大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第141回

2023年02月13日 21時10分00秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第140回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第141回



「有難うございました。 あの、オレ帰ります」

「まだ動かない方がいい」

「そうですよ? 私が代わりに家にお知らせに行きますから、ね?」

「弟二人だけだから。 こんな刻限に弟二人だけに出来ないから」

身を起こすと上半身や額にあった手巾が落ちた。
帆坂とその弟が目を合わせる。

「兄さん、送って行ってやってくれる?」

己の足では送り届けるに時がかかってしまう。

帆坂が眉尻を下げる。 弟が居ると言われれば仕方がないが、こんな体の状態で動かしてもいいものなのだろうか。
帆坂の弟の助けで座ったままの柳技が衣に袖を通す。

「心配しないでも殴られ慣れてるみたいですよ、守る所は守っている。 大丈夫でしょう」

帆坂の心配を見透かしたように弟が言う。 だがそれに驚いたのは柳技だった。

「あの・・・もしかして・・・」

柳技が何を言おうとしているのか分かる。

「こんな足だからな、いやと言う程からかわれた」

からかわれただけじゃないだろう。 殴られ蹴られていたのだろう。 だが今はそうでもないようだ。 “からかわれた” と言ったのだから、過去形なのだから。
どこかでホッとする己を感じる。 慣れているといっても、身体の痛みが慣れるわけじゃない。 それに心の痛みも。
帆坂の弟が柳技が立ち上がるために手を貸す。

