大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第114回

2022年11月11日 21時37分23秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第110回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第114回



先ぶれに走るため、塔弥がすっとその場から居なくなる。
紫揺の家に入ろうとすると、相変わらずガザンがそこに伏せている。

「ガザン、マツリ様が来られる。 そこをどいてくれ」

言うが、全く以って無視を決め込まれた。 耳さえ動かさない。
なんだよ、と言いながらガザンの尻尾を踏まないように家の中に入った。 待ち構えていたお付きたちが戸から手を伸ばそうとしかけた時、そうそう引っかかるものかと塔弥が口を開いた。

「マツリ様が来られる。 邪魔をするな」

戸からチラリと見えていた手がそっと引かれ、ゆっくりと戸が閉められる。

「っとに、何考えてんだか」

言いながらも当分は阿秀と行動を共にした方がよさそうだ、と頭の隅に考えた。

紫揺の部屋を訪ねると此之葉と向かい合って夕餉を食べだしたところだった。
良かった、と安堵する。 何人もの死体を見たのだ。 此処に帰るまで、あれから殆ど食をとることが出来なかったのだから。
塔弥から言われ、今日は肉のない献立になっている。 女たちがブーブー文句を言ったが、かいつまんで話すと「そりゃ、尤もだ」と言って納得をしていた。

「え・・・」

此之葉が慌てて自分の膳を下げる。

「塔弥、マツリ様に夕餉を出した方がいいのかしら」

「さあ、どうだろう」

「どうだろうって・・・」

「あーっと、余ってるなら出してもらえますか?」

此之葉が自分の膳を持ったまま振り向く。

「いつもあっちで食べさせてもらってますから。 余ってたらでいいですけど」

「はい、すぐに」

此之葉が慌てて部屋を出て行く。

塔弥がマツリと共に食をとるのか、良い兆しだ、などと考えていると紫揺から声が掛かった。

「ん? どうしたの? そうだ、塔弥さんも一緒に食べる?」

「御冗談を・・・」

口がヒクつきかけた。



呆然とする頭の中の片隅に恐怖の文字が浮かんだ時、初代紫の声が響いた。

『わらわの大事子』

動きたくても頭も手足も縫われたように動けなかった。 だが初代紫の声に思考を傾けることは出来た。

『恐るるはその身を滅ぼすのみ』

前に居る香山猫が足を止め紫揺に焦点を合わせている。 恐怖の中、漠然と香山猫の姿を見ていただけだったが、その目と合った。

『恐るるに足りぬ』

『・・・はい』

『わらわを信じ、紫赫(しかく)を信ぜ』

紫赫といわれて何のことかと疑問を持ちかけると、瞬時に紫の光のことだと分かった。 それも初代紫が教えてくれたのだろうか。

『はい』

目を瞑って息を吐く。 瞼を動かすことが出来た。

―――落ち着け。

手を握る。 指が動いた。 顎を上げる。 身体の筋肉が弛緩していくのが分かる。 瞼を開け香山猫に目を合わす。

『四足のものに去(い)ねと命ぜ。 それだけでよい』

いね・・・。 それにも疑問を持ちかけるとこれもすぐに “去れ” ということだと分かった。



「で、四足って言われたら、目の前に居る、こう・・・何だったっけ」

「香山猫。 箸を咥えるな」

注意を受け、一瞬目を眇めたが相手はこちらを向くことなく、初めて食べる東の領土の夕餉に箸を運んでいる。


マツリが紫揺の家に入ろうとしたら、伏せていたガザンが立ち上がりマツリの前を歩いた。
塔弥が「ガザン」と言ったが、自ら足を拭くと素知らぬ顔をしてマツリの前を歩き、紫揺の部屋の戸を開けて入ってしまった。 戸を閉めないガザンである。 マツリがそのままガザンに続いて入っていった。
此之葉が戸を閉め、塔弥とどうしたものかと目を合わせていると、戸がバンと開きガザンが出てきた。 毎度のこと戸を閉めないガザンに代わって此之葉が戸を閉めたが、いったいガザンは何をしたかったのだろうか。

あとで紫揺に訊いてみると、紫揺をひと舐めしたあと気のせいかもしれないが、マツリにガンを飛ばして出て行ったということであった。
鉄の守りか、とマツリが心に思ったことは誰も知らない。


