大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第171回

2023年06月02日 21時01分38秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第170回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第171回



今日最後になる言葉を発した。

「ここに呉甚という者はおられませんか?」

居なかった。
男がその場に崩れるように座り込んだ。

「・・・もう遅い」

明日には早朝から六七八都の仲間が動きだす。 受け入れが全く出来ない。
俯いていた男の目に長靴が映った。 ゆるゆると顔を上げる。

「明日も続けてもらう」

冷たい声が降ってきた。
明日から事が動くことは分かっている、男が諦めたのだろう。 だが事が動くことと、この男が呉甚を探すことは別問題。 この男は呉甚と繋がりを持っているのだろうから。

「二都の七坂の者、明日も呉甚の居所を探せ」

顔を上げたそこに武官が居た。

この男を締め上げて呉甚のことを訊きたかったが、訊くより何より、探す方が先決。 この男は呉甚を探しているのだ、締め上げたとて今の居所を知らないということ。 それならばこのまま探させる。
だがどうして二都の者がここに来るのか。 もしかして二都の七坂に柴咲が居るのかもしれない。 似面絵で動けなくなった柴咲に代わって、この男が動いているのかもしれない。 この男を締め上げ、柴咲から捕らえる方法もあるが、そうなると呉甚を捕らえるに時がかかってしまう。 二都の七坂では二都の武官が動いている。 二都は二都でやってもらう。

「な、何のことでしょう・・・」

「荷馬車の者は捕らえた」

「・・・!」

正確に言えば、捕えてはいない。 ちょっと訊いただけである。

「お前が昨日今日と呉甚を探しているのは知っている」

「・・・」

「協力するなら情状がある」

情状がある、何に対しての、呉甚を探しているだけなのに。 何も知らないのならそう言えた。 だが・・・知っている。


玄関の戸を叩かれた。
光石が反応する刻限には全ての光石に布をかけていた。 この刻限、どこから見ても留守宅になっているはずだ。

「居られませんか?」

野太い男の声。
呉甚の元に走らせた男がまだ帰って来ていない。
暗い中、声を殺して待つしかなかった。


「高妃様!」

虚ろな瞳が振り返った。

「どうしてこのような所に!?」

どうして? このような所に?
どうして来てはいけないの? 窓から見える四角の中にある空、どうなっているのかを見たいだけなのに。
高い窓・・・部屋から出ると窓に見える空がもっと見える気がした。
振り返った首も顔も目のようにうつろになっている。

「高妃様? お房に戻りましょう」

半地下の房に。

「そ、ら」

「は、はい?」

「空、を・・・見、たい」

初めて聞いた高妃の声だった。


少し遡るが、六都で第二陣が出立しようとしていた頃である。
杠がこめかみを揉んだ。

夜襲があったなどと全く知らない紫揺が平和に朝餉を食べ終わった。 かなり遅い刻限だったが。 その時には杠が第二陣と騎馬を駆らせる時となっていた。
紫揺の部屋には起きたら朝餉をとり、文官所に行くようにと文を残してきていた。
紫揺のことは半泣きで首を左右に振る文官たちに無理矢理頼んであったのだが、いざ馬を駆らせる段になって、腰に手をあてた紫揺が杠の真ん前で仁王立ちになっていた。

「杠! 言ったよね! 川に行くときには誘ってって!」

何処から情報が漏れたのか・・・。
きっと・・・文官からだろう。 それが計画的であったのか、何も考えず杠のことを問われて答えただけなのか。
いずれにせよ文官に口止めをしなかった杠の失態である。

結果、紫揺に押し切られ、杠と二人乗りで第二陣に参加することとなったのだが、馬を下りて歩いている時には小さい紫揺は目立たなかった。 それに杠は馬も徒歩も常に最後尾をとっていた。 その横を紫揺が歩いていたのだから、武官たちの目にとまることは無かった。

「どわっ! ・・・どうして!?」

武官の言いたいことは分かる。 紫揺が杠の前に仁王立ちになり、この第二陣に参加をしているのを知らなかったのだろう。 この武官は紫揺が仁王立ちになる前にもう馬で出ていて、それからも離れた場所で動いていたのか、今の今まで此処での紫揺の奇行を知らなかったのだろう。


