大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第166回

2023年05月15日 21時04分11秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第160回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第166回



マツリの部屋に紫揺を寝かせると己の部屋に戻り策を講じる。

「あと四日・・・」

紫揺が床下に潜り込んだ家の主を何らかの手で捕らえて吐かすより・・・泳がす方を取るか・・・。
だが武官所に行った時、応援の武官たちが早朝六都を出ると言っていた。 簡単に武官の手を借りることはまず出来ない。
・・・六都だけでも何とかしたい。
いつ馬鹿者どもからの夜襲があるか分からない。 隣りの部屋で眠る紫揺が心配だが、さっと地図を書くと腰を上げた。

享沙が朝起きると戸の隙間から文が入れられていたのに気付いた。
開いてみると地図が書かれてあり、その下に『俤』と書かれてあった。
六都以外で動きたいと申し出ていた。 それを承諾してくれていたのに何かあったのだろうか。
尻に拳をコンコンとあてる。 響く痛みはかなり薄まっている。 柳技があれやこれやと世話をしてくれたからだろう。 その柳技はもう少しすれば来るはずだ。
杠からの文を盆の下に置く。 あとはどうすればいいか分かっているだろう。 享沙が長屋を出た。

杠からの地図に書かれていた家、そこは紫揺が床下に潜り込んでいた家である。 享沙はそのことを知らないまま地図で示された家には来たが杠の姿が見えない。 キョロキョロしていると、ふっと後ろに気配を感じた。 振り返る。

「かなり気配が分かるようになってきましたね」

杠だった。

「弟のこともあるでしょうが火急です。 六都で動いてもらいます」

杠から説明を受ける。

「決起の集団・・・」

「はい。 六都は我らの手で根こそぎ引っ張り出します」

マツリは六都に戻ってこられないだろう。 マツリが居なければ百足の力も貸してもらえない。 武官にも簡単に頼ることは出来ない。

「この時までこの家の主は動きませんでした、後を頼みます。 弦月たちをここに呼びに行ってきます」

「いや、それは必要ありません」

どういうことだと、杠が享沙を見る。

「すぐに弦月が来ます」

そういうことか。 享沙の面倒を柳技に頼んでいたが、こんなに早朝からとは思ってもいなかった。
享沙は杠の書いた地図を置いてきたのだろう。

「沙柊」

享沙である沙柊の名を呼ぶ。

「守りたい者がこの六都に入りました」

守らなければならない方ではない、守りたい者。

「己はその者につきます」

「紫さま・・・ですか?」

ビックリした。 どうして・・・。

「ずっと長屋の中に入っていても、六都の中での噂は弦月が持ってきてくれています」

そうか、そういうことか。 笑むしかない。

「マツリ様の御内儀様になろうとされている紫さまが、俤の妹かもと聞きましたが?」

芯直と絨礼からの情報も流れているらしい。

「はい、血縁はありませんが」

「え?」

「血縁が無くとも己の妹。 六都のことが治まればマツリ様の御内儀になる。 己は妹を守る。 この後を任せられますか?」

弟から身を隠しながら。
沙柊が口角を上げた。

杠が急いで戻ると馬鹿どもからの襲撃もなければぐっすりと紫揺が寝ていた。
相当に疲れたのだろう、ずっと手を動かしていたのだから。 その中で杠の考えていたことを理解し、朱墨ではあったが四方に文を書いた。
単に手を動かしていただけではない、頭で考えていた。 耳に入ってきたことに頭を傾けていた。

「疲れたな」

沈むように眠っている紫揺の乱れていた前髪を指で上げる。 額の煌輪は杠の手で座卓の上に置かれていた。

「マツリ様は戻ってこられるからな」

紫揺の元に。


陽が真上に上がった頃、ようやく紫揺の目が開いた。

「あれ?」

布団の上で寝ている。 最後の記憶は机に突っ伏していたはず。 だがこの天井には見覚えがある。
ゆっくりと起き上がると座卓の上に文が置かれているのに気付いた。 その横にも。