「そ。 その香山猫に近づいて行って去れって言っただけ」

「身体の不調はないか」

「特にない」

「当分、額の煌輪は付けて出た方が良かろう」

「うん」

「それと塔弥が言っておったが、石探しはやめよ」

「なんで」

「眠っているものを起こす必要はない」

「・・・」

他の言い方なら反発も出来ただろうが、この言い方にはぐうの音が出ない。 自分だって寝ている時に起こされるのは嫌だ。
チラリとマツリが紫揺の表情を見た。

「紫が寝ているのを起こすのとは訳が違う。 分かったな」

「ゔぅ・・・」

どうして何もかもバレてしまうのだろうか。 やっぱり透けてるのか? 上目遣いに頭を見ようとするが到底見えるものではない。
今度から手鏡を近くに置いておこう。

マツリが箸を置いた。 いつの間にか食べ終わっている。 紫揺はようやく半分を食べ終えただけだというのに。
気を利かせて此之葉もこの場にはいない。 戸の向こうに座しているだろう。 声を出せばすぐに入ってきてマツリに茶を淹れるだろう。

本当は葉月も此之葉の横に座していたかったが、やはり出張り過ぎだと思えた。 だが気になることは消せない。 お付きたちの部屋で待機している。

此之葉に頼らずとも、茶くらい紫揺にでも淹れられる。

「お腹空いてたの?」

湯呑に茶を淹れる。

「朝餉のあとなにも食しておらんかったからな」

「へ?」

「よくあることだ。 それにしても東の領土と本領のものとはかなり違うのだな」

料理のことを言っているのであろう。 料理が得意でない紫揺にもそれは分かる。
東の領土の料理に馴染むのには時がかかった。 食材から調味料から違うのだから。 そして本領の料理を目の前にしたときには、殆ど日本と同じだと驚いたくらいなのだから。

マツリの前にある膳を下に置くと湯呑を置いた。 見ようによっては甲斐甲斐しい。

「うん、本領の料理は日本とよく似てるけど、この領土の料理は慣れるのにヒマがかかったかな。 あ、本領のお菓子も日本のお菓子と似てる」

マツリが両の眉を上げる。
そういうことか。 紫揺に解熱の薬湯が東の領土の物は効きにくく、本領の物の方がよく効いたのは食の違いがあったのかもしれない。

「ちゃんと食べなきゃ身体に良くないんじゃない? それにそんなことしてたら大きくなれないって言うし」

もう十分に大きくなっているつもりだが。 それとも横幅のことを言っているのだろうか。

「父上のような恰幅には程遠いということか」

「あー・・・四方様か。 筋骨隆々って感じ。 若い時からなのかなぁ」

「そのようだ」

「んじゃ、なんでマツリはそうなの?」

やはり横幅のことか。

「母上に似たようだ」

茶をすする。

「ふーん、そうなんだ」

なんだ、この自然な会話は。 などと思うが、よく考えてみれば杠が言ったようにマツリが声さえ荒げなければこんな会話が出来るのだった。
だがそれはあのことがある前の話。 それなのに今、まるであのことが無かったように話せている。
いや、思い返してみるとキョウゲンがあの石を取りに行った後もそうだった。 紫揺は “ありがとう” とさえ言った。
このまま穏やかに時を重ねる方がいいのだろうか。 いや・・・。 いやいや。 いや、ではない。 やはりこのまま・・・。 いや、そんな悠長なことを言っていれば・・・。 いや、だが。
紫揺の前で一人百面相をしだしたマツリ。

紫揺がメモに手を伸ばし、畳んであるそれを広げる。 マツリに訊きたいこと。 たった一行が書かれている。 そのたった一行を目で読み、たたみ直すと元に戻した。
マツリはまだ百面相をしている。

