大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

辰刻の雫 ~蒼い月~  第66回

2022年05月27日 22時19分19秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第60回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第66回



「帖地、お前は弟家族を地下の者に捕らわれた。 そこには酌量の余地がある。 だが見張番のことはそうはいかん」

帖地が目を瞑り頭を垂れる。

「白木殿から言われた時から分かっておりました。 それに弟夫婦が捕らわれたとは言え、わたしの致しましたことはどんな問罪を受けようともあるがままを申し上げ、罰を真摯に受けるつもりで御座います」

もう一度叩頭する。

「刑部にお前を引き渡す。 刑部にもはっきりと申すよう」

「はい」

叩頭の中から帖地の声が聞こえる。

「弟家族の心配はいらぬ。 地下から武官が引き出してきた。 我がこの目で見てきたので間違いはない」

思わず帖地が頭を上げた。 その目が大きく見開かれている。

「子にも傷はない。 安心せよ」

見開かれていた帖地の目から涙が零れ、伏せるとそのまま嗚咽を漏らした。

次に白木の居る部屋に入ったが、帖地と同じようなやり方で地下の者が接触してきたと言う。

「妹には背中に小さな痣が御座います。 奴らはそれを知っておりました・・・。 今は妹から聞いただけだが、わたしの返事次第では見てみると言っておりました。 いつ妹に手を出されるか、そればかりが心配で・・・申しわけ御座いませんでした」

こちらもあっさりと認め、やったことは見張番のことだけだったと言い、帖地には悪いことをしたと言う。
だが財貨省にいる限り簡単に終わらせることは出来ない。 零れ金のことがある。

「金を横流しするよう地下の者から言われなかったか」

ここまでは四方が問うていたがここでマツリが問う。 四方を見て答えていた白木がマツリを見て答える。

「・・・言われました」

一言いうと瞼を閉じ俯き加減になった。

「しかとこちらを見て答えよ。 何と言われた」

顔を上げるとマツリを見る。

「金貨を流してこいと。 ですがそんなことは到底できません。 妹のことは心配でしたがあの管理下の元、誤魔化すことなど」

「断ったというのか」

「何度断っても断りきることは出来ませんでした。 ならばと、造幣所に地下の者が用意した者を入れろと言われました。 やろうとしていることは目に見えております。 ですが妹のことしか考えられませんでした。 これ以上断るとどうなるか・・・」

「それでどうした」

「造幣所の掃除番として入れました。 出来るだけ造幣に関わらないようにと」

「何人」

「三人で御座います」

「あとでその者たちの名を聞く」

口を真一文字にした白木が首肯する。

白木からはまだ僅かに禍つものが視える。 まだ何かを隠している。

「先ほど見張番のことだけと言っておったにも拘らず、地下の者に言われ三人の者を造幣所に入れたということか」

「・・・申し訳ございません」

「それだけでは無かろう」

白木の目が泳いだ。 黙って聞いていた四方にも分かる。

「ここまできて隠し立てをして何になる」

白木が頭を垂れる。

「顔は上げよ。 我を見て答えよ」

ゆっくりと顔を上げマツリを見る。

「光石の・・・採石場と加工場の人数を増やしました」

「何人」

「・・・採石場に三人、加工場の掃除に二人で御座います」

隠していたことを言ってどこかで安堵したのだろう。 白木の目から禍つものがすっと引いた。

「その者たちの名もあとで聞く」

首肯なのか頭を垂れたのか分からない仕草で肩ごと落とした。

マツリが四方を見ると頷いてみせる。 もう禍つものが視えないということだ。

「あとは刑部に任せるが今のように隠し立てをすることなく、お前が関わったことを全て答えるよう。 妹の心配はせんでよい。 地下から武官が妹夫婦を助け出した」

「え・・・」

肩ごと落としていた顔を上げると四方を見た。

「妹に恥じるようなことのないようにせよ」

立ち上がった四方が従者に視線を送る。 一瞬目をパチクリした従者だったが、すぐに造幣所と採石場、加工場に増やした者達の名を聞くのだと分かり他の従者に筆と紙を用意するように言った。
これが尾能なら既に用意されていたはずだ。