『隣の部屋にいる 杠』

「あ、杠が運んでくれたんだ」

文の横に置かれていた額の煌輪をチラっと見て、そのまま部屋を出た。


紫揺を連れて六都の案内をしている。
杠が何をしようとしているのかは、部屋に運ばせた昼餉を食べながら聞いた。

「ここらでは何も見どころが無いがな」

「ふふ、杠が何を考えているかくらい分かるから。 いつでも言って」

思わず杠の手が紫揺の頭上に伸びる。 その手が優しく動く。

「マツリ様に怒られるだろうかな」

紫揺を巻き込んでは。

「そんなことしたら怒鳴り返してやる」

最後にポンポンと二度軽く叩いて手を引いた。

「それにしても、小路が覚えにくいかなぁ・・・」

大きな道の左右には何筋もの小路がある。 その複雑に何本もある小路を抜けるとまた大きな道、そしてまた小路。 どこの小路の何筋目にどの木があった、どんな塀があった、ナドナド、覚えられない。

「大体でいい、次は官吏たちの家の方」

マツリと景色を見に行くどころか、夕餉の刻まで杠と六都の中を歩いた。


紫揺が湯浴みをしている間に男の家に向かった。

「動きは」

「ありません」

紫揺の言っていたように男は家から出てこないのかもしれない。
明日にはあと二日となる。

「警戒しているか」

目の前に動き出す日が迫って来ているのだ、下手に尻尾を出すつもりは無いのだろう。 こちらに掴まれているとも知らないはずなのに。

「弦月たちは?」

「先ほど帰しました」

夜に動くとなればそうそう派手に動き回らないだろう、という判断なのだろう。 武官は減ったと言えど、最近は夜にもなれば自警の群が巡回をしてもいるのだから。

「あとで交代に来ます」

「え・・・紫さまは」

マツリが夜襲に遭ったのだ。 その御内儀様になろうという紫揺にも危険が及んでもおかしくない。

「朧と淡月に頼みます」

それは無理だろう、と享沙が顔を歪めるのを見て思わず笑んでしまった。
宿を出る前、武官に警護を頼んでおくと言った。
『やめて。 武官さん減っちゃったんでしょ? 減らなくてもだけど私がここに来たことで迷惑かけるの嫌だから。 それにマツリが居ればそんなこと頼まなくても良かったんでしょ? 居ないマツリが悪いんだから。 何かあったら杠のせいじゃなくてマツリのせい。 まっ、何かなんて無いけど』 そう言われてしまった。

「武官を付けるって言いましたら断られまして。 ま、おかしな動きさえ察知すれば、一人で逃げられます。 淡月と朧には交代で寝てもらいます」

「逃げられるって、そんな簡単に。 いいです。 ずっと長屋でゴロゴロしてたんです、 二晩や三晩くらい寝なくてもなんともありません。 それに俤だって寝てないでしょう」

「ちょくちょく寝ています。 それに今言ったことを我が妹に言うと張り飛ばされるかもしれませんよ?」

「・・・え?」


一日六都をまわっている時に、杠が紫揺の着替えを買い求めようとした。 民の物ではあるが女物の衣を。

『そんな動きにくいものはイヤ。 いざって時に動けないじゃない、跳び降りるにしてもいちいち裾を押さえなきゃなんないし』

『いやだが、今この六都では紫揺はマツリ様の御内儀様になられる方と噂になっている。 いつまでも坊の衣のままではマツリ様の―――』

『マツリはマツリ。 それにマツリ居ないんだもん、紫じゃなくて紫揺』

どんな所論だ。

湯浴みから上がると杠が買い求めた坊の衣に手を通し、剛度から借りていた衣を洗濯した。 ギュッと絞り窓の外に干していると、杠の泊まっている部屋の窓から絨礼が顔を出してきた。

