も止まり俯いたが、すぐに思い出したことがあった。

『葉月ちゃん、想い人がいますよ。 その人も葉月ちゃんのことを想っています。 けしかけときました』 紫揺がそう言っていた。

「え? まさか?」

下げた頭をすぐに上げて葉月たちを見る。

「そうか、塔弥と葉月か。 気付かなかった」

恥ずかしがり、その後に驚いた顔をしている此之葉、未だ呆気にとられた顔をしている塔弥と葉月と違って、余裕を見せている阿秀。 これがいい歳をした者と若者の差なのか、はたまた、日本で培ったホストとしての慣れなのか、性格なのか、誰も知るところではない。

「行こうか」

そう言うと此之葉の背に手をまわし軽く押す。
塔弥たちの所に行こうと言っているのだ。 このままフェードアウトしてしまうと姉妹の間でギクシャクしてしまうだけである。



羽音を北の領土の民に預けてから一週間ほどが経っていた。

「あ、マツリ様」

アマフウに手を繋がれていた羽音が声を上げた。 マツリが前から歩いて来ていた。
羽音を見た後に、その小さな手を握るアマフウを見た。
日本的に言うと、まるで歳の離れたフランス人形の姉妹が手を取り合って、姉が妹を慈しんでいるようだ。
ただ残念なことに二人ともドレスではない。 極寒の冬は通り越したといってもこの北の領土はまだ寒い。 身体中に布を巻き付けている。

アマフウの表情が一転していた。 祭の度に会うアマフウは冷たく寂しい目をしていた。 だがその目が一転してまるで慈母のような目になっている。

「少しは落ち着いたようだな」

トウオウのことが。

「・・・はい」

「羽音はどうだ?」

「民と触れ合っております」

「そうか」

「アマフウ様のお蔭です。 アマフウ様が北の領土のことを教えて下さっているので。 それにこれも。 アマフウ様が揃えて下さいました」

手を広げて自分の着ているものを見せる。
北の領土に来た時には宮が用意した衣装を着ていた。 本領と北の領土では気候が違いすぎるのだから。
アマフウが小さく相好を崩す。

「そうか」

アマフウはトウオウの最後の言葉を守ろうとしている。
トウオウは小さな頃から寄り添ってくれていた。 それなのに感謝の言葉など言っていなかった。 だから・・・感謝と謝罪を込めてのトウオウへの手向け。

『アマフウ、爺・・・ハオトを・・・頼む』
トウオウから頼まれたハオト。 ハオトと手を繋いでいよう、沢山話をしよう、と。

「アマフウと居たあの者はどうした?」

爺のことであろう。
マツリがトウオウという名を言わないようにしてくれているのが分かる。 だがもう乗り越えたつもりだ。 トウオウのいない悲しさから、病気のことを言ってくれなかった寂しさから。

「まだ・・・まだトウオウを忘れられないようです」

マツリが控えていたトウオウという名をアマフウが言う。
泣いて泣いて、やっと立ち上がった。 それから一度もトウオウの名を口にしていなかった。 でももう、乗り越えた。 乗り越えたつもりだったから、トウオウの名を口にした。
なのに・・・喉が絞めつけられる。
うっ、とアマフウが声を漏らして口元を抑える。

「アマフウ様?」

羽音の小さな手がアマフウの背をさする

「そうか・・・」

マツリが羽音を見る。

「羽音、その者を立ち直らせることが出来るか」

「え? ・・・それは」

困り顔でアマフウの背をさする手が止まった。

「北の領土は・・・本領とは違う。 民の思いから立て直さなければならん。 五色の一色である白の力を持つ者にずっと付いておった者、その者を立ち直らせてやってはもらえんか」

「マツリ様・・・爺はトウオウだけを・・・見て・・・トウオウが・・・居なくなっては・・・」

詰まり詰まり言うが次の声に繋がらない。 己の口からトウオウの名を呼ぶ度に胸の中が締め付けられる。

「雪中花」

「・・・え」

「アマフウが紫に言ったらしいが聞き取れなかったそうだ。 それをトウオウが紫に教えたらしい」

紫揺がシキに話した。 それをシキから聞いていた。

「紫は今もトウオウのことを想っておる。 トウオウは日本に居た紫にさえその存在を残しておる」

淡々と言っていたマツリが改めてアマフウを見る。

「トウオウは間違いなく生きておった。 そして今も誰かの心の中で生きておる」

目を見開いたアマフウが泣き崩れた。

「羽音」

困惑する羽音がマツリを見上げた。 こんな時には ”古の力を持つ者” が教えてくれていたのに ”古の力を持つ者” が居ない。

「そんな顔をするのではない」

「・・・あ、でも、どうしていいのか・・・」

マツリとアマフウを交互に見る。

「アマフウの背をさすってやっていれば良い。 その後はアマフウが教えてくれるであろう」

羽音の心配はなくなった。 マツリがキョウゲンに跳び乗った。



つらつらつらつら。
つらつらつらつら。
今日も達筆で清書をしている。 最初に覚書をしたため、その後に自分なりにまとめて書いていた。

「あ? え? うん?」

覚書を見直す。
地下であったことだ。

“地下に行って信じられるのはマツリだけだった” そう覚書に書かれていた。

「なにこれ?」

これをこのまま書くと単なる日記になるが、そういう問題ではない。 いま書いているのは自分に降りかかった事実だけを書いているのだから。 その後に自分の知った紫の力を詳しく書こうと思っていた。

襖の外から声が掛かった。

「葉月です」

ここのところ、毎日葉月が訪ねて来ている。 それもお菓子を持ってきているのではない。 話をしに来ているのだ。
一日目は此之葉も部屋の中に居たが一言も発せず、そして二日目からは葉月が来ると此之葉が部屋から出て行く。 まぁ、此之葉にすれば退屈だろうとは思ってはいるが。

「では、葉月とお話しください」

ここのところの通りに此之葉が部屋を出て行った。

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