「じゃ、兄さん後は頼みます」

はいはい、と言って帆坂が柳技を支える。
そこ・・・痛いトコ。

長屋近くまで送ってもらっていると「弦月!」と言う声がした。

「淡月! こっち! 弦月が居た!」

やはり探しに出ていたようだ。

「おやおや、子がこんな刻限まで。 かなり心配をしていたのでしょうね」

絨礼と芯直が走ってきたが、柳技の姿を見て驚きを隠せない。

「弦月! どうしたの!?」

陰で一つの影が身を隠した。

「ゴロツキに蹴られましたが心配はないようですよ。 どうです? 歩いてきて吐き気はありませんか?」

「はい、何ともないです。 あの、有難うございました」

絨礼と芯直も頭を下げる。

「有難うございました。 あとはオレらで連れて帰ります」

ササっと柳技の両横に付いて支える。

「そお? 大丈夫?」

「あの長屋ですから」

指さされた長屋はすぐそこにある。 ここから見送ればいいか。

「じゃあ、気を付けてね」

絨礼と芯直がもう一度頭を下げると柳技を支えながら歩きだした。

「はぁ・・・。 兄弟かぁ」

長い間、里帰りをしていない。 大きくなったであろう末弟に会いに行ってもいいか。
長屋に入るのを見届けた帆坂が踵を返した。

その帆坂が姿を消すのを見届けて陰から享沙が出てきた。 辺りを見まわし誰も居ないことを確認すると長屋に向けて歩を出した。

玄関の戸が速いテンポで二度叩かれ、一拍おいてゆっくりと三度叩かれた。 合図だ。
芯直が玄関を下りて鍵を開ける。

「弦月の具合は?」

「あ、弦月、動いちゃ駄目」

奥から絨礼の声が聞こえる。

「上がるぞ」

すぐに部屋に入ってきた。
上半身の衣を脱いでいたその身体には痣がいっぱいできている。

「どうした?」

「すいません・・・深追いするなって言われてたのに・・・」

「まず状況を話してくれ」

享沙と交代したあとの事を話し出した。 そして二人の内一人が歩きだし、その後を追ったことも。

「それで気が付いたら、さっきの官吏の家で介抱されてて・・・」

「そうか。 まあ、身体は痛いだろうが他にどこも何ともないか?」

柳技が申し訳なさげに頷く。

「多分・・・疑われていたんだろう、二人が揃って居る時から。 それで一人が動いた。 その後を弦月が追えば確実ということになる」

「あ! それで男が急に止まったのか」

口をひん曲げると続けて言う。

「それじゃあ、あの時追わなかったら、塀に立ってるヤツにずっと付いてたら?」

「疑いのままで終るだろうがアイツ等の考えることだ、難癖をつけてきたかもしれない。 だがまあ、まず疑われたというところ、だな」

まだまだだということだ。

「弦月に二人を頼んだこと自体が俺の失敗だ。 悪かった」

なんとも受け難い謝罪である。

「官吏にも顔を覚えられただろう。 身体のことだけじゃなく当分家を出ない方がいい」

しぶしぶ柳技が頷く。

「薬草を持ってくる。 淡月、朧、二人で腫れている所に塗ってやってくれ」

二人が頷く。
薬草を取りに行き戻ると出てきた芯直に渡し、すぐに杠の元に行く。
手渡された薬草は既にすり潰してあり瓶の中に入れられていた。 芯直が小首を傾げる。 どうしてこんなものを享沙が常備していたのだろうかと。

杠にはいったん戻って三人の様子を見てくると言い残していた。 杠は今も絨礼と芯直が見ていた男の家に貼り付いていた。

「弦月がやられました」

杠の眉が寄せられる。

「俺の失敗です。 今日アイツら二人、武官に捕らえられた時にやられていたのが弦月です」

アイツらで通じる。 享沙が見ていた二人のことだ。

「具合は?」

「殴り蹴りされたようですが急所は外れているようです。 腫れに効く薬草を渡しておきました。 助けたのがマツリ様に付いていた官吏のようで、介抱をしてもらい顔を覚えられたでしょうから、当分は出ないようにと言っておきました」

「承知しました」

マツリに伝えてそれなりの咎を言い渡してもらおう。 それなりの咎。 柳技に手を出したのだ、無償労働。

「どうですか?」

「動きはありませんが・・・」

享沙は早速、今日集まると聞いていた。 そして決起を起こそうとしていた男たちが目障りだと言っていた学び舎を燃やそうと。 杠にやられた男たちの先手を打つつもりらしい。
享沙から聞いた話はすぐに杠がマツリに知らせていた。

前を向いていた杠がトンと、享沙の身体を軽く指で叩いた。 紫揺から学んだことだ。 一人ではないのだから合図を送ることが必要と。
享沙が杠を見ようとした時にはもうその杠は居ない。

(相変わらず早い・・・)

物陰に身体を隠す。

暗闇から数人の若い男たちが辺りをキョロキョロしながらやって来た。 何人かが手に包みを持っている。

(四、五、六・・・。 あとの二人の内、一人はあの家から出てくるか。 ではあと一人・・・)

享沙が心の中で人数の確認をする。
男達の一人が家の門を潜って中に入って行った。 家の中にいる男を呼びに行ったのだろう。

「こんな刻からどこに行くんだい!」

「うっせーんだよ!」

「お前! また馬鹿なことを考えてんじゃないだろうね!」

「黙れっつってんだろ!!」

家の中から罵り合いが聞こえる。

「いいのか? おっ母の乳吸ってなくて」

「てめぇー、殴られたいのか!?」

「おっと、恐えー怖えー。 一人はまだだが他のもんは集まってる」

二人が連れ立って門から出てきた。

「どうする? まだ来ねぇ」

あと一人が。

「びびっちまったんだろうよ。 放っておけ。 行くぜ」

せっかく建てた学び舎に付け火をされては困る。 だから闇から数人に手をかけるかどうか迷った。 付け火は重罪だからだ。 泳がせて重罪の荷を負わせるほうが得策かもしれない。 罪を負わせるに未遂にすることは出来ない、付け火をしてもらわなくては困るが少々心が痛むところだ。
杠がマツリに報告に行った時にこの話をしていた。

