大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第129回

2023年01月02日 20時46分12秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第120回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第129回



巴央がピシリと戸を閉めて後姿を見せている杠に声をかけた。
巴央であるところの金河が杠である俤の居場所に姿を見せたのである。

「何か分かりましたか?」

振り返ることもなく訊く。 その姿を見ずとも巴央と分かっている。
秀亜群の片隅の空き家に杠は居を置いていた。

「郡司は解毒の薬草を持って出たようだ」

「解毒・・・」

視線を下に向ける。

「ああ、やっぱり俤の言う通りかもしれん」

“お前” ではない “俤” と巴央が呼んでいる。

「・・・そうでは無く、単に下三十都で解毒の薬草を欲しがったのかもしれません」

己の考えたことが間違いであってほしいと願っているのだから、嘘でもそう言ってしまう。
手をついて身体を巴央に向ける。

「いや、残念だがな、俤が考えた通りだろう。 その色が一番濃い」

それは最悪だ。 だが巴央の言う通り杠の考えた通りだろう。

何も知らず今の下三十都での流行り病に効く解毒の薬草をそう簡単に大量に持って出るものだろうか。
秀亜群には薬草が沢山生えていて、それをゆっくりと採りゆるりと暮らしている所だ。 ときおり薬草が欲しいと言われ、その時に売っているだけの辺境の地。
それが辺境から籠を背に担いで薬草を持って下三十都に入って来た秀亜郡司。 まずそこがおかしい。
どうして辺境に居る秀亜郡司が隣接していると言えど、下三十都の中心で起きている流行り病のことを知ったのか。 そして的確な解毒の薬草を持ってきたのか。 なによりも今まで売って歩くことなど無かったのに、ましてや郡司自らが辺境を出てきてまで・・・。

その薬草があまりの高値に薬草を手にすることが無かった下三十都の民。 
高値であろうと買い上げ、病から回復した下三十都都司。 秀亜郡司が持ち込んだ高値の薬草を個人的に買い上げ煎じて家族ともども快復した。
民や官吏はどんどん悪くなっていっているというのに、都庫から金を出し民や官吏に薬草を配ろうともしない都司。

「都庫から金を出す気がないみたいだったしな。 ・・・オレだって俤と同じように考えてる。 俤の思い違いであって欲しいってな。 だがな・・・」

この辺境にある秀亜群に来る前には、既に下三十都を調べていた享沙から色んな話を聞いてその上で巴央も動いた。 そして秀亜群に先に入っていた享沙が遅れて入った杠と巴央で互いに知った情報を交換し、享沙がまた下三十都に戻っていった。

「享沙が言ってただろ? 郡司はこれで下三十都に入るのは二回目だって。 まず俤の考えている通りに間違いないって」

享沙がそれを調べていて杠が合流した時にその話を聞かされたからこそ、疑ったところが大きかった。 そしてその後マツリに報告する為もあり、一旦六都に戻り再び下三十都に戻った杠が最初に調べたことがまた大きく事を裏打ちした。
それでも己の立てた憶測を信じたくなかった。

下三十都と秀亜群がどこかで繋がると考えるのならば、杠の中では一つしかなかった。 杠の知らない所でまだあるのかもしれないが、杠の知るその一つは間違いなく禍根を残しているはずである。


時は杠がまだ俤として地下に居る時であった。 リツソが地下の者に捕らえられ、その後マツリが地下からリツソを連れ戻したあとの事だった。
秀亜郡司、基調(きちょう)からの書簡が四方の元に届いた。

秀亜郡司が下三十都都司より土地を広げると言われた。 早い話、この郡司の守る辺境の土地を吸収するということであった
そんなことはたとえ都司と言えど勝手に出来るものではないが、あとになり都司が言うには、郡司が納得をしてくれれば宮都に話を持って行くつもりだったということであった。

秀亜群は色んな種類の薬草が豊富に採れる場所である。
辺境というわりにこの地では生活に急ぐことなく、ゆっくりと薬草を採って質素な暮らしをしていた。 ときおり薬草が欲しいという者に売っていた程度で集落も大きく、離れた所に点々と点在する所もありその数も多い。
争いごとも無ければ天災の前例もなかった。 それ故、ここには五色もいない。
下三十都都司はその豊富な薬草の地が欲しかったのだろう。

書簡によると、郡司が答えを渋る度、民の家を焼いて回っているということであった。 最初は昼間に堂々とだから民が逃げることも出来たが、その内に夜にも。 そして死者が出たということであった。
当時、四方はすぐに武官を走らせた。 そして事の真相を見た武官から知らせが入った。
秀亜郡で焼かれた家を確認したということ、そして死者が出ていたということであった。

