大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第173回

2023年06月09日 21時19分24秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第170回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第173回



「武官殿は持ち場に戻って下さい。 暗くなりましたら気を付けてこの辺りまで出てきて下さい」

残り一人を捕らえるだけ。 四人と五人で挟み撃ち。 暗がりとはいえじっとしてさえいれば岩から体がはみ出していても気付かないだろう。
武官達が持ち場に戻っていった。 ほどなく一人がともした灯りをもって川岸に置いた。

二人で川の方に歩いて行く。

「サワガニ寝てるかな?」

「そうだな、起こしてしまうな」

「あ、そうだ干し肉」

ごそごそと懐を探ると食べ残していた干し肉を出してきた。

「なんだ? 全部食べなかったのか?」

「うん、あんまり得意じゃないみたい」

杠が顔だけで笑った。 それはそうだろう、こんな物は武官しか食べないだろう。
川の水でふやかすとサワガニ探しを始める。

「ね、どうしてもっと近くに来てから捕らえる理由を言えばって言わないの?」

拳大の石をめくる。

「ああいうところは口を出すところではないからな。 それで逃げられれば進言はしただろうがな。 まっ、紫揺が教えてくれなければ一人捕り逃すところだったが、あれは直接その事とは関係が無いからな」

「ふーん、そうなんだ」

「紫揺だって自分がやってきていたやり方に口を出されれば、いい気はしないだろう?」

「まぁ・・・ね。 そっか、そんなことも考えなくちゃいけないのか。 杠、えらいね」

えらいねと言われ、口角を上げてくすくすと笑いながら石をめくる。

「紫揺、いたぞ」

覗き込むとサワガニがいる。

「干し肉食べるかなぁ」

サワガニが寝ている所を起こされて怒ったように、ハサミを動かしていたが、干し肉の臭いに気付いたのだろうか、ハサミで干し肉をつかむと器用に食べだした。

「わっ、食べた食べた!」

喜んではいるが声は抑えている。

「良かったな」

紫揺の頭を撫でてやる。
ふと思い出した。 サワガニを見ていた顔を上げた紫揺が、手を伸ばし杠の頭を撫でる。

「ヨシヨシするって言ったから。 杠って不思議なくらい分かってくれる」

「そうか?」

「うん。 絶対に、一、二回は失敗すると思ってたのに」

「オレもよく木に上るからかな?」

「じゃ、マツリじゃ無理だってことね」

相好を崩してもう一度紫揺の頭を撫でてやる。

「きっとすぐに戻ってこられる」

「べつに待ってるわけじゃないから」

そうか、とだけ言っておく。
紫揺はマツリのこととなると素直ではなくなる。 滅多に会えないのだ、素直になってマツリと時を楽しんでほしい。 ・・・だが素直でないそれも愛しい。
辺りが段々と暗くなり始めた。
杠が腰を上げる。

「あの岩陰に隠れている」

杠の体だとスッポリと入る。 武官たちも近くまでやって来ている。
灯りを紫揺に渡すと岩陰に向かって歩いて行った。 残された紫揺が少し場所を移動して飾り石を手に取った。 周りにはまだまだ大小の飾り石が散らばっている。
しゃがむと飾り石ではなく川石を積み上げて遊びだした。 三基四基と積み上げてからふと気づいた。

「ん? これって・・・賽(さい)の河原の図?」

わわわ、と言って積み上げたものを崩す。 今度はまるで賽の河原の鬼になった気分だ。

「わぁー、暗がりに一人。 ろくでもない事しか考えられなくなった・・・。 最後の一人、早く来てよー」

まだかな、と思って川下に目を移すと近づいてくる灯りが見える。
来た。
わざと灯りを持ち上げて動かしてみる。 紫揺の動きに杠ならずとも武官たちも身体に緊張が走る。

「んー、どうしようかな」

人を緊張させておいて作戦は立てていなかったようだ。
灯りが段々と近づいてきた。 大きな火だ。

(松明(たいまつ) か・・・)

紫揺の持つ灯りは角灯である。
角灯を置くとしゃがんで飾り石を手に取り、まるで検分しているかのような姿をとる。
松明の灯りに紫揺の影が揺れた。
まるでびっくりしたように松明を仰ぐ。
男も驚いた顔をしていた。 だが男は本当に驚いているのだろう。

