大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第5回

2021年10月25日 22時06分40秒 | 小説
辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第5回




「・・・はい。 可能性として地下に牢屋があると聞きましたが、どこにあるのかは分かりません。 そちらか、屋敷には屋根裏という部屋があるらしいです。 どちらかが怪しいかと」

「承知した」

懐から革袋を出すとそれを俤に渡し踵を返して路地から出て行った。
革袋には金が入っている。 この地下で生きるには必要だ。 一礼した俤がそれを懐に入れると路地を更に奥に入って行った。

暗くても慣れた路地。 何度か曲がると路地を出ることが出来るところまで来た。 歩いて行くと、ふと座り込んでいる男が俤の目に入った。

「チッ・・・」

思わず舌打ちが出る。
見慣れない顔だ。

「新顔か?」

男に声を掛ける。 顔を上げ俤を見た男は三十の歳にもなっていないだろう。

「文句があるのか? ここは誰でも入ってこられるんじゃないのか」

「文句なんてない。 ただ・・・」

俤が男をじっと見た。 男が怯んだような目をする。
こういう時の俤の目はその容姿から想像できないほど座っている。

「やり直せるうちにやり直せ。 ここは最後の最後だ」

ついさっきマツリから貰った革袋に手を入れると、男に穴銀貨を五枚手に握らせた。

「・・・え?」

「これだけじゃあ何をするにも足りないだろうがここから出ろ」

この地下で穴銀貨五枚というと、安い酒をしこたま呑むことが出来るが、地下から出るとそうはいかない。 せいぜい十日ほど細々と食べていける程度だ。

「なにを・・・」

「さっきも言っただろう。 ここは最後の最後だ。 ここからから出てやり直せ」

そう言い置くとその場を後にした。 目立つことはしたくなかったが、地下に堕ちる人間を増やしたくないこともあったし、人数が増えることでマツリにかかる負担を防ぎたかった。

俤は新顔を見つけるとこうして持っている金を渡していた。
それが己の危険に繋がると分かっていても。


俤と別れたマツリ。
もしリツソが攫われていたのであれば、これ以上己の姿は見られないに越したことは無い。 地下の者から見えない広い所に戻り、改めてキョウゲンの背に乗って出直すのが一番いいだろう。

先ほど賭け事をしている男に姿も見られたことだ、そこから伝え聞いて俤もあの路地に来たのだろうから。 地下の者たちの噂話は早い。 一旦ここを出るふりをするのが得策だろう。

「ふむ・・・」

一言漏らすと来た道を戻っていく。 その姿をわざと見せるかのように。
男達が横目でマツリを見ているのが分かる。 声さえかけてくる者もいるが「賭け事も酒もほどほどにしろ」と言うだけで足は元来た方に向いている。

薄明りの中、緩やかな坂を上りキョウゲンから跳び下りた広い所に出た。

「どうだ? 誰かいるように見えるか?」

キョウゲンがマツリの肩の上で360度見まわす。

「見あたりませんが岩の陰にでも隠れていては分かりません。 飛んでよろしいでしょうか」

上から見るということだ。

「そうだな、そうしてくれ。 俺は出る方に向かう」

万が一を考えて洞を抜けるふりをする。

「御意」

キョウゲンがマツリの肩から飛び立った。 上空を旋回し始めるとマツリが歩を出す。

上空といっても空があるわけではない。 あくまでも地下なのだから。 そしてその上空には光石の明るさが届いていない。 キョウゲンが旋回している姿を誰が見ることも出来はしない。
薄暗い中、マツリが歩を進めているとキョウゲンが舞い降りてきた。

「二人別れて岩陰にひそんでおります」

マツリが舌打ちをする。

「分かれていなければ良かったものを」

「一人は私にお任せくだされば」

「手荒なことは控えてくれよ」

「御意」

そう言うとマツリの肩から飛び立ち縦に回るとその身体を大きくした。 マツリが跳び乗る。 

そのまま洞を抜けると思った二人がキョウゲンから目を離す。 と、一人目が隠れている岩まで一気に飛ぶとマツリが跳び下り、キョウゲンがそのまま二人目の隠れている岩まで、まるで獲物を見つけた時の速さで飛んだ。

