大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第167回

2023年05月19日 21時03分16秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第160回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第167回



杠が男の後を追って行くと何もなかったように家に戻って行った。
さて、どうする。 このまま見張っているか男が寄った家のどれかを見張るか。
逡巡は一瞬で終った。
男が寄った家の様子は享沙と柳技に任せよう。 十二軒もの家に寄っていたのだ、その内の一軒が増えたとて変わるものではないだろう。
男はもう家を出ないだろう。 だが来る者はあるかもしれない。


キレイなお姉さんと別れてまたもや三人で歩きだした。

「お姉さん、紫揺のことが気に入ったみたいだったね」

「私もお姉さんのおムネ気に入った」

「は?」 二人が声を合わせる。

「あ、なんでもない」

そっとおムネをタッチした紫揺を見て二人が首を傾げる。

「あれ?」

「ん? なに?」

「弦月。 ほらあそこ」

ずっと先に弦月と言われた柳技が見える。 前を歩く男から姿を隠しているようだ。
弦月の名は夕べ絨礼から聞いている。 そして弦月は柳技でもあるとも。

「あの隠れてそうで隠れられてない緑の衣の?」

「うん。 あーあ、男からは隠れてるけど角度を変えてみたら丸見え。 仲間がいて見られたらすぐにバレるな」

「うん、いい勉学になったね。 追い方も考えなくっちゃだね」

「どうする?」

「行ってみる? 弦月だったら、これからどこに行っていいのか知ってるかも」

「うん、行ってきて。 それで二人で弦月止めて。 あれじゃ、見つかるのも遠い話じゃないわ」

夜ならまだしも、すでに辺りを歩いている子供たちが不審な目を送っている。

「え? 紫揺はどうするの?」

紫揺であり紫であると聞かされた。 己たちと同じであれば、紫が表の呼び名であり紫揺が裏の呼び名であると考えた。 でも己達と同じでないことは何気に分かる。
だから兄の杠が嬉しそうに “紫揺” と呼んだのだから、己たちも紫揺と呼ぶことにした。 そしてその時に漢字を教えてもらった。 難しい漢字であった、というのが感想である。 そして覚えられていない。

「あの男の後を追う」

「え?」

「早く行って。 杠の立てた計画がおじゃんになっちゃうでしょ」

そう言い残すと紫揺が地を蹴る。

「し! 紫揺!!」

芯直と絨礼が顔を見合わせると互いに頷くこともなく柳技の元に走った。

柳技が隠れていた所からピョコっと顔を出すと一瞬ナニカが目の前を走った。

「え?」

そのナニカを探すと、塀を蹴り上げたかと思うと手を伸ばして高い塀に手をかけ、そのまま登って塀の上を走って行き、手を伸ばして木の枝に跳んだ。 あまりの早さに柳技と芯直、絨礼以外誰も気づいていない。

「ああー!?」

木の枝をつかむと身体を揺らせて枝に足を置いて立ち上がる。

「はぁー!?」

柳技の顎が今にも落ちそうになっている。

「見た?」

「うん」

「すごいね」

「ってか、紫揺走るの早すぎ」

えっほえっほと走ってきた芯直と絨礼が柳技の横に立った。

「弦月・・・口閉じろよ」

「顎が外れちゃうよ?」

「あ―――?」



長い年月、生まれた時から人目から隠すようにずっと部屋に入れられていた。 不自由はない。 腹を空かすこともない。 疑問もない。 楽しみもない。 笑うこともない。
有るのは・・・力だけ。

「高妃(こうき)様、昼餉に御座います」

伏せていた瞼が上がり、虚ろな瞳が僅かに上を向いた。



「わわ、紫揺・・・」

隣の枝にピョンと跳んだだけで絨礼が肝を冷やす。

「あ、あれ・・・あれ、なに?」

やっと口を閉じた柳技が紫揺を指さしたが、柳技の様子がチョイおかしい。

「うわ、弦月! しっかりしろ!」

絨礼は肝を冷やした程度であるが、紫揺の奇行を初めて見た柳技には刺激が強かったようだ。


「ふーん・・・周りに気を張ってないか」

振り返ることもなければ左右を見ることもない。

「どこに行くんだろ・・・ってか、このおじさん、どっから生えてきたんだろ」

体格的に紫揺が耳にした声の持ち主とは思えない。 きっとこのおじさんは男にしては高音だろう。
音楽専攻のクラスメイトが、体格からの声というものを教えてくれていた。
『まっ、例外もあるし、全てにはあてはまらないけどね』 とも言っていたが。