「ぼ・・・坊?」

紫揺が眉を寄せる。 どいつもこいつも “坊” と言う。 一人くらい女の子? と言えないのだろうか。 いやいや、お姉さんと言えないのだろうか。

「わ、びっくりした。 驚かせないでよ。 武官かと思った」

手に持っていた飾り石を放り投げると違う飾り石を手に取る。

「あ? え? 三都の福喜(ふくき)の代わりに居るのか?」

床下で聞いていた男の声の一人だ。

「福喜? 誰それ?」

杠に聞こえるように言う。 福喜の名前に乗って話を作ろうかとも思ったが、知らないことを突かれると答えに窮する。 だから別の道をとる。

「飾り石を取りに来たの。 おじさんも取りに来たんでしょ?」

まだ声変りが始まっていないのか、掠れることもなく高い声で話す坊。

「え?」

「簡単に取っちゃいけないよ? ちゃんと良いものと悪いものを見分けなくっちゃ」

「あ、いや・・・。 坊の他にここに誰か来なかったか?」

つられて飾り石を手にしなかったか・・・。

「誰も来てないけど?」

「坊はいつからここに居る?」

「ついさっき来たところ」

ということは、まだこの先なのだろうか。 ここまで来て福喜の姿は見なかった。 この先で三都の福喜が待っているのだろうか。

「おじさん? 飾り石を取りに来たんじゃないの?」

「え? あ?」

手に取ってもらわなくては困る。 紫揺が胡乱な視線を男に送る。

「もっと質の良い大玉を狙ってるの? それなら許せないんだけど?」

この坊は何を言っているのか? とにかくこの先に足を運びたい。

「狙っているも何も、この先を歩くだけだから」

「だから狙ってるんでしょ!?」

杠も武官もジリジリとしている。

「行かせないよ、この先には」

持っていた飾り石を男の足元に投げた。

「坊、何か勘違いをしている」

男がしゃがんだ。

「ほら、これを持ってお帰り」

紫揺が投げた飾り石を手に取った。
紫揺の口の端が上がり、次の瞬間には身を翻(ひるがえ)していた。


今日も一日、一軒一軒歩き回った。
「ここに呉甚という者はおられませんか?」 と。
今日も何を言っているのかという目を向けられただけだった。
男が棒になった足を投げ出して座り込んだ。 男の目の端に武官の長靴が映る。

「今日はこれでいい。 明日・・・明日の昼前には瑠路居の範囲が終わる」

男が弱弱し気に足と共に垂れていた顔を上げる。

「それで居なければ、お前が騙されていたということ」

騙されていた? どういうことだ? そんな筈はない。
騙す以前のことだ。
呉甚と柴咲が話していたことを聞いただけなのだから。

『瑠路居の場所を移さなくてもいいか? 宮都では隠しきれないかもしれん』

『・・・移さなくてもいいだろう。 高妃は大人しくしている、言われるがままだ。 高妃を宮の近くに置く方がいい。 その方が動きやすい』

瑠路居、間違えなく聞いた。 宮の近くにと。 瑠路居は宮の近くにある。 騙されているわけではない。
情状、それをしてもらわなければ・・・。
男が上げていた顔を落とした。 もうクタクタだ。


星が綺麗に瞬いている。

「きれ、い・・・」

今日も綺麗。
あの空が。
毎日同じ。 何も変わらない。 それを不思議に思ったことは無かった。
外に出られる、そんな言葉が耳に入っていた。

「お、そと」

四角の窓に見える空をもっと見たくなった。 窓の外の空だけは色とりどりに、形も変えていた。
空にかかる星、月、雲。 星も月も綺麗だった。 だが雲は空を変えていた。 星や月を隠したり陽も弄んでいた。
もっと見たい。
虚ろな瞳のまま立ち上がった。


やっと百二十七人目を捕らえることが出来た。
紫揺が身を翻したあと男はポカンと立っていた。 その手に飾り石をもって。
その男が二人の武官によって、馬車に揺られ三都官別所に運ばれていく。