マツリがキョウゲンから跳び下り着地したのは男の真後ろであった。 着地と同時に男の首根っこに手刀を入れた。 男が崩れる。
獲物を見つけたキョウゲンは、その大きさのまま男の背中を足で押さえつけている。 男は何が起きたのか分からず、喘ごうとしたが息が出来なくなり気を失った。
男二人はマツリとキョウゲンにやられたとは思いもしない事であろう。

再び飛び立ったキョウゲンにマツリが跳び乗る。

「ぎりぎり上を飛んでくれ」

そう言うといつもの座り方からキョウゲンの身体に身を伏せる。

「御意」

地下の上空、岩の壁面を背にぎりぎりに飛ぶ。 時折空気穴か換気口のように自然に開いた穴があるが今は夜、 陽が射していることもないし、月明かりがかなり斜めになっているのだろう、上空を飛ぶキョウゲンの影はどこにも落ちることは無かった。

キョウゲンはぎりぎりに飛ぶことに集中しているであろうから、マツリがキョウゲンの身体の上から下を見ていたが、キョウゲンに気付いて動くものは居なかったはずだ。

城家主といわれる者の屋敷まで飛んできた。

地下の者は、良くてもその昔に建てられていたボロボロの長屋のようなところに住んでいるというのに、城家主の屋敷は二階建ての立派な建物で塀の中には広い庭もある。 屋敷内かこの広い庭のどこかに地下に通ずる道があり、そこに牢屋があってもおかしくない。

「どう致しましょう」

屋敷の上ギリギリに旋回しながらキョウゲンが問う。 上空は真っ暗だ。 キョウゲンの羽根の色は闇に紛れる。 下から見られても何も目に出来ないだろう。

屋敷の門前と門の中には篝火が立ち、門前には二人の手下が立っているのが見える。 屋敷内の庭にも所々に篝火が立ち、いくつもの松明が揺れながら移動している。 それに屋敷の塀の外の周りを見回っている者もいるようで松明が動いている。

「いつもはこんなに物々しくない。 となると、リツソが攫われた可能性が大きいか」

二つの松明が一組となった四組が塀の外の周りを見回っている。 その松明の動きを見ていると死角があった。

「裏側に回り、見回りの者たちが居ない時を見計らって飛んでもらおうか」

四組がそれぞれ横と正面に移動した時に裏が死角となっている。 歩いている内にズレが生じてきたのだろう。

「裏側のどこかに身を隠せる場所はあるか?」

暗くてマツリの目には見えない。

「・・・ありました」

目当ての場所はかなり離れている。 そのうえ上空を飛んだまま目当ての場所を大分と過ぎ、誰にも見られない暗闇に身を溶けさすと、今度は地を這うような低空飛行で目当ての大きな岩の後ろに足を着いた。 前屈みになりマツリが落ちないようにしている。
しばしその状態で待つ。

右から手下の者が歩いてきた。 ゆっくりと松明をあちこちにかざしながら左に歩いて行く。

「あの者たちが屋敷の横に入ったらすぐに飛んでくれ」

上空から見ていた時に、こうしてあちこちに松明をかざしている者達と次に歩いて来る者たちとの間にずれが出て死角が出来ていた。 他の者たちは松明を前に持っているだけだった。

「御意」

獲物を狙う目でキョウゲンがじっと前を見ている。

左右に揺れていた松明が視界から消えた。
すぐさまキョウゲンが飛んだ。 羽音を隠すためにここ迄離れた所で隠れていたのだ。 勢いは充分に出る。 低空から流れるように塀の高さに上がると、マツリが一瞬にして辺りを確認し跳び下りた。 キョウゲンが縦に回って身体を小さくしマツリの肩に乗る。

