大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第186回

2023年07月24日 21時05分06秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第180回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第186回



アッシー君と化したマツリが回廊を歩く。 何故だか昨日と違ってすれ違う誰もが微笑んで回廊の端に寄っている。
回廊を歩いているとマツリに先を譲るのは当たり前だ。 誰もが端により頭を下げる図は何度も見た。 だが今は・・・違う。 頭は下げているが・・・その顔が微笑んでいる。

「マツリ? 何かおかしくない?」

「おかしいのは紫の顔色だ」

「そうかな? それ程でもないと思うけど」

「それ程? そう言うだけで十分だ、自覚があるということではないか。 どれだけ無理を重ねた」

「ちゃんと休憩は入れてたって」

マツリの歩みが止まる。

「紫・・・」

「なに?」

「お前はもっと己のことを考えろ」

「考えてるし・・・」

だから休憩もちゃんと入れたのだから。

「民に添うが五色。 だがそれは五色の身体あってのこと、分かっておるか」

倒れたくもなければ、知らないうちに寝たくもなくて休憩を入れた。 だが言われてみれば、直接的に五色としてどうこうとは考えていなかった。

「・・・今度、お前って言ったら今度こそアンタって言うから」

お姫様抱っこをされている姿で言っても、迫力に欠けるのは確かである。
マツリの歩みが再開する。

「六都に行ってきた」

まだ夜が明ける前にキョウゲンに乗って。

「え?」

四方の手伝いをしていたのではなかったのか?

「杠と・・・紫は京也を知らんか。 上手く動かしてくれているようだ」

出来れば杉山には必ず歩いて行きたかったが、今回はそうもいかない。 杉山にもキョウゲンで飛んだ。

「キョウヤ?」

「力山ともいうがな」

絨礼から色んな話を聞いた。 だが京也の話は聞かなかった。 でも二つの名があるということは、マツリの下・・・杠の下で働いている者であることは分かる。

「杠が動いてくれておる。 明日までは宮に居れる」

「明日?」

紫揺は今日東の領土に帰るつもりだ。 マツリにはキョウゲンが居る。 どれだけ遅くなってもキョウゲンで今日中に六都に飛んで行けるはず。 それなのにどうして。

「あの者たちを置いて東の領土に帰るつもりか?」

「え?」

「具合が悪くなったら言えと言っておっただろう。 それなのにすぐに東の領土に帰るのか?」

「あ・・・」

「秋我は来ておらん。 お付きの者たちも羽を伸ばしておろう」

最後に付け加えられた言葉に紫揺が白眼視をおくったが、マツリの言いたいことは分からなくもない。 決して自分が悪いとは思っていないが。

「門番さん達に何もなかったら、明日・・・明日の夕刻前に本領を出る。 それで東の領土に帰る」

「それが良かろう」

マツリがどんどんと回廊を歩く。 他の者の目を気にすることなく。

「マツリ?」

「なんだ」

「えっと、これってあんまり宜しくないと思うんだけど?」

マツリの威厳を下げるだけではないのか? 元よりマツリに威厳があったのかは知らないが。

「これ、とは何だ」

「抱っこ」

紫揺から即答が返ってきた。 マツリが鼻から息を吐く。

「紫は我の奥になる。 その紫を我が抱えてどこが悪い」

相変わらず恥ずかしくなるようなことをはっきりと言ってくれる。

「・・・分かった。 いい」

すれ違う人達が自分と同じように諦めの気分で見てくれることを願うばかりだ。
だがそれには無理があるだろうことに紫揺は気付いていない。 紫揺がどう思っているのかは、誰も知らないのだから。

二人の会話を聞いていた “最高か” と “庭の世話か”。 今日東の領土に戻ると思っていたのが一日延びた。
マツリと紫揺をくっ付けねばならないことはもう必要ない。 それにシキの従者から誰かの菓子が紫揺の気持ちを動かしたわけでは無いと聞いた。 それは少しショックだったが、そこを探る必要もなくなった。
今日一日しっかりべったりと紫揺にくっ付くつもりだ。 だがマツリが居ればマツリに取られてしまう。 出来ればマツリが居なければいいのに・・・などと考えてしまうのは不謹慎だろうか。


柴咲と呉甚を乗せた馬車が七都から八都に入り、今は八都を出て二都に向かっている。
七都ではすでに取り押さえが始まっていて、八都では末端までの調べが始まろうとしていた。 これから順に各都で始まっていくが、六都のような人数ではない。 一人も取りこぼしなく出来るかどうかは、各都の武官の腕にかかっている。