「紫さま、お疲れ様で御座いました」

武官たちが居る。 紫揺とは言えない。 と、杠は思っているが、さんざん紫揺と言っていた、ダダ洩れである。 まぁ、武官たちは暗号と思っているようだが。

「お疲れっていうより・・・お腹空いた」

杠が満面の笑みを作る。 紫揺らしい。 そう思った途端タガが外れる。

「三都は粉ものが美味しいらしい。 行くか?」

「うん」

残っていた武官が首を捻じる。
どう考えても、御内儀様との会話と思えない。

「武官殿」

杠に声をかけられて武官たちがハッと身を正す。

「紫さまを夕餉にご案内いたします。 武官殿みなさまは予定通りでお願い致します」

武官達がカンと踵を合わせる。
百二十七名を一旦は三都官別所に収容したが、六都まで連れ帰らなければならない。

この夜、第一陣の武官たちは三都武官所に泊まりとなった。 三都官別所にあまりにも預ける人数が多すぎるので、六都の武官たちが交代で見張りをすることになっている。 その合間に飯も食べる。
そして明日早朝になれば十台の馬車に捕らえた者を押し込み、十人の御者台に乗る武官と、徒歩の三十人で見張りをする武官が列をなして三都から六都の中を歩く。
第二陣はあらかたな報告を兼ね、馬を駆り既に六都に向かっている。
遠くに繋いでいた馬を武官が連れてきた。

「有難うございます。 では明日早朝、三都官別所に行きますので」

「はい、お待ちしております。 あの、これをどうぞ。 三都の武官がこちらにお宿をお取りしておりますので」

手渡された料紙にはあらかたの地図と宿の名前が書かれてあった。 単なるマツリ付の杠だけならこんなことはしない。 紫揺がいるからだ。 ちゃんと二部屋取ってあると書かれている。

「お世話をお掛け致します」

既に紫揺は馬に跨っていた。

宿の近くの食処に行きお好み焼きのようなものを食べた。 ソースがとんかつソースでないのが残念だったが。
だがお菓子にしてもそうだし膳に出されるものもそうだが、つくづく、この本領の食べ物は日本と似ていると思った。

紫揺と杠が食処で楽しい時間を過ごしている間に、武官たちの間では紫揺と杠の噂話で持ちきりだった。

「いや、武官じゃねーんだぜ? なのに杠官吏、がっちり関節を固めてたんだ。 あれじゃ身動きできねー」
「杠官吏と紫さまの関係、誰か訊いたのか?」
「お前見てなかったろ? 紫さまがあの木から跳び下りたんだぜ」
「え! うっそ!!」
「いやー、それよりあの上り方。 あれ一体どうなってんだ?」
「そーいや、地下って言ってたよな」

あちこちで囁かれていたどころか、大音声で噂をされていた。


夜中、馬を駆って六都に戻ってきた第二陣。 厩に馬を戻すと報告をするに武官所に足を向けると四色の皮衣を着た六都武官長が待っていた。

「では一人も捕らえ損ねることなく百二十七名全員捕らえたのだな」

「はいっ! 詳しいご報告は明日、杠官吏から」

「承知した」

「では我々も解散としようか」

「そうだな」

「・・・あの」

「なんだ?」

「紫さまが戻って来られる前に、お耳にお入れしておいた方が宜しいかと」

「何だ」

そして紫揺の協力を話し出した。 すんなり話すのではなく、杠と紫揺のコラボから紫揺の木登りまで。 そしてそれが大いに役立ったと。
戸に耳をあてて聞いていた他の武官がノックをし、武官長の部屋に足を入れると「それだけでは御座いません」と入ってきて、木から跳び下りたことから始まって、最後の一人に上手く飾り石を持たせたこと、そして掌を怪我していたようだと話した。
武官長四人が馬鹿みたいに口を開いたままだった。 もちろん紫揺のあれやこれやに。

