大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第65回

2022年05月23日 23時18分42秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第60回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第65回



一文字にしていた唇を噛むと話を続けた。

「力の限界を知るようにとは言われましたから、まだそこのところが分かっていないみたいです」

「シキ様が? もう少し詳しく説明していただけなかったのですか? それとも四方様でしょうか?」

四方なら説明がないかもしれない。

「・・・マツリです」

思い出したくもなければこの口でその名前を呼びたくもない。

「え・・・。 あの、マツリ様とお力のお話を?」

いったいどういうことだ。 この二人に会話というものは成り立たないはずだ。

「マツリのことはいいです。 着替えてきます。 あ、湯浴みもしてきます。 明日じゃなくて着替えたら耶緒さんを訪ねに来ます」

馬で長々と走ってきていたのだ。 こんな砂埃だらけで妊婦に、ましてや気分を悪くしている妊婦に会うわけにはいかない。
前に置かれた茶を一気に飲むと領主の家を出て行った。

「相変わらず・・・」

「ゆるりということをされないようですね」

「それにしてもマツリ様と何かあったのだろうか」

結局、本領に行く本来の理由は訊けなかったが、紫揺は言いたくないのだろう。 話を誤魔化されたことには気付いている。

「シキ様も四方様もお忙しくされていたのでしょうか」

それでマツリと話した。

「う・・・む。 お二人がお忙しくされていて、これだけ長引いたとも考えられるが、だからと言ってマツリ様と紫さまではまともに話など出来ないはず」

「お力の事となると別とか。 それともシキ様も四方様もお忙しさからお話が出来ない状態で、四方様からマツリ様にお話しするように言われたとか」

マツリとて四方から言われれば “否(いな)や” とは言えないだろうが、四方もマツリと紫揺の状態は知っている。 それは避けたいはずだ。

領主が腕を組むが全く分からない。



キョウゲンに跳び乗りすぐさま宮に戻ったマツリ。
庭に降り立つと四方の従者が走って来た。 マツリを待つように四方から言われていたのだろう。

「マツリ様が戻られましたら、捕らえた文官たちのところにご案内するようにと四方様から言いつかっております。 ご案内いたします」

マツリが頷くとキョウゲンには部屋に戻るように言った。
飛んでる間キョウゲンの様子がおかしかったからだ。 昼日中を飛んだことがいけなかったのかとキョウゲンに問うと、そんなことは無いと言っていたが、ときおりふらついていたこともあった。

あまりにもマツリから一気に思考が流れてきたからであったが、ふらついていた理由はマツリには分からないだろう。

どちらにしても寝床で休憩が必要だ。

四方の従者が優しく捕らえた者たちの居る場所に案内をする。 宮の内にある門を抜け西の門に向かっている。

マツリが口を歪めた。 最初っから分かっていれば西の門の中でキョウゲンを降りたのに、と。
そう考えるマツリの頭に紫揺の声が響いた。

『マツリはいつもフクロウに乗ってるだけじゃない。 いっつもフクロウの背中に乗ってるだけなのに・・・』 山の中を歩けるの、と続いた。

短く鼻から息を吐くと下を向く。
指を口元に伸ばす。
紫揺の気持ちを何も訊くことなく一方的に言った。

―――泣いていた。

手を下す。
大きく溜息を吐く。
下げた手を額に上げると何度かさする。
息を吐く。

一方的過ぎたのだろうか。 もっと他のやり方があったのだろうか。 だが紫揺の言っていた目星とか何とか、そんな目で他の男を見て欲しくはなかった。
焦ったのかもしれない。
長い溜息を吐いた。

「マツリ様?」

声に顔を上げると前を歩いていたはずの従者が横に立っている。

「いかがされました?」

「何がだ」

「いえ、何度も溜息をおつきになっておられるので、わたしが振り向き足を止めましたら、ぶつかりそうになりましたが・・・。 何かご心配事でも?」

(え・・・そんなことがあったのか? 気付かなかった)

それに溜息なんてついていた記憶はない。

「ああ、悪かった。 ちょっと考え事をしておった。 進んでくれ」

「何か御座いましたら、いつでもお声掛けくださいませ」

そう言うと歩き出し一番奥にある建物に足を向けている。

(隔離だな)