本領の ”古の力を持つ者” の長老に文が届いた。
文を広げ読み進めるうち、長老の枝のような指が震えていくのが見てとれる。

「湯葉(ゆば)様? 如何なさいましたか?」

読み終えた文を、声をかけてきた者に差し出した。 読んでみろということである。
文には高妃のことが詳しく書かれてあった。 そして紫揺が施したことも。

「力を失くしたとて五色として生まれた。 わしは引き取ろうと思うが、そなたはどう考える」

何のことかとすぐ文に目を落とす。
そこには高妃の持つ五色の力を、東の領土の五色が引き出したと書かれていた。
・・・力を引き出す、そんなことが出来るのか?
そして力を失くした高妃を預かってはくれぬかと。
差出人は四方だった。

「東の領土の五色はかなりの力を持っておるようだの」

「そのようで・・・」

「どうじゃ? 預かったとてわしはそうそう動けん。 そなたに頼むことになるが」

「湯葉様のお考えのままに。 筆を持って参ります」


“最高か” と “庭の世話か” が考えた不謹慎を澪引とシキも考えていたようだ。 だがマツリを客間から追い出してしまうのはあまりに不憫である。
結果、襖内は千夜に任せることとなり、マツリが紫揺の寝台に座り、澪引とシキと紫揺が卓を囲んで、その周りに “最高か” と “庭の世話か” が居る形となった。 卓の上には菓子がずらりと並んでいる。

マツリとしては客間から追い出されることは無かったが、これでは紫揺と話も出来ない。 目の前であれやこれやと楽し気に話をしている七人・・・。 紫揺の顔色は随分と良くなってきていた。 昼餉の前に薬湯を飲ませたのがよく効いたのだろう。

杠によると、京也の話では現段階で杉山の方がいいと言う者と、岩石の山の方に行ってみたいと言う者とに分かれているということであった。
マツリとしては杉山には出来るだけ咎人を送りたい。 だからと言って今の杉山に居る者たちが全員岩石の山に行かれては、指導する者が居なくなり困ることは確かだし、杉を使って上手く物を作る手を持つ者も残しておきたい。

(これからどれだけ咎人が出るかにかかってくるか)

咎人が出るという前提で杉山の人数を空けすぎてしまうのも考えものだ。 それに咎人は最初は役に立たない。 行って帰る往復だけでクタクタになっているのだから。

(人数の調整は京也に任せるか)

そう思うと四方の使う百足とは全く違う動きをしてくれる。 京也のしていることは当初、杠の下につかせる者を集めている時には頭に無かった事だ。

(京也が居なかったらどうなっていたことか・・・)

寝台にごろんと横になる。
此度のことで六都では百二十七名の咎人が出た。 それらの者は今まで捕えてきた咎人とは全く違う。 もやしのような身体の者もいれば女、子供もいる。 杉山は無理だろう。 もちろん岩石の山も。
それに他の都と罪科を合わせなくてはいけない。 とは言え、捕らえた都によってある程度罪科が軽減されるかもしれない。 六都が一番人数が少ないということだ。 もし一気に二百人以上の咎人が出てしまえば、そこの都は罪科を軽くするかもしれない。 実際もし六都で二百人以上の咎人が出てしまえば、労役先もそんなに無い。 軽くする以外に無いだろう。

それに四方も言っていたが、意味が分からず付いて行った者もいるようだ。 そのような者も常なら数日の労役になるが、もしかして口頭での反省を促すだけになるかもしれない。 それだけでも十分な恥となる。 だが六都の者は口頭での反省など恥とも思っていない。 どちらかと言えば上手くいったと舌をぺろりと出してお終いだ。

(要らぬことをしてくれおって)

「え? それでは紫は泳げるの?」

シキの声が耳に入ってきた。 紫揺と見たあの泉を思い出す。 あの泉を見ながらトウオウの話をした。 紫揺が静かに泣いていた。

(思えば・・・何度紫が泣くところを見ただろうか)

会った回数はほんの僅か。 その中で半分近くは泣いていたのではないだろうか。

(いや、それほどでもないか・・・)

