大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第185回

2023年07月21日 21時19分06秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第180回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第185回



“色なき風” 花やかな色や艶が無い。 中国の陰陽五行説により秋の色は白。 そこからきていると習った。

足元には緑一面が広がっている。 もう秋だというのに足首までのびのびと背を伸ばしている。
目の前には緑と空色しかない中に一人ぽつんと立っていた。 色なき風に髪を揺られる。 下を向き左の掌を見た。 掌には半透明とまではいかないが、黄色く丸い物が握られている。

(なんだろう、いつ手にしたんだろう)

顔の高さまで上げる。
すると黄色く丸い物の中に少女の姿が見える。

(あ・・・コウキ)

黄色く丸い物の中に高妃が見えたのに、その向こうに高妃が居る、そう感じた。 そっと手を下げる。
高妃が緑の草を踏みしめ、こちらに向かって歩いてくる。 あの時と違ってしっかりとした足取り。 手に晒しも巻いていない。
紫揺の目の前までやって来た高妃。 相変わらず目には力が無い。 すっと手を出すと、紫揺が手にしていた黄色く丸い物を握り潰した。 黄色く丸い物が霞となって霧散する。

(コウキ・・・)

横を向くとどこか遠くを見るような目をしている。 その高妃の姿が黄色く丸い物と同じように霞となって消えた。

「・・・紫」

遠くにマツリの声が聞こえる。
どこから?
振り返ろうとした時、身体が揺れた。

「紫」

目を開けると寝台の上で横になっていた。

「・・・あれ?」

「あれ、ではない。 やはり相当に疲れておったのだろう」

「え? 何があったの?」

マツリが大きな溜息を吐いてみせる。

「我が医者房から運んでる最中に・・・寝た」

「・・・」

なんてことだ・・・。 完全に幼児ではないか。

「夕餉は食べられるか?」

「・・・うん」

「お椅子で宜しい御座いましょうか?」

「ああ、もうふらつきはせんだろう」

心得たとばかりに彩楓と丹和歌が用意を始める。 いつの間にか交代したようだ。

「あ・・・マツリは? 昼餉も食べてなかった」

「紫が湯殿にでも行っている時に食べる」

その時だけは一緒に居られないのだから。

「六都に戻ってもいいよ? 心配でしょ? 見張番さんに連れて帰ってもらうから」

まだ瑞樹たちは居るだろう。

「見張番は早々に引かせておる。 それに房に戻る前に寝てしまうような紫を置いて六都に行けるはずがなかろう」

「う・・・それはちょっとした不覚であって・・・」

そう言えば座りながら寝た時もあったか・・・。

「明日には東の領土に送って行けよう。 今六都に戻っても違いは無い」

「・・・うん」

用意が出来たと声がかかる。
紫揺の食べている正面にマツリが座る。

「夢を見た」

マツリが頷く。

「コウキが出てきて私の持っていた黄色くて丸い物を握り潰した」

「黄色くて丸い物?」

「うん、ちょっとだけ透けてるって言うか・・・どうして持ってたのか分からないんだけど」

彩楓と丹和歌が目を合わせる。 マツリも気付いているようだ。

「我が領土では己の力は己の手にしていると言われておる。 それは決して見えない物なのだがな」

マツリが言うには、それは生まれた時から手に持っているという。 人それぞれに力があり、それに値する色を持っていて形は大体が丸いということだった。

「え・・・じゃあ、私の持ってた力が黄色で・・・コウキに潰されたってこと?」

マツリが首を振る。

「そうではない。 決して目に見えるものでは無いと言っただろう。 それに夢だ、夢占(ゆめうら)は女人の方が得意だろう。 どうだ?」

部屋の隅に控えていた彩楓と丹和歌を見た。
互いに目を合わせ頷き合うと少し進み出て口を開く。

「よく言われておりますのは、握り潰された時、それは助言となると言われております。 紫さまがお手に持っておられたものにお心当たりが御座いませんようでしたなら、お手に持っておられていた物は紫さまのお力では御座いません」

