大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第115回

2022年11月14日 21時16分44秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第110回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第115回



「さっき、私の外見のことを言ったよね、ズタボロに」

外見のことに対して女としての怒りはあるが、致し方ないと鏡に映る姿に頷けなくはないが、問いたださせてもらおう。

「あ?」

ずたぼろ? 意味は分からないが、何を言いたいかの話の流れは分かる。

「ああ、言った」

何をアッサリと認めてくれるのか。 二の句が継げないでいると、マツリに取られてしまった。

「それにさっきは、穏やかに話せた」

「だからなに? いっつもマツリが怒ってばっかりいるだけじゃない」

「まあ、そうか。 杠にも声を荒立てず話せと言われた」

「・・・えらく、素直に認めるんだ」

「それに杠に言われてよくよく考えると・・・面白い」

「は? 面白い? なにが?」

問いただす前に新たなワードを投げられた。

「紫が、だ」

「意味分んない。 なに?」

マツリが相好を崩す。

「楽しませてくれる」

「・・・それって、一瞬、浮かれてるだけじゃないの?」

夫婦として何十年と持つ話ではないだろう。

「そんなことは無い。 紫はずっと我を楽しませてくれる。 それに我には紫しかおらん」

「浮かれって長続きしないよ?」

どうして説教・・・とも言えない注意をしなければいけないのか。

「浮かれてなどおらん。 楽しませてくれる紫を・・・坊にしか見えなくとも、女人と見えなくとも、落ち着きがなくとも、塀を駆けのぼったり、欄干に座ろうとも、残念なほどの身体の膨らみが無いことも、女人とは思えない身体であっても、佳人でなくとも、我は紫しか見ておらん」

何度言う。 どうして重ねて言う。 散々だ。 これ以上、人を貶める、女としてのプライドを貶める言葉があるだろうか。 注意どころか、問いただすどころか、ぶん殴りたくなる。

「結局、面白いとか、楽しませるとかってことなのね」

それなら漫才師を雇えばいいだろう。 本領に漫才師が居るかどうかは知らないが。

「ああ。 そうだ」

認めるんかいっ!

「紫の話しにずっと笑んでいたい」

「はぁ?」

「紫の話は面白い」

絵本を読む乳母かい。 そう思いながらも紫揺が顔を下げた。

「そんなの短い時の話し。 慣れちゃったら・・・話が尽きたらそれで終わり」

自分の話が面白いなどとは思ってもいないし、百歩譲ってもプロの漫才師ではない。 ずっと面白い話など出来ない。 いや、一度たりとしたことなどない。

「我がそのように思うと思うか?」

紫揺が顔を上げる。

「思う」


此之葉がお付きたちの部屋に駆け込むと、まさかの図が目に飛び込んできた。

野夜が悲鳴に似た声を上げている。
ガッツリと葉月の腕挫十字固が決まっている。

「葉月! 何をしているの!?」

此之葉は腕挫十字固など知らない。 だが、女が男の身体や首の上に足を乗せるなんて考えられない。 ましてや何故か野夜が苦しんでいるようだ。
此之葉をチラッと見て野夜に視線を戻す。

「野夜、こんど塔弥をこんな目に遭わそうと思ったら、次の技があるからね」

葉月はプロレスも見ていたようだった。 それもガッツリ技をかけられるほどにカクさんで練習して。


領主たちに見送られ、キョウゲンに乗ってマツリが本領に帰って行った。
最後の話は「当分、東の領土に来られん」だった。

昨日今日と、西南北を見回って最後に来たのがこの東の領土だということだった。 各領土の領主に、次にはいつ来られるか分からない、何かあれば本領に来るようにと言い置いていた。

北の領土では羽音にも同じようなことを言った。 そして体調を崩しかけるようならば、すぐに本領に戻るようにとも。
本領と北の領土の気候は全く違う。 たとえ北の領土といえど、これから温かくなってくるのは分かっているが、それでもまだ童女、体調が気になる。
アマフウが慈母のような目で羽音を見ていた。 これからもアマフウが見ていてくれるだろうが、気候に慣れるまでは体調を崩すこともあるだろう。

