大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第168回

2023年05月22日 21時12分36秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第160回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第168回



「ああ、マツリ様が第一に考えられたことだ。 この六都の学び舎は百の年以上も前に廃れてしまっていて、新しい場所も含めて十二棟の建て替えをされた。 子たちに道義を教え、根本からこの六都を作り替えようとされている。 幼い子たちには優しい師を、もう口達者でどうにもいかない歳の者には、ガツンと拳を落とす師を六都の外から来てもらった」

「六都の外から?」

「ああ、ここはまともな者が少ないからな、人の物を盗んだりするのは平気だ。 道義なんて教えられる者はまずいない」

「へぇー」

道義とは道徳のことだろうか。

「ずっと学び舎が無かったってことは勉学はどうしてたの?」

「必要なことは日々の生活で覚えていったんだろうな。 店で働けば金の算術も覚える、帳面をつけようと思ったらある程度の字も覚える。 まあ、良くて軽い算術と仮名の読み書きが出来るだけだろうが」

まるでリツソのようだ、などと考えた紫揺は宮から何か言われるのだろうか。

「そうなんだ。 じゃ、今は教えてるの?」

「教えているのは道義だけだ」

やはり道義とは道徳のようだ。 勉強は教えていないのか。

「建て替えの労働も六都の男達にやらせられたんだが、これがいいように転がってな、今では生き生きと働いている。 ゴロツキが少しは少なくはなった。 まだまだだがな」

「マツリ、そういうことしてたんだ」

「ゴロツキや悪党掃除に忙しくされていた。 今回のことで宮都から応援に来ていた武官も引き上げて行ったからな、またゴロツキが増えるのではないかと、気が気ではおられないだろう」

「あーあ、地下の時もそうだったけど、今回も私が要らない事ばっかり拾ってきた。 疫病神かなぁ」

「やくびょうがみ?」

「あ・・・えっと、悪いことを運んでくるってこと、かな」

「ああ、禍つ星か。 東の領土ではそんな風に言うのか」

再度、誰にも言ってくれるなと心の中で手を合わせる。 禍つ星、脳ミソに刻もう。
そう言えば東の領土では何というのだろうか。 そんな話は出たことは無かった。

「そうであるはずないだろう。 地下の時も紫揺がいなければ誰も助けることが出来なかった、そう言っただろ? 今回のこともそうだ、誰も気付きもしなかった」

うーん、と言って頭をガシガシとする。 どうも納得がいかない。

紫揺の様子を見ていて思いついたことがあった。
武官から聞いた話。 紫揺の護衛が必要であれば要請に来るようにと、要請が無ければ護衛につかないと四方から伝えられてきたということだった。 好機かもしれない。

「そうだ、学び舎を見に行こうか」

「え、だって杠、お仕事とか “あのこと” とかあるんでしょ?」

“あのこと” ちゃんと人に分からないように言っている。 さっき紫揺が耳にしてきたことを言っていた時は、さほど人がいなかったが今はそうではない。 歩きながら話しているのだ、周りが変わってきて人数が増えている。

「己の仕事はマツリ様付き。 今はマツリ様がいらっしゃらない、よって紫揺付きだ。 それに “あのこと” は今はまだいい」

黒山羊で何があったかは夜になってから女に訊きに行く。 それに享沙がまだ戻って来ていない。

「うーん、それじゃあ、マツリがどんな風にしたのか見てみる」

この返事、それにマツリと会えてあの態度。 マツリもよく分かっているのだろう、素直ではないと。

(紫揺のことに対しては、あれほど鈍感でいらしたが)

不思議なものだ。

杉山のことや、杉山の者たちの物作りのことを話しながら歩いていると学び舎に着いた。 帆坂の弟である世洲が教えていない所、早い話、好々爺の一人が教えている学び舎。 好々爺が居なくとも強面が居る。 どちらでも良い。