男の様子を木の上から見ていると一軒一軒に何かを言っている。 それは長い話ではなかった。

「何を言ってるのかな・・・想像はつくけど詳しいことを聞きたいなぁ」

柳技が追っていたのだ、決起に関することだろう。 男の姿を追うだけで木の枝にいたが男に近づいてみることにした。 枝を蹴って地に下りると、木の上から見ていた方向に走り出す。

「わわわ、紫揺が行っちゃう、追わなくっちゃ!」

「くそ! 弦月、しっかりしろよ!」

パンパンと柳技の頬をはたく。

「あ? え?」

「行くぞ!」

芯直が言った時には絨礼は既に走っていた。

「っと」

小路を走り、角を曲がった紫揺の目の先に男が居た。 男が家の中に入って行く。
男が話しているのは長い時ではない。 これから床下に潜り込んでもその間に話は終わっているだろう。

「どうしろってよ・・・。 おじさん・・・腹立つんだけど?」

長々と話せばいいのに。
男が家から出てきた。
絨礼から聞いた話からすると、きっと決起は三日後とでも言っているのだろう。 そうならばこの家の者を見張ればいいのだろうが、ここまでにも数軒の家を訪ねていた。

「覚えられないし・・・」

それに方向も怪しくなってきた。 決起まで探りを入れられるのは今日を入れてあと二日しかない。

「おじさん・・・家に帰ってよ。 でないと私が帰れなくなる」

紫揺が願うが男は次の場所に足を運ぶ。

「まだ進むっての? もう・・・やめてよ」

後ろを振り返るが、あの二人の姿は無い。
男が小路から道を外した。

「ん?」

小路なら塀や家々の木に跳び移れたが、男が広い道を歩きだした。

「うわ・・・」

仕方なくベタベタの柳技並に後を追う。 時折、武官から「あれ?」 という目を向けられたが、完全無視無視。 額の煌輪をしていないのだから。

「気のせいかな?」

「何が」

「さっきの坊が紫さまに見えたけど」

「お前・・・イッてるか?」

「イッてない。 って、お前、紫さまを見てないよな?」

「見てないけど、坊と紫さまを一緒にすんなよ。 それに額に何かあったか?」

ガマガエルの額にあったグリングリンと描かれたものが。

「・・・無かった」

「んじゃ、紫さまじゃないだろう。 応援がなくなったんだ、とっとと歩くぞ」

「・・・ああ」

男の後を追っていると広い道から外れ見たこともない所に来た。

(杠・・・ここ知らないけど? 案内不足じゃない? ここ何処よ)

一軒家を回っていた男だったが、ここにきて長屋にやって来ていた。

(文化住宅の・・・平屋?)

男はそこを目指して歩いているようだ。
どうせまたすぐに出てくるのだろうが、この建て方からすると一軒家のように敷地内に潜り込む必要がない。 ということはこの辺りの子供の顔をして堂々と歩くことが出来る。 それに間取りも二間くらいだろう。 入った場所さえ分かれば、窓の下にでも腰を下ろし耳をくっ付ければ話を聞くことが出来るはず。

長屋の棟は一筋が五軒ほどで、それが紫揺の方に玄関を向いて目の前に三筋ある。 奥にも同じように長屋が続いている。

男が正面に見える長屋を通り越して、一筋目と二筋目の間を歩いて行く。 奥の長屋に行くようだ。
見つかっても顔さえ覚えられなければいい。 紫揺が走った。 男が歩いて行った筋の反対側の一筋目の横の道を走ると、丁度男がまだ奥に入って行くところが見えた。

(何棟立ってるのかな・・・)

