大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第172回

2023年06月05日 21時06分57秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第170回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第172回



「真上に上げるのではいけないのかですか?」

武官達が話しているのを聞いて、ついうっかりいつものように話していたことに気付いて言葉を直す。

「真上はあんまり得意でないから」

握力がないのは自分でよくわかっている。 真上にあげられてしまうと枝を持った途端、自分の体重と下に落ちていく落下の重さも加わり、到底自分の握力では枝をつかんではいられなくなる。 それなら斜めに上げてもらって、その推力で体を振り真下へかかる重さをなくす。

「あの一番下の枝をつかめるくらいの高さにあげて」

「承知しました」

紫揺が立っていた位置に杠が立つ。 そっくり返ってもう一度枝の位置を確認し、組んだ手を振り上げる。 角度の確認。
紫揺が杠から離れていく。

「なにすんだ?」

「わかんねー」

ぼそぼそと言っている武官たちを完全無視してスタート位置を決めた。

「じゃ、行くよ」

杠がしっかりと指を絡ませ腰を落とす。

「おっ、杠官吏のあんな姿って見ねーな」

「様になってんじゃん」

紫揺が地を蹴り走った。 片足で踏み切ると杠の両手にもう一方の片足を乗せる。 杠が首を反らせ枝を見ながら紫揺の足を押し上げる。 紫揺の身体が宙に浮く。

「ゲッ!」
「ギャッ!!」
「何を―――!!」

思ってもみなかった展開に武官たちが騒ぎまくる。

紫揺の足の感触がなくなった途端身体を捻って紫揺の姿を追う。

しっかりと枝をつかみ、斜めから入った身体をそのまま前に揺らせスイングを出すと、蹴上がりから撥ね上げると枝の上に立った。 一連の流れが水の流れのように静かに止まることなく行われた。

「え・・・うそ」
「ああ?」
「なっ、何がどうなった!?」

「さすが杠。 あとで頭ヨシヨシしてあげる」

「怪我はないか? 掌は?」

掌を開いてみて少し眉をしかめる。

「まっ、こんなのは怪我の内に入らない」

武官達がぶっ倒れそうになる。

「あとで見せるんだぞ」

そーじゃないだろー!! 誰もが心の中で叫ぶ。

「もうちょっと上に登ってもいい? ここじゃ丸見えでしょ?」

「気をつけるんだぞ」

違うー!! そこでいいから大人しくさせろー!! これ以上傷を増やさせるなーーー!! 言いたいけど言えない。 もし叫んで紫揺がビックリして落ちてきたりでもしたら・・・。 いや、そうなれば受け止めるけど、いやいや、そんな問題じゃないし・・・。 武官たちの頭の中がパニック寸前になってきた。
ハラハラする中、紫揺がかなり高い枝まで上った。 持たされた笛は落とすことなく懐から取り出し手に持っている。

『川下から民が歩いてくる。 民の流れが切れたら、この笛を吹くように』

そしてどうやって捕まえるのかの説明もされた。
紫揺なら単に笛を吹くのではなく、民の様子を暫く見るだろうと考えてのことであった。
一度吹いてみると、ピィーとひな鳥の鳴き声のような音だったが、よく通る音は風に乗ってどこまでも響いていく。

再々、杠に言われ、後ろ髪を引かれる思いで紫揺を残し持ち場に散った武官達。 もちろん杠も持ち場に居るが、武官たちのように紫揺の心配はしていない。

紫揺が退屈をし始めた時、川下に人影が見えた。 まだ距離はある。
あと五分ほどで紫揺の下に来るという時に、ピィ、ピィっと短く二回吹いた。 これは紫揺が言い出したものだった。

『ずっと隠れてるの疲れるでしょ? 適当なところに来たら笛で合図するから』と。

「あと二分(にぶ:六分)」

誰もが口の中で言うと、その身を隠す。
そして紫揺の足の下を八人の民が過ぎていく。 川下を見ればそれに続く民はいない。
いくらか歩いて行くうちに民たちが飾り石に気付いたようだ。

