大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第72回

2022年06月17日 22時55分49秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第70回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第72回



お付きといっても塔弥はまともに日本に足を踏み入れていない。

「そっか。 塔弥さんは知らないんだ。 他のお付きの人たちは知ってると思う。 チョコレート。 甘くて美味しいの。 お母さんがお誕生日の時に作ってくれてたパフェもケーキも食べたい」

もしかして日本を恋しくなってきているのか? いや、本領で何かあったのは確実だろう。 本領で何かあって、食べ慣れたものを食べたくなった?
ナンダソレ。
自分の考えが無茶苦茶だ。

「それも甘いものですか?」

「うん。 しっかり太れる」

「紫さまは甘いものがお好みですか?」

「うん。 好き」

「その割にはお太りになっていませんね」

一瞬見た紫揺の薄物の姿を思い出してしまった。 顔を下げる。

「お婆様もお爺様もお母さんもお父さんも太ってなかったから家系かな。 塔弥さんも太ってないもんね。 塔弥さんのお父さんとお爺さんはどうだったの?」

「父も祖父も小柄でした。 曾祖父も兄弟の中で一番小柄だったと聞いていますが、曾祖伯父は背が高く細身だったと聞いています」

「うん。 私も写真でしか知らないけど背が高くて細かったな」

よっ、と聞こえて上を見ると岩の上に紫揺が立っていた。

「お待たせ」

塔弥が立ち上がってパンパンと尻に付いた砂をはたく。 紫揺の足元には絞った薄物と手拭いが畳まれて置かれている。

「皆さん退屈かな?」

馬の横に立っているお付き達を横目に見る。

「なんでしょう?」

お付きが退屈になるような何かがあるというのだろうか。

「もうちょっとここに居たいから」

そういうことか。

「紫さまのお気のすむまで」

杠が言う『紫揺のしたいように』 と似ている。
塔弥に笑顔を向けると紫揺が岩の上に座った。 隣りにはガザンが居る。 ガザンの首に腕をまわすとガザンにもたれた。

「お気になることが御座いましたら何なりとお聞かせください」

「答えてくれるの?」

「可能な限り」

『紫揺が何か疑問に思ったら何でも解決してくれる人』 杠が言っていた。
塔弥は可能な限りというが東の領土では・・・お付きは分からないことを何でも教えてくれる、答えてくれる。

だが・・・。

「そっか・・・」

それっきり口を閉ざした。

「まだ帰らないみたいだな」

退屈だと言った風に若冲が言う。

「そうみたいだな」 

「そう言えば梁湶、領主に呼ばれたんだろ? なんの話だったんだ?」

湖彩が梁湶を見て問う。

「紫さまが見つかったのだから俺らのことも考えていけってさ」

「どういう意味だ?」

「子々孫々、紫さまにお付きすると言うことだ。 気になる女人はおらんのかと訊かれた」

若冲と湖彩の目が光る。

「で?」

「どうなんだ?」

「言うか。 野夜は興味が無いと言ったそうだ」

「へぇー、野夜がねぇ。 で? 野夜のことを言っておいて自分のことは言わないのかよ」

「そんなことはどうでもいい。 阿秀は上手くいっていると聞いたんだが何か知ってるか?」

「阿秀が!?」

「嘘だろ!?」

「だよな。 いつの間にだよ」

三人が話している時に林の中でも同じ会話がされていた。

「は? 気になる女人?」

「で、何と答えたんだぁ?」

「興味はない、そう言った。 実際そうだからな。 悠蓮はどうなんだ?」

「ま、まぁ・・・」

「いるのか?」

「おい、野夜。 どうして俺に訊かない」

「どうせお前は此之葉が嫁に出るまでそんな気はないんだろう」

「どうして知っている」

「みんな知ってる。 でも此之葉もだいぶ料理が作れるようになった。 そろそろいい男が出来てもいいんじゃないのか? 此之葉は何も言ってないのか?」

「聞かんなぁ」

「そうか。 で、悠蓮はどこのどの女人だ。 教えろ」

「まぁ、その内な」

「吐けよー」

「悠蓮は一目惚れって言ってたぞぉ」

「わっ! 馬鹿!」

「吐け」

「吐くか!」

林の中で待ったままの三人と三頭。 泉に行く気はないようだ。

ガザンの背中に乗せた顔が泉を見る。 海のように波があるわけではないが、ときおり吹く風に柔らかい曲線を描いている。 所々泉の周りに生えている木々の葉が揺れる。

(悔しい。 ・・・悔しい)