チラリと正面に玄関の見えた長屋の裏を見ると、それぞれに窓が一つしかない。 皆同じ建て方である。

(話を聞けるとしたら裏手のあの窓か・・・うーん、それともやっぱり床下かなぁ)

完全に蜘蛛の巣にまみれそうだし、ネズミとも遭遇しそうだ。 いや、ジクジクしてそうだから、ミミズもいるかもしれない。 想像しただけで心が折れそうになる。
次の筋で男が曲がると一つの戸の前に立った。 端の部屋なら壁に耳をくっ付けようかと思っていたのに希望がついえた。

(こっちから三つ目)

裏に回って三つ目の窓の下に腰をかがめようとした時、向かいの部屋の住人が出てきた。 見慣れない紫揺を不審に思っているのか、ジロリと見て歩き去って行く。

(ぐぅー、やっぱ床下かぁ・・・)

いつだれが出てくるかわからない、辺りをキョロキョロするとサッと床下に潜り込む。 紫揺がキョロキョロした時、すっと身を隠す者が居たことに気付いてはいなかった。
衣を汚さないようヤモリのようにサワサワとつま先と掌だけで声のする方に移動する。 掌がジメッとした土を捕えて気持ちが悪いし、かび臭い。

「・・・三日後に決まった」

もう会話が始まっていた。 だがこの辺りは聞かなくても分かっている。 ギリセーフだったようだ。 そして男の声は紫揺の想像通りの少し高めの声であった。

「三都が受け入れるんだな」

「ああ。 六都だけで総勢百二十七名。 他の都より少ない分、移動がしやすいだろう」

「三都のどこに向かう?」

「戸木(へき)という所だ。 六都と三都を繋ぐ川があるだろう、あの川を上っていくと戸木という所に出るらしい。 三都の者がそこで待っている。 朝から順次六都を出て行く。 一気に出ると目立つからな、この長屋は夕刻から。 他の者にもそう言っておいてくれ」

(へぇ、長屋って言うんだ。 ふーん、まだここに仲間がいるのか)

男が頷いたのだろう、その後には何も聞こえなく、戸の閉まる音がしただけだった。
ヤモリが方向転換をするとサワサワサワと移動する。 あのまま前に進んでも良かったが、かび臭さが前の方からしてきているような気がしたからだ。 きっと台所か何かの水回りがあるのだろう。
ヤモリが床下から辺りを見る。 誰の足も見えない。 そっと顔を出すと辺りを確認して身を出しパンパンパンと手をはたいていると、さっきの住人が戻ってきた。

(わっ、危なかった)

住人が口を開きかけたが、引き留められる前にとっとと退散。 踵を返して走り去る。
身を隠していた男がその後をそっと追った。

「おじさん、おじさん・・・」

男を見つけなくては現在完全に迷子状態である。 その男を見つけたものの、男が女の人と立ち話をしている。 互いに笑ったりしている様子から、ヒミツのお話しではないようだ。 だがこのままここに立っていても不自然である、と思ったときに気づいた。

「ん? 子供が居ない?」

辺りを見まわすが子供が何処にもいない。

「なんで?」

するとずっと先にこちらに向かってくる武官の姿が見える。

「補導されちゃったりするのかな・・・」

辺りをキョロキョロとすると大人もそんなにいない。 働いている時間なのだろう・・・かな? 夕べの絨礼の話ではここの人はあまり働かないと言っていたが。
とにかく身を隠した方がいいだろう。
目の前の大きな木を目がけて走る。 方向的に前から歩いてくる武官から見えないように、木の陰に隠れるように。 そして少し斜めになっている木の幹をトントントンと蹴り上げると枝に手を伸ばす。

「ギリ、セーフ」

その後はいつもの如く蹴上がりで上がると枝の上に立ち、姿が見られないように上の枝に移動していく。 男の姿を見失わないように目は男を追っている。

(おじさん、ご機嫌さんじゃない・・・。 緊迫感無さすぎ)

三日後に大変なことをしようとしているのに。

身を隠していた男が驚きに目を大きく開けていた。 暫く紫揺が上った木を見ていたが動く様子が無い。 戻らなくてはいけない。 今目の前にいるあの坊のことは関係ない。 仕方なく歩を出した。