目をクリっと見開いた第一陣の武官の目の先に紫揺が居る。 紫揺を紫と認識しているのかどうかは分からないが。

「どうしてここに坊が居るんだ!」

紫と認識していなかったようだ。

「ばっ! 馬鹿っ!!」

奇行に巻き込まれた武官が思わず “坊” と言った武官の口を塞いだ。

「むっ、紫さまだ。 正真正銘! 紫さま!! どっから見ても紫さま!!」

最初は声が小さかったが・・・クレッシェンドとなっていく。

「むががぎがが?」

きっと「紫さま?」と言ったのだろう。

「お前、分かってるな? 一生不眠不休労役。 やりたいのか?!」

口を塞がれていた武官がブンブンと首を振る。
後ろで聞いていた第一陣の武官も同じように首を振っている。

自分の名前を呼ばれたと思い、口を押さえていた武官に歩み寄る。

「一生不眠不休労役って何ですか?」

「げっ! いつの間に」

「げっ、て・・・」

げっ! って、そりゃ言いたくもなる。
着いた途端『川~』 と叫んで杠に口を押えられ、こんこんと、いいと言うまで声を出さず、じっとしているようにと言われたのにもかかわらず、近くの木に登りだし・・・まあ確かに木の上ではじっとはしていたが。 いいと言われた途端、ジャバジャバと川に入ってサワガニ探しを始めるわ、岩を跳んで遊びだすわ・・・。
挙句に杠が止めることなく『ご自由にさせてあげてください』 そんなことを言うわ・・・。
自由になどさせて怪我でもされたらどうするのか。 後を追った武官たちは鬼ごっこと勘違いした紫揺に思いっきり弄ばれたのだから。

「あーっと、それは・・・」

紫揺を護衛していた武官二人にこれから下されよう咎です、などとは言えないし、ここに着いてからの紫揺を見ていて、護衛の武官がどれ程大変な思いをしていたか心底分かった。 心の中ではもう一種類の言葉が浮かんでいた。
“アナタ様がじーっとしてないから、お利口さんにしていないから、走り回るから、いい迷惑をこうむった武官二人の行く末です” と。

「紫さまを護衛してきた武官二人に出る咎です」

紫揺の後ろに立った杠が言う。 振り返った紫揺。

「え? なんで?」

「あんな似面絵を描いた挙句、昼餉もとらせず、当然でしょう」

当然か? 武官の誰もが思う。

「似面絵は・・・まぁ、それなりの気持ちが無いわけではないけど、昼餉は私がいらないって言ったから」

「は?」

「そんなことで少しでも遅くなるのが嫌だったから、それに梨やらイチジクやらもぎって食べてたから。 まっ、お腹にどんとこなかったから、杠と会った時にはお腹が空いてたけど」

もぎって? 時期本領領主の御内儀となる方が?

「それにマツリに言ったよ? 咎なんていらないって」

口から手を離された武官がまじまじと紫揺を見る。 こうして紫揺の顔を見てみると本当に似面絵とは全く違う。 アヤツらはどこをどう見てあんなガマガエルに見えたのか、いや、ヒキガエルだったか? それどころか可愛い坊じゃないか。 マツリが言ったとされる第一声の侮辱罪には値するだろう。
それなのに咎などいらないという。

「そ! それはまことで御座いますか!?」

思わず武官たちが叫んだ。
振り返った紫揺。

「何様でもないのに、そんなことくらいで大騒ぎする方がおかしいです」

いいえ、ナニサマです。 そう思いながらも喜びかけた時、杠が口を開いた。

「紫さま、そういうわけにはいきません。 あんなっ、あんな似面絵に・・・」

似面絵を思い出したのだろう、杠の声のボリュームが上がってきた。

「あんな風に描かれて! それにいくら紫揺がいらないと言っても、食べさせるのが護衛でしょう! こんなチビッコイのにっ、栄養の蓄えが武官のようにはないのに! 口を無理にこじ開けさせてでも食べさせなくてどうする!!」

