大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第128回

2022年12月30日 20時54分46秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第120回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第128回



走って走って山をかけ登る。 此之葉に負けない程に肩で息をしていながらも駆け上る。

「だ、れ?」

ようやっと着いた。 導かれるままに。 それを信じたままに。
上がった息を整えようとした時、映像が視えた。
進化した彰祥草の香りを嗅ぐ香山猫の姿。
香山猫が鼻を歪めた。 物足りないと。

(・・・進化した彰祥草では香りが足りない?)

それはあの辺境に居た香山猫ではない。 進化した彰祥草につられてやって来たのは他の香山猫というのがどうしてか何気に分かる。
目の前から鼻を歪めた香山猫が、進化した彰祥草が、歪んでぼやけて消えていく。 そしてついさっき目にした山の風景が姿を現した。 駆け上がってきた山の斜面ではなく、木々がまばらに立っている広々とした場所。

(どうして・・・)

どうしてあんな映像が視えたのか。
ふらりと前に歩いて行く。

お付きたちがようやく斜面から上がってきた。 身体の大きい梁湶、若冲、醍十はその身体の重さから足を何度も滑らせ遅れをとっている。 先に走ってきたのはやはり一番身軽で駿足な塔弥。 続いて息を上げた湖彩と野夜そして悠蓮。

野夜が紫揺を呼ぼうとしたのと同時に走りかけたのを塔弥が手を出して止めると「このままで」 紫揺に聞こえないように声を静めて言う。
紫揺がいつまた走り出すか分からない、距離をあけたくない。 それは誰もが考えていることだ。 誰もが。 もちろん塔弥も。

これが阿秀であれば逆らうところではないが、野夜が塔弥の言うことを聞かなければならないことなどはない。
塔弥を押しのけて紫揺の元に走るも、塔弥の言うことを聞いて様子を見るのも野夜の判断。 迷った末に塔弥の判断に任せることにしたが、紫揺の様子がおかしいのはたとえ後姿からでも分かる。
身体がふらりと揺れている。 地に足が着いていないと思わせる様子。

湖彩が塔弥に近寄って声を押し殺して叱責する。

「塔弥!」

息が上がっている時に声を殺して言うのはなかなかに難しいが、紫揺には聞こえていないようだった。

「あと少し。 それ以上は距離をあけるつもりはない」

遅れをとっていた三人もやって来た。 振り返った悠蓮が手で制する。

「あの大木を過ぎられたら。 それまでは待ってくれ」

紫揺の行く先に大木がある。 樹齢何百年になるのだろうか。 その大木を通り過ぎた時には走って紫揺を止めに行く、塔弥がそう言っている。
ふらりふらりと歩いていた紫揺が大木の前に来て足を止めた。

「・・・」

どうして自分はこの木の前に立ったのだろうか。
大木を見上げる。 枝が何本も前後左右に伸び、幾つもの生き生きとした葉をその手に乗せている。

≪触(ふ)れよ≫

(え?)

ギザギザとした声が聞こえた。 触れよ、と。 左右をキョロキョロと見るが声を発する者などいない。 これで後ろを見ていればお付きたちの声と思ったかもしれないが、そうでない事に気付いた。
声は身体の内で聞こえた。 耳ではない。 まるで初代紫に話しかけられた時のように。

(まさか・・・この木?)

≪然(さ)≫

またギザギザとした声が聞こえた。

(どういうこと・・・?)

“然” の意味が分からないし、あまりに短いひとこと。 ギザギザの声で言われても、それが “さ” と言ったのかどうかも分からない。

≪触れよ≫

再度、響いた。
ギザギザした声が何を言いたいのか分からない。 いや、それ以前にこのギザギザは何だ?
意味も分からず思い当たることをするしかない。
ツッと手を伸ばし目の前の大木に掌を置いた。 ザリッとした木の皮の感触が手に伝わってくる。 そしてそれと同時に奥底から脈打つものも。

≪知りたかったのであろう≫

ギザギザとした声ではなかった。 重く深く心に浸透してくる声。 いや、声なのだろうか。

(え?)

≪視たまま。 それが真≫

わけが分からない。 紫揺曰くの頭が散乱状態。 正しくは錯乱状態。

≪何が分からぬ。 視たであろう≫

紫揺が見たのは香山猫が進化した彰祥草の香りを嗅いで鼻を歪めた。 物足りなさげに。

≪そちが分からぬことを教えたまで≫

この大木が話しているのか? それを自分が受けているのか? 紫揺が驚きに目を見開いた。

≪なにを驚くことがあろうぞ≫

驚くも何も疑問はいっぱいある。 意味わかんないとか、無理だしー、と言いたいこともいっぱいある。 だが・・・。
ゴクリと唾を飲む。

(教えて下さったんですか?)

≪そちが気に病んでいたであろう≫

会話が成り立った。 やはりこの大木が話しかけてきたのか。 木に話しかけられる・・・。 疑問は増える一方だが疑問など二の次。 あとで考えればいい。 いつ消えるかもしれない会話をどうもっていくか。

≪そのような案じは要らぬ≫

(・・・)

読み取られているようだ。 ここまできては開き直るしかない。

(どうして私が気に病んでいると知っていらっしゃるのですか?)