塀の外では見張りが回っていたが、塀の内では回っていないことを上空から確認していたし、庭に動く松明が移動していたのは表側だけで裏側には松明の火は見えなかった。

「地下に牢屋、屋根裏に部屋か」

上を見上げる。

屋敷の中にも見張りが立っているだろう。 それに屋敷の中がどうなっているのかが全く分からない。

「上空から見ておりました時、屋根に窓のようなものが付いておりました」

まずは地下にある牢屋に侵入しようと思っていた。 庭のどこかにあればあれだけ見張が立っているのだ、探すことは出来ない。 だから可能性のある屋敷内に入ろうと思っていた。 だがマツリでは見えないところをキョウゲンが見ていたようだ。

「そうか。 では屋根裏とやらを先に見てみるか」

屋根の形は表と裏に面をなしている。

上りやすそうなところを見つけてすぐに上り始める。 キョウゲンが顔を後ろに向かせると後方からの目に控え片方の翼を広げる。 万が一にも見つからないように、目立つマツリの銀髪を隠す。

でっぱりのある壁面には丁度良い足場となるものがあり、いとも簡単に屋根に上ったが、ここまでは窓から洩れる灯りで目先を見ることが出来た。 だが屋根の上に上がってしまっては何一つ見えない。

「窓はどこだ?」

屋根に立ち上がったマツリの銀髪を覆っていた翼を下げる。 裏側の屋根の上は漆黒の闇である。 たとえ目立つ銀髪といえど、照らす明かりが無くてはその銀髪さえも目にすることが出来ない。

「表側になります」

このまま屋根を上って行かなければならないということだ。 足元で傾斜を探りながら屋根を上っていく。 屋敷が大きいせいだろうか、傾斜は思ったほど急ではない。

「あと三歩で一番上になります。 でっぱりがあるのでご注意下さい」

見えないところで出っ張りがあっては困る。 仕方なくしゃがんで手で確認する。 そのまま手を着いて一番上を跨いだ。 門の内と外の篝火が目に入る。 尻を落とすと立膝で座る。
先ほどの裏側と違ってぼんやりとは足元が見えるが、はっきり見えるものではない。

「窓は左右にございますが左の方が近くになり、少しですが跳ね上げられております」

「同じ部屋の窓とは限らんか。 ではそちらから」

「このまま左に移動を」

手をでっぱりに添わせてしゃがんだまま移動する。 マツリも己の銀髪を気にしているのだろう。 勢いを上げてメラメラと音をさせながら燃えている篝火の僅かな灯りに照らされるかもしれない。 正面を向いたままで極力銀髪を正面に向けないようにしている。

「あと少し」

ゆっくりと移動していく。

「この辺りでよろしいかと。 あとは下へ」

しゃがんだまま屋根に手を添わせ下っていく。 段々と幾つもの庭の篝火も見えてきた。

「表ばかり厳重にして裏はがら空きということか」

「人の目では裏には回ることは出来ないからでしょう」

たしかにあの暗さの中に立つことなど無理だろう。 光石か松明でもあればいいだろうが、そんなものを持ってしまうとすぐに見つかってしまう。
多少なりとも部屋の窓からの明かりの漏れがあると言っても、高い塀によって明かりを遮られている。 明かりを求めて塀の中に行くことは困難であろう。 それにもしかしたら裏側には罠がしかけてあったかもしれない。

「あと三歩で窓が左手に当たります」

二歩あるくと手を動かす。 窓枠に手が当たった。 ゆっくりともう一歩出しながら、ぼんやりと見える窓枠を手で確認する。 己の身体が十分に入る大きさだ。 あとは窓がどんな風に開いているかだ。

「下側から跳ね上げられております。 短い支え棒が立ててあります」

窓枠の上側に手を添わせ、跳ね上げられている窓に添って手を這わせる。 跳ね上げられた窓の端までくると窓を掴んだ。 もう一方の手で窓枠の下方向を横にそっと指を這わせる。 軽く何かが当たった。