あとの事は用意をしに行った従者に任せ、目をパチクリした従者が前を歩く。
残るは乃之螺。

マツリの気は重い。 もし乃之螺の妹、稀蘭蘭も関与していたのならば純粋に百藻に惚れたのではなく、百藻を利用しようとして稀蘭蘭が近づいたのかもしれない。
四方もそれを懸念しているだろうが、あの百藻の嬉しそうな顔を四方は見ていない。

白木の部屋を出て歩いていると無意識にため息が出る。

「少なくとも百藻は関係ないだろう」

マツリの溜息が百藻のことを問うように聞こえたのか、四方が真っ直ぐに前を見ながらマツリに言う。

「はい。 あの百藻にはそのようなことは無いと思いますが」

「が、なんだ」

「乃之螺が妹を利用して百藻に近づけたのなら・・・、百藻がどれだけ気落ちするかと」

「互いに誓い身を固めた。 百藻も己が女房にした以上、己の責は己が取ろう」

己の責・・・己の感情のやり場ということだろうか。

「まあ、そんなことの無いように願うが」

四方が百藻のことを想っている言葉だろう。
歩いていると声が聞こえてきた。

「いい加減になさいませ! これ以上暴れられますと武官を呼びますぞ!」

乃之螺だけは大人しくしないので、他の者を刺激しないよう別棟に入れたと従者が言った。
こういうところは気が回るらしい。

「先に失礼いたします」

マツリが四方の前を走った。 どの棟のどの部屋にいるかは知らないが声がきこえているのだ、そこに行けばいい。
三段の階段を降りると、置いてあった履き物を履いて声のする方に向かった。

声の聞こえてきていた棟の部屋の外に四方の従者が一人立っている。

「マツリ様」

「暴れておるのか」

「はい、先ほどから。 それまでは大声を上げたり、抑えようとした者の手を弾く程度でしたが」

マツリが履き物を脱ぎ三段の階段を上がり襖戸の前に立つと、回廊に座していた四方の従者が襖戸を開けた。
わめく乃之螺を三人がかりで押さえている。

「何をしておる!」

乃之螺と従者の声に負けない程のマツリの大音声が響く。

「マ、マツリ様・・・」

乃之螺を抑えていた従者が手を離した途端、乃之螺が走り出そうとした。
従者が「あっ!」 と手を伸ばした時には遅かった。

マツリが乃之螺の足を払う。 乃之螺が大きく前のめりに転んだ。 すぐに乃之螺の腕を取ると後ろに固め立ち上がらせるが、マツリの手を払いのけようと暴れる。 だが簡単にマツリの手が離れない。 今度は後ろに立つマツリの足を蹴ろうと足を出すがそれを簡単に避ける。

