大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第108回

2022年10月21日 21時34分07秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第100回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第108回



領主との話を終えた阿秀がお付きの部屋に戻ってきた。

「何をしている」

戸を開けた阿秀の第一声。
野夜の4の字固めに塔弥が悶絶している。

「ちょっと吐かそうかと」

「言っただろう、塔弥をからかう事は以後するんじゃないと」

都会の恐ろしさというお題目で、野夜が塔弥をからかった。 その時にしっかりと阿秀が野夜に言った。 忘れてはいないだろう。

「からかってるんじゃないですよ」

軽くかけただけだ。 野夜が足を解くと、その横で塔弥がビービー言いながら足をさすっている。

「ではプロレスを知らない塔弥相手にプロレスごっこか」

「違いますよ」

「じゃあ何があったんだ」

野夜が醍十に視線を送る。

「醍十、何があった」

「・・・此之葉が俺には何も言ってないのに、塔弥には話してましたんで」

未だ窓の側に座りながら不貞腐れたような顔で答える。

「何のことだ」

聞いてみると、塔弥から言われたあの話のあと、一日目に葉月と紫揺が話す中、途中で部屋を出てきた此之葉の後ろについて塔弥とともに家を出てきたという。 外に居た醍十が気になって二人を見ていた。

「で? それがなんだ?」

「は? それがって? 此之葉が沈んだ顔をしてたんですよ、気になるでしょう!」

醍十は二人の様子を見ていたらしい。 すると聞こえはしないがその様子から、此之葉が訥々と塔弥に話だし、塔弥も頷きながら此之葉を宥めるように背を撫でていたということであった。

「その後に此之葉と会ったのに何も言ってくれなかったんですよ!」

「おーい、なんだよ、そんなことかよ」

野夜が言うが、他のお付きたちも同じような顔をしている。 そして未だに足をさすっている塔弥。

「野夜!! そんなこととは何だ! たとえ野夜でも許さんぞ!」

「いい加減にしろ」

醍十が腰を上げかけたのを阿秀が止めた。


「・・・丸、子供の頃に杠を助けた。 丸、太鼓橋で降ろしてくれた。 丸、看病」

今日もしっかりと紫揺の隣に座った葉月が、紫揺が昨日書いて置いてあったものを見つけ読み上げている。

「この二本線を引いてある、ひっぱたいたっていうのは、紫さまがマツリ様をひっぱたいたってことですよね?」

話は聞いている。
コクリと紫揺が頷く。

「それで? この続きは?」

「・・・書く気になれなかったから書いてない」

「どうして書く気になれないんですか?」

「・・・思いつかなかったから」

「マツリ様の悪口を?」

「悪口って・・・人聞きの悪い」

「事実そうでしょ?」

前半は散々なことが書いてあった。 その中で 『白髪ではないです、銀髪です』 と、誤りは正しておいた。

「・・・まあ」

「ひっぱたいた後は・・・てか、この杠って人のことからは、少々趣が変わってるんですけど? これはどういう心境の変化ですか?」

「・・・変化は・・・私じゃない」

「ん?」

「マツリ。 マツリが変わったの」

「どういうことでしょうか?」

「杠は・・・」

幼い頃に両親を亡くしている。 その原因は杠自身にある。 両親を殺したのは自分だと、マツリに助けられてからもずっとそう泣き叫んでいた。
同じだった。 紫揺もそうだ。 両親を殺したと泣き叫んだ。

