大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第22回

2021年12月24日 21時46分53秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第20回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第22回



今日は一つを置いてもう何もすることがない。 いつもならこんな時は本領の中を馬で走っているが、紫揺のことが気にかかる。

四方と昼餉を済ませると自室に戻った。
世和歌と丹和歌が抜かりなく “最高か” の昼餉を用意して、今はその世和歌と丹和歌が奥の部屋で軽い睡眠をとっているらしい。

ここで誰かに襖を開けられれば居るはずのない “最高か” が見つかってしまうが、マツリの部屋の襖を勝手に開ける勇気のある者はこの宮にはいない。

そのマツリが部屋の中にいる。 マツリの部屋だから当たり前であるが、普通なら同じ部屋に居る者は落ち着けるものではないがこの四人は違う。 紫揺のことを想っているのだ、マツリから色んな話を聞きたい。
が、話は違う方に向いていった。

「祖父と呼べる歳の者の嫁になろうと思うものか?」

彩楓(さいか)と紅香(こうか)が目を合わせた。

「如何なさいました?」

紫揺の話しならともかく、そうでない話に勇気を振り絞って彩楓が訊ね返す。

「いや、今日そんな話を聞いたものでな。 四十二の男と十八の女人が婚姻するらしい」

「まぁ」

二人が声を合わせ目を丸くした。 そして声を合わせて言う。

「それはお目出度いことで御座います」

「え? ・・・ああ、そうか目出度いか」

そう言われても何か腑に落ちない。

彩楓と紅香がまた目を合わせる。

「マツリ様、歳などは関係御座いませんわ」

彩楓が言う。

「だがあまりにも離れ過ぎてあろう、孫ではないか。 嫁をもらうと聞いて我はてっきり、どこかにいい後家を見つけたのかと思ったのだが」

「歳だけを見て孫と言われてはそれまでですけれど、その女人がその方を想っておられるのならそれが一番ではございませんか」

「ええ、いくらその方の近くに似た歳の女人が居ても、その女人より想いが薄ければね」

マツリに向いて言ったのではない、彩楓の方を向いているがマツリに言っているのは分かる。

「・・・想いか」

「はい。 想ってもらえなければその方は幸せにはなりませんわ。 そしてその女人も同じです」

「そうか。 そんなものなのか」

「リツソ様が紫さまにお心を寄せていらっしゃるとお聞きしましたが」

「ああ、そうだが・・・。 ん? どうして知っておる?」

「わたくしたちは紫さまの事でしたら何でも」

「それこそ紫さまを想っておりますので」

何だこの二人の胸の張り方は。 だがいい機会だ。

「それが不思議だった。 何故だ? 紫がこの本領に居たのはほんの僅かの時だ、それなのに」

「わたくしは紫さまが初めて本領の衣装にお手を通される時、お着替えをお手伝いいたしました。 とても無邪気で可愛らしい方で」

両手を広げて衣裳を見せた時のことを思い出したのか、笑みを零している。

「ええ、わたくしは紫さまの裾をお持ちしました。 その時には裾をお持ちするのがわたくしのすべきことと思っておりましたが、シキ様の可愛がっておられる紫さまにお付きするのも良いかと思うようになりました。 ですがその思い以上にあまりに紫さまが可愛らしく、正直でいらっしゃるので」

そして丹和歌は淹れた茶をすごい、と言ってもらったと言うが、それだけではない。 やはり素直に話す紫揺を気に止めたという。
世和歌は紫揺のことを、とっても純粋なお方でシキ様とは違ったお慕いを想うと言っていたという。

唱和とニョゼが本領に来た時に北の者の案内役として世和歌は先を歩いていた。 その時に紫揺がニョゼの腕に飛び込んで唯々泣いていたのを見ていた。 その時のことを綺麗な涙を流されていたと言っていたという。

それにこれは従者の殆どが見ていたが、唱和とニョゼがこの本領の上空に見えた時、此之葉が顔を真っ青にしていた。 その頬に紫揺が手を添えるとほんのり桃色にさえなっていた。 無言のどよめきのさざ波が起きたという。

「あの時は涙を流された此之葉様に笑ってと、仰って」

「ええ、ええ」

マツリへの恐さなど忘れて、というか、そこにマツリが居ることさえ忘れて饒舌に二人が言葉を紡ぐ。

「新芽の輝きのような方ですわぁー」

胸の前で自分の手を握りながら、宙を見た二人が声を揃える。
呆気にとられているマツリを見た二人。

「あら、失礼をいたしました」

二人が袖で顔を隠した。

「リツソ様の、ええ、リツソ様のお話で御座いましたわね」

隠していた袖からそっと目を出す。

「え? あ、ああ」

不自然にならないように手を下ろすと話し始める。

「紫さまはこの一の年でリツソ様が頼れるようなお方におなりになられれば、お考えになるとお方様にお返事をされましたが、マツリ様はいかにお考えになられましょうか?」

彩楓が問う。

「そんなことを言ったのか?」

紫揺からは澪引に返事をしたとだけ聞いていた。 何を言ったかはマツリが澪引に訊けばいいと聞いていたが、訊いてはいなかった。

「はい。 お方様はリツソ様を鍛練されると仰っておられましたが」

「あの状態で一の年ではそう簡単には無理であろう」

「そうで御座いますわよね!」

紅香が言う。

「ですが、今回のことで猛省をされて猛勉学をされ、お身体も鍛え上げられるということも御座います。 お歳にして十六におなりになります。 伸び盛りでは御座いませんでしょうか。 お背も」