「来なくていいし」

無理をして。

「また来る」

「まぁそれがお仕事だもんね」

領土を見回るのはマツリの仕事。

「さっき紫の気持ちを考えないのか、と言っていたな」

「え?」

「こっちの気持ちって考えないの、と言っていただろう」

「ああ、うん」

「今度来た時には、その気持ちとやらを聞かせて欲しい」

「・・・マツリはマツリだし」

「なんだそれは、答えになっておらん。 我は紫の問いに答えたつもりだ。 紫も我の問いに答えてはくれんか?」

「・・・」

「姉上が紫のことを気にかけておられる。 時が許すのなら姉上に会いに来てもらいたい」

「あ・・・うん」

「安心せい。 我は顔を出さん」

「・・・」


宮に戻ると杠から文が届いていた。 自室で文に目を走らせる。


杠に付くことになった六人は既に六都に入っていた。 大人三人はそれぞれバラバラの長屋に住み他人を装い、柳技を筆頭に絨礼と芯直が親を失った三人兄弟を装っている。
絨礼と芯直の間でどちらが次兄であるかの争いがあったようだが、享沙の「似ていない双生児でいいだろう」の一言でおさまった。

享沙は読み書き算術に滞りがない。 杠がわざと雑用を多く作り雑用係が必要になるよう仕向け、そこへすかさず雑用係として官所に入り込ませた。
京也は官所の厩番として入り込ませたが、その前に杠が去って行く前任に手を合わせて謝った。 あくまでも誰にも聞こえない所で見えない所で。
前任の茶の中に腹下しを毎日入れ込んでいた。 毎日腹を抱えていては仕事になどなりやしない。 前任が官所に背を向けて去って行ったのだった。
巴央は官所に出入りする紙屋の使い走りである。

そして柳技たちが住んでいる長屋は官吏たちの家から少々離れてはいるが、それでも長屋にしては一番近い所にある。 似ていない双子は日々、官吏たちの家の周りを歩いて噂話を耳に入れて帰って来ていた。 それを書きとめるのもいい文字の練習になった。
享沙から、何よりも先にひらがなを覚えるようにと、ひらがなを徹底的に何度も書いたのが良かったのだろう。 書き留めるということが出来る様にはなっていた。

「あ、それじゃあ “ち” じゃないか。 “さ” は反対だろう」

隣りで書いている絨礼の手元を見ると指摘をする。

“さいそく(催促)をされていた” を “ちいそくおちれていた” と書いてあったのだ。

「それにそっちの “お” じゃないこっちの “を”」

自分が書いていた “を” を指さす。

「・・・読めればいいんだよ」

いや、読めるが正しく伝わらない。 読解不能である。
ガラガラガラと、戸の開く音がした。

「あ、帰ってきた」

二人が立ち上がり玄関に迎えに出る。

「おっ、今日も無事に帰って来てたか」

ここは六都。 何があってもおかしくない。
似ていない双子の二人は働いていないが、長兄役である柳技は行商人に扮している。 働いているという気持ちが自然と兄貴然とさせていた。
二人が手を差し出す。 その手は柳技が背負っている風呂敷を受けとめる為ではない。

「先に荷を下ろさせろよ」

後ろを向くと、よいせ、と言いながら上がり框に腰を下ろし、しょっていた荷を置く。
風呂敷の中には筆や墨、ちょっとした飾り物や雑貨が入っている。 支給元はマツリであるが、宮の物を流しているわけではない。 わざわざ四方の従者が市に買いに出て入手している。 民が使うものでなければ怪しまれるからだ。

二人の手が左右から目の前に伸びてきた。 早く、と言わんばかりに上下している。
柳技が懐に手を入れると、どちらがどちらかを確かめてその手に乗せてやる。

「お帰り」
「お疲れ」

やっと労ってもらえた。

二人はそのまま腰を下ろすと手に渡された紙を広げる。 前回、書き留めたものを清書し、柳技に預けた紙だ。
今日、柳技が文官所に荷を広げに行った時、柳技は今回二人から預かった清書をした紙、享沙は前回手渡された清書をした紙を互いに手渡したのである。 もちろん誰の目にも触れないように。
芯直と絨礼が書いた清書が柳技から享沙に渡り、享沙が更にまとめて書き、杠に渡している。 そして享沙は見終えた二人の清書をした紙に添削をして、柳技に渡しているのであった。

「うわ、またイッパイ間違えてた。 ああー、また “さ” と “ち” を間違えてる。 あたたた “ま” と “は” の丸っこいのが逆だった」

享沙がよく読解できるな、と思えるほどに見事である。
芯直が覗き込んできた。

「かず、書いてない?」

「かず?」

芯直の紙の裏には “かず” と書かれて、一から百までの漢数字が書かれ、それに平仮名でルビがふられていた。 次のステップというところだろう。
絨礼が裏を返すが、そこには何も書かれていない。