隣で丹和歌が頷いている。

「じゃ、私が手に持っていたのは何なんですか?」

「望みごと、難事(なんごと)、疑問と言われております」

望みごと、難事、疑問。 今の自分には難事などない、と思う。 希望は・・・いっぱいある、ありすぎて困るほど。 東の領土の安寧、民の幸せ、此之葉や葉月のこともそうだし、おムネのことも・・・。 握り潰されたことが助言だとしても、おムネを握り潰されたようで受け入れたくない。 それに今直近にあるのは疑問。 高妃の力のこと。
手に持っていたのは・・・黄色く丸い物。 黄色。 今の自分の疑問は高妃の黄色の力。 高妃の力が門番たちにどんな作用を及ぼしたのか。 それを高妃に握り潰された。 それは助言だと彩楓が言う。

「コウキの黄色の力は気にしなくてもいいってこと?」

「どう理解するのかは分からんが、あくまでも夢占だ」

夢、それは自分の願望でもある。

「そっか、私がそう望んでたんだろうな」

前屈みになっていたマツリが椅子の背もたれに背を預ける。

「まったく、夢にまで見るものか?」

「・・・コウキ、どうなるの?」

「父上は五色の力を持っていれば “古の力を持つ者” に預けようと思われていたようだ。 だが力を失くしたのならば ”古の力を持つ者” がどう考えるか分からん。 もし ”古の力を持つ者” に断られたのなら、力を失くした五色を民と考えると刑部との話になるが情状の余地はあるだろう。 刑部と父上がどうご判断されるかだな」