「あの建物?」

目の前に新築の大きな平屋がある。 そしてその周りで子供たちが遊んでいる。

「ああ」

規模から言うと寺子屋のようだ。 寺子屋を実際に見たことは無いが、歴史の教科書の挿絵にあった。

「指示は宮都の工部がしたが、素人が建てたようには見えないだろう?」

「うん、あんなのを十二棟も建てたんだ」

「今では建てた者たちの誇りとなっている」

「いいように転がったってことの一つね」

「よく分かったな」

紫揺の頭をまた撫でてやる。

ほっほっほ、と後ろから掛け声と共に、若干走っているだろう足音が聞こえてきた。 振り返ると好々爺であった。 杠がマツリに道案内をした家にいた好々爺。 七人の元百足の頭であろう、好々爺。

「これはこれは、杠官吏」

好々爺が足を止めた。

「毎日ご苦労様で御座います」

「いやいや、孫と話しているようで楽しい限りです」

さっき杠の言った優しい師だろう。 紫揺がペコっと頭を下げる。

「大きな声では言えませんが、こちらは紫さまと仰って―――」

「え? あの? あの紫さまで御座いますか? マツリ様の御内儀様になられるという?」

「ええ、ご存知でしたか」

「ええ、ええ、噂は耳にしております・・・ですが額に飾り石をお着けされていると聞きましたが」

百足は紫揺の顔を知らない。 額の飾り石を紫揺を見つける目印としていた可能性がある。 己の考えが合っていようが、間違っていようがここに来て正解だったか。
四方のことだ、武官を付かせることは出来なければ百足を付かせるだろう。 武官から杠からの要請が無い限り、護衛が出来ないという話を聞いた時にすぐに思った。 だが確信は無かった、だから芯直たちを付かせた。

さすがに好々爺。 “この坊が?” とは訊かない。

「紫さまと分からないように、飾り石をお着けになっておられません。 実は武官の護衛が御座いませんで、己のような何も役に立たない者がお付きしているだけです。 ですので紫さまと分からない方がいいだろうと、この様な格好もしていただいております」

「ほぅー、そうで御座いましたか」

もし四方が百足を動かしていれば、これで百足にこの顔が紫と伝わるだろう。 もし四方が百足を動かしておらず、杠だけに紫揺を預けていたのならば、マツリ曰くの 『武官をおちょくってかなり面白がっていた好々爺三人』 は紫揺を守りに動くだろう。

「ええ、以前マツリ様に夜襲が御座いまして、同じ宿というのが不安では御座いますが、なかなかいい宿が見つからず、マツリ様のお部屋の隣にお泊り頂いております。 紫さまにも夜襲の危険が及ぶかもしれませんので尚更」

実際には隣ではなくマツリが泊まっていた部屋なのだが、同じ部屋に泊まらせているとなると夜襲のことを考えていないことになってしまう。 それに隣でも同じ部屋でも部屋の中で守るわけではない、外からの守りとなれば一部屋違うだけでは何の影響も出ない。