「ということで情けないことですが、今回、紫さまがいらっしゃらなければ成功したかどうかは分かりません」

武官長たちの口が閉まった。

「・・・お前ら、武官として恥ずかしくないのか」

「矜持を捨ててでも、事実を申し上げております」

「武官たるもの木にも上れんのか」

「ことごとく枝が折れまして」

「身を縮こませれば岩に隠れられるだろう!」

「どれだけ小さくなっても全員はみ出しまして」

一人も逃がしたくないと考えたところから巨躯の者たちを厳選した。 それが裏目に出たということか。

「バッ、バカヤローがっ! 痩せろ!!」

大男の武官長に言われても説得力を感じない。

「それになんだそれは、武官たるもの破れた武官衣を着ているなどとだらしがない! そんな武官衣で三都に行ったのか!」

「あ、いえこれは・・・」

紫揺の河原での武勇伝を、耳をかっぽじらせて聞かせてあげた。 紫揺の動きは奇行ではなく、武勇伝として成り立った。


朝になり、三都官別所に向かった杠と紫揺。 捕らえた全員を馬車に入れると武官達に見張られながらゆっくりと馬車が動いた。
杠と紫揺は三都武官長に挨拶を済ませてから武官所をあとにした。

「あの坊みたいなのが紫さま・・・」

まだ早朝である、交代は来ていない。 夜番であった群青色の皮鎧を着た武官長、三都青翼軍武官長と数人の武官しかいなかった。

「信じらせませんね。 あの噂も」

「だが本当らしい。 手に手巾を巻いておられた」

六都の武官たちがしていた噂は既に三都武官長まで届いていた。


夕べ武官舎に木箱のような馬車で運ばれてきた柴咲。 結局逃げる隙など無かった。

『文官殿はみなもう帰られた。 ここで明日まで待っているよう』

入れられた部屋は武官の仮眠室。 戸の前と窓の外には武官が立っている。

(やはりおかしい。 無断欠仕だけでどうして・・・)

頭を過るのはあの似面絵に書かれていた文言。 そして自分がしようとしていたこと。
朝になり交代の武官たちがやってきた声がした。
その内に始業の太鼓も聞こえてきた。 それなのにまだこの部屋から出す様子が無い。
戸の内側からノックをする。

「武官殿、まだで御座いますか」

「今、朝餉の用意をしています。 しばらくお待ちください」

戸の向こうから返って来た返事はこれだけだった。
暫くすると朝餉の膳を手に持った武官が入ってきたが無言で出て行った。
武官の様子をじっと見ていたが、何かを訊いてもまともに答えないだろうことは目に見えていた。 だがいつまでもこうしているつもりはない。 膳を下げに来た武官に口を開いた。

「工部長に申し開きをさせていただきたいのだが」

「今日は欠仕となっておられるようです。 明日までお待ちください」

嘘だ。 何のために時間稼ぎをする。

「では次長に」

「それでお気が済まれるのなら、こちらにお呼びいたしますが、明日、工部長にお会いされるまでは、こちらから出て頂くわけにはいきません。 如何されますか」

柴咲が唇をわななかせる。

「結構! それでは結構です! 明日まで待ちます!」

膳をもって武官が出て行った。
戸を閉めた途端、戸に何かが当たる音がした。 きっと枕でも投げたのだろう。 戸の外に立つ武官と目を合わせ口だけで笑った。


「ここに呉甚という者はおられませんか?」

今日ここで何軒目だろう。


「高妃様、朝餉が遅くなり申し訳・・・」

部屋に高妃がいない。
部屋の中に隠れるところなどないが、まず高妃が隠れるなどということをすることは無い。
卓の上に朝餉の盆を置くと部屋を出て声を出して探し回った。

「高妃様! どちらに居られますか!? 高妃様!!」

「何を騒いでいる」

「高妃様が! 高妃様がお房におられません!」

呉甚の目が吊り上がる。

「どういうことだ!」

「夕べ、お眠りになる時には居られました。 いつものようにお伽噺をお聞きになりながらお眠りになって・・・」

「鍵をかけていなかったのか!?」

一度、高妃が部屋を抜け出てからは鍵をかけるようにと言っていた。

「あ・・・それは」

「かけなかったのか!?」

「高妃様が鍵をかける音を嫌がられて・・・その代わりに、お房を出ないと約束して下さって・・・」

「約束などとっ―――」

叫びかけた時、玄関の戸を叩かれる音がした。

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