「・・・マツリ?」

「あ? え? ああ。 な、なんだ」

なんだこの慌てようは。 良からぬことでも考えていたのか? 紫揺が眉間に皺を寄せる。 そして思ったことは何のためらいもなく言う。

「なに考えてたの」

疑問符はつかない。

「あ・・・ああ。 ちょっとな。 気にするな」

「要らないこと考えてたんじゃないでしょうね」

「要らない事とは?」

「二度とあんなことしたら許さないからね」

一瞬虚を突かれたような顔をしたマツリが次に笑んだ。 そしてくすくすと笑いながら下を見る。

「なによ」

「では一度目は許すというのか?」

「・・・そんなつもりで言ったんじゃない」

「まだ殴り足りないか」

「は? ビンタ・・・平手ぐらいで許されると思ってるの?」

「いや、拳の方を言っている」

「は?」

「殴って気が済むのなら何度でも殴られよう。 だが少々見栄えが悪い。 奇異な目で見―――」

「待って!」

思わず膝立ちになる。
戸の向こうから紫揺の大声が聞こえた。 座している此之葉と塔弥が目を合わせる、ケンカが始まるのだろうか。
と、その時、お付きの部屋から大声が聞こえてきた。

「待て! 待てー!! 葉月落ち着けー!!」

塔弥と此之葉が振り返る。 此之葉がお付きの部屋で待機しているのは知っている。 それにあの声は梁湶の声だ。

「葉月! とにかく離せー!」
「わわわ! こっち来んな」
「嘘だろ! おい!」

ナドナド、梁湶以外の声も聞こえてきた。

「葉月?」

二人で声を揃えて口の中で言った途端、ドン、ドタンバタンという音がした。
塔弥と此之葉が再度目を合わせる。

「こ、ここは俺が見ておく。 此之葉、見に行ってくれ」

マツリと紫揺が言い合いを始めれば、此之葉では手に負えないだろう。 葉月のことも気になるが、今は紫揺の方を気にかけなければいけない。 それにあの部屋にはお付きたちが居る。 此之葉一人に任せるわけではない。
此之葉が頷くとすぐに立ち上がりお付きの部屋に向かった。

マツリが膝立ちになった紫揺を見る。

「なんだ?」

「どういうこと? なに言ってんの? 拳ってなにっ!」

マツリが少し考えるような顔を見せる。

「ああ、そうか」

殴った後、そのまままた倒れたのだ。 記憶が飛んでいるということか。 これは殴られ損なのだろうか。

「座ったらどうだ」

座れ、ではない。

記憶にないのならそれでもいいか。 だがこの話をどう持っていこう。 何でもないと言っても簡単に引き下がらないだろう。 さて、どうしたものか。

あっ、と思い出したことがあった。
マツリの部屋で食事を済ませ、湯呑を前にしていた時のことを。
前に座るマツリの頬骨の辺りに青たんが出来ていたのだった。 あの時は原因なんて考える必要も無いと思った。 自分には関係のないことなのだからと。 だが、もしかしてあれは・・・。