「ですが? 杠官吏が付くのは四六時中とはいきませんでしょう?」

「要請をすれば武官が付いて下さるそうなのですが、夜は―――」

「そんなのは要らないですからって、私が言いました」

杠に最後まで言わせず、ずっと黙って聞いていた紫揺が言う。 話の流れは分かった。 どうしてその流れが必要なのかは分からないが。

「お師匠様、ってお呼びすればいいでしょうか? 初めまして、紫と申します」

今度はしっかりとペコリン。 頭を下げるなとは言われないだろう、年上という言葉も甚(はなは)だしい相手。 それに師である。

「これはこれは、勿体ない」

好々爺が深く深く頭を下げる。

「雲海と申します。 どうぞ、その様にお呼び下さい」

好々爺が頭を上げるまで待つ。 自分はまだ御内儀ではない、今は単に東の領土の五色なのだから。

「雲海様」

「様など、どうぞお付けになられませんよう」

「では、雲海師とお呼びいたします。 私が来たことでご迷惑をかけたくないですから、針の先ほども」

「師などと勿体ない。 なかなかに気骨のある御内儀様のようで」

“師” も付ける必要は無いといいたかったが、この御内儀様は譲らないだろう。

「勝手に来たんですから勝手にウロウロして寝ます。 卑怯に寝込みを襲うような輩は追い返してやります」

「し・・・紫さま、どうぞそのような事はお慎み下さい」

好々爺の前で言わないでくれ、心の底からの声である。

好々爺がニマっと笑う。
おちょくって面白がる好々爺は完全に釣れた。
これで夜は心配なく紫揺を一人にしておける。

「お勉きょ・・・。 学び舎での様子を見せてもらっていいですか?」

「どうぞ、どうぞ。 可愛い子たちで御座います」

杠が一歩引いて三人で歩きだす。

「道義を教えていらっしゃると伺いました」

「はい、その様にマツリ様から」

「リツソ君と勉学はしたんですけど―――」

「は?」

「え?」

「リ、リツソ様と・・・あ、え? リツソ、くん?」

あ、ヤバ。 ここでは “君” 呼びが気持ち悪いものだったらしかったのだ。 スルースルー、話を進めよう。

「えっと、こちらでも・・・学び舎でも道義だけではなく、勉学を教えられればどうでしょうか」

「・・・え?」

「すぐに理解する子、そうでない子の差が出て、それで新たな問題も出てくるかもしれません。 でもその子たちがまた小さな子を教えていけば、慈しむということも覚えるでしょうし、働きやすくもなると思うんです。 それにそうすることで学び舎も続いていくんではないでしょうか」

杠は六都の外から来てもらっていると言っていた。 そんな事をしなくてもこの六都の中でやっていけばいい。

「道義の中で時折、算術を入れたりはしておりましたが・・・そうでございますな、あれやこれやと手を変え品を変え道義ばかり説いていても尽きますか。 マツリ様が戻られましたらご相談いたしましょう」

「生意気なことを言ってしまいました」

軽く頭を下げる。

「とんでも御座いません」

雲海が紫揺の斜め後ろを歩いていた杠に目先を転じる。

「マツリ様は良い御内儀様をお選びになりました」

紫揺への賛辞を聞き、杠が相好を崩して頷くように頭を下げる。

好々爺は先代の御内儀も知っている。 四方の御内儀にしても先代の御内儀にしても宮の中にいるだけだった。 ましてやこうして長く問題とされている六都に来ることなどついぞ無かった。 その上、マツリのやっていることを理解し自分の考えを言う。
マツリが何故六都にいないのかは知っている。 現役百足から紫を探しているが、額に飾り石を着けている紫が見つからない、見かけたら教えてくれるようにと言っていた。 その時に今マツリがどういう状況にあるのかを聞いていた。
マツリ不在の中、マツリに変わって六都の中を歩き物事を見ようとする。 当たり前に護衛が付く立場でありながらそれを拒否する。
マツリの代が楽しみだ。

(おいそれと死んではおられんわい)

老衰も寿命切れも蹴っ飛ばす。

これで夜の紫揺の心配はなくなったとしても、逆に杠が動きにくくなった。 百足は何処から紫揺を見ているか分からない。 紫揺を置いて宿を出て行くことがままならなくなった。 それに夜襲と念を押したが、昼間に紫揺と離れることも憚られる。 もし好々爺たちではなく、今動いている百足が紫揺に付くのであれば、それこそ一日中付くだろう。

(文官所に預けるか)

文官が居る間なら紫揺を文官所に預け、自分は官吏の仕事をする振りをして文官所から出ることが出来る。

好々爺が子供たちに教える話を聞いて、様子を見て、学び舎をあとにした。

文官所に入ると紫揺が聞いてきたことを文に書いた。 早馬でマツリに知らせなければ。
「すぐに戻ってくる」と言い、紫揺を文官所に預けるとまずは武官所に行き文を預け、次に男の家に向かった。
紫揺は数日前に文官所の分官所長の部屋で似面絵を描いていて、その時に文官たちへ紫揺の紹介は終わっている。 マツリの御内儀になる紫だと。
文官所の者たち、文官が紫揺を監視・・・温かい目で見るだろう。

杠が足を向けた男の家の近くでは、座り込んで砂で漢字の練習をしている二人と、離れた所に隠れている柳技が居た。

「勉学か?」

白々しく杠が二人に話しかける。

「うん」

「見てて、こんなのも書けるんだ」

『さしゅう、分かれた家で待つ』

「おー、上手い上手い」

“松” ではなく “待つ” 完璧に覚えたようだ。
二人が紫揺は見つかったのか? という目を送ってくる。
頷いて二人の頭をポンポンと叩くと享沙が見張っているだろう家に向かった。