『ふむ・・・どちらもどちらか・・・』

かなり迷って学び舎に付け火をさせることを選んだ。 だがボヤで終わらせるつもりだと。

『せっかく建てたものをみすみす燃やされてはたまらん』

まだ材料費も宮都に返せていないのに。
それにと、付け火をさせた方が重罪という事もあるが、他に二点得るものがあるだろう、 と付け加えて言っていた。

『どこの学び舎と言っておった?』

『気分次第でしょうが、一番近い学び舎ではないでしょうか。 それにあの四人が見ていたので』

壁にもたれかかり腕を組んで学び舎を見ていた四人の男達。 記憶に新しい。
その四人の先手を取ろうとしたのだから。

『承知した。 沙柊と共に見張に付いてくれ。 手を出す必要はない。 違う学び舎になりそうならすぐに報告を』

マツリからそう受けていた。
杠と享沙が分かれて男達の後ろを気配を消して追う。 万が一にも二手に分かれられた時のことを考慮してのことだ。
男達が向かっているのは間違いなく杠が言っていた学び舎の方角だ。 二手に分かれる様子が見られない。

(七人がかりで一つの学び舎か・・・肝の小さい奴らだ)

小さく溜息を吐く。
享沙にしてみれば一人欠けてしまったが最初は八人の予定だった。 少なくとも四人づつに分かれて二つの学び舎を燃やすかと思っていたのだが、当てが外れた。

(まあ、その方が被害が少なくて済むが)

男達が学び舎の前まで来た。 二手に分かれていた杠と享沙が足を止める。
手に包みを持っていた男たちが座り込むと包みを広げ、中の物を持って三か所に散らばった。 その三か所でカチカチカチと連打の音がする。 その間に他の者がぼろ布を学び舎の木に沿って積み上げる。

一ケ所で火打石から撥ねた小さな火が手に持っていた油を染み込ませたぼろ布に移った。 ぼろ布から火が上がる。 ニヤリと笑った男が積み上げたぼろ布にそれを放る。 ぼうぼうとぼろ布が燃え上がる。
他の二か所でも同じように積み上げたぼろ布に火を上げたぼろ布を放り込んだ。 二か所でも火が上がった。

木の焦げる臭いが辺りに充満する。 男達が声をたてないように腹を抱えて笑っている。 その姿が火の明かりに映りまるで踊っているようだ。
そこに大きな声が響く。

「捕らえろ!」

え? っと思って男たちが振り返ると、身を潜めていた武官があちこちから躍り出てきた。
顔をひきつらせた七人の男たちがてんでバラバラに逃げ出す。 それを武官が追う。 マツリが用意してあった桶を手に取り火にかけていく。
三か所目は少々遅れてしまってマツリの背以上に木が焦げてしまった。

遅れてやって来た一人が武官に押さえられる仲間を後目にそそくさと逃げて行く。 「堪ったもんじゃねー、やってられるか」 と吐きながら。
武官がマツリの所にやって来た。

「八人と聞いておりましたがここに来たのは七人かと。 七人全員取り押さえました」

マツリが武官の後ろにいる杠をチラリと見た。
武官の声は大きい。 杠にも聞こえただろう。
杠が大きく頷いてみせる。

「一人は来なかったようだな。 七人で良し、連れて行け。 桶を持って帰るよう」

官所の桶である。 備品を使い捨てにするわけにはいかない。

「アイツが漏らしたのか!」

来なかった一人に罪がなすりつけられた。 黒山羊で近すぎるところに座っていた享沙に疑いはもたれなかったようだ。

宿に戻ったマツリに柳技のことを話した。
マツリも杠と同じようにまずは柳技の身体を心配した。 そして続ける。

「帆坂が言っておった者どもだな、承知した。 当分、弦月を外に出さぬよう。 医者に掛かり、身体が動けぬようになってしまう程だったということにする」

かなりの咎にするようだ。

翌朝には付け火の噂が広まった。
子供たちが学び舎を見に来た。 燃えて無くなりはしていなかったが、綺麗だった学び舎に煤がついている。 子供たちの反応はそれぞれだった。
拳を握る子、泣き出す子、喚き散らす子、煤を払おうと手を真っ黒にしている子。
しばらくすると拳を握っていたり、泣いていたり、喚き散らしていた子が煤を払おうと先にしていた子に混じって手を真っ黒にした。
マツリの得るものがあると考えた一つがこれであった。