≪そちのことは何でも知っておる≫

(・・・)

もしかして最近になり、もうちょっと胸の膨らみがあったらいいのにな、と考えだしたこととか、本領に行くとお腹が出てくるな、とか、アンナこともコンナことも? 全部透かして視られてる?

≪そちのことだけではない。 この地にしかと足を置く者、その者たちの声は聞こえておる≫

良かった。 自分一人ではないようだ。

(香山猫のことを御存知なんですか?)

≪しかと足を置く者たちの声は聞いておる≫

この大木から言わすと香山猫はしかと足を置いているのだろう。 だが・・・。

(ここに香山猫がいないのにどうしてご存知なんですか?)

それに視せられた。

≪吾(わ)らは繋がっておる≫

(・・・?)

≪吾らの根は地にあり。 地は繋がっておる≫

意味が分からない。
根は地にあって地は繋がっている?
単純に考えれば隣りに生える木と根が絡まって繋がっているだろう。 これだけ大きな木だ、その根は大きいだろうから大きく考えればこの山に生える木とも。

≪吾らは地で繋がっておる≫

疑問を読まれたのだろうか。

≪地のあるところ、吾らは繋がっておる≫

この大木に触れた時から頭を下げていた紫揺の頭が僅かに上がった。
この地球上、地のあるところ全てに繋がっているということなのだろうか。

≪然≫

紫揺が大きく目を見開く。

≪そちの声はよく聞こえる≫

だから視せてくれたのだろうか。

≪然≫

紫揺が唇を噛んだ。 思いもしない事だった。
自分がアレやコレやと要らないことを考えているのがこの大木に聞こえていたのか? いや、この大木だけではないかもしれない。  “吾ら” と言った。

≪何を想う。 そちは知っておったであろう≫

どういうことだ? 自分が何を知っていたというのか?

≪吾らに問おうとした。 問われれば吾らは応えた。 だがそちは問わなかった≫

紫揺が眉間に皺を寄せる。 何を言っているのだろうか。

≪そちは吾らに問わなかった≫

木に問う? 問わなかった? 全く以って意味が分からない。
だが・・・木に問う。
何だろう引っかかる。
引っかかるのであれば過去に何かを思ったからなのだろう。 過去を思い巡らす。
木に何かを・・・。 問うではない。
木に教えてもらう・・・。そんなことを思った、確かに思ったことがあった。
“もっと生のある木々なら何か教えてくれるのに” と。

まだ何も分かっていない時、北の領主の家にいた時だ。 北の領主であるムロイの家の裏庭に行った時にそう思ったのだった。 どうしてそう思ったのかは未だにわかっていない。 というより、そんなことも忘れていた。
紫揺が記憶の頁を開けたことを知った大木。

≪あれは若木(わかぼく)そちに伝える術を持たん。 そちのことも分からぬ≫

若木だったからなのか。 まるでセメントで固めた電柱のように感じ無機質とまで思っていたが、それでもあの時、木々が何かを教えてくれると思った。
それは・・・そう思ったのは紫の力なのだろうか。

≪然≫

紫揺が息を飲む。

≪そちの声はよく聞こえる。 久しい≫

久しい・・・、それはもしかして歴代紫のことを言っているのだろうか。

≪吾らは・・・吾はこの地に根付いた。 そちの声は、ふたつめ。 懐かしや≫

“ふたつめ” それは “二つ目” ・・・。
思い上がっていると思われるかもしれない。 だが・・・。
初代紫から大事子と呼ばれた。
初代紫は間違いなく大きな力を持っていたであろう。 あの声、あの在り方。 地に足を着けていた。 その初代紫が紫揺のことを大事子という。
二つ目・・・それは、二人目。 自分なのだろうか。

≪然≫

・・・自分が。

≪吾らは何でも知っておる。 いつ何なりとも、そちに知を授けよう≫

ゴクリと唾を飲む。

(辺境に・・・私が気にしている、あの辺境に香山猫はもう来ませんか?)

こんなことを訊いて答えてくれるとは思っていない。 訊いて答えを教えてくれる未来万能マシーンではないのだろうから。 だが訊かずにはいられなかった。 もし答えてくれたとして、それは近道でしかない。

≪視せたであろう≫

やはりこの木が視せたのか。

(ですが、彰祥草の匂いにつられる以外のこともあります)

カジャから聞いた話がある。

≪吾らがそこまで考えぬと思うか≫

全てを見越している。
紫揺が一番先に考えた疑問を解決するように視せた。 そのあとに違うことがあれば、あのシーンを視せなかったということか。

(ごめんなさい)

≪いつでも来るが良い。 吾はいつでもここに居る≫

(・・・有難うございます)

一瞬、いや、木だし、動けるはずないし、いっつもここに居るだろう。 迂闊にもそんな事を考えてしまった。 それも読まれているのだろう。 気を悪くしただろうか。
掌からは何も感じなくなった。 あの脈打つものを感じなくなりザリッとした木の皮の感触が残っているだけ。
手を下ろした。