こんな所に来る者などいない。

「父上はかなり用心されているようだな」

「はい、全く様子が分かりませんので。 ですがこちらで良かったと思われます。 文官の一人が大声を出していたそうですので、他の場所でしたら誰かに聞こえた事でしょう」

まだ罪人とは決まっていないのに官吏を捕らえていることになるのだから醜聞が悪い。

「他の者は?」

「大人しく座しているようです」

前を見た時に丁度一つの部屋から四方と従者が回廊に出てきたのが見えた。 四方もマツリに気付いたようだ。 勾欄に手をつきマツリを待つ様子を見せる。

「走る」

従者に一言いうと走り出し、長靴を素早く脱ぐと三段だけの階段を上がって四方の前に出た。

「遅くなりました」

「無事に送ったか」

「はい。 山の下まで東の者が迎えに来ておりましたのでそこで紫を渡しました。 領主には後日顔を出すということを伝えるようにと」

うむ、と四方が頷く。

「いま厨の女、常盤に事情を聴き終わったところだ」

マツリが頷く。

「毎日が泥の沼に沈んでいたようだったと言っておった」

口を一文字に結んだマツリが深く頷く。 常盤の気持ちを考えると毎日が不安どころでは無く、常盤の言う通り正に泥沼に身を沈めていた状態だったのだろう。

「事を知りすぐに動けたことが何よりです」

杠の救出から始まったことだが、つくづく紫揺の行動には感謝しなくてはならない。
囚われている者のことを知ったのは偶然と言ってしまえばそれだけなのだろうが、紫揺が子供の声に気がつき、俤が居ないと分かっていても一つ目の地下に足を運んでいなかったら今も何も分からなかっただろう。
それは紫揺だから出来たのだろう。
口に出さずとも四方もマツリも胸の内で思っている。

「あとの者はまだなのだが乃之螺を最後に順に訊いていく」

「はい。 同席させて頂きます」

「それと、調べさせたところ乃之螺には妹が居る。 名を稀蘭蘭という」

目を剥いたマツリ。

「まさか・・・百藻の?」

「そうだ。 乃之螺にはそこのところもよく訊かねばならん。 心しておいてくれ」

「・・・承知いたしました」

あの時の嬉しそうな百藻の顔が浮かぶ。 もし乃之螺と稀蘭蘭が百藻を利用しようとしていたのなら・・・。

四方が隣りの帖地の居る部屋に足を向けた。
四方とマツリが部屋に入ると座したままの帖地が手をついて叩頭していた。

「申し訳ございません・・・」

「ここに連れてこられた理由が分かっているということか」

優しくここに連れてこられた者たちは喧騒こそ聞こえていたかもしれないが、地下の者たちが武官によって捕まったことを知らない。 もちろん家族を救出されたことも。 常盤だけは先ほど四方から聞いて安堵の涙を流していた。

従者が二人分の椅子を用意すると四方とマツリが座った。 マツリの椅子は四方の椅子より少し後ろにずらされている。

「はい・・・」

「頭を上げよ」

ゆっくりと腕を伸ばしていくが身体が四十五度ほどで止まった。

「帖地、お前の知っていることを話してみよ」

頭を垂れたままの帖地が喉を詰まらせながら話した。
それはまるで急に降ってきたようなものだったという。


官吏としての仕事を終え家路に向かった。 帖地は一人住まいだ。 家の鍵を開けようとしたが鍵が開いていた。
朝、鍵をかけ忘れたのだろうか、そんな筈はないだろうに。 首を捻りながら戸を開け家の中に入ると鍵をかけ、履き物を脱ぎ家の中に入った。
すると部屋の中に後姿の座している人影が見えた。
ああ、弟が来ていたのか、と一瞬思ったという。

既に両親に先立たれていた兄弟は互いの家を行き来する為、互いの家の鍵を渡しあっていた。
だが甥っ子の気配がない。 弟夫婦はいつも夫婦そろって帖地の家に来ていた。 子が出来てからは必ず家族三人で来ていた。 弟だけが来るということは無かった。 それに弟がこんな刻限に訪ねてくるはずがない。
何か不穏を感じ玄関の戸の鍵を開けにいこうとした時、部屋の中から声が掛かった。

