大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第71回

2022年06月13日 21時24分21秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第70回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第71回



此之葉と二人、領主の家を出ると紫揺の家に戻った。

朝餉を食べながら考える。
紫の目に視えるのはあくまでもイメージだろう。 これは経験の中で理解していくしかないのか。

シキから聞いた話ではマツリは手を添わせると、対象者の体調が分かると言っていた。 どこを害しているか、そこから体調不良の原因が分かると言っていた。
こんなことになる前にどんな風に視えるのか、若しくは感じるのか、それともそれ以外に何かあるのか、詳しく教えてもらっておけばよかった。 今更後悔しても遅い。

―――あんなこと。

急に紫揺が頭を下げて唇を噛んだ。
それを見ていた此之葉。 本領から戻って来て時折、紫揺の様子がおかしく感じられる。 それに秋我が言っていた。 埃が入ったと言って手巾で目を押さえていたと。 だが埃など立っていないはずだし、その前に紫揺が俯いた時、悲しげな顔をしていたと言っていた。
此之葉が声を掛けようとするとその前に紫揺が口を開いた。

「此之葉さん、歴代紫さま自身が書き残した物ってあるんですか?」

“紫さまの書” はあくまでも、他から見て紫がどうだったと、人間性のようなことや、どこに行ったなどといったことしか書かれていない。

「聞いたことは御座いませんが梁湶(りょうせん)に訊いてみます」

立ち上がりかけた此之葉を止める。

「あ、いいです。 自分で訊きますから」

そしてこの流れで阿秀とのことを訊きたいが今はまだ早いだろうか。

「葉月ちゃんはどうしてます?」

「今日は山菜を採りに皆で山に入ると言っていました」

「葉月ちゃんって、本当にお料理を作るのが好きなんですね」

「そのようです。 日本にいた時もあちらでしか作れない物も沢山作っていたみたいです。 私とは全然違います」

さっきチョコレートを思い出した。 ふとそれを思い出し、ときおり母親の早季が作ってくれたホットケーキや誕生日の時に作ってくれたケーキやパフェを芋づる式に思い出す。
この地にはそんなものはない。 無いと思うと余計に食べたくなる。

食事を終え、此之葉が膳を下げている間に梁湶を訪ねた。

「その様な物は御座いませんし、覚書や日記といった物もありません」

さすがに話が早い。 梁湶に限らず日本で暮らしていた者達には言葉のチョイスに苦しまなくていいし、ちょっと言っただけですぐに通じてくれる。

「そうですか・・・」

「お役に立てなく申し訳ありません」

他のことならまだしも五色のこととなるとこの領土に知るものは居ない。

「いいえ、気にしないで下さい。 失敗したな、本領に行く前にこの疑問に気づいていたらシキ様か本領の五色に訊けたのに」

マツリになど訊かない。

「紫さま、そう慌てなくてもいいんじゃないですか?」

「え?」

「領土で生まれ育てば五色様のお力は徐々に分かってくると聞きますが、紫さまがお力の事を知られたのはほんの二年足らず前です。 紫さま歴二年。 言ってみれば二歳です。 ヨチヨチ歩きではありませんか」

表現の仕方も日本的だ。 気持ちが落ち着く。

「そっか」

「はい」

「なんだか気が楽になりました。 有難うございます。 そうだ、今日はどこも回りません。 着替えたら気晴らしにお転婆で走ります」

「え・・・」

と、そこにうんざりした顔の野夜が入ってきた。

「次、梁湶」

と言って親指だけ立て肩越しに上げた。

「なんの話だった?」

「聞いたら分かる」

なんだよ、話せよ。 という顔を送りながら玄関に下りる。

「紫さまが着替えられたらお転婆で走られる。 今日はどこにも回られないそうだ。 頼むぞ」

「え?」

梁湶が家を出て行き、野夜が紫揺を見た。

「ガザンを探してきます」

正しく言うと塔弥に探させます。
先ほど塔弥とすれ違っていた。 飼葉を持っていたから厩(うまや)にいるはずだ。


この領土に来て最初の内、紫揺はガザンを家の中に入れ早朝と夕暮れのお散歩以外は出さなかったが、何故か子供たちがガザンになつき、紫揺が出ている時にはガザンを訪ねに来たりしていたらしい。
ある意味ガザンは子守りをしていたという。