そこは紫揺の口を出すところではない。 分かっている。

「五色に生まれてなかったら、こんなことにならなかったんだろな」

可愛らしい顔をしていた。 普通に生活していればモテただろう。 それにプックリとした・・・おムネもあった。

「高妃のことは父上がご判断される。 今は力がなくなったとはいえ五色であったことには違いない。 悪いようにはされん」

「・・・うん」

襖の外から声がかかった。 その声は昌耶である。

「姉上が来られたみたいだな」

丹和歌が出るとそこにはシキと天祐を抱いた昌耶が座っていた。

「今いいかしら?」

「夕餉の途中でいらっしゃいますが、宜しいでしょうか」

「わたくしは、よろしくてよ」

どうぞ、と言って襖を大きく開ける。 相手はシキだ、紫揺の許可など必要ないことは分かっている。

「シキ様」

「身体の具合はどう? 紫をマツリが抱えていたって聞いたのだけれど」

その様子を何度も聞かされた。 医者部屋に入ったり、最後には紫揺が力なくしていたと。

「寝ていただけで御座います」

「え?」

「知らない間に寝ちゃったみたいです」

「ま・・・」

思わず笑い出してしまった。

「て・・・天祐と同じね」

「シキ様・・・それは・・・」

「まったくだ」

紫揺がマツリをジロリと睨むが、当の本人は昌耶の手に抱かれている天祐を見ていた。 その視線を追った紫揺。

「抱っこしていいですか?」

「ええ」

昌耶から天祐を受け取る。 天祐が不思議そうな顔をしている。 初めて見る顔だからだろう。

「こんにちは、紫です。 いくつになったのかな?」

天祐が一生懸命指を動かして二本の指を立てようとするが、上手くいかないようだ。

「二の歳ね?」

ニパっと天祐が笑った。

「我の時とは大きな違いだな」

ビクリと肩を震わせた天祐がマツリを見た。 途端、顔をくしゃくしゃにしだす。

「ああ、これはこれは、若、さあさ、こちらに」

少し抱っこしただけなのに昌耶に取り上げられた。 何故だ・・・。 と思ったが、昌耶が出て言った途端、天祐の大泣きが聞こえた。

「女人以外駄目なの。 困ってしまっているのよ」

ああそういうことか。 マツリが居たからか。

「紫、食べながらでよいからしかりと食べよ」

「ええ、気にしないでちょうだい。 もう少しすれば母上もいらっしゃるはずよ」

「澪引様が?」

「母上もご心配していらしたから。 でも寝ていただけと分かると安心されるわ」

「どうしてもっと目立たないように運んでくれなかったのよ」

マツリを睨み据えて言うが、八つ当たりでしかないのは明らかである。
澪引が来るのであれば早く食べ終えてしまいたい。 さっさかと食べ始める。

「父上が早く婚姻の儀をするようにと仰ったそうね」

「はい、ですが・・・今は。 それに東の領主にも話を詰めておりませんので」

悠長なことを言ってくれる。

「父上が仰った以上は、早々にお進めなさいな。 紫を送って行った時に東の領主にお話なさい」

「そう、ですね」

その時、澪引がやって来た。
澪引もシキと同じように、しっかりと笑ってくれた。

「何ともなくてよかったわ」

なんとかギリアウトで食べ終えた紫揺。
それからは紫揺とマツリの婚姻の儀の話から、二人がどんな風に過ごしていたのかを話した。

「え? では二人だけでゆっくりということは、あまり無かったということ?」

東の領土で泉に行ったことはあったが、あの時、トウオウの話を聞いてかなり気分が暗くなった。 ゆっくりというのには程遠かった。

「六都では殆どすれ違いだったし、六都から宮に戻ってきた時が一番長かったかな?」

マツリを見て言うとマツリも頷いた。

「そうだな、まぁ、最後があんな風だったがな」

宮が高姫に襲われた。
それは澪引もシキも知っている。 二人が目を合わせて息を吐く。

「紫・・・寂しいわね」

澪引も分からなくはない。 四方が通ってくれたといっても、簡単に来られるわけではなかったのだから。

「そうでもないです。 六都でも楽しかったし、東の領土では五色としてのことがありますから」

東の領土に戻ってはマツリのことを考える暇など無いと言っているのだろうか。

「母上、紫は己で楽しみを見つけることが出来ます。 まあ、東の領土のお付きの者は大変でしょうが」

「そんなことないし」

マツリの言いように、すかさず紫揺が突っ込む。

「ねぇ、紫? 紫は婚姻の儀のことをどう考えていて?」

「どう、と仰いますと?」

「一刻も早くとは思っていないの?」

婚姻の儀、日本で言うところの結婚式。 それが七日間続く。 七日間のことを置いておいても、婚約をしたら女子は普通、結婚式を夢見るだろう。 だが。

「うーん、よく分からないです」

「母上、紫は紫でこう、マツリはマツリで六都のことがあると言いますし、二人に任せておけばいつになるか分かりませんわ」

「いや、姉上それは。 六都のことは外せません」

「マツリ、婚姻の儀は今日決めて明日からというわけにはいかないのよ。 長い準備期間が必要なの、それは分かっているでしょう?」

「あ、はい、ですが今は六都の先が見えません」

「見えてから準備していてはいつになるか分からないわ。 今から準備しても長くかかるのよ。 母上とわたくしに任せてくれないかしら?」

「ですが―――」

「いざとなれば杠が居るでしょう?」

「杠一人に任せるわけには―――」

「紫はどう? いいかしら?」

「あ・・・えっと、マツリの言うように・・・」

「では決まりね」

全然決まりではない。

「我は何も言っておりませんが・・・」

言わせてもらっておりませんが。

「では母上そろそろ」

「ええ、そうね」

そそくさと客間を出て行った。 小さな嵐が巻き起こったようだった。
マツリが肘をついて頭を抱える。

「六都のこと・・・上手くいくといいね」

それまでには決起の咎人のことは解決しているだろう。

翌朝、朝餉を終わらせるとマツリを待たずに医者部屋に向かった。
昨日の門番はすっかり良くなったようで、手前の部屋で粥を食べていた。
医者から聞いたのだろう、何度も何度も紫揺に頭を下げた。 どこも具合の悪いところが無いと聞き、ホッと胸を撫で下ろす。

「良くなられてよかったです。 あとのお二人を視てきます」

彩楓が布を上げ、その布を潜るとまだ眠っている二人を見た。 医者が紫揺に付く。
一人に近づき紫の目で視る。 昨日と変わらない。 自力でどうこうすることが出来ないようだ。
紫揺が座るかどうかは分からないが、椅子は用意してある。
“最高か” と “庭の世話か” が隅に立つ。 もう夜中の紫揺を見なくてよくなったのだ。 夕べは四人とも女官の部屋に戻って寝た。

昨日のペースでいけば、休憩を入れても昼餉頃には終われるだろう。 高妃の黄の力の影響は無かったようだが、それはゆっくりしたからかもしれない。 万が一がある、焦らずゆっくりとしよう。
門番の頭に手を近づけた。