『甥っ子は可愛い盛りか』 と。

弟の声ではないのは明らかだ。

『誰だ』

『俊蓬(しゅんほう)って名前だって? ちょっと捻ってやったらすぐに泣きやがった』

『俊蓬に何をした!』

踵を返し部屋の中に入ると座していた男が身体ごとこちらに向いた。 知らない男だ。

『あのガキだけじゃない』

そういうと家の鍵を男の顔の前にかざした。

『お前の弟がこの鍵のありかを話した』

互いの鍵は万が一にも盗まれないように大切に保管している。

『ちょっと目の前で女房を可愛がってやろうと思ったらすぐに場所を吐きやがった。 兄思いな弟だな』

嫌味のように言うと、フッと鼻から息を吐いた。

『な! なにを!!』

帖地が男に食って掛かろうとした時、後ろから羽交い絞めにされた。 仲間が部屋内にいたようだった。

『おいおい、そんなに怒らなくてもいいだろう。 オレたちはお前に話があるから来ただけだ』

後ろから帖地を羽交い絞めにしていた男が帖地の方向を少し捻る。

『ウッ・・・』

腹に拳を入れられた。 羽交い絞めにしていた男が手を離すとズルズルとその場にうずくまる。 まだ仲間がいたようだ。

『いいか、お前の可愛いい甥っ子が可愛けりゃ、宮の中のことを俺らに話しな』

『・・・宮の、中・・・?』

腹を抱えながら苦しそうに問い返す。

『そうだ。 特にマツリだ。 マツリの予定を調べろ。 そうだな、三日後にまた来る。 それまでに調べておけ。 何ならお前が地下に来てもいいがよ』

『地下・・・お前たちは地下の者か! ・・・ウッ!』

歯を食いしばりながら問うたが今度は背中を蹴られた。

『おめーは言われたことだけやりゃあいいんだよ』

続けて脇腹にも足が入ってくる。

『おい、見えるところは止めとけよ』

『ちょっと楽しむだけだい』

そう言うと何度も何度も腹や背中、太腿を蹴られ続けた。

『さっさと調べて地下に言いに来るんだな。 おめーの弟がおめーのようにされる前にな。 ああ、それとも女房を先に可愛がってやろうか? それとも甥っ子か? どっちがいい?』

『うう・・・』

声が漏れるだけ。 言い返すことが出来ない程、身体を蹴られた。
男が鼻で笑うと立ち上がり、うずくまっている帖地の肩を踏む。 前のめりに倒された。

『誰かに言ったら、誰がどうなるかは分かってるな』

そう言うと鍵を投げ家から出て行った。


「申しわけ御座いません」

再度帖地が叩頭する。

「事情は分かった。 それでマツリの何を言った」

「マツリ様のご予定など分かるはずは御座いません。 ですが領土の祭に行かれることだけは分かっております。 時節柄、東の領土の祭に行かれることを話しました。 東の領土の祭は月が満ちた時。 その様に申しました」

叩頭したまま答える。

帖地の言うところにおかしな点がある。
時節柄ということは東の領土の祭近くに帖地がこのような目に遭ったということだ。 少なくとも東の領土の祭の前の北の領土の祭のことは言わなかった。 ということは、帖地に地下の者が接触したのは北の領土の祭以降ということになる。

東の領土の祭は春月。 だが少なくとも一人目の見張番の人数を増やしたのはもっとずっと前だ。
マツリが考えるが四方も同じことを考えているようだ。
疑問を振り切ったのだろうか、間をおいて四方が訊ねる。