ガザンに限って噛むことは無いだろうが、ついウッカリというだけで座ろうとして子供が下敷きになる可能性が無きにしも非ずだ。
危険性は隠せないが半年が経った頃、ガザンが自ら戸を開け外でのんびりとしだした。 もともと外飼いだったガザンだ。 外の方がいいのだろう。
首輪もリードもなく自由にしている。

それにお付きが言うにはガザンは単に外をブラブラしているのではなく、不審者がいないかを見て回っているようだという。
その不審者とは紫揺に害を及ぼす者。

ガザンは紫揺を守ることしか考えていない。 ガザン自身もそう思っているがセキとの約束もある。 だがガザンがここまで想っていることは誰も知らない話である。


野夜が出ていくのを見ると部屋に戻り着替えを始めた。
お転婆に乗って嫌なことは全部吹っ飛ばす。 嫌なことは風にさらってもらう。

―――あんなこと。

それでダメだったら・・・。
薄物を取り出すと一番下に着た。


「いや・・・そんなこと急に言われましても」

「言ってはおらん。 訊いておるだけだ」

「ま、まぁ・・・。 気になる女人くらいは」

「おっ、おるのか。 野夜なんぞ興味も無いと言っておった」

ああ、それであの顔か。 納得。

「紫さまはもう見つかった。 今度はお前たち自身のことを考えねばならん。 お前たちも子々孫々、紫さまにお付きせねばならんのだからな」

「それでしたら順を考えれば阿秀でしょう」

「ああ、阿秀は上手くいっておる」

「は? いつの間に?」

「阿秀のことはいい。 その女人が気になるのなら他の者に取られる前に己が女房としろ」

「阿秀の相手って誰ですか!?」

「お前たちに言うと野次が飛ぶかもしれんからな。 次、野夜以外、誰か呼んできてくれ」

「これから紫さまがお転婆で出られます。 皆ついて行きます」

「そうか、では仕方ないか」

「で? 阿秀のお相手は?」

「言わん」


広い野原を襲歩(しゅうほ)で走り出したお転婆。 紫揺の命に添っただけである。
お付きたちが慌てて追おうとするが領土一早く走るお転婆だ。 ましてや乗り手もこの中で一番軽い。 追いつけるはずなどない。 かろうじて食らいついているのが塔弥だが徐々に離されてしまっている。

馬で出掛けた紫揺とお付きの後ろについていたガザンなど素知らぬ顔でゆっくりと散歩を楽しんでいる。

「このままぶっちぎられて離れてしまっては、阿秀に何を言われるか分からん! 目を離すなよ!」

若冲が叫ぶ。
だがその若冲の馬は段々と引き離されていっている。 若冲のみならず梁湶と醍十もだ。 やはり乗り手の重さが大きく影響しているのだろうか。

「くっそ、何処まで走るんだよ!」

塔弥の後ろを走る湖彩が叫ぶが、後ろを走る野夜と悠蓮の馬は相当に疲れてきたようで戦線離脱状態になってきた。

「やっぱりもう歳かー」

悠蓮が言ったが、悠蓮の乗っている馬だけではなく野夜の乗る馬もそこそこのお歳である。

「湖彩! 塔弥! 頼むぞ!」

野夜の声が湖彩と塔弥の耳に届いたのかどうかは分からない。 二人は前だけを見て必死に馬を走らせているだけだ。
塔弥と紫揺の馬の間がかなり離れてしまった。 それ以上に離れてしまったのが湖彩だ。
乗り手の腕というより馬の問題であろう。 やはりお転婆はかなり早い。

塔弥の目に林に入って行った紫揺の背が映っていたが、木々に阻まれてその先を見失ってしまった。
いったいどこに行く気なのだろうか。

林の向こうは山になっている。 そんなに高い山ではないし、緩やかで危険のない山道がある。 馬で山に登るつもりなのだろうか。
スピードを緩め林の中で辺りを見回すが紫揺の姿が見えない。 一旦馬を止める。 耳をすますが蹄の音が聞こえない。 どこかで止まったのか、それともゆっくりと歩かせているのか。