ポロリと涙が出た。 簡単に頬を伝ってガザンの背に落ちる。 塔弥からは紫揺の後頭部しか見えない。 今は慌てて拭くこともない。 声さえつまらさなければいい。
そう思った途端、次々と流れ出る。 泉であれほど流してきたのに・・・。

ガザンが紫揺の頬を舐めてやりたいと思うが首を回して舐めてやることが出来ない。 紫揺が首に腕を回しているし、紫揺の顔は己の背の上にある。

「ブフ」

気に食わぬと言いたいのか息を吐き唇を震わせる。

風が長く吹いた。 かさかさと葉擦れの音が子守歌のように聞こえる。 涙を誘う悲しい子守歌。

ずっと動かなければ何も言わない紫揺。 塔弥が不審に思い声を掛けたが返事がない。 回りこんで紫揺を見てみれば目を瞑っている。 その閉じられた目からは涙のあとが見える。
ガザンの背中が濡れている。
一度下を向いた塔弥がそっとその場を離れると湖彩たちの方に足を向けた。

「うん? どうした?」

女のことを話していた三人。 こちらに向かってくる塔弥を見て湖彩が言うと梁湶と若冲も塔弥を見た。

「お疲れなのだろう。 眠られた」

「は!?」

「ドンダケ自由だよ」

「塔弥が甘やかしすぎてんじゃないのか?」

「そんなことはない。 それより掛けものは誰が持っていたか?」

「醍十だ」

この場にはいない。

「林の中で止まって待ってんだろ。 行ってくる」

塔弥が甘やかしていると言ったわりにすぐに動く若冲である。

紫揺のことを言おうかどうか迷う塔弥。 お付きも此之葉も紫揺のことは共有しなければならない。
何か変化があったり様子がおかしければすぐに全員に報告する。 でなければ紫揺を守り切れないからだ。

塔弥が振り返り紫揺を見る。 ガザンにもたれその背に頭を置いているのが見える。 己に顔を見せず泣いていた。 それに気付かなかった。
気になることがあったら訊いて下さいと言った。 答えてくれるの? と問い返してきたのに、そっか、と言って口を閉ざしてしまった。

可能な限り、と言ったのがいけなかったのだろうか。 それとも誰にも言えない事なのだろうか。 もし此之葉に言っていたのなら此之葉から報告があったはずだ。 それどころか此之葉からは紫揺の様子がおかしいと聞いている。

若冲が掛け物を入れた袋を手に戻ってきた。 塔弥が受け取ると袋だけを若冲に返し紫揺の元に戻った。

やはりまだ報告は出来ない。

ガザンに眉があったなら片眉を上げて塔弥の姿を見たように見えただろう。
そっと紫揺にかけてやる。

塔弥が元の位置に戻って腰を下ろす。 紫揺を見ていなくとも何かあればガザンが動いてくれるだろう。



造幣所(ぞうへいどころ)に向かったマツリたち。 

単にマツリの視察のような形にしている。 そこに造幣所を管轄している文官が付いてきているという体だ。

財貨省長までくると仰々しくなるため、財貨省長は来なくていいこととなり、ホッと肩を下していたのを恨めし気に横目で見ていた文官が造幣所の鍵を持ち戸を開ける。 まだ誰も来ていない刻限だ。

武官を見て逃げ出す者がいるかもしれない。 武官が中に入り陰に隠れる。 武官の乗ってきていた馬と咎者を入れる馬車は造幣所の建物の裏の見えないところに繋いでいる。 万が一、嘶(いなな)いても、堂々と置いてある文官の乗って来た馬車の馬かマツリの乗って来た馬だと思うだろう。