もし男に下手な動きがあったのならばその事も書くだろう。 それが無かったということは男に下手な動きはなかったということ。
紫揺の持って帰った情報で動きは取れる。 早馬を走らせ、マツリからの指示が武官にとべば一網打尽に仕留められる。
これ以上動く必要はないが、他に漏らしていることが無いかを探らなければいけない。

「オレの部屋に置いてます」

すれ違いざま享沙が言った。 歩みの先を享沙の長屋に向けてそのまま歩き続ける。
享沙の部屋に入ると盆の下を見る。 文が置かれてあった。
そこには享沙が見張っていた男が何処の家に寄ったかが書かれていて、一軒は話の最後だけを聞くことが出来たようだった。
『いいか、俺たちが一番出だ。 陽が昇ったらすぐだ。 忘れんなよ』
男が寄った家を頭に入れると、台所で文を焼き、瓶から柄杓で水を汲むと灰の上にかけた。

外の様子を伺って部屋を出ると女の元に足を向ける。
夜に行こうと思っていたが、百足の隙間をかいくぐるのは難しいだろう。
女があら? と、意外そうな顔を向けてきた。 どうしてだか時折、杠は官吏の衣を着ているからであるが、それよりも意外なことがある。

「こんなに早く?」

女が杠の腰に手をまわす。

「どうだった」

「言うことはそれだけ?」

「坊たちが世話になったそうだな」

女の手を解くと、その手に金貨を握らせる。

「それだけ?」

女が首を傾げると唇を重ねてきた。 杠の首に手をまわす。
僅かに杠が応えると腰に回した手で女を引き離す。

「急いでいる」

つれないのね、と言うと「混味を食べてただけ。 誰とも話してなかったわ」そして杠の手を取る。

「私がおごったのよ? 坊たちを気に入ったから」

杠の手の中に金貨を返した。
こういう女だ。
女の後頭部に手をやると唇を重ね、胸元に手を入れ金貨を落とす。

「今夜は来ないのかしら?」

既に踵を返していた杠。 返事があるはずもなかった。


「高妃、あと少しだ。 あと少しで陽のめを見られる、外に出られる。 そして宮に入ることが出来る。 分かるか? 宮だ。 高妃はそこで生まれるはずだった。 今もそこに居るはずだった。 その宮に入れるぞ」

話しかけられても、ぼんやりとしている。
身にまとうものは絹。 民のような衣ではない。 まるで宮の衣装のよう。 虚ろな瞳は焦点が合うと黒々とした大きな瞳になり、朱をさしたような唇は小さく愛らしい。

長い間生まれてこなかった五色。 やっと十八年前に生まれた。 力が見られるようになってきたのは四歳の頃。 その頃から地道に動いてきた。 動いて、そして動かず。 誰にも尻尾を取られるような事なく。

「力の証明は出来るな?」

金狼印があればいいことだが、五色の力を見せなければ奪い取っただけの夜盗に過ぎない。

高妃が手を動かすと水差しから水が躍り出た。 その水が高妃の指先にとぐろを巻くように巻き付いて手首から肘下まできた時に、軽く肘を曲げ少し下目にもう一度伸ばした。 とぐろを巻くようにしていた水が、高妃の指先から水差しを目がけて飛ぶ。
カラン、という音と共に水差しが倒れた。

呉甚が満足そうに口の端を上げる。

きな臭いものを感じてここに逃げてきた。 外の様子を見に行かせると、武官が誰かを探している様子だったと聞いた。
家の方を見に行かせると武官が家の中に入っていたという。
どうして己が探されなくてはいけないのか、どこで疑われたのか。 シキやマツリに視られないよう工部に希望を出し宮内に入らなくていいようにしていたのに。
だがもういい、もうすぐ決起が始まる。 領主の座さえ奪ってしまえばなんということは無い。 文官の立場も要らない、領主となった高妃の後見としていればいいのだから。
それに高妃には誰かを扱うということは出来ない。 言い換えれば己が領主も同じ。

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