どちらかと言えば怒っていた方が多い。 そう思うと穏やかに一緒に居られたのはほんの僅かだ。
今も本当なら二人で話していられるはずだった。 ・・・なのに、これだ。
首を捻って七人の姿を目に入れる。
こんな所で転がっていても仕方がない。 起き上がると寝台から下りた。

「あら? マツリどうしたの?」

「父上の所に行って参ります」

「まぁ、それじゃあ、昌耶に天祐を連れてきてって言っておいて」

マツリが居たから天祐を連れてこられなかったということか。 完全に邪魔者だったようだ。

「・・・承知しました」

何故だろう・・・宮に自分の居所が無いような気がする。 気のせいだろうか。
そう言えばリツソはどうしているのだろうか。
お帰りはこちら、と言われたように襖が無言ですっと開いた。

夕餉の刻となり澪引とシキが客間を出て行った。
“最高か” と “庭の世話か” もそれなりに話したいことはあったが、澪引とシキが引き出した話でも十分楽しめた。
夕餉と湯浴みが終わり、紫揺を寝台に入れると客間を辞した四人。

それにしても、婚姻の儀はいつになるのだろうか。 澪引とシキはしきりに言っていたが、紫揺はあくまでもマツリの思うようにと言っていた。
マツリと紫揺の様子を見ていると、結構言いたい放題の紫揺だが、こういうところはマツリを立てるのだと改めて知ることになった。

「一日でも早く、マツリ様とご一緒になられたいとは思われないのかしら?」

「紫さまだけではなく、マツリ様もそうよ。 六都のことは気になられるでしょうけど、早く紫さまに輿入れしてほしいと思われないのかしら」

「そこよ、そこ。 聞き洩らさなかったでしょうね?」

「婚姻の儀を終えられても、紫さまが本領に来られないってことよね?」

「ええ、東の領土で五色様をお産みになってお一人立ちされるまで、東の領土に居られるって仰ってたわよね?」

「ええ、そう聞いたわ」

四人が同時に肩を落として大きく息を吐く。

「私たちいつまでお待ちすればいいのかしら」

「そう言えば姉さん、紅香のお話しをちゃんと聞いたの?」

丹和歌が言っても真剣に耳を傾けてもらえなかった。 だから紅香に頼んだのだが。

「だって、お付き合いをすれば婚姻して宮を出なくちゃならなくなるじゃない。 そうなると紫さまにお付き出来なくなるわ」

「世和歌、だから言ったじゃない。 お付き合いだけよ。 お・付・き・合・い。 世の勉学よ」

「今日は色んな意味での車座ね・・・」

今宵、世和歌がコッテリ絞られるかどうか。 ニッコリと微笑んでいる夜空の月しか知らないのかもしれない。

朝餉を終わらせた紫揺が医者部屋を訪ねた。
門番一人と下男が粥を食べ、一人の門番がしっかりとした朝餉を食べていた。
入ってきた紫揺を見ると、三人とも立ち上がり深く深く頭を下げた。

「どうぞ、頭を上げて下さい」

「医者様に聞きました。 紫さまが居られなければオレたちずっと目が覚めなかったって。 オレみたいな下男に・・・あ、有難うございました」

「門番さんは門を守り、下男さんはお掃除や色んなことをして下さってるんです。 私の方が毎日お世話になっています」

そんな、と男三人が口の中で言い首を振る。

「お食事中申し訳ないのですが、少しお話しをうかがってもいいですか?」

立ち上がっていた男達を座らせると、どうして目覚めなかったのか、そこに五色の力が加わっているからかもしれないと説明したうえで、どこか具合の悪いところは無いかと訊いた。
男達は五色の力と言われても分からない。 ただ夢を見ることなく寝ていて、どこも痛くないと首を振るだけだった。

「そうですか。 具合の悪いところが無いに越したことはありませんが、ちょっと視せて頂きます。 じっとしているだけでいいので」

紫揺が目を瞑ったかと思うと、再び開いた時には綺麗な紫の瞳をしていた。
男達がどうしたものかと身じろぎをしたが、医者がじっとするようにと声をかけた。
紫揺が一人ずつの頭を紫の目で視る。 再び目を閉じ開いた時には黒の瞳に戻っていた。

「私の目から視て変わったところは視られませんが、今日の夕刻前までは宮に居ます。 少しでも具合の悪いところがあればすぐに言ってください」

紫揺が五色の力が何か作用してはいないかと気にかけているのを医者は分かっている。 だから本来なら目覚めた時点で家に帰すのだが、こうして残らせている。 医者にしても男達と同じで五色の力と言われても分からないのだから。