「杠には両親が居ないの。 私と一緒。 でも杠は私と違ってずっと幼い時に亡くしたから」

「・・・紫さま」

「マツリは、杠に私を重ねたと思う。 それから態度が変わったの」

「紫さま、ハグしていい?」

「え?」

「だめ?」

「そんなことない」

紫揺が手を広げる。
シキ以外に抱きしめてくれる人がいた。
葉月がギュッと紫揺を抱きしめる。 シキと同じようにポワンとしたおムネが当たる。

しばしの沈黙のあと葉月が口を開いた。

「紫さま、紫さまに幸せになってもらいたいの」

「ありがと。 私も葉月ちゃんに幸せになってもらいたい」

どちらともなくハグが解かれていく。 だが互いに手は添えたままだ。

「私、幸せですよ、紫さまが塔弥に言ってくれたから。 それに此之葉ちゃんも」

「そっか、塔弥さんも阿秀さんもちゃんと言ってくれてるんだ」

「はい、言わなきゃ分からない事ってあるから」

先に葉月が紫揺の身体から手を離した。

「塔弥には阿秀に見習ってほしい所があるけど」

「え?」

紫揺が葉月の身体から手を離す。

「純(じゅん)過ぎるし」

「あぇ?」

「マツリ様や阿秀がしたように私もして欲しいし」

「うぁ?」

「黄門さまの印籠じゃないけど」

日本で渋い番組を見ていたようだ。

「ぅえ? 待って、阿秀さんって? どういうこと?」

「阿秀が此之葉ちゃんの頬にキスしたよ」

「あぁぁぁえー!?」

「驚くことはありませんってば」

「だって、だって・・・」

「もう一度性教育しましょうか?」

できれば塔弥と共に。

「い・・・要らない」

『今日は話が逸れましたけど、明日にはもう一度お訊きします。 書く気になれなかったとか、思いつかなかったでは許しませんからね。 マツリ様のことをちゃんと考えて書いて下さいね。 これみたいに箇条書きでいいですから』

お訊きします、と言っておきながら、書いて下さいと言い残した葉月。
書くのか訊かれるのか、どっちだ。
葉月の言ったことに矛盾を感じながらも右手に筆を持っている。

「何を書けっていうのよ」

思ったことを書いてしまえば葉月のドツボにはまりそうな気がする。
でも

「葉月ちゃんに見せなきゃいいんだ」

それに書き起こさなくては、自分自身が分からないような気がする。

「書いて破棄すればいいんだから」

筆に墨をすい込ませた。 そして思うがまま書く。

〇 薬膳じゃなかった
〇 米が潰れると言った 食べ物を粗末にしてない いいことだ
〇 キョウゲンを大事に思ってる
〇 キョウゲンってけっこう良いフクロウ 最初と印象が違ってきた
〇 力の事を教えてくれた
〇 本を読ませてくれた チョイスして持ってきてくれた
〇 支えてくれた
〇 見守ってくれた
〇 一人ではないと言った

ふと思った。
キョウゲンを使わず、キョウゲンに乗らず、どうやって倒れている自分を本領まで運んだのだろうか。
本領に行くまでは東の領土の山を上らなければならない。 それに山に行くまでも遠い。 山を登ったとて、そこから洞を歩かなければいけない。 我が身だけならともかく、誰かを運ぶにはストレッチャーがあればなんとかなるだろうが、そんなものは東の領土にはない。 もちろん本領にも。
それにその後の岩山はどうしたのだろうか、岩山を下りてからのあの長い馬道をどうしたのだろうか。

「明日、葉月ちゃんが来る前に確認しよ」

東の領土を出てからはこの地に居ては何の確認のしようがない。 でもそれまでは誰かが知っているだろう。
それに石のことでマツリが見守ってくれていた時のことを思い出していたら、どうしても気になることを思い出した。 あの時と似たような感触だった気がする。
硯を片付けるために腰を上げた。


朝餉を済ませると塔弥を呼んだ。
部屋には此之葉もいる。

「ご用でしょうか?」

不自然な身体の動きで部屋に入ってきた塔弥が紫揺と卓を挟んで座っている此之葉の斜め後ろに座った。

「訊きたいことがあるの。 塔弥さんが知ってるのなら教えて欲しい。 知らないのなら知ってる人を教えて欲しい」

「はい」

何の話だろうかと訝しみながら聞いてみると、何のことは無い。

「山までは紫さまとマツリ様は馬車で行かれました。 馬車から降りられた後は、マツリ様が紫さまをお抱えして山の中に入って行かれました」

「え・・・じゃ、私を抱えて山を上ったの?」

「多分。 ずっと見ていたわけではありませんが、それ以外には考えられませんので」

「それって何時ごろ?」

「はい?」

「あ、じゃなくて・・・。 もう暗くなってた? マツリって大体夕方に来るじゃない? 暗くなりかけてた?」

「いいえ、あの日はいつもより少し早くマツリ様が来られましたので夕刻前でした」

ということは岩山に出てもまだ暗くはなっていなかったはず。 見張番の馬に乗ったということだろう。
きっと干している布団のように、紫揺を腹ばいにさせて馬に乗せたと考えるのが妥当だろう。 それならゆっくりとでも馬を歩かせれば紫揺を運べる。 マツリにそんな乗り方が出来なくても、見張番なら出来るはずだ。