「金は受け取ったか」

「・・・はい。 断りましたが突きつけてきました。 受け取らないとどうなるか分かっているかと。 仕方なく受け取り家の中に置いております」

「他には」

「数日前で御座います。 男達がまたやってきて厨の女にこれを渡せと言われました」

懐から畳まれた紙を出した。 それは薬を包んでいる紙と一目で分かる。

「厨の女とは」

「常盤、という女と聞きました」

「渡さなかったのか」

「男たちが・・・。 女に渡す時にマツリ様の御膳に入れるように伝えろと言いました」

帖地が首を振る。

「これが何かは想像がつきます。 そんなことは出来ません」

「そうか。 他には」

「・・・御座いません」

「頭を上げよ」

帖地が先程よりは早く頭を上げたが、また体が四十五度ほどで止まり頭は垂れたままだ。
四方が “頭を上げよ” と言った意味がマツリには分かる。

「しかりとこちらを見よ」

マツリが言う。

帖地がマツリを見るとマツリが帖地の目の奥を見る。

「真にか」

「はい」

「地下とのことはもう何も無いと言うか」

「はい。 御座いません」

やはり帖地の中に禍つものは見えない。
マツリが四方をチラッと見た。 四方の表情に変化はない。

「父上」

マツリが “父上” という声音だけで帖地の中に禍つものが視えないと報告する。
それを受けて四方が口を開く。

「見張番を増やしたのは帖地、お前だな」

「はい」

「誰に言われて増やした」

「・・・白木殿で御座います」

四方の眉がピクリと動いた。
四方もマツリも白木のことは紫揺から聞いていた。 白木の妹夫婦が囚われていると。

従者に調べさせていたのは乃之螺だけではない。 白木は以前、帖地の上役だったということが分かっていた。 そしてその時は二人とも財貨省にいた。 その後、帖地だけが移動した。
これはマツリが紫揺を送っている時に分かったことで、マツリはこのことを知らない。
帖地が移動となって直接の上役ではなくなったが、それまでの繋がりは切れるものではない。

「白木は財貨省だ。 見張番のことを言うのはおかしいと思わなかったのか」

「そう申しました。 ですが切羽詰まったように仰られて・・・。 最後には頼むと。 ご様子がおかしいので何かあったのかとお訊ねしましたら知り合いの息子だと。 職を持てないでいるから助けてやって欲しいとお聞きました」

≪馬酔亭≫ で聞いた蕩尽(とうじん)か小路(こうじ)のどちらかだと分かるが、先に入った方の蕩尽だろう。

「その者の名は」

マツリが問う。

「蕩尽という者で御座います」

蕩尽は官吏の下で働いていたと聞いている。

「蕩尽が官吏の下で働いているのを知らなかったのか」

「え?」

帖地が一度下げた頭を上げマツリを見た。

「蕩尽本人からそう聞いておる」

「まさか・・・。 その様な話は」

「蕩尽だけか」

「あとに小路(こうじ)という者を・・・」

「小路は四都(よと)の官所(かんどころ)で馬番をしておったと本人が言っておったが、それは知っておったか」

悔しそうな顔をして首を左右に振る。

「小路は何故入れた」

「再度、白木殿に言われました」

「そのことを何故報告しなかったのか」

上役に。

上役の指示なくその様なことをしてはならないということは当たり前の事である。

「言えませんでした」

帖地が頭を垂れる。

「何故に言えん」

マツリが問う。

「白木殿が・・・頼むと言われました。 ・・・頭を下げられました」

上役が部下に頭を下げる。 以前の部下といえどもそれを袖にすることは出来ない。 ましてや秘密裏に行って欲しいという目だ、上役に報告するなどということは出来ない。
帖地には白木の言うことを蹴ることが出来なかった。

これはあくまでも、帖地と白木の間のことだ。 見張番のことでは帖地に地下の者が関してはいないということになる。 辻褄があった。
だが同時にこの時すでに、白木には地下の者が関与していたということだ。
紫揺も言っていた。 白木の妹夫婦が一番最初に攫われてきたと。

目の前に居るのは帖地だ、白木ではない。 この事は帖地が地下の者から脅しにあう前の話。
今の帖地の話から白木も切羽詰まっていたのだろう。 だからと言って見過ごせられるものではないが。

「白木が頭を下げた。 だから上役に報告もせず次に小路を入れたのか」

「・・・はい」

四方が大きく息を吐いた。 マツリが四方を見る。 四方があとは頼むと吐いた息の中に入れている。

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