すぐに秀亜群に武官と文官を走らせ下三十都都司を宮都に呼んだ。
後日やって来た下三十都都司は郡司に何度か話しこそしたが、家を焼くなどと身に覚えが無いという。 だが下三十都の官所(かんどころ)で働く者がやって来て火をつけたところを見た秀亜群の民は間違いなくいた。
それを聞かされた都司が驚いた顔をしていた。 そして官所の者がやったというなら、その者を都司として責任をもって宮都に連れてくると宮都の刑部で言ったが、下三十都に戻ると官所で働く三人の者が自害していた。 そしてその三人が秀亜群で火をつけて回っていたという。
それは秀亜群からやって来た数人の民が自害した者たちを見て証言した。 実際それ以降、火を付けられることはなかった。 結局、事の真相は闇に葬られてしまっていた。


「まだ郡司は戻ってきていませんよね?」

「ああ、見ていない」

杠が顔を伏せ顎に手を当てる。

「郡司に期待してる・・・のか?」

杠が手を下ろしゆっくりと顔を上げると巴央に目を合わせる。

「・・・一縷(いちる)の望みですが」

もし己の憶測が憶測でないのなら。
杠の考えを聞いた巴央、その巴央が横を向いてハッ! と声を共にして勢いよく息を吐いた。

「ほんっとーに、お前は!」

一度横を向けた顔を真っ直ぐにして杠を見る。

「俤は! 馬鹿だよ! オレ以上に馬鹿だ! 沙柊もだ!」

言い切ると本心からの笑みを見せる。
巴央の顔に杠が口の端を上げたが、すぐに巴央の後ろの戸に目を移した。 その様子に気付いていない巴央が続けて言う。

「郡司がまだ迷っているのなら下三十都に行って煽ってやるか?」

「その必要はない」

戸の外から声がしたと思ったら、戸が開き享沙である沙柊が入ってきた。

「随分と気配を消すことが出来るようになりましたね」

「ってことは、俤には分かっていたってことですか?」

「いえ、ほぼ寸前で分かりました。 充分です」

両の眉を上げて杠への返事としたが、享沙にしてみればまだまだということだ。
杠と享沙の話を聞いた巴央が呆れたように息を吐く。

「は? オレは全然分からなかったが?」

「沙柊は己と六都官所で働いていましたからね」

「ええ、俤の気配を消すことから、その身を隠すことから驚きだらけでした」

巴央が眉間に皺を寄せる。 二人の会話が気に刺さる。 それに己にはそんなことは出来ていない。 知りもしなかった。

「金河」

金河と言う名を持つ巴央がハッとして杠を見る。

「金河には金河の動き方があります。 沙柊と同じではありません」

巴央が鼻からフッと息を吐く。

(コイツは・・・俤は・・・どれほど狡賢(ずるがしこ)いのか。 オレは真っ直ぐに生きてきた。 それが狡賢い俤と同じってか。 笑える。 狡賢い俤とオレが一緒だなんて。 腹が立つ・・・でも・・・俤はまっすぐ前を見ている)

誰にも分からない横目で巴央を見た杠が話を続ける。

「で? 必要が無いということは郡司が動いたということですか?」

杠と巴央が下三十都から秀亜群に入ってきて互いに得ていた話を聞くと、またしても下三十都に戻っていた享沙だった。
享沙が満足したようにコクリと首肯する。

「郡司がやったってことか?」

念を押すように訊いた巴央に再度首肯した。

「俤!」

巴央が杠の名を呼ぶ。

「郡司はやってくれた! これで郡司は問われないな? そうだろ?」

杠が難しい顔をしてから答える。

「全てをマツリ様にお話しします。 郡司が問われるか問われないか、それは刑部の判断でしょう」

「どうしてだ!? 郡司は・・・この秀亜の民が殺されたんだぞ! その―――」

「報復は認められるものではありません」

「俤!」

「寂しいことではあります。 分かっています」

巴央は杠の言いたいことが分からないでもない。 だが訳も分からず死んでいった者はどうなる、郡司が守ろうとした死んでいった者たちへの想いはどうなる。
巴央が拳を握り締めた。

「都司はマツリ様が逃がしません」

此処にはどんな耳も無い。 マツリの名を出してもいいだろう。

「え・・・」

「証拠はありませんがマツリ様が許すはずはありませんから。 いえ、マツリ様に言われる前に・・・証拠が無ければ証人を探しましょう。 必ずどこかに居ます。 忙しくなりますよ」

今までは都司と郡司の方だけを追っていた。 杠の憶測通りなら郡司に過ちを起こして欲しくない。
その郡司が言わずとも過ちを犯すことなく動いてくれた。
次は都司がどうして先にそういうことをしたかの証人を探す。 杠が薄い希望で証拠を探したが残ってはいなかった。 それはそうだろう。 六都のように、帳簿云々の話しではないのだから。