「もうそろそろ造幣所長が来ると思います」

現場で鍵を持っているのは造幣所長だけである。 必然的に一番に来なくてはいけないが、ちょいちょい遅刻をしていることを文官は知らない。 タイムスタンプなど無いのだから、離れていては気付くことなどない。 造幣所長の出欠、遅刻早退などの報告書はあくまでも自己申告である。

仕事を始める前と仕事終わりに掃除がある。 ずっと現場の者全員でしていたが、しばらく前から掃除担当が入れられ、その者たちが仕事前の掃除をしているということだった。 報告書にそう書いてあったという。

「まずは造幣所長か。 その者を視てから話をする」

「はい。 あの、マツリ様に全てお任せ致します。 財貨省長も言っておりましたが、わたしらは争いごとや血は・・・」

「分かっておる。 我に分からんところを教えてもらうだけで良い。 武官が出て来て巻き込まれそうになればすぐにその場から離れるよう」

「はい」

緊張した面持ちの文官を置いて、久しぶりに来た造幣所を歩いて見回っていると戸が開いた。

「あ?」

「ああ、所長(ところちょう)お久しぶりで御座います」

所長も文官である。 この文官の上役だったのか顔見知りのようだ。

「ああ、誰かと思えば」

マツリの乗ってきていた馬もいれば馬車もある。 財貨省長の者が来ていたと分かっていたのだろう。

「マツリ様」

文官がマツリを呼ぶ。
所長が驚いて目を開ける。

「これは、マツリ様」

向こうから歩いて来るマツリを見た所長が頭を下げる。 下げたまま文官にだけ聞こえるように言う。

「何かあったのか?」

「あ、いえ、そのような・・・」

文官がしどろもどろしている間にマツリが所長の前に来た。

「所長、久しいな」

「マツリ様におかれましてはお元気そうで何よりで御座います」

「頭を上げよ」

所長が腰を伸ばし顔を伏せ気味にしている。 それは当たり前のことなのだが今はそうでは困る。

「我の目を見よ」

なんのことかと所長が顔を上げマツリを見る。 まさか魔釣られるなどと考えてもいない。

「問いたいことがある」

「何なりと」

「掃除番として三人の者が入ったと聞いたが、どのような者だ」

「あの者達で御座いますか。 急に言われ、どうしたことかと思いましたがよく働きます。 仕事終わりにはまだ汚れていると残って掃除をするほどで御座います」

この所長に禍つものは視えない。

マツリは知らないが、この所長、時折、遅刻をしてきていることに後ろめたさを感じてはいないようだ。 もし遅刻を気にかけていたのならばマツリの目にそれが禍つものと映ったはずである。