林の中を見て回ったが姿は見えない。 下を見ても素人目に分かる蹄のあとが残るような地ではない。
遅疑(ちぎ)する様子を見せたが林を抜け山に出ることにした。 緩い傾斜の道を歩かせていると蹄のあとを見つけた。
塔弥とは随分違ったところから林を抜け山に入った馬がいたようだ。 この蹄のあとがお転婆のものとは限らないが蹄のあとを追っていく。

すると泉の方でジャバジャバと音が聞こえる。 蹄のあとも泉に向かっているようだ。 すぐに泉に向かった。

泉の畔ではお転婆が砂浴びをしていた。 そして泉の中で紫揺が泳いでいる。 最初っからそのつもりだったのか着替えまでして。 というか、乗馬服の下に着ていたのだろう。 着替えなど持っていなかったのだから。

今までも自由奔放にしていた紫揺だったが、さすがにここまで好き勝手をしたことは無い。 どうしたのだろうか、と塔弥が首を捻る。

ふと見ると、泉の畔にある岩の上にガザンが伏せている。 どこをどうやって近回りしてきたのだろう。 それに紫揺がここに来ることを分っていたというのだろうか。

砂浴びを終えたお転婆が立ち上がり辺りをフラフラしようとしたのを見止めたガザン。 すぐに岩を降りるとお転婆に近寄りそれ以上動かないようにさせている。

感心して見ていた塔弥だが蹄の音に気付いた。 誰かが林の中を走っているのだろう。 馬を引き返させ再び林の中に入った。

「ここだ!」

大声を出すと湖彩と若冲と梁湶が現れた。 遅れて醍十も。 野夜と悠蓮の馬は今ごろとぼとぼと歩いているのだろう。

「泉におられるが、ちょっとご様子を見ている方がいいと思う」

「泉に生息する生き物もいる。 何かあっては大変だ。 行こう」

湖彩がすぐに馬首をまわすと続いて若冲が醍十に言う。

「醍十、ここに残って野夜と悠蓮を頼む」

「はいなぁ」

塔弥を先頭に湖彩、若冲、梁湶と続く。

「あまり紫さまを刺激したくない」

「何かあったのか?」

塔弥の馬の横に湖彩が付ける。

「何も分からないがいつもの紫さまと違うようで・・・」

「そうか・・・」

紫揺のことは塔弥が一番分かっていると皆が思っている。 塔弥がそう言うのならそうなのかもしれない。

馬を歩かせ先ほどまで塔弥の居たところに馬を進める。

「え!? ガザン?」

「ああ、俺が来た時にはもう居た」

ガザンに行く手を阻まれてすることがないのだろう。 お転婆がまた砂浴びをしている。 その横でガザンが砂浴びが終わるのを待っている。

「どこをどうやって、ってか、紫さまが此処にくるって知ってたのか?」

「俺に訊かないでくれよ。 そんなことわかるわけないだろう」

言うと馬を降り手綱を湖彩に渡した。
砂浴びに満足したのかお転婆が立ち上がる。 ガザンが塔弥を見止めた。

「おい、紫さまはどこだ」

若冲と梁湶が辺りを見回すが紫揺の姿がない。
その時、ザバンと音をたてて泉の中から紫揺が出てきた。

「紫さまは水浴び、お転婆は砂浴びか・・・」

若冲と梁湶が溜息をついてそのまま紫揺を見続けた。

塔弥がお転婆の手綱を手に取る。 お転婆が塔弥を噛まないようにガザンが上手くやってくれている。
塔弥がお転婆を曳いて腰に持っていた綱を木に括り付けるとそれに手綱を繋いだ。

「ガザン、お手柄だな」

ガザンの頭を撫でてやるが、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに元居た岩に戻っていった。 そこから紫揺を見ているのだろう。