「それがどうしました?」

「あ、いや。 何でもない」

「では、もう宜しいでしょうか?」

「待って、あと一つ」

「はい」

「やっぱり腑に落ちないの」

塔弥が僅かに首を傾げる。
紫揺が高熱を出して倒れた時のことだと紫揺が言い出した。
紫揺的には泉で泳いだから、もう歳だから体力が追いつかず熱を出したと思っている。 秋我は耶緒の体調不良を紫の力で治したから、体力を使い過ぎ熱を出したと思っている。 此之葉と塔弥もそれぞれに思うところがある。
皆、自分のせいだと思っている中、マツリがやってきた。 それも夜に。

何用かは分からずじまいだったが、東の領土の解熱の薬湯では熱が十分にひかず見守るしかない中、紫揺の様子を知ったマツリが一度本領まで薬湯を取りに戻り、ずっと一人で看病をしていた。

だがマツリが来たことを紫揺は知らない。 マツリ自身が言わないようにと言っていた。 紫揺が倒れた切っ掛けを作ったのは自分なのだからと。
だからマツリが無理矢理に薬湯を飲ませていたが、それをしたのは塔弥だということにしている。
そして随分後にその最初の原因というのを、塔弥と葉月だけが知った。

「あの時いたのは塔弥さんと此之葉さんと領主さんと秋我さんだけだって言ってたよね」

「はい・・・」

相変わらず一人一人の名を連ねてくれる。
此之葉が塔弥を見る。
マツリが居たことを知らないのは紫揺だけだ。

「本当に?」

マツリから口止めをされていることがあったし、あの時は僅かな疑問を持ちながらも言わない方がいいと思ってもいた。 だが状況も人の心も流れている。 今の紫揺は憂いを持っていた時のあの時の紫揺ではない。

「前にもお伺いしました。 紫さまは他に誰が居たとお思いなのですか?」

腹を括ろう。 紫揺が “マツリが居た” と言えば首を縦に振ろう。 紫揺がマツリに想いを寄せているということに気付いてからの方がいいのかもしれないが。

「・・・そっか。 やっぱり気のせいなのかなぁ」

前に訊いた時は声と話し方の記憶が朧気(おぼろげ)にあったような気がしたが、昨日思い出した時にはあの感触が、同じ感触が宮であったと思ったのに。

「あ、ごめん。 それだけ。 ありがと」

腹を括っていたのに、ホッと息をつく。
これは葉月に相談した方がいいか、と思いながら立ち上がりかけ「いっ!」と声を漏らし畳に手をついた。
紫揺と此之葉が何事かと塔弥を見る。
4の字固めの前に、コブラツイストをかけられていた。


「今日は何も書かれないんですか?」

四つん這いで部屋を辞していった塔弥を見送ると此之葉が訊いてきた。

「うーん、ちょっと休憩かな。 それに此之葉さんも退屈でしょう?」

紫揺が書いている間、此之葉はじっと座しているだけである。

「そのようなことは」

「昨日、葉月ちゃんから聞いた。 阿秀さんと上手くいってるみたいね」

一瞬にして顔を朱に染めた此之葉が下を向き、そして一泊おいて小さくコクリと頷いた。

「うん、うん。 此之葉さんも葉月ちゃんも上手くいって何より何より」

「紫さま・・・あの」

「ん? なに?」

「本領に行かれて何か御座いましたか?」

「うん? どういうこと?」

「以前、本領から戻って来られた後には沈んでおられました」

「だからそんなことないですって」

「いいえ、その事を申し上げているのではなく、お元気に戻られたようですので何かあったのかと思いまして」

「ずっと元気ですってば。 此之葉さん心配性過ぎ」

やはり言ってもらえないのか。

「でも、此之葉さんから見て元気に見えるんだったらそれに越したことは無いし。 それともやっぱりあれかな?」

「あれ?」

「初代紫さまと話せたのが大きいのかな」

この事は本領から戻ってきた時に報告として、秋我とお付きと共に領主の家で聞いている。
大きな紫水晶も額の煌輪も、紫揺が見つけてきた大きな紫水晶に共鳴する石も紫揺の部屋にある。