自分達の大切なものを壊されるとどんな気持ちになるか。 何をして何をしてはならないか。 それを分からせる。
子供たちは最初、学び舎を見た時に新しく建てられた学び舎に目を奪われていた。 それを大切に思うだろう。

もう一つは建てた者たちがどう思うかだ。 だが建てた者たちはいま杉山に居る。 すぐにではないが、戻ってきた時にそれなりに思うところがあるだろう。

「どういうこった、次々と・・・」

仲間内で三人の者たちがひっ捕らえられた。 ひっ捕らえられた中に知らない奴が四人混じっていたとも聞いた。 それに言い出しっぺの五人が襲われていた。 その五人は未だに起き上がれないと聞く。
集まった残りの九人が目を合わせる。

「手を引いた方がいいんじゃねーか?」

「ああ、聞くところによると労役が待ってるらしい」

「だけど、あの五人が床から上がってきたら何を言い出すか・・・」

「ああ、何を言い出すか分からねー」

「でもよ、逃げるとこなんてねーぜ?」

「家だって知られてる。 アイツらのこった、何をするか分からねー」

「オレは長屋だ。 長屋にまで押しかけてこられたら、他のもんから出されちまう」

「オレだって同じだ、それに・・・」

付け火で遅れてやって来て一人捕まらなかった男。 その男に視線が集中する。

「付け火に誘われてた。 けどあの時、遅れて行ったんだ。 その、すぐに出られなかったから。 でもオレが武官に漏らしたわけじゃねー。 だけど捕まった奴らはオレが漏らしたと思ってる」

捕まった一人が大声でこの男が漏らしたかのように言っていたのを聞いた。
それを聞いた全員が男を横目に見る。

「信じてくれよ! オレは漏らしちゃない!」

「・・・そんなことはどうでもいい。 これからのことだ」

全員が沈黙した。 あの五人が嫌がらせを始めたら考えただけで嫌になる。 長屋に限らず誰もがそうだ。 家族からも追い出されるかもしれない。 そうなると寝るところも飯もなくなる。

「一つだけなら逃げ場はある」

全員の目が集まる。

「杉山」

働くということだ。

「労役だったら金になりゃしねー。 ここにいてアイツらに見つかることを思えば、まだ金になる方がいいと思わねーか? 武官が見張ってっから、アイツらに手出しは出来ねーしよー、それにお前、長屋に賃を払わなくっちゃいけねーんだろ」

いつもはどこからか掠(かす)め取っていた。

「キツイって聞いたぞ」

「ああ、オレもそう聞いた」

「宿所が出来たらしい。 それからは随分と楽になったと聞いたが・・・そうだな。 オレはアイツらに見つかってその上労役を食うくらいなら行く。 アイツらだってそうそう長く床に居ないだろう。 明日、官所に行って申し込む。 お前らは好きなようにしな」

男が立ち上がると「おら、餓鬼が邪魔だ」と二人で混味を食べながら手遊びをしていた餓鬼と言われた絨礼と芯直を足で蹴散らすと “昼処” の黒山羊を出て行った。
昼餉の時だけに開けているメニューは混味だけの黒山羊。 今日は享沙に混味代を持たせてもらっていた。

『いいか、もう少ししたら九人くらいの男たちが黒山羊に来る。 混味を食べながら話を聞いてくるように』と、穴銀貨を一枚ずつもらった。

『お釣りは?』

『小遣いだ』

二人が目を輝かせて黒山羊に走った。

「よっ、今日は姉さんは来ねえみたいだな」

店主が話しかけてきた。 もうそろそろ “昼処” を閉めるのだろう。 これから夕方になるまで閉店だ。

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