巴央の拳が解けていく。
杠が享沙を見る。

「宮内の者のことは分かりましたか?」

再度享沙が首肯する。
それを調べに下三十都に舞い戻っていたのだから。

「その者は・・・」

享沙がその者がこの秀亜群の出だというところから話し出した。


「マツリ様!」

まだ坊と呼ばれる歳の二人が学び舎を建てている様子を見ていたマツリに走って来た。
マツリの片眉が上がる。

「これ、マツリ様はお忙しい。 あっちに行きなさい」

ここのところいつも・・・べったりと言っていいほどマツリの隣にいる文官が日本で言うところの少年二人を追い払おうとした。
マツリは六都官所が供した宿に泊まっていたが、何故だか、ある時からこの文官は家に帰らずマツリの泊まる部屋の隣の部屋を借り、マツリが寝るまでずっと起きていた。
ある時。 あの時から。

『徒歩(かち)でどれ程かかる』

『お! お役に立つのですか!?』

思いもしませんでした。 そうですねぇ、ここからは。 ああ、マツリ様、お掛けくださいませ。 と、椅子が御座いませんか。 すぐにお持ちいたします。 と、それからずっと付きまとわれている。

「ちょっとくらい、いいだろー」

一人の少年が文官の気を引く。

「マツリ様、六都に来られて混味(こんみ)を食べられましたか?」

「こんみ?」

混味と聞いて一人の少年を追い払おうとしていた文官が振り返った。

「え? マツリ様、六都に来られて、そこそこ経たれるというのに混味を食されていないのですか?」

「食べるものか?」

確かにいま絨礼は “食べられましたか” と言っていた。

「はい。 この六都では混味が好まれます。 ああ、わたしの落度で御座いました。 今晩、わたしがご案内いたします。 美味しい混味の店がありますので。 六都一で御座います」

ん? あ? と文官が変な声を上げた。
少年たちが居なくなっていたのだ。

「あれ? どこに行ったのでしょうか?」

「さぁ? それより、あの杉の山だが」

「はいっ!」

この文官は長くもなく短くもなく六都に居る。 早い話、中途半端。 六都に愛着があるわけでもなし、だからと言って突き放すでもない。 こんな六都なのに。 六都出身でもないのに、他の文官ならばとうに異動届を出している年数だ。

絨礼と芯直がマツリの前に姿を現した。 そして “混味” と言った。 その話を聞いた杉の山の話しからマツリにべったりと付いている文官が今晩店に案内すると言った。 その途端、絨礼と芯直が姿を消した。

(・・・杠か)

この文官が言うところの “美味しい混味の店” に行かねばならないようだ。


「こちらで御座います」

にこやかに文官が案内する。
こちらと言われた店には 『黒山羊』 と看板が下げられている。

「六都ではここの混味が一番美味しいと言われております。 ま、わたしも六都に来てあちこちの混味を食べましたがここが一番と思いますので」

ささ、どうぞ、と、戸を開ける。 「らっしゃい!」と店主の声が響いた。

「美味い・・・」

マツリが目を丸くした。
食べ方を教わったが、かき混ぜて食べるなど宮では有り得ない。 紫揺がおじやをグルグルかき回していたが、それとは違うだろう。
混味を食べているだけなのに紫揺のことを思い出した。 昼間は今目の前のこと、これからのことを考えているだけだった。 一人夜になれば今と同じように考えてはいたが、だが今目の前に文官が居るというのに。

「でしょう! ここの混味は六都一ですので。 迂闊で御座いました。 マツリ様に失礼のないように宿を整えることだけを考えておりました」

失礼など・・・そんな事を考えることなどない、そう言いかけたが、チラリと柳技の姿が見えた。

(やはり杠か・・・)

目の前に座る文官を見る。

(これが邪魔ということか・・・)

そうだろう、そうだろう、分かる。 マツリが宿の光石に布を被せ寝たふりをしても、隣の部屋のこの男は暫く起きている。
だが杠ならそんなことなど一蹴して姿を現すはずなのに。

(何があった)

「あら、イイ男」

マツリの後ろで朱唇が開いた。

「ね、兄さん、混味は美味しかったかしら?」

「こ! これ! 何を言っておる! この方は―――」

柳技は動いていない。

「よい」

「え?」

「今宵はこの女人と過ごす」

「だっ! そのようなことは!!」

マツリがわざとらしく眉を上げる。

「いかんか?」

「・・・あ」

「美味かった。 今日一日、苦労であった。 明日も頼む」

そう言い残したマツリが立ち上がり女の腰に手をまわす。
女がマツリの耳元に言う。
坊、と。

「そうか、それはどこか」

女がマツリを導くように歩きだす。

官吏が顔を伏せた。
こういう接待も必要だったのか。

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