「どのような方で御座いました?」

「姿を見たわけじゃないけど、揺るがないっていうのかな。 ドーンとしててこういう人を紫って言うんだ、ってつくづく感じた。 紫っていう名の重みも教えてもらった感じ。 て言っても、なかなか性格は変えられないけど」

取って付けて言っていないことは分かっている。 紫揺がそういうことが出来ないことを知っている。 仮にしたとしてもすぐに分かるだろう。 だから憂いのことにも気付いたのだから。

「その後、何も御座いませんか?」

「うん。 全然。 多分・・・私が相当感情を高ぶらせなければ大丈夫だと思う。 あ、そうだ。 問答の相手してくれますか?」

「はい?」

「本領に居る時にマツリに言われたんです。 私が倒れた時、滝であったことがもう一度目の前に起きたらどうするかって」

マツリは風をおこして落ちてくる者の身体を受けると言っていた。 地に足を着ける時に衝撃を和らげるよう砂を巻いてもいいなどとも言っていた。 想像もしなかった事だった。

「だからどんな場面が急に現れるか分からないから、落ち着いて対処できるように色んなシチュエーションでのイメトレ。 此之葉さんが思いつく色んな場面を言ってみて欲しいの」

カタカナ部分は分からないが、紫揺が何を言わんとしているのかは分かる。

「うっ・・・急に言われましても」

「何でもいいから、ね、早く」

じっと座っている方がずっと楽だ。
ポツポツと一つ二つと言っていく中、紫揺が頭をもたげながら考えを口にしている。 二つ目の対処がもう少しで終りそうだ。 三つ目を考えなくてはいけない。

「葉月です」

襖の向こうから声が掛かった。
天の采配か。

「ちょっと待っていて」

紫揺の思考を止めさせるわけにはいかない。

「で、最後にこれでもかってくらい砂をぶっかける。 よし」

ガッツポーズをとる。

此之葉からのお題は、どこかの家から火が上がった。 母親は共同台所に行っていて昼餉の準備をしていた。 家の中に居るのは、二歳の弟の世話をしていた五歳の姉だけである、というものだった。
火元が何などとの探りはなし、子供を家に残して母親が家を出るなどということも、この領土ではあり得ないが、あくまでもお題である。

紫揺が最初に言ったのは、突風で火を消すというものだったが「それでは余計に火が大きくなるかもしれません」と此之葉に言われてしまった。 言われればそうかもしれない。 イメージの範囲で良かった。

次に紫揺が言ったのは、とにかく子供を見つける。 見つけたらまずは、子供たちに水をかけ身体に火が移ってこないようにする。 あとは風をおこすことも出来ないから紫揺が火の中に突っ込み二人を助ける。 そして最後はそこらにある砂で鎮火するというものだった。
本来なら大水をかけたいところだが、川が近くにあるわけでもないし、どこの家の周りにも置いてある瓶の中の水では到底足りない、だから周りに豊富にある砂を選んだようだ。

「紫さまが突っ込まれるというのはどうかと思いますが」

かなり雑なイメトレに少し突っ込むと、襖の方に身体を捻じり「入って」と声を掛ける。
襖が開くと座していた葉月が入ってきた。

「ん? あれ? 葉月ちゃん居たんだ」

雑なイメトレに集中していたのか、葉月の声かけに気付いていなかったようだ。

「はい。 今日は昼餉の後に女たちと実を取りに行きますから、早めに来ました」

いつもは昼餉の後に来ている。

「それでは、お願いね」

「三つ目考えておいてくださいね」

「あ・・・」

そそくさと此之葉が部屋を出ていった。

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