禍つものが視えなかった所長に迂遠な話をする必要はないと判断する。

「その者たちは地下の者だ」

「・・・は?」

マツリが懐から名をかいた紙を出して所長に差し出す。

「この者たちに間違いはないか」

所長が紙を広げると間違いなく掃除番の三人の名前が書かれていた。

「間違いありません・・・」

「地下に金を流しているやもしれん、心当たりは」

驚きながらも所長が首を振る。

「地下から零れ金が見つかった」

「え?」

聞かされていなかった文官も驚いている。

金貨が城家主の屋敷の屋根裏から見つかっただけでは何とも言えない。 だが零れ金が見つかったということは、造幣所の計量ミスが指摘されたということになる。

「・・・管理不行き届きかもしれません」

外から声が聞こえてきた。

「その者たちか」

マツリが所長の手にしている紙を目で示す。

「はい」

「いつも通りせよ。 あとはこちらでする」

武官が隠れていることを知っている引きつっていた顔の文官が更に顔を引きつらせる。

「あれ? 所長だけじゃない?」

入ってきた一人が言う。 示し合わせていた文官が声を上ずらせながら視察のことを告げた。

「あ、ああ。 初めて見るな。 しゅ、しゅうねん、ゴホン、数年に一度の宮の視察である」

三人全員が入ってきた。
訝し気に辺りを見回している。

「柳杜(りゅうと)、碁蝉(ごぜん)、笙舎(しょうしゃ)か」

呼ばれた三人がマツリを見て驚きに目を見開いた。

「間違いなくあの者達です」

所長が小声でマツリに言った。

「捕らえろ」

マツリの静かに、だが言い切った声に陰に隠れていた七人の武官が躍り出た。 武官の存在を知らなかった所長が驚いた目をしている。

逃げようとした三人だが、戸のすぐ横に隠れていた武官が行く手を阻む。 建物の中を逃げ回り道具を投げつけたりと暴れる三人。

端に逃げ身を寄せていた所長と文官。 その二人を人質にとろうと思ったのか、手を伸ばした一人の男。
「ひいぃぃー」 と二人が情けない声を出し抱き合った。
横からマツリが腕を伸ばし男の手を引くと同時に足を払い、うつ伏せさせた上を膝で押さえ込み腕を固める。
すぐにやってきた武官に渡す。 

「お手を煩わせました」 と言い、素早く縄をかけた。

マツリが動いたと同時にマツリの肩から飛び立っていたキョウゲンがマツリの肩に戻ってきた。 残りの二人も捕らえられた。

縄で縛られ歩かせようとするのに反抗する姿を見ながら所長が「申し訳ありません」と言う。

「どういう意味だ」

「管理がいい加減になっておりました」

「そのようだな。 以後、管理を徹底するよう改めよ。 他の者たちも視る」

咎人は馬車に入れられ猿轡でも噛まされたのか、叫んでいた声が止んだ。 戻ってきた武官四人がすぐに身を隠す。 三人が咎人を見張っているようだ。

何人かがやって来ると、再度文官がマツリの視察だと声を上ずらせながら説明をし、マツリに言われた通りに今回は一人一人とマツリが話すということも付け加えた。

次々とやって来た者と話をする体を見せてその目の奥を視たマツリ。 たった一人を除けば怪しむ者はいなかった。
そのたった一人が言う。

「所長は宮から言われたことを信じていたようですが、新しく入った三人は怪しい動きをしています」

この者は三人が捕らわれたことを知らない。 そして宮から言われたこととは白木のことだろう。

「あの三人が所長に計量を任せてくれといいました」

「計量を? 掃除担当がか」

「はい。 言ってはなりませんが、計量は面倒臭いものでして誰もが嫌がります。 そこに手を上げれば皆が首を縦に振ります。 それに押されて所長があの三人に任せました」

「何故そのようなことを我に言う」

言ってみれば上司に対する造反だ。

「・・・俺は汚いことが嫌いです。 あの三人からは汚いことしか感じません」

「だがそれは所長の判断に反することだ」

「所長が間違っていないと誰が言い切れます?」

僅かに視えた禍つものはそういうことか。 所長への不信感、というところか。

「ここに居て長いのか」

どういうことだろう、話の流れがおかしい。 眉間に皺を入れながらも答える。

「三年です」

見たところ、二四、五歳だろうか。

「どうしてここで働いておる」

「以前、父親がここで働いていました。 目を悪くしたんで父親の後釜として入りました」

「ここに居たいか」

「ここにこだわってはいません。 飯さえ食えればいいです」

「食わせねばならん者がおるのか」

「独り身です。 せいぜい目を悪くした父親が気になるくらいですが、目を悪くしたと言っても見えないわけじゃありません、父親も別のところで働いていますし母親も弟もいますんで」

マツリを前にして臆することもなくここまでいう者はそうはいない。

―――度胸がいい。

「我からの呼び出しがあれば宮に来るよう」

「え?」

「来る気が無ければ来ずともよい」

かなり灰汁が強い。 杠とやっていけるかどうかは分からないが杠が上手く動かしてくれるだろう。 この者は杠の配下に置ける。

「名はなんという」

「巴央(ともお)」

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