「縄を持ってくるよう」

従者一人がすぐに走った。 あとの者はどうしていいか分からない。

乃之螺の手を固めたまま部屋の中に歩かせる。
さすがにマツリ相手だ、罵詈は吐かないようだがそれなりに物申している。

「このような扱いを受けるいわれは御座いません!」

「我はお前が地下に入って行くのを見たが、それをどう釈明する」

襖戸を開けた時に間違いなく地下に入って行った者の顔と確認した。

「マツリ様のお見間違えで御座いましょう!」

「妹は稀蘭蘭といったか。 稀蘭蘭はお前のしていることを知っておるのか」

「わたしの? わたしの仕事のことで御座いましょうか!? もちろんに御座います!」

「お前の仕事のことではない。 妹を巻き込んでおるのかと問うておる」

「何に巻き込むと仰いますか!」

従者が縄を手に戻ってきた。 それを受け取ると素早く後ろ手に括る。

「どうしてこのような罪人扱いをされなければならないのですか!」

「四方様が来られる、座すよう」

「納得がいきません! 縄で括られ座らされ、それこそ罪人ではありませんか!」

一度閉じられていた襖戸が開き四方が入ってきた。
マツリが乃之螺の足を払って座らせる。 こけないように後ろ手に括っていた手は取っている。

「四方様に失礼があればそれこそ罪人だ。 分かっておろうな」

椅子が二つ用意されたがマツリは乃之螺の後ろから離れる様子はない。 万が一にも逃げ出さないようにということもあるが、四方に問い詰められ暴挙に出ないとも限らない。

「帯門標を失くしたそうだが」

四方は帯門標のことから話していくようだ。

「随分と前で御座います」

声を荒げることは無いが、ふてぶてしく答え四方の方を見ようともしない。

「どこで失くした」

「失くした場所が分かっておれば、失せものではありませんでしょう」

「帯門標を失くすということは有り得ぬことだが?」

「朝、参内しましたら失くなっておりました。 誰かの嫌がらせとしか思えません」

失せた場所が分からないと言ったところなのに、参内したらなくなっていたという。 再発行をしてもらうために官吏に色々言ったのだろう、その中で言ったことをいい加減に思い出しながら言っているのであろう。 一貫性がない。

「誰か文官がお前に嫌がらせをしたというのか」

「そうとしか考えられません。 前日にちゃんと掛けて帰ったのですから」

帯門標は仕事を終えると名札の上に掛ける。 そして翌日参内した時に名札の上に掛かっている帯門標を身に付ける。

「ということは誰かに恨まれておることでもしておるのか」

「その様なことは御座いません。 それ以外考えられないと申しております」

これは長くかかるな、と思ったマツリ。
従者に目を合わせると、こちらに来るように目顔を送る。
寄ってきた従者に耳打ちをする。

聴取を終えた三人を刑部省に連れて行くように。 そして体格の良い強面の武官を三人呼ぶようにと。
“強面” と聞かされた時には一瞬小首をかしげたが従者が頷くとその場をたった。
乃之螺は明らかに地下と繋がりがある。 武官が出て来ても何ら不思議はない。



湯浴みをしている紫揺が左の首筋に手をあてた。
口を引き結ぶ。
手を離すと手拭いに石鹸を付けゴシゴシと首筋をこすると涙が溢れてきた。
どれだけこすってもあの感触が消えない。
次から次にポロポロと涙が落ちる。

「う・・・」

声が漏れてしまった。

此之葉が目先を上げる。

「紫さま? 何か御座いましたか?」

紫揺に湯浴みの準備をして欲しいと言われた時、紫揺の様子がちょっと違うように思えた。 気になり脱衣所で紫揺を待っていた。

「・・・何でもないです」

完全に何でも有る。
鼻声だし、先ほどの声は堪(こら)えていたが漏れてしまったという感じの声だ。

はぁー、と此之葉が溜息をつく。 きっと紫揺は何を訊いても答えてくれないだろう。
本領で何があったのだろうか。 本領から帰っても悔しさが残るほどマツリと言い合いをしたのだろうか。 それともリツソとの許嫁の話しだろうか。

ちゃぷん、と湯船につかった音が聞こえた。

「紫さま、お着替えをこちらに置いておきます」

紫揺の返事が聞こえない。

「紫さま?」

聞き耳を立てるが紫揺の返事どころか何の音もしない。
失礼いたします、と言って木の戸を開けると湯船の中に紫揺が沈んでいる。

「紫さま!!」

一瞬にして顔色を変えた此之葉が湯船の紫揺の肩を掴んだ。

「わっ!」

ザバンと湯から顔を上げた紫揺が叫んだ。

「む・・・む、紫、さま・・・」

腰を抜かしている此之葉。
デジャヴだ。 このシチュエーション。 ニョゼも同じような顔をしていた。

「あ。 潜ってました」

「あ・・・そうで、そうでございましたか・・・」

失礼をいたしました、と言うと四つん這いになって出て行った此之葉。
四つん這いになれるということは腰は抜けていなかったようだ。 それとも一瞬だけ腰が抜けたが、まだ完全に回復し切れていないのだろうか。