話を終えた男。 その姿を木の上からじっと見る。 木の近くに武官が居る。 まだ下りられない。

「とにかくおじさんの後を追えば、あの子たちに会えるはず」

会えなかったら仕方がない、官所の場所を聞くだけだ。 坊の姿をしている時は出来るだけ声を出したくないが致し方ない。

「紫揺」

男の後を追っていると真後ろで杠の声がした。

「わっ、びっくりした」

紫揺を見つけられなかった芯直と絨礼、そして柳技が最初の男の家に戻ってきた。 そこにいた杠が紫揺の話を聞き、三人に見張を頼んで探しに来たというわけだった。
昨日、ある程度歩き回ったと言っても、六都に来て間がない紫揺をたった一人にさせてしまい、あちこち走り回っているところだった。

「混味は美味しかったか?」

だが口から出たのはこれだった。

「え? あ、うん。 綺麗なお姉さんにおごってもらった」

どうして知っているのだろうかと思いながらも、綺麗なお姉さんを頭に浮かべた途端、あのおムネを思い出した。 無意識にペチペチと自分の断崖絶壁にタッチしている。
紫揺が何を考えているのか分かった。
綺麗なお姉さん・・・。 それは綺麗で胸の大きなお姉さんということだろう。 心当たりはある。 紫揺よりあの女の肢体を知っている。 そして歳も。 お姉さんではなく紫揺より年下だとはとても言えない。

「あそこの混味は六都一美味しい」

紫揺の頭を撫でてやりながら心の中で言う。 胸のことを気にすることはない、と。
マツリが聞けば説得力がないと言うだろうが。

「うん、カレーみたいにして食べるのね」

「かれー?」

懐かしくなって、ついうっかり日本の料理を口にしてしまった。

「あ・・・その、東の領土の料理」

「へぇー、東の領土には似た食べ方があるのだな」

ありません、嘘です。 東の領土ではそんな食べ方はしません。 杠がどこかでこの話をしないことを願うしかなかった。

「長屋ってとこ分かる?」

「あちこちにあるが?」

見聞きしてきたのだろう。

「そうなんだ」

そう言うと聞いてきたことを話し出した。
六都だけで総勢百二十七名。 他の都より少ない分、移動がしやすい。 戸木という所に向かう。 六都と三都を繋ぐ川があり、その川を上っていくと戸木に出る。 三都の者がそこで待っている。 朝から順次六都を出て行く。 話を聞いた長屋は夕刻から。

「で、他の者にもそう言っておいてくれって言ってた。 あの長屋ってとこに仲間がまだ居るんじゃないのかな? 弦月とタッチ・・・代わってから私が聞いた以外に回ってた家は六軒。 以上」

杠がもう一度紫揺の頭を撫でる。

「貴重な情報だ。 だが紫揺がそこまで危険なことをする必要はない、マツリ様に逢いに来たんだろう?」

「あ・・・うん。 葉月ちゃんが会わなさすぎって」

おムネの話はいいだろう。 実際、葉月はそう言ったのだから。 それに葉月が言っていたのは、マツリに逢うっていうのが一番で、おムネが大きくなるのは二次的産物。 まぁ、紫揺にしてみればその二次的産物が目的なのだが。

「マツリ様はいつ戻ってこられるか分からないから、本当なら紫揺を宮に戻せばいいのだろうが、とてもお忙しくされておられると思う」

杠はこの六都だけを考えればいいが、宮に戻ったマツリはそうではない。 逢いに行っても会えないだろう。

「それに万が一、今回のことが止められなかったら宮にいる方が危険だからな」

「止められないの?」

見上げてきた紫揺の目を見て微笑む。

「マツリ様ならお止めになる」

「・・・そっか」

子供たちが団体で前から歩いてきた。
そう言えば子供たちの姿を見なかったのだ。 団体でどこかに行っていたのか。

「学び舎から戻ってきたようだ」

「学び舎?」

そのフレーズは知っている。 寺子屋みたいなものだろうか、それとも学校ほどの規模があるのだろうか。

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