潜っては浮かんできて息を吸い、また潜る。 それを繰り返している。

「何をされたいのか・・・」

湖彩が言う。

「最初は泳がれていたんだが」

湖彩から手綱を受け取ると、自分の馬の手綱も木に括り付け、岩に座るガザンの右横に座った。 ふと岩の下を見ると紫揺の乗馬服が畳まれて置かれていた。
一応、この岩陰に隠れて服を脱いだようだ。

プカリと浮いてきた紫揺。 疲れたのだろうかそのまま仰向けに浮いている。

「おい、そろそろお身体が冷えてくるだろう」

「そうだな」

いくら温暖な東の領土とはいえ、やっと三月が終わろうとしている頃だ。
紫揺が身体を捻ってまた潜っていく。

湖彩が馬に乗ったまま塔弥に近づく。

「もうお身体が冷えるだろう」

「・・・冷えて熱を出されても、紫さまはこの時を選ばれるだろう。 もう少し待ってくれ。 それでも上がって来られなければお止めする。 あっちに戻っていてくれ」

岩の上で膝を立て足を覆うように両手をまわし、指先で顎を撫で紫揺の残した波紋をじっと見ながら言う。

「・・・分かった」

湖彩からの話を聞いた若冲と梁湶が目を合わせる。 塔弥の言った紫揺の様子のことも気になるところだが、戻れということは離れていろということだ。
サッと見た限りでは目で判断できる危険生物は見えない。

「塔弥が言うんだから任せる、か」

湖彩に言われ若冲と梁湶が渋々納得すると下馬する。

再び浮かんできた紫揺。 今度はクロールで泳ぎだした。

「へぇー、上手いもんだ」

「上手い以上に綺麗なフォームだ」

「子供らと水遊びだけじゃないんだな」

途中で向きを変え背泳ぎをし、またクロールで泳ぐ。 クルクルと何度も向きをかえたりもしている。
気が済むまで泳ぐと、平泳ぎで足のつくところまでやって来て歩いて泉から上がってきた。 まだ膝下は泉に浸かっている。

薄物が身体にピッタリとくっ付いている。 馬を下りて手綱を持っている三人と塔弥が目を逸らす。

岩の上にいるガザンを見ようとして顔を上げた紫揺。 ガザンの隣に塔弥が居るのが目に入った。 その塔弥は横を向いている。

「あれ、塔弥さん」

当の本人はレオタードを着ていたのだ、気にする様子も見せないし、レオタードのように太腿は出ていない。 膝まで薄物はあるのだから。

「あれじゃありません。 最初っから泉にくるなら来ると教えて下さればよかったものを」

横を向いたまま話している。

「うーん、お転婆で走ってスッキリしたらそれで良かったんだけど・・・」

「手拭いは持って来られたんですか?」

「あ・・・考えてなかった」

「そのままでは冷えます。 お待ちください」

お付きたちはそれぞれ紫揺に関する何やらを持っている。 いつ何時何をするか分からないからだ。 塔弥は先程の縄。 そして湖彩は手拭いを持っている。
湖彩から数枚の手拭いを受け取ると紫揺を見ないように手渡す。

「しっかり拭いて下さい。 こちらの岩陰にいますので、あちらで」

紫揺の着替えの置いてあったところで着替えろと言っている。 岩を挟んで反対側に塔弥が座る。
髪の毛をがしがしと拭いている音がする。 その音が止むと身体を拭いているのだろう。 乱暴な音は聞こえてこない。

「お身体は冷えていませんか?」

「ちょっと冷えたかな」

岩越しに応えが返ってくる。

「それで、泳いでスッキリされたんですか?」

「・・・どうかな」

「何かあったんですか?」

「・・・」

紫揺の手が止まる。

「紫さま?」

「何もない」

完全に何かあったようだ。

「梁湶が言っておりましたがお力の事は焦らずゆっくりと」

「うん。 梁湶さんの話し方は分かりやすかった。 紫歴二年、二歳だって。 言われてみればそうだもんね」

しっかりと話す。 五色の力の事ではなさそうだ。

「本領はいかがでした?」

「・・・」

本領と言われたのにあのことが頭に浮かぶ。 もう東の領土の山に入っていたのに。

「紫さま?」

「あ、うん。 勉強になった」

本領で何かあったのか。

「チョコレートが食べたい」

「はい?」

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