「おい、これって」

「ああ、間違いない」

既に手に取っている者が陽の光にあてながら言う。
全員が目の前に転がっている陽の光に当たり光り輝く石を手にした。 二つ三つと、いくつも手に取り懐に入れている。
ピィーっと鳥のさえずりが聞こえた。 珍しい鳥の声だと一人の男が顔を上げる。
陰から様子を見ていた武官たちが一斉に躍り出た、が、誰一人気付いていない。

「石の窃取及び立入禁止領域に入ったことにより捕らえる!」

気付いてもらえなかった武官が大声で叫んだ。 大声で叫ばなくては、しっかりと聞こえない距離にいるからだ。 言った台詞は力強いが距離があり過ぎるのがイタダケナイ。 身を隠す岩もなければ何もない。 川岸からかなり離れた所から出てきたというわけだった。

八人の男たちが石を放り出して来た道に逃げ出したが、そちらからも武官が出てきた。
捕縛した男達をすぐに馬車の元に歩かせ、馬車が三都官別所に向かった。
イタダケナイ登場だったが、あまりの手際の良さに木の上で驚いた。

「わぁー、川遊びは下手くそなのにサスガ」

武官は小指の先も遊んではいない。

「あと百十九人か・・・。 辛気臭いなぁー、百人くらいで来てくれないかな」

そうなれば武官の一生不眠不休労役は決定だろう。


昼を過ぎたというのに、男はまだ帰って来ていない。

「いったいどうなってるんだ!」

苛々しながら部屋の中を檻の中の熊のように右に左に歩く。
あの男から呉甚に話がいき、呉甚が動いてくれていればそれでいい話。 だがあの男が戻って来ていないということは、この二都での七都の者たちの受け入れが出来ていないのではなかろうか。
それとも遅くなったから受け入れ場所に直行しているのか。 馬に乗れないと言っていた、馬車での移動なら時もかかる。
だが何を思おうとも落ち着かない。 自分の目で耳で確かめないと。

十八年かけてゆっくりゆっくりと集めてきた仲間。 いや、仲間と言える者たちではない。 切って捨てることもできる。 利用するだけ。
宮に押し入り好きなように暴れてくれるだけでいいのだから。

ドンドンドンとまた戸を叩く音がした。
ビクッと身体が撥ね上がる。

(いったい誰だ! こんな時に!)