しゆら? 何のことだ? それに最後はなんだ? 紫さまが責められてるみたいだ。 それにそれに、日頃声を荒げることのない杠官吏が声を荒げるなどと。
武官たちがキョトンとしている。

「どうしたの? 杠。 ん? なに? じゃ、杠が私を描いてみる?」

あの一種独特な才能で。

「う・・・」

「それに杠と一緒に食べられたから、そっちの方がいい。 ね?」

「あ」

兄として妹にこんなことを言われてはデレデレになってしまう。

「ね?」

止められないニヤついた顔で頷いてしまう。

「ってことです。 もしマツリが何か言っても止めます」

泡を吐いて倒れた武官。 宮都に戻ったその二人に早く知らせてやりたい。 マツリのことをマツリ様と言わず、マツリと呼び捨てにしていることなど気にもならなかった。

今晩はまともな夕餉というものを摂ることはままならなかった。 煙を上げることが出来ない。 六都の者全員を捕らえるまで干し肉や干し果物を頬張るだけである。
紫揺を三都の中心に戻して夕餉を食べさせ、宿に泊まらせようとしたが、頑として紫揺が首を縦に振らない。
それどころか、まだ明るい内にと川岸に生えている果物をとって口に運びだした。

「毒果だったらどうする」

「大丈夫、分からないものは食べないから。 杠もハイ、みずみずしくて美味しいよ」

という始末であった。
そしてこのまま夜明け前まで軽く睡眠をとる。 武官たちが一人二人コロンコロンと背を預けていた岩から崩れていく。 何故かその全員が第二陣の者たちであった。

「まさか本領に来て、こんな風に空を見られるなんて思ってもいなかった」

ゴロンと寝ころぶと、瞬く星々に照らされた深く青い空がいっぱいに広がっている。
紫揺が寝ころんだ下には万が一を考えて急遽取りに行った敷物が敷かれている。

「たまにこうして外で寝るのも楽しいね」

杠が口の端を上げ紫揺の頭を撫でてやる。

「今日は遊び疲れただろう、明日は早い。 もう寝るといい」

遊びに来たわけではないが紫揺は別だ。 せっかくマツリに逢いに来たというのに、まともに話すことも出来ていない。

「うん・・・」

離れた所でその様子をじっと見ていた第一陣の武官達。
目を戻すと第二陣が全員倒れている。
長い間、クソ暑い中、馬車に身を隠し、どれだけ第二陣の方が良かったかと心で文句を垂れていたが、第二陣から紫揺の奇行を聞かされ、弄ばれたその第二陣の全員が倒れている。

『オレなら絶対サルの似面絵を描いていた』

いや、イタチだ、ネズミだ、と散々言っていた。
紫揺を追いかけて川の中ですっ転んだのだろう、衣を濡らしている者もいれば、衣が破れている者もいる。 イビキでなく呻き声を上げる者がいる。 夢の中でも弄ばれているのかもしれない。
第一陣で良かったとつくづく思った。

「な、杠官吏と紫さまってどういう関係だと思う?」

それは誰もが不思議に思っていた。
単にマツリ付の官吏というだけで、ああして横になっている紫揺の頭を撫でるものだろうか。 それに杠は全く紫揺の自由さに頓着しなかったと聞いた。 マツリからの預かりのはず。 それは有り得ない事だ。