「もしかして・・・ここ?」

自分の左の頬骨の辺りを指さす。
マツリが両の眉を上げる。

「要らぬことを言ったようだ。 そのことはもうよい。 それに―――」

「良くない! 叩いちゃった? 殴っちゃった? それもグーで?」

「ぐー?」

マツリが小首を傾げる。

「あ、拳で」

「よいと言った」

「・・・ごめん」

「謝る必要などない。 我の方が先だ。 我は謝らんがな」

「あの・・・一度目は無かった事にする。 もう殴らない」

「・・・無いことにされては困る」

紫揺が上目遣いにマツリを見る。

「無いことにされると我の言ったことが無かったことになってしまう。 そんな気はない」

百面相までして迷っていたのに、結局、外周から固めていくという穏やかに時を重ねるわけにはいかないようだ。

「我は紫だけを想っておる。 紫を奥に迎えたい。 他の者を迎えるつもりはない」

紫揺が頭を垂れてしまった。

「紫が民を領主の前に連れてきたのなら、我はその者の前に立とう」

民の前にマツリが立ったりしたら、誰でもドン引くでしょうよ・・・。 心の中で呟き、声には違う言葉が乗る。

「自己中、高圧的、高慢、傲慢、傲岸・・・唯我独尊・・・・・」

語彙が尽きてしまった。 もっと勉強をしておくべきだった。

「何と言われようと構わん。 紫を誰に渡す気はない」

「こっちの気持ちって考えないの」

「我のいない時、我のことを父上に訊ねたそうだな」

下を向いたまま紫揺が首を捻る。 なんのことだろう。

「杠と地下に行く前、戻ってきた時、そのどちらにも我はいなかった。 父上の前に出た時のことを憶えているか」

杠を助け出したあと、宇藤たちを逃がすのに地下に行くことになった。 四方の前に紫揺と杠が座った。

『だからと言って紫一人行かせるわけにはいかん』

『マツリは?』

紫揺はそう訊いたのだった。 マツリは他出して居ないということで、結局、杠と行くことになった。
そして杠と地下から戻ってきた時も。

『まずは紫の報告とやらを聞こう』

その時にも四方に訊いた。

『マツリはいないんですか?』

マツリはまだ戻って来ていないと四方が言った。

「同席していたのは父上と杠だけだが、杠から聞いた。 紫はどちらの席でも我が居ないのかと父上に訊いていたと」

「杠が?」

顔を上げて記憶を甦らそうとするが、全く以って記憶にない。 だが杠が嘘などつくはずはない。

「覚えていないのであれば、どうして我のことを訊いたのか問うことも出来んか」

少々残念だ。

『紫揺に意識はありませんが、紫揺もマツリ様のことを心の内で呼んでいます』
杠がそう言っていた。 今ここで、杠がそう言っていたが? と言えば杠に懐いている紫揺だ、何かを考えるかもしれない。 だがそれを言ってしまえばある意味、エサを見せてから強制して考えろと言っているようで、あまりにも狭量だ。
今日はこれくらいでいいか。 心の丈は言った。 あとは暫く来られないということを話せばいいか。
そう思っていたら、宙を見ていた紫揺が目を合わせてきた。

「そう言われればシキ様も同じことを仰ってた」

「姉上が?」

むぅ、っと考えるが、情報提供は杠しかいないであろう。 いつの間にシキと杠がそれ程のことを話す仲になっていたのか。

「お腹にややがいるのにロセイに乗って飛んで来て下さったとき」

「ああ、あの時か・・・」

昌耶が空に向かって「シキ様―!」と呼んでいた時とかなんとか。 あとになって “庭の世話か” から聞いた。

せっかく顔を上げていた紫揺がまた顔を下げる。

「マツリ・・・」

「なんだ」

「・・・訊きたいことがある」

マツリの片眉が撥ねる。

「言ってみろ」

紫の力の事だろうか。 それともどうして蛇が脱皮するかということだろうか。
“最高か” から聞かされていた。 リツソが紫揺を自室に招いた時、自慢げに蛇の抜け殻を見せていたと。 それを怖がらず紫揺が見ていたと。

「・・・どうして」

そこで止まった。

「なんだ? はっきりと言えばいい」

“言えばよい” ではない。
そう思い返せば、マツリは言葉を変えている。

(あ・・・)

葉月と話したタイムトラベラーではないが、マツリは時に応じてなのか、自分自身の気持ちに応じてなのか、話し方を変えている。 いつからだったのだろうか。
それに今、語尾が上がっていた。

「・・・」

マツリが湯呑を手にして一口飲み卓に置いた。
コトリという音が紫揺の耳に入る。

「・・・私のどこを好きになった」

本領では “好き” という言葉は十五歳まで。 だがその意味は分かるし、今ここでそこをほじくろうとは思わない。

「うむ。 我も不思議だ」

本当に不思議そうに首を傾げると腕を組む。

「は?」

「衣裳によっては坊にしか見えん。 宮の衣裳に変えても女人には程遠い。 落ち着きも無ければ塀を駆けのぼったり、欄干の上に座る始末」

「はぁー!?」

それって悪口じゃないのか?

「必要以上に背が低い。 女人とは髪を伸ばすもの。 なのに背と同じで短い。 身体の膨らみも無ければ、到底その姿態は女人とは思えない。 佳人でもない」

コイツ、どこまで言う気だ。 それに膨らみが無くて何が悪い。

「だが杠が言っておった。 だからだと」

「は?」

どういう意味だ。 それに、そんな話を杠としたのか。

「杠は、紫に心奪われない者はいない、そう言っておった」

杠の話を表だってするには抵抗があった。 杠をエサに紫揺を釣っているようだからだ。 だが今は伏せることにもっと抵抗がある。

「杠が?」

「ああ、そうだ」

このまま杠の話に移ってもいい。 だがエサとしては使わない。

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