「うわぁー・・・オレだけ置いてけぼり。 んじゃ、芯直はいくつ間違えてたの?」

平仮名を。

「淡月(たんげつ)、朧(おぼろ)だろ」

「あ! えっと、朧はいくつ間違えてたの?」

淡月と呼ばれた絨礼が言い直す。

「みんな合ってた」

「ははは、淡月、朧に追いつけ追い越せで頑張れ」

「そんなこと言って柳技・・・弦月(げんげつ)だって字が書けないだろー」

「ん? 書けなくはないぞ。 その数も」

「え?」

二人が声を揃える。

「仕事してるんだから。 それもこれだ、誰にも頼ることが出来ないからな。 金のやり取りも出てくるんだ、釣りを騙されないように算術だって出来る様になった」

少しでも行商人として気に入ってもらえるように、価格設定はマツリがしている。 そして釣りも出しやすいように。
民に扮した四方の従者が市に買い出しに出てそれらを風呂敷に包み、価格設定をした紙と共に待ち合わせ場所で一つ一つ説明しながら柳技に渡している。

例えば
『よいか、これは “あかいし” と読む。 そして銅貨十枚で “銅十” と書いてある。 銅貨か、穴銀貨一枚で売る。 金貨や銀貨で受け取るのではないぞ。 釣りに大変になってしまう』
といった具合に。 尾能から指示をされた従者である。

“金” という漢字は覚えた。 書けないが。 それに金貨が必要になってくる商品など滅多にない。 だが “銀” と “銅” の見分けがまだつかない。 マツリにも平仮名で書いて欲しいところだが、銀貨と銅貨では商品の違いが柳技にさえも分かる。 そこで何とかクリアしていた。


深夜の文官所の一室に光石が灯っている。 堂々と光石を点灯させているのは杠ではない。
光石を挟んで文官所長と都司が並んで座り、その前に三人の文官が座している。

「杠? ああ、役方から聞いているが?」

宮都の式部省役方部から異動の文が届いているということである。

「そうですか・・・」

文官所長が口を歪めて顎をさする。

「それがどうした?」

「いや、都司が聞いているんなら間違いはないでしょう。 まあ、それに俺も役方から文を受けていますし」

「だから何を言いたいんだ」

「出来過ぎるんです」

「はぁ?」

「この六都にどうしてあれ程出来る者を宮都が送ってきたかって、考えましてね」

前に座る以前 “ヤツ” と呼ばれていた者を見る。

「お前が教えてたんだ、どう思う」

「まぁ、出来ますが、怪しむこともないんじゃないですか? 定刻に来て嫁の作った昼餉を食って定刻に帰る。 クソ真面目だけが取り柄の男でしょう」

文官所長に探りを入れろと言われ、一度酒に誘ったが「女房が待ってますんで」と断られてしまった。 あとを尾けてみると間違いなく長屋に帰り、中からは女の声が聞こえていた。
杠は来たところだ。 官吏たちが住んでいる一軒家に住むことなど考えていなくとも不思議ではない。

「金の流れは気付かれてないんだろうな」

「そっちは触らせていませんから」

「それならいいが」

「ああ、考え過ぎだろう」

文官所長が口を歪めてから問い返す。

「都司はもう慣れましたか?」

この男は今までの都司と違ってあくどい。 それが一目でわかった。 同類同士の目は分かり合えるのだろうか、都司の方も文官所長を見てすぐに気づいた。
就任後、一か月ほど経って、文官所の中にある都司の部屋に文官所長を呼び出した。
文官所長にしては、やっと来たかという具合だった。
『私を入れた方が、なにかと融通が利くと思うが?』
第一声がそうだった。
税を横流しにした分け前は減ってしまったが、面倒臭いことは済むようにはなった。
それに徐々に分け前は増えてきている。

それとは別に都司が懐を肥やしているだろうことは気付いているが、そこを突く気にはれない。 豪族相手によくやる、本当にあくどいやつだ、と思うところに留めている。

「ああ、都司がこんなに居心地がいいとは思っていなかった」

何度か声を掛けられていたが、その度に断っていたと聞いている。

「どうして今まで断ってたんで?」

“ヤツ” が訊く。

「毎日、署名や書類やと煩わしいだけだと思っていた。 これほど文官がやってくれるとは思わなかった」

本来ならそうである。 書類に目を通し署名をしていく。 だが目を通すことも無ければ署名も押印も文官に任せている。 今までもそういう形態を踏んできたから、文官所長の好き勝手が出来ていたというわけだ。