「どうなんだろうな。 たしか紫さまは東の領土の五色様とも聞いたが」

「ああ、そうなんだ、そこなんだ。 それなのにどうしてあれだけ杠官吏と親しくしてんだろ」

「明日訊くか? 紫さまって・・・なんて言ったらいいかな」

「そうだなぁ・・・宮の女人たちみたいに、近寄りがたいってのが無いよな」

聞いた武官がクックッと笑う。

「宮の女人はたとえ女官といえど、サワガニ獲りなどしないだろうな」

「木登りもな」

そこここで、紫揺の噂話がされていた。
百二十七名、一人も捕り逃すことの無いよう、そう言われて出てきた。 それなのにこの緊張感の無さは何だろう。


芯直と絨礼、柳技の三人を目の前にして墨をすりながら享沙が口を開いた。

「なんだか変わった坊を見たんだが」

算術を解いていた三人が顔を上げる。

「変わった?」

「ああ。 俤に文を残す為に長屋に寄った時だったんだが、床下を潜ったり、信じられないだろうけど、木をかけ上って木の上にあがったり・・・」

毎夜どれだけ練習しても木に上がれなかった。 挙句に尾骶の骨がやられてまともな歩き方も出来なくなった。 その木に簡単に上った坊。

三人が目を合わせる。

「それって紫揺だと思う」

「え? 知ってるのか?」

「女人だってさ」

「は?」

「マツリ様の御内儀様ってやつ」

「はぁー!?」


まだ薄暗いというのに、人の動く気配で目が覚めた。 夕べ杠が座っていたところを見ると杠が居ない。
身体を起こす。
離れた所で紫揺の様子を見ているようにと言われていた武官が走ってやって来た。

「お目覚めで御座いましょうか」

「あ、お早う御座います」

まさか朝の挨拶をされるなどと思ってもいなかった。 驚いて踵を合わせカンという音をたてると礼をとる。

「あの、杠は?」

「杠官吏は指揮にあたっておられます」

六都武官長の誰もここに同行していない。 ここの責任者は杠となった。 ここでも杠官吏の意見を取り入れるようにと書かれていたことが大きかった。 それに自警の群を杠が言う程も武官長たちは信用していない。 こちらに参加するより六都に残ることを選んだ。

川の水で顔を洗うと、武官たちの間を抜けて何やら言い合っている杠の元に足を向ける。

「いやぁー・・・こりゃ無理です」

木を見上げながら言っている。

「そちらは?」

「手をかけただけでへし折れました」

へし折った木の枝を掲げて見せる。
これで何本目だ。
武官達・・・体格良すぎ。
昨日の時点で見張が隠れることのできる岩が見つからなかった。 体格が良すぎるから。
だから木に上ろうと決めていたが、ことごとく枝から落ちてきてくれる。
杠自身が上ればいいのだが、あまり身体を動かすところを見られたくない。 それに見張に立ってしまえばあとの指揮がとれない。

「木に上るの?」

振り返った杠が口の端を上げる。

「協力してくれ、さいますか? 退屈だぞですが」

何かオカシイ。 だがそんなことより、紫揺に協力をさせるなどと、訳が分からなくなった六都の者が暴れたらどうするのか。 武官が止めようと口を開けるより先に紫揺の口が開かれる。

「何すればいいの?」

夜が明けた。
三都からの者は来なかった。 三都に柴咲は入っていなかったようだ。

「どこに立てばいい?」

紫揺が上ろうとしている木の枝は一番低いものでもかなりの高さがある。 手に届く枝はことごとく武官たちが折ってくれていた。 蹴り上げて届くものではない。
紫揺が枝を見上げ、後ろ向きに歩きながら目測で測っていく。
武官達が寄ってきてその様子を見ている。

「ここ。 地下の時と違って塀を持って自分の身体の方向を調整できないから、全部杠に任せるね」

「分かった。 松の時のように怪我をしてはいけない。 手に手巾を巻こう」

杠が懐に手を入れかける。

「うーん、松じゃないからから大丈夫」

「怪我をしてからでは遅い」

懐から手巾を出し紫揺の手を取りかけたが、紫揺がその手を引っ込めた。

「巻いちゃうと握りにくいと思うんだ。 そっちの方が危険。 握り損ねて変な落ち方になるかもしれない」

そう言われてしまっては言い含めることが出来ない。 紫揺がどんな体勢でどうしようとしているのか分からないのだから。
仕方なく木の枝と、紫揺が「ここ」と言って立っている場所を交互に見る。 紫揺は角度的なことを言っているのだろう。
杠と紫揺の会話を聞いていた武官達。

「さっき・・・地下って言わなかったか?」

「・・・言った、あー、じゃなくて仰った。 って、お前口の利き方気を付けろ」

六都の武官は地下のことは聞いていない。 どういうことだと武官たちが目を合わせる。

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