「あ・・・」


基本文官は馬には乗れないが例外がある。 工部の文官は馬に乗ることが出来る。 工部という仕事柄必要であるため、下っ端時代に乗馬練習をさせられるのであった。

六都から七都八都と馬を駆り、暗いなか二都に入った。
二都をまとめている男の家の戸を叩く。 ガラリと戸が開いた。


「ん? そこって杠の泊まってる部屋よね? ・・・ふーん、そういうことか」

考えていることが分かった。

「えっと・・・紫さま、だよね?」

額の煌輪をしていないが顔は覚えている。 けれど・・・。

「うん」

「杠の妹の?」

「うん」

「しゆら?」

杠は紫ではなく、紫揺と呼んでいた。

「うん」

「どっち!?」

「どっちも。 ね、君はどっち? 芯直君? 絨礼君?」

「くんってなに?」

「敬称ってとこかな。 ね、どっち?」

「絨礼だけど淡月」

「淡月君か」

「その “くん” っての言わないでくれる? 気持ち悪い」

眉を上げてしまった。 そういうものなのか? そう言えばハクロも “ちゃん” を付けた時に怒っていた。

「んじゃ、淡月、もう一人は?」

「寝てる」

「こっちに来ない? 遅くまで寝てたから寝られないんだ」

「来ないって・・・女人だろ?」

「ませたことを。 来ないんならこっちから行くよ?」

絨礼が振り返る。 交代まで芯直を寝させたい、話し声で起こしたくなんてない。

「行くから待ってて」


早朝、二都を抜けて一都に入ろうとしていた柴咲が思わず手綱を引いた。

「ど・・・どういうことだ」

己の似面絵が描かれてあり、その上下に『科人の疑い』『武官に知らせよ』 と朱墨で書かれている。
馬首を回して来た道を引き返した。


朝になり享沙と柳技がやって来た。 杠と交代である。

「動きは全くありませんでした」

「あと二日、ですね」

「はい、早ければ今日くらいから動くでしょう。 朧と淡月は・・・昼餉を食べさせてから送ります。 交代で寝たとは言ってもまだまだ寝足りな―――」

最後まで言えなかった。 目で方向を示すと瞬時にしてその場から居なくなったからだ。
ガラリと戸が開き男が出てきた。
享沙が身を隠す。 遅れをとった柳技は知らない振りをしてぽてぽてと歩き出す。

(なにー!? あの二人。 ってか、杠ってどうなってんのー!?)

歩くしかない柳技が心の中で叫んでいる。

庭から出て来た男が左右を見ると塀沿いを歩く、まだ大人の背丈になっていないヒョロっこい柳技が背を向け一人歩いていただけなのを確認し、柳技に背を向けて歩き出した。

聞き耳を立て足音が遠ざかっていくのを確認すると柳技が振り返る。 すぐに男の家に走って行き、ドンドンと玄関の戸を叩いて暫く待ったが応(いら)えがない。 あの男がこの家の主に違いない。
紫揺からの話では、女の声は一切聞こえなかったということを又聞きに聞かされていて、家族で住んではいない事は分かっていた。
すぐに男が向かった方向に足を向けると角から享沙の声がかかってきた。

「どうだった?」

「間違いない、あの家の主。 誰も残って無かった」

享沙が顔を上げると木の上にいた杠に手を上げて合図を送る。 あの男に間違いないという合図を。

「げっ、いつの間にあんな所に・・・」

「追おう」


柴咲が二都のまとめ役の所に戻って似面絵の貼り紙のことを言った。 驚いたまとめ役がすぐに二都の中を歩いてみた。

「あちこちに貼ってあった」

「いったいどういうことだ・・・これじゃあ、動けない」

六七八都には言ってきた。 この二都で七都を受け入れ、あとは一都が八都を三都が六都を受け入れることを言わなければならない。 そしてまだ言っていない五都は動かないからいいようなものの・・・。
八都と六都の者たちが動いてしまっては、受け入れ側の用意が出来ていない。 一都と三都で他の都の者が何人もウロウロしていれば、武官に問いただされるかもしれない。
この事を知らせる先の家は柴咲と呉甚しか知らない。