ふと左腕を見る。 まだうっすらだが喜作の指の形が残っている。 言われてみないと指の形とは分からないだろうが、此之葉に気付かれなかったようだ。

湯浴みから上がった紫揺の首の左部分が真っ赤になっている。

「紫さま、お首の横が」

「その、痒くて。 こすり過ぎたみたいです」

「すぐに薬草を持って参ります。 お待ちくださいませ」

「いいです。 このくらいなんともありませんから。 それより耶緒さんが気になりますから領主さんの家に行きます」

こすり過ぎた。 ひりひりしている。 ちょっと後悔。
眉尻を下げた此之葉だったが紫揺がさっさと歩き出した。 紫揺の半歩斜め後ろを歩く。

「此之葉さん、お料理どうなりました?」

「葉月ほどではありませんが多少は作れるようにはなりました」

阿秀が此之葉は冷や奴しか作れないと言っていたがレパートリーが増えたのだろう。 それにしても冷や奴を料理と数えていいのだろうか。

「そろそろお嫁に行けそうですか?」

「え?」

「ここって、お料理が出来ないとお嫁にいけないんですよね?」

ああ、そういうことかと、赤くなりかけた顔の熱が引いていく。

「はい」

「阿秀さんもいい加減に告白すればいいのに」

「え?!」

「お二人とも相思相愛ですよ。 なのにあの堅物ったら、いい歳して」

「え、あの、その・・・」

せっかく引いていた色がまたもや浮上してきた。 それも一気にカッと赤面した。

領主の家に入るとタイミング良くなのか悪くなのか阿秀が居た。 こちらに背を向け椅子に座っている。
更に顔を赤くした此之葉。

「どうした此之葉」

阿秀の正面に座る領主が此之葉の顔を見たのだろう。

「いえ、何でもありません」

阿秀が振り向いて此之葉を見た。

「どうした、熱でもあるのか?」

ドンカン、と声に出して言いたかったが、これ以上此之葉の顔を赤くするのも可哀想だ。 もとより赤くさせる気など無い。

「お熱じゃありませんからご心配なく」

領主にではなく阿秀に言うと、自分は耶緒に会っているから此之葉の好きにしておいてくれと言い残し、我秋に案内され奥に消えて行った。

「お、お茶をお淹れします」

茶を淹れると言い訳してその場から消えたのはいいが、茶を出さなくてはいけない。
領主だけではなく阿秀にも。

我秋が戸を開ける。

「耶緒、紫さまが来て下さった。 具合はどうだ?」

秋我の後ろから紫揺がヒョコっと顔を出す。

「あ・・・申し訳ありません、このような」

畳の上に敷かれた布団に耶緒が横たえていた。 その身体を起こそうとするのを紫揺が止める。

「気にしないで下さい。 お楽に」

申し訳なさそうな顔をした耶緒だが辛いのだろう、すぐに横になった。
耶緒の布団の横に紫揺が座る。 布団が掛けられているから身体の状態を視ることが出来ない。
だからと言って布団を剥いでもらっても視られるかどうかの自信はない。

「悪阻が酷いそうですね」

「こんなに辛いものだとは思っていませんでした」

顔色も悪ければ声も蚊がなくようだ。

「秋我さん、耶緒さんはきちんと食べてます?」

「それが何も喉を通らない様で」

紫揺の後ろに座った秋我が言う。

「悪阻の経験がないですから何とも言えませんけど、食べなくちゃお腹の赤ちゃんにも良くないですよ」

振り返り秋我に言っていたが、耶緒がそれに答える。

「無理に食べても吐き戻してしまいます・・・。 悪阻の時期が終わると食べられるようになると思いますので」

蚊の鳴く声で耶緒が言う。

「手を繋がせてくださいね」

そう言うと少し布団をめくり、その中に紫揺の手を入れた。
氷のように冷たい手。

―――どうして。

悪阻というものが分からない。 どう判断していいのか分からない。 でも分らないで済ませてはならないし、分からないという顔を見せても耶緒が不安になるだけだ。

「今から私が一方的にお話をします。 聞いても聞かなくてもいいです。 眠たくなったら寝てください。 耶緒さんの楽にだけしておいてください」

紫揺の手が温かい。 強張っている身体がゆっくりと解けていくように感じるのは気のせいなのだろうか。
それにしてもこの寝たきりの自分に紫揺は何を話したいのだろうか。 横たえていては紫揺に失礼とは分かっている、紫揺の言葉に甘えては駄目だとは分かっているが、もう身体が疲れている。
考える事すらままならなくなってくる。

コクリとゆっくり小さく耶緒が頷いた。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 辰刻の雫 ~蒼い月~  第65回 | トップ | 辰刻の雫 ~蒼い月~  第67回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事