紫揺は医者も薬草師も目覚めさせることが出来なかったリツソを目覚めさせている。 リツソの時には過剰な薬湯を飲まされていた。 それを五色の力で目覚めさせた。
五色の力とは医術の追いつかぬ遥か彼方にあるのだろう。

医者部屋の戸が少々乱暴に開けられた。

「やはりここにおったか。 我が迎えに行くまでウロウロするのではないわ」

昨日は澪引とシキに取られた。 今日こそは取られまい。

「これからか」

「ううん、終わった。 今のところ大丈夫みたい」

“我が迎えに行くまで” とはどういう料簡だ。 そうならば昨日は朝から一緒に居なければいけなかっただろう。 それなのに六都に飛んでいただろう。 それに、その後にもシキと澪引に預けただろう。
などとは紫揺は考えない。

紫揺を見ていた顔を医者に移す。

「昼餉までは築山に居る。 何かあればそこに来るよう。 夕刻前になれば紫を東の領土に帰す」

「承知いたしました」

ヒョイと持ち上げられた。

「わっ、マツリ、朝、朝だからっ、まだ疲れも何もしてないからっ!」

「黙ってじっとしておれ」

“最高か” と “庭の世話” がクスリと笑う。 マツリにどこかに行って欲しいとは考えてはいるが、マツリの気持ちが分からなくもない。 自分たちも澪引とシキの居ない所、湯殿で紫揺に付いてまわった。 湯殿に浸かる紫揺を一人占めならず四人占めにしていたのだから。

紫揺を抱きかかえたマツリが医者部屋を出て行った。 呆気にとられた男達。 何が起きたのだろう、という顔をしている。

「食べ終えた者から順に火傷の状態を診る」

医者の声に我を戻した。

マツリの腕の中で暴れていた紫揺だったが、医者部屋を出ると回廊を掃除していた下男や女官たちとすれ違う。 その下男や女官たちが頬を緩めてマツリに先を譲っている。 暴れることが恥ずかしくなり大人しくはしたが、どうして歩かせてもらえないのか。 疲れてもしていないのに。

「マツリ? 私よりマツリの方がしんどいと思うよ?」

六都のことも考えなければいけないし、高妃のことも決起のこともある。 六都以外のことも四方に丸投げは出来ないだろう。

「紫がそう考えるのならば、尚更であろう」

「・・・意味分かんないけど、そう思うのなら下ろしてもらいたいんだけど?」

「我は紫を抱いていたい」

コイツ・・・なんなんだ。
しんどければ寝ればいいだろう。 どうして体力を使う。 それにいつもながら恥ずかしいことをどうして平気で言うのか。

「とにかく下ろして」

「築山に行けば下ろす。 それまでは紫は我のものだ。 母上にも姉上にも渡さん」

コイツ・・・ぶっ壊れてる。

「マツリ、あのね―――」

「昨日聞いてきた六都の話を聞きたくないか?」

「あ、聞きたい」

簡単に釣れる。

結局築山まで下ろしてもらうことが出来なかったが、道々六都のことを聞き、築山に着いても六都の話を聞き続けた。
マツリが築山と言っていた。 すぐに “最高か” と “庭の世話か” が別れて行動をとっていた。 今では築山の卓に菓子と茶が置かれている。

「硯、出来そう?」

「簡単にはいかぬようだな。 まだ宮都から出向いた硯職人が教えているらしい。 基本、硯というものに縁が無かった者たちだから余計だろう」

杠が言うには都庫の金を使って道具を買ったとも言っていた。

「あ、そっか。 読み書きをしてこなかったんだ」

そうだ、と言うとマツリが呆れたように溜息を吐く。

「なに?」

「従者や女官たちが、菓子で紫を釣ろうとしていた意味がよく分かるわ」

見事な食べっぷりだ。

「お菓子で釣る? なんのこと?」

そこで “菓子の禍乱” の説明をした。

「・・・」

「我も知らなかったがな、あの菓子はそういう意味だったらしい」

「・・・だから・・・誰のお菓子が一番美味しかったかを訊いていたってこと?」

「そのようだな」

「それって完全に飴玉につられる子供扱いじゃない」

よく分かっているようだ。
結局、昼餉までは誰にも邪魔されずに築山で過ごせた。 というか、その後、夕刻前になっても澪引とシキはやって来なかった。

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