一刻(三十分)ごとに休憩を入れる。 昨日の様子から分かっていた紅香たちが茶の用意をしていた。 休憩ごとに茶を淹れる。
お腹がじゃぼじゃぼになりそうなものだが集中しているからだろう、喉が渇いて仕方がない。 毎回美味しく茶を頂いた。

三度目の手を離した。 昨日の門番はこのくらいに反応が見られたが、この門番はまだピクリともしない。 頭の霞は殆ど無くなったというのに。
医者に様子を見てもらったが変りは無いという。
高妃の黄の力が何か作用したのだろうか。

この門番は医者に任せて最後の男に目を移す。 男は門番ではなく下男。
門番は自分の責任上、高妃を止めようとしただろうが、下男であれば逃げればよかったのに、高妃を止めようとしてこんなことになったのか。
自分がもっと早く着いていれば、こんなことにはならなかったのに。

紫の目で視てみるとこちらも昨日と変わりは無かった。
下男の頭にそっと手を添わす。 今回も一刻おきに休憩は入れる。 これは必ず守りたい。 でなければ昨日のように知らない間に寝てしまうかもしれないのだから。
三度目に手を添わせている途中に下男の瞼がピクピクと動いた。 目の前に置いている “時の刻み” があと少しで一刻が終わるのを告げる。 それまでゆっくりと霞を出していく。 殆どの霞が出た。 次にはすべて出し切れるだろう。

疲れた体を椅子に座らせると門番の口から呻き声が聞こえた。 顔を上げて見てみると、医者が瞳孔の開きを見ている。

「反応が大きくありました」

助かってくれる。
医者が下男の方に回り込む。

「こちらの方も瞳孔が動きました」

医者が顔を上げて紫揺を見ると相好を崩した。

丹和歌から茶を受け取る。 今すぐにでも開始したいが、ここで焦って自分が倒れてしまってはどうにもならない。 さすがに二日続けては厳しいと身体が言っている。 大きく深呼吸をして自分を落ち着かせる。
茶を一口飲んだ時、布が上がりマツリが入ってきた。 そのまま紫揺の前まで歩いてくると紫揺の両頬に手を当て顔を上げさせる。

「顔色が良くない」

「ちゃんと休憩をとってる。 それにあと少し」

今まで何をしていたのかは知らないが、紫揺のように寝ていたわけではあるまい。 宮にいるからと紫揺にかかりっきりでいられるはずはない。 四方の手伝いでもしていたのだろうか。

出されていた茶をグイッと飲むと湯呑をマツリに渡す。 もう目の前の “時の刻み” をひっくり返す必要はない。 残っている霞を出すのに一刻も要らない。
下男の頭に手を持っていき、ゆっくりと残りの霞を出す。 途中で下男の目がゆっくりと開いたが、自分に何が起きているのか分からないのだろう。 ただ火傷の痛みから呻き声だけを上げていた。
全ての霞を出してから、ようやく紫揺が声をかけた。

「腕に火傷を負われています。 腕に痛みがあるでしょうが、他に具合の悪いところはありませんか?」

下男が首を振る。

「お医者様に診て頂きますね」

既に紫揺の対面に回っていた医者に頷いてみせると、呻き声を漏らした下男の脈を取り出した。

まだ目の覚めない門番を紫の目で視てみると、紫揺が手を止めた時より僅かだが霞が消えている。

(自力で出したんだ・・・)

すぐに手を添えると残りの霞を出す。
まだはっきりとしない門番が顔を歪めながら瞼をゆっくりと上げた。 そこで下男と同じことを訊いた。

「腕以外は・・・何ともありません」

「そうですか、早く火傷が治るといいです。 どこか具合の悪いところが出たらすぐに教えてください」

「は、い・・・え? む、紫さま! グッ・・・」

今初めて紫揺と気付いたようだ。

「無理をしないで下さい。 ゆっくり養生してください」

「は、い・・・」

まさか紫である紫揺にこんな風に声をかけられるなどと思いもしなかった。 腕の痛みなど忘れて呆気に取られている。

「よいか?」

「うん」

ふわりと体が浮いた。 昨日と同じだ。

「何ともないって」

「そんな顔色をして、どこが何ともないと言うか」

彩楓が布を上げると、丹和歌と世和歌が茶の用意を乗せた盆を持ち、紅香が椅子を片付ける。 互いに確認を取っていたのではないのに、その動きには全く無駄が無かった。

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