後ろではすでに息を整えているお付きたちが立っている。 紫揺が大木に手を添えた時に全員が眉を動かしていた。 しかめる者、上げる者。 それぞれの眉の動きに合わせ目を眇めたり丸くしていた。
紫揺がその場に座り込む。
塔弥を除くお付きたちが目を合わせる。 紫揺が気分を悪くしているかもしれない、斜面を上って足を挫いたのかもしれない。 実際、醍十はびっこを引いている。

「行ってくる」

紫揺の後姿を見たまま塔弥の声が静かに響いた。



ドンドン、トンテンカンテン、ギーコギーコと朝早くから槌(つち)を打つ音や鋸(のこぎり)の音が鳴り響いている。
「よーっし、そっちを上げろー」「それ持ってこーい」「合わせるぞー」いたる所で色んな声が飛んでいる。
朽ち果てた学び舎を撤去したあと、工部の指示のもと新たな学び舎を建てている。
マツリが六都官別所に行き、捕らえられ灸を据えられた咎人全員を引きだし人足として使った。

咎人たちは灸を据えられた。
据えられその後自由になるのではないかと考える者はいなかった。 マツリが来る前はこんなことは無かったのだから、灸など無かったのだから。
引き出され灸の延長上と考えていた。 その灸の延長上に賃金が払われると聞いて、何が何だか分からないが貰えるものは貰いたい。
まずは十日間、だがあくまでもその間の賃金は相場より安く、そのあとの働きには貼り紙に書いたように、相場よりほんの少し高い賃金を支払う。 後にも働きたければ働いても良しとマツリが宣言し、六都官別所から灸を据え終わった者達を出した。 金に釣られて全員がそのまま残った。

もともと武官に捕らえられるような輩である。 病弱でもなければ軟弱でもない。 どちらかと言えば有り余る体力を持っているのだから暴れたのである。 金を持っていないのだから食い逃げをしたのである。

有り余る者には槌を打たせ発散させればいい。 金を手にすれば食い逃げをすることもない。
一日の終わりにその日働いた分の金を手にして、労働は好むところではないが、これまた遠目に様子を見ていた者が金に釣られて人足募集にのってきた。

「相場より少し高めにしておいて正解で御座いました」

などと文官が言っていたが、まさにそうなのだろう。
建て替えているのはこの一か所だけではない。 あちこちで建て替えを進めている。

「材料は間に合っていそうか」

学び舎を建てている様子を見ながら隣に立つ文官に問う。

「はい、今日も届きます」

文官も働く様子を見ていたが、マツリに訊かれマツリの方に身体を向け応えた。
今ごろ四方はどんどんもたらされる書類に頭を痛めていることだろう。 材料代や人足費然り、宮都での武官不足、その他もろもろ。
だがこの事は最初に言っておいた。 四方も “仕事を増やす気か” などと言いながらも覚悟は出来ていたはず。
それに六都が落ち着き最初に手を入れたことで、これからは税がかすめ取られることなく、宮都に納められるようになれば万々歳であろう。

「次に考えねばならんのは、学び舎を建てるに働いている者たちを今後どうするかか」

せっかく働き始めたのに学び舎が建ってしまった後はまた仕事をしないだろう。 どうしたものか。
それに今は武官に見張られているからちゃんと働いているというところが大きいだろう。 その武官は宮都からの応援の武官である。 いつかは引き上げる。 その後に六都の武官がずっと付いているわけにはいかない。

「六都の誰もかれもが働いていないわけでは御座いませんし、働き口が大口を開けて待っているわけでは御座いませんし」

「ここは何か採れんのか」

前を向き働く者を見ていたマツリが顔だけ文官に向けた。

「何かと仰いますと?」

「鉱山はないのか?」

宮都では光石や金銀銅が採れる。

文官が「うーん」と唸って考えるが「聞いたことが御座いません」と首を振るだけだった。 たしかにマツリ自身も見たことがない。 顔を戻して言う。

「六都の空いている地で田畑でも耕させるか」

少々、投げやりである。 何もなければそれが最後の手段だろうが、出来れば種をまいたり、雑草を抜いたりなどではなく、一日中力任せに余った体力を消耗させるものの方がいい。
文官はマツリが何を言いたいのかが分かった。 頭をひと絞りすると口を開ける。

「鉱山は御座いませんが、六都の端に木のある山が御座います」

「木のある山?」

「はい、三十都(みそと)との境に山が御座います」

マツリが記憶を遡らせる。

「ああ、あったか。 木々が鬱蒼としていたが、あそこは三十都の山ではないのか?」

「いいえ、あの山の向こうからが三十都になります。 あれらの木は杉と聞いております」

杉と言えば薪から建築材から樹皮や葉も使える。
間伐もされていないのだったら、良い建築材が取れなくとも他に使いようは多々ある。

「徒歩(かち)でどれ程かかる」

その辺りはキョウゲンに乗って移動しているマツリには徒歩の感覚がない。 ここからその山に徒歩で行くとどれ程の時を要するのか。

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