歴代都司がコロコロと変わったのは、煩わしい六都の民が騒いで官所に入ってきた相手をさせていたからだ。
この都司はそれさえもしないのである。 お蔭でそのお役が文官に回ってきた。 文官たちが辟易していた時に、偶然にも宮都から人員補充の話があった。 そして杠がやって来たのだが、民の相手をさせようと思っていたら、テキパキと仕事をこなす。 筋違いのことを喚く民の相手をさせるには少々勿体なく、都合が悪い以外の本来の文官の仕事をさせている。

「たしか、前は大店(おおだな)にいたとか?」

「ああ、そろそろ独立をするかと訊かれたがな、この六都で店を持っても何をされるか分かったもんじゃない」

「ちがいない。 うっぷん晴らしに火を点けられればそれで終わり」

“ヤツ” の隣の文官が口を開く。

「賊に入られてもな。 それだったら、こっちに来て上手くやる方がいいと思ったが、これ程だとは思っていなかった」

チラリと隣に座る文官所長を見る。

「まさか布陣が敷かれていたとはな」

その上に胡坐をかいて座ったのは誰だ、と言いたいがぐっと堪える。

「そのまま大店に残ろうとは思わなかったんですか?」

「いつまでも私が居ると下の者が上がって来られないだろう」

まるで正統派気取りで言っているが、下心があったのは丸分かりだ。 前任の都司からでも話を聞いたのだろう。 その上で、民の相手をしなければ楽なものだと思ったのだろう。 都司という役職なのだから、座っているだけで大店に居た頃よりも多くの金が入るのだから。

「で? 今日は何の話だ?」

文官所長が口角を上げる。

「今まで徴収を見過ごしていた所がありましてね・・・」

六都の所有する借地に家を建てている場所があった。 土地の賃料は取っていたが、家に対しての税は取っていなかった。 そこからボッタぐろうということだった。
その一覧を書いた紙を都司の前に置く。

「今更言って出すかねぇ」

歪めて置かれた紙を指先で真っ直ぐに置き直す。

「出さなきゃ家をぶっ潰して追い出すまでですよ」

「剣呑な話だ」

文官所長が “ヤツ” に視線を送る。

「金貨八十枚は入ってきます。 誤魔化しても少なくとも分け前は一人金貨五枚は硬い」

「金貨八十枚。 半分を税として納めて残りの四十枚を振り分けて金貨五枚か・・・。 少ないが・・・捨てるものではないか」

何も平等に分けることは無いのに、という目をして応える。

「それに誤魔化す以前に、今まで徴収していなかったんです。 収める必要も無いでしょう」

「それで一人金貨十枚、か。 まぁ、やりたいようにやってくれればいい。 今までのように」

文官所長の瞼の筋肉がピクリと動く。 自分は何もしないと言い切っていると同時に、宮都から何か言ってきても咎められるつもりもないと。
この都司は分け前を受け取る時もそうだ。 最初など目で卓の上に置けと指示してきた。 卓の上に置いて都司の部屋を出ようとすると「忘れ物だよ」と声を掛けてきた。 どういうことかと振り向くと「文官所長の物ではないのかな? 誰の忘れ物だろうね」と言ってきた始末。 黙って部屋を出たが、それからは無言で卓の上に置いて部屋を出ている。

問題が起きた時にはせいぜい、長としての責任で都司を降りるくらい。 その後はそれまでに手にした金で過ごすのだろう。 いやまた違う道を取るかもしれない。
何かあれば今までの都司も調べられるだろう。 歴代の都司は何も知らないのだから「知っていた、分け前を手にしていた」などとは絶対に言わないのだから、知らぬ存ぜぬを突き通すつもりなのだろう。

「ああ、それと、まさか二重帳簿なんてものはないだろうね?」

そんな物を残された日には、逃げきれないというように言っている。 それでも逃げるだろうが。

「そんなもの作るだけ無駄ですから・・・あ、っと。 もしかして、その大店でも何かやってたんですか?」

「人聞きの悪い」

「いや、簡単に二重帳簿などと口から出ませんから?」

「話はそれだけだったら、もういいかな?」

都司が立ち上がると誰も止めることは無かった。

「ではまた明日」

沓音(くつおと)が聞こえなくなると、四人で都司への文句が始まった。
ひとしきり文句を吐き出すと、腹も減ってきたのだろう。 四人で呑み屋にでも行くようで連れ立って出て行った。

暫くすると、暗い廊下に人影が浮かんだ。

「四十枚を振り分けたとして一人が五枚。 今居たのが五人、ということはあと三人いるということか」

独語かと思ったが、もう一つの影がゆらりと出てきた。

「そのようですね。 あくまでも平等に分けていればの話しですが」

「まだまだ絞り切れませんね」

言い終わると両眉を上げて、弱ったもんだ、という顔を杠が作った。

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