「それが支え棒です。 マツリ様の拳ほどの大きさで手で握れる四角の形をしたものです」

ゆっくりとその棒を掴む。 窓を少し上げると支え棒を引き抜く。

「この窓は屋根まで開きそうか?」

「分かりかねます」

「上げてみるしかないか」

そっと窓を上げていく。 なんの引っかかりもなく上がり、窓を全開できた。 その間にキョウゲンがマツリの肩から下り窓から部屋の中を見渡している。

「誰も居りませ・・・少々お待ちを」

キョウゲンが耳をそばだてている。 何度か顔を右に左に向ける。

「カルネラの声がいたします」

「カルネラの?」

マツリが顔を入れて覗くが、やはり真っ暗で何も見ることが出来ない。

「・・・おりました」

そう言うと羽音をさせないように窓に滑り入り、キョロキョロとしているカルネラの上まで飛ぶと 「カルネラ、声を出すのではないぞ」 そう言ってカルネラの身体を掴んだ。
カルネラを足に掴んだまま窓から飛び出したキョウゲンがマツリの座っている足の上にカルネラを落とす。

「きゅーい」

マツリの手がカルネラを掴み反対の手に落とす。 はっきりと見えはしないがカルネラに間違いない。

「カルネラ」

「ピッ!」

何も見えない中に、こわ~いマツリの声が耳に入ってきた。

「騒ぐのではない。 リツソは?」

「・・・」

「しかと返事をしろ。 リツソ様は何処におられる」

キョウゲンが言う。

「・・・アッチ。 マド」

もう一つの窓の方に居るのだと理解できる。

「ここと向こうは繋がっておるのか」

恐い兄上の声がまた聞こえた。

「マド、アッチ」

「カルネラ、しかと答えよ。 リツソ様のおられる場所とここは繋がっているのか?」

「ツナガル? ナニ?」

マツリが顔をしかめる。

「カルネラはリツソ様と一緒に居たのだろう。 どうやってこっちに来た?」

「カルネラ・・・。 ウエ、ノボル」

「そこはマツリ様にも通れるか?」

「アニウエ?」

カルネラが首を何度も傾げるが、残念ながらマツリには見えない。

「分からないようです」

「あちらの窓は跳ね上げられているか?」

「いいえ。 閉まっております」

「取っ手などついてはいないか?」

「その様なものは見えません」

今触った窓の構造からは、外から開けるには無理があるだろう。

「では・・・こちらから入ってみよう。 下まではどれほどの高さがある?」

「マツリ様のお背の高さの倍ほどかと」

「足元は?」

「真下には何も御座いません」

「いけるな」

そう言うと窓に身体を躍らせた。
感覚は間違いなく狂っておらず、音をたてることもなく着地をした。 キョウゲンが追って飛んで入ってきた。 マツリが手に握っていたカルネラを肩に乗せると衣の中に手を入れ、巾着から拳ほどの小さな光石を出す。
辺り一面を照らすほどにはならないが、少なくとも目先が見える。

照らされた中でカルネラが自分の立つ横にマツリの顔を見て震え出した。 反対の肩にキョウゲンが止まる。

辺りを歩き照らしてみると地下の者から取り上げたのか、賭け事で手に入れたのか、雑多なものが置かれている。 そしてそれを括ったり覆ったりしていたのか縄や布が散乱している。

「ん?」

部屋の隅に大きな木箱が六つも並んで置かれている。 一つの蓋を開けてみると隠し金だろうか、金貨が入っていた。 残りの四つも確認するが銀貨と銅貨が入っていた。 地下の者から巻き上げたのだろうか、銀貨と銅貨は有り得るだろうが、それにしては金貨が多すぎる。 最後の一つには金細工で出来たものや、飾り石で出来た宝飾品が入っていた。

蓋を戻すともう一方の窓があった方に歩いて行く。 空間を仕切っていたのは両端を除いて、マツリの掌を広げた時の親指から小指までの幅をもつ薄い板だけであった。 左右の両端は他の板と比べて分厚く幅がある。

上下に横柱を入れて親指ほどの隙間を持ちながら、縦に何枚も板を打ちつけてある。 上部は屋根が三角なだけに、横柱の上に隙間があった。 カルネラはそこから抜けてきたのだろう。 華奢なマツリの身体でも通れそうだ。

上の柱は元々だろうが、薄い板は素人手で作った仕切りの板の壁ということは明らかだ。

「誰か来ます」

すぐに光石を持ったまま戸の近くの幅のある端の板に身を隠し光石を懐に入れた。 光石は覆われると光を放たない。

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