「宮都に走って呉甚にこのことを伝えてくれ」

宮都からなら一都と三都は遠くない。 五都と四都も間に合うかもしれない。

「う・・・馬になんか乗れない」

「何でもいい!! 馬車でもなんでもつかまえろ!!」

転がるように家を出た男。 大店の厩に飛び込み、馭者を金で釣ると馬車に飛び込んだ。

「み、宮都まで。 急いでくれ!」


杠たちが男の後を追っていると、次々と何軒かの家に入って行った。 その内の二軒に享沙と柳技を残らせた。
男が入って行った家を記憶に刻む。
合計十二軒の家に入った男がその後、黒山羊に入って行った。
昼餉でも食べるのだろうが、誰かと接触があるかもしれない。 杠が入ってしまうと顔を覚えられる恐れがある。 それにこんな刻限なのに官吏の衣を着ていない。 昼餉を食べに来た他の官吏に見つかってしまえば不信の目を向けられるだけ。
杠の腕に細い腕が絡みついてきた。 驚くことは無い、足音で分かっていた。

「困ってるみたいね」

横に立った女の腕からそっと自分の腕を抜くと女の腰にまわす。

「いま入って行った男」

耳元に口を寄せると囁くように言う。

「戻って来てたのに何の音沙汰もなく、それ?」

杠の頬に人差し指を這わせると、視線だけ杠に合わせ黒山羊に足を向ける。
女が店に入ったのを見送ると踵を返しすぐ宿に向かった。

部屋の戸を開けると芯直と絨礼の姿が無かった。 すぐに官吏の衣に着替えマツリの部屋を訪ねる。 声をかけたが応答がなく開けてみると紫揺もいない。 一瞬、顔を歪めたがすぐに黒山羊に向かった。

絨礼と芯直と紫揺の三人で男の家に向かったが享沙の姿も柳技の姿もない。

「あれぇ?」

「どこ行ったんだろ?」

夕べ、紫揺は絨礼から色んな話を聞いた。 その中でこれから杠がどうしようとしているのかも聞き、それは杠から聞かされたものと同じであった。 ちゃんと理解しているようであった。

「この家のおじさんが動いたんだろうね」

声だけしか聞いていないが、きっとおじさんだろう。

「どうする?」

二人が紫揺を見る。
うーん、と言いながら考えてみるが、まだ土地勘も薄くどうにも動きようがない。

「取り敢えず、あちこち歩こうか」

「うーん、お腹空かない?」

「紫揺、金持ってる?」

「コロッケでも買うの?」

女子高生の定番である。
二人が目をパチクリとさせた。

黒山羊の店前まで戻って来た杠が思わず額に手を当てた。 止める間もなかった。

「らっしゃい!」

「あ! お姉さん!」

「あーら、かわいい坊が一人増えてる」

額の煌輪は部屋に置いてきた、目印になってしまうだろう。 紫とバレたくない。
二人がチラリと紫揺を見たが、当人は声を出さず顔で笑っているだけ。 坊でいいらしい。

「紫揺、いいか? こういう人をお姉さんって言うんだ」

小声で芯直が言う。
どういう意味だ。
思いっきり芯直の足を踏んでやった。

「混味を食べに来たの?」

「うん」

絨礼が応える。

「ふふ、一人増えたお祝いに驕っちゃうわ。 混味三つちょうだい」

杠と会えて機嫌もいい。

「あいよー」

「ここの混味はうまいんだよ」

紫揺がコクリと頷く。
女が首を傾げる。

紫揺が最初に言っていた。 坊としてふるまう時には声を出さないと。

「あ・・・もしかして口、が?」

「うん、そうなんだ」

何故か涙目になっている芯直がこたえる。

「まぁ・・・」

女の隣に座った紫揺をムギューっと抱きしめる。
豊満なおムネに顔が沈む。

(うう・・・これくらい欲しい)

紫揺を抱いたおムネは紫揺以上に杠が知っていたが、そんなことを紫揺が知るはずもない。

「大丈夫よ、この坊たちはいい子だから」

芯直は褒められ嬉しいが紫揺が羨ましい。 あんな風に母親に抱きしめて欲しい、と。
男が立ち上がると店を出て行った。 女が一瞬目を細めたが追うことは無かった。 今晩、杠は来るだろう。

「へい、お待ち!」

混味が三つ置かれた。

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