吐き捨てるように心の中で言うが、自分の似面絵が貼られているのだ。 武官に探されていることくらい分かっている。 だがこの家に入るのは誰にも見られてはいないはず。

ドンドンドン。
ドンドンドン。

まるで恐ろしいものが近寄ってくるような音。 背筋に汗が流れる。

「各家確認終えました」

外から声が聞こえる。

「ここだけということか」

「はい、家主には了解済みです」

鍵をみせるとカチャカチャと鍵を開け始める。

そう言えば男が言っていた。 ここは借家だと・・・。

ガラリと戸を開ける音。
もう・・・逃げられない。 いや、一つある・・・。

入ってきた武官が目の前に立つと一瞬ビックリした顔をした。 似面絵と瓜二つ。 一目で分かる。

「柴咲だな」

「そ・・・そうだ」

「宮都まで来てもらおう」

宮都・・・どういうことだ。 だがまだ逃げ切れる。

「に、似面絵が貼ってあった。 科人の疑い、だろう。 う、疑いで連れて行くのか」

「宮都から無断欠仕の報告が来ている」

「・・・え?」

「文官舎で心配をしているそうだ」

どいうことだ。 決起のことがバレたのではないのか。

「科人の疑いというのは?」

「さぁ、そこまで我らは聞いておらん」

無断欠仕のことを言った時、科人の疑いのことを訊かれれば知らぬ存ぜぬを通せと言われる。

「う・・・嘘だ・・・」

納得出来るものではない。 似面絵まで貼っておいて。

「嘘? 何をもってそう言うのか?」

いや・・・嘘でもいい。 このままここで暴れて逃げられるはずがない。 咎人ではない。 縄はかけられないはず、隙を窺って逃げればいいだけ。

「い、いや。 では、文官舎に行けばいいんだな」

「ああ、そうだ。 我らが送り届ける」

やはり何かある。

「今すぐ行ってもらおう」

武官が軽く柴咲の背中を押す。 外に出ると既に木箱のような馬車が停まっていた。


「二都で柴咲が捕まった。 今こちらに向かっておる」

「二都の位置から言うと七都の者たちが流れているはずですが、そちらの方の報告は?」

「しっかりとわけが分からずウロウロしている者たちが居るようだ。 武官が感じるだけでかなりの数になるらしい」

だが何の理由もなく捕らえることなど出来ない。 あとでしっかりと捕らえるが。

「ということは馬車を降りた男、その男が二都でのまとめ役ということでしたか」

「まずそうだろうな」

柴咲は捕らえられたが呉甚がまだ捕まらない。
二都から宮都に入ってきた男が呉甚を訪ねてきた。 その男を泳がせて呉甚の居場所を探させていると聞いたが時がかかり過ぎる。 呉甚から先に吐かさせねばならないというのに。
そう考えていたマツリの頭の中を見透かしたように四方が言う。

「瑠路居は宮都でも一、二を争う広さだ」

「はい、わかっております。 その男の振りをして武官が探して下手を踏むより、時がかかってもその男に探させる方がいいということも」

本領の中である。 ましてや宮都の中、よく分かっている。

「この時まで五都の動きは無いようですね」

八都の民が一都に溢れかえったと報告はあったが、五都の民が動いたという報告は受けていない。

「六七八二都という途をとったのだろうな。 二都から一都に入る途中で似面絵を見て二都に踏みとどまった」

「二都から一都、そして三四五都と回ろうとしていた、ということですか」

「今日が終わるまでは、まだ分からんがな」


夕刻を過ぎた。 だがまだまだ明るい。
木の枝では紫揺が枝に跨りうつ伏せになって上半身を寝ころばせている。 手足がブランブランしている。 もう少し手足が短くて黒くてぷっくりしていたら、仔パンダに見えただろう。

「お腹空いたぁー・・・」

枝の上で干し肉と干し果物と水だけで過ごしていた。

「退屈ぅー・・・」

首を捻れば魅惑的な川があるのに、その川にさえ入ることが出来ない。

「あと・・・二十二人だったっけ」

これまでの最高人数は、二十六人だった。 だったらまとめて二十二人も有り得るだろう。 武官の数が段々と減っているのに気が付いてはいるが、まとめて来いと念じる。

「あれ? 武官さん何人になってたっけ?」

捕らえた六都の者を三都の官別所まで馬車に乗せ運んで行かなければならない。 御者台に乗る武官もいれば、捕らえた者を見張らねばいけない武官もいる。 全員が行ったっきりではない、戻って来ている武官も居るが、それでも最初の人数より数段欠けている。
二十二人を捕らえるのに二十人の武官では難しい。 それでなくとも遠くから走って来るのだから。

「大体、捕らえる声をかけるの、もっと近くに来てからかければいいのに」

横を向いていた顔を正面に向ける。 頬に当たっていた枝が顎の下にあたる。

「うーん、何人だろう・・・」

まだ遠すぎてはっきりと分からない人影が動いている。
じっと待つ。
ようやくピィ、ピィっと笛を吹く。

(残念、二十一人)

まだ一人待たなくてはいけないようだ。
遅れて歩いてきているのかと目を凝らすが、人の姿は見えない。

(絶対視力良くなってる気がする)

ピィーと笛を吹いた。
武官達が躍り出てくるが、相変わらず遠くから声を発している。

(なんで杠は注意しないんだろうかな・・・)

枝の上から見ていると武官たちが走って来るのが見える。 石を放り投げて慌てて逃げ出しているが挟み撃ちにされている。

(一二三四・・・あれ? 十九人、武官さん足りないじゃない。 捕まえられるのかなぁ)

じっと見ていると一人が走り抜けていった。 
武官達が捕らえている後ろで杠は捕らえ逃しが無いか様子を見ていたが、死角になってしまっている。 一人の武官が二人の首に腕を回して止めている。 応援が来るまでそのまま腕を回して止めておくのだろう。

「杠!」

杠が枝を見上げた。

「あっち! 一人走ってった」

紫揺の指さした方に首を巡らせると、川上でも川下でも川の中でもない方向に一人の男の背中が見える。
武官に指示しようとしたが、良くても縄をかけようとしているところだ、仕方なく地を蹴った。
杠が男の腕を固めて戻ってきた時には、もうすべての者に縄がかけられ馬車に向かって歩かされていた。

「武官殿、縄をお願い致します」

杠の声に振り向いた武官たちが驚いた顔をする。

「ゆ、杠官吏・・・どうして」

どうして腕を固めているのか? 何故そんなことが出来るのか?

「・・・あ、はい!」

隣にいた武官に捕らえた者を渡すと杠の元まで走り男を受け取る。

(がっちり固めてんじゃないか・・・)

武官が驚いた目で杠を見ると「これであと一人ですね」などと嘯(うそぶ)く。

そのままずっと待っていたが残りの一人が来ない。 もう辺りは暗くなりかけている。
諦めた杠が紫揺の元まで歩いてきた。 武官五人がすぐあとに続いている。

「しゆ、紫さま、降りておいで下さい」

武官五人が首を傾げる。

「え? なんで? あと一人残ってるのに?」

「これ以上暗くなると、木から跳び下りるのが危険になってく、ます」

く、ます? いや、そこじゃない、跳び下りる?

「ゆ、杠官吏! 跳び下りるなどと!」

「そうです! 我らがお下ろし致します!」

一人の武官が足を広げ木の幹を持ち、その股にもう一人の武官が頭を潜らせ、えんやこらと立ち上がる。 同じ様にもう一人が立ち上がった武官の股に頭を潜らせ「ぐおぉぉー」 っと叫びながら足を延ばし、また同じようにもう一人も叫び声を上げながら立ち上がり、三段の肩車が出来上がった。 一番上の武官が手を伸ばせばなんとか紫揺に届くだろう。
紫揺の目が嬉しそうに光る。

「今すぐおやめになった方が宜しいかと」

「どうしてですか? 跳び下りられるよりずっと安全では御座いませんか」

「大人しくされるがままで終わると思われますか? 枝を蹴って一番上の武官殿の肩の上に跳び乗ります。 体勢を崩せば全員総倒れです。 そうなると・・・」

そうなると・・・この本領にこの言葉があるとすれば、それってサーカスじゃないか! と言っただろう。 雑技団はあるが、その雑技団でさえ今のように三段止まりだ。
一番下の武官が目を大きく開けすぐに膝を曲げた。
今にも枝を蹴ろうとしていた紫揺が口をへの字に曲げる。 そしてトントンと軽い音ではなく、ドンドンと三人の武官が重い身体を地に下ろした。

「受けようか?」

「いらない」

言った途端、枝を蹴って跳び下りてきた。
ヒェー!! と、間近で見ていた五人以外から声が上がった。 十九人だった武官が今は九人に減っている。 残りの四人の悲鳴だろう。 五人などただ口を開け顔を蒼白にさせているだけである。

「手を見せて」

跳び下りてきた紫揺の掌をすぐに見る。 忘れていなかったようだ。
腰にぶら下げていた筒を掌の上で傾け傷を洗う。

「あと一人どうするの?」

「まだ先に見えなかったのだろう?」

「うん」

「あと少しすれば暗くなってくる。 明かりをもってやって来るだろう。 それに暗くなれば武官たちも遠くに身を隠さなくてもいい」

紫揺の左手に手巾を巻いてキュッと括る。

「暗くなったら・・・飾り石に気付くかな」

飾り石を手に持たさなければいけない。 単に立入禁止領域に入っただけならば、暗がりで立入禁止の札が見えなかったと言うかもしれない。 そうなると捕らえることが出来ないわけではないが、すぐに放免にしなくてはならなくなる。 まあ、立入禁止の札などは既に引っこ抜いて無いのだが。

「ぶつけてでも持たせるさ」

紫揺がニカっと笑う。

「じゃ、そうする」

「え?」

「川で遊んでるから暗くなるまでは隠れてて。 それと灯りある?」

「紫揺?」

「ほら、まだ何とか見えるんだから。 見つかっちゃうよ?」

杠が優しく微笑んだ。 いつもより優しく。

「すぐに暗くなるが、それまで一緒に川で遊ぼうか。 目立っても困るから、そうだなサワガニ探し。 どうだ?」

「うん!」

五人が首を傾げる。 杠の言葉使いもそうだが、ちょいちょい出てくる “しゆら”。 それは何の暗号なのだろうかと。 とにかく今わかっていることは、灯りを持って来なければいけないようだ。

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