最後に怪しい言葉が付いた。

「まぁ、そうなれば母上の言うように話が進むかもしれんが」

「マツリ様はどうお考えで御座いますか?」

世和歌と丹和歌からリツソではなく、マツリと紫揺ではどうかと話しを聞かされ、無理なことだとは言ったが、こうして話してみると世和歌と丹和歌の言っていたことが分からなくもない。
リツソの話を聞いてマツリはどう思っているのかを訊こうとした。 そしてマツリは紫揺のことをどう思っているのか。

「どうと言われてもなぁ、母上がお決めになったこととしか言いようがない。 だがそれが叶うことは無いだろう」

「それはリツソ様がという意味で御座いますか?」

「いや。 東の領土が紫を離さないということだ」

「五色様でしたら、この本領からお一人東に行かれればよいのではないのですか?」

「東の領土はあの紫でないと納得できないだろう。 いや、納得しない」

どこがいいんだか、と言いたいがこの二人の紫揺話を聞いている。 とてもじゃないが言えたものではない。

「まぁ!」

「それでは紫さまは何があっても本領に来られないと?」

それではこの四人にしてみれば、リツソもマツリも存在の意味がないではないか。

「ああ。 それこそ本領が紫をリツソの奥にすると言えば東も諦めるだろうが、まず父上がそんなことをされるはずがないし、アイツもそんなことで納得するはずがない」

「あいつ?」

「あ、いや、紫だ。 紫は父上に食って掛かったそうだからな。 怖いもの知らずだ」

「あら、四方様に何か不手際がございましたのでしょうか」

「ええ、理由なく紫さまがその様なことをされるはずが御座いませんわ」

当たりである。 だが・・・。

「・・・そこまで紫を信じられるのか?」

「ええ、勿論に御座います」

「でも・・・」

「ええ、そうね。 偶然にも紫さまにお会いできることがありましたけど、この先紫さまとお会いできる保証は無いのですものね」

「東の領土が紫さまを離したくないというお気持ちは、誰よりもわたくしたちが分かってしまう事」

はぁー、と二人が肩を落とした。
シキにせよ紫揺にせよ、女人を引き付ける何かを持っているのだろうか。 その何かが分からない。 いや、シキには分かる。 あの様に美しくよく気がつき、優しく笑み、その姿には藤の花が舞うようなのであるのだから。 だが可愛いや無邪気などでそこまで想えるものだろうか。

「そろそろ紫さまをおさすり時が」

彩楓がどこか憂いの表情を見せる。

「そんなに気を落としてはいけないわ。 今は紫さまのご回復だけを願わなくては」

「ええ・・・そうね」

・・・なんだ。 この猿芝居は・・・。 マツリが思わずドン引いた。
それとも、本心から紫揺と会えなくなることを悲しんでいるのだろうか?
“最高か” が手を着いて頭を下げると襖の向こうに消えていった。


マツリが頭の下に腕を組みながら寝ころんでいる。

「リツソがアイツを想っておるか・・・」

そう思うと北の領土のショウジとの会話の一端を思い出す。

『その・・・マツリ様の、まわりに・・・マツリ様の、その・・・お気になるお方がいらっしゃるかと』

『気になる?』

『はい』

『それはどうすれば分かるのだ?』

想い人の話しになり、己が顔を赤くしたからだとショウジが言っていた。 そして

『その方を見ると・・・心が。 ・・・そう、心がはねます』

『心がはねる?』 そう問うと、

『そうですね、他の言い方では胸に何かが刺さったような思いをします』

『刺さった?』 そんな覚えなどない。

が、あの時

『・・・あ』

と思い出したことがあった。

「・・・あの時、何を思い出したか?」

心の中のいろんなものを探るが出てこない。

「ショウジはリョウを迎えられたのだろうか・・・」

ここのところ不規則な食事をとり、食事を抜くこともあった。 もちろんその上に心労も。 だが今日は朝餉はもちろん、遅くはなったが昼餉も食した。 夕刻を迎えるまで今は他にすることがない。 部屋に女人が居るというのに、そのままうつらうつらとしてしまった。



夕餉を終わらせたリツソがマツリの部屋にやってきた声で起こされた。 長い間寝ていたようだ。 女たちは気を利かせて襖の向こうで時を過ごしていたようだった。

リツソに紫揺を会わせてやる。 二刻(一時間)。 リツソはその間ずっと紫揺の手を握っていた。

リツソに己の部屋に戻るように言い、世和歌、丹和歌姉妹に夕餉を食べに行かせた。
時が来たからと “最高か” が紫揺をさすっていた。 マツリは回廊側の部屋に座している。

女達には気を使わせることになるだろうが、今日はこのまま紫揺の様子を見るつもりだ。 うっかりであったが昼間にぐっすりと寝ることが出来たのだから、なんということは無い。
キョウゲンも巣をこちらの板間に移動している。 フクロウと言えど雄であるのだから。

「紅香・・・」

「なに?」

「紫さまが・・・」

「・・・あ」

襖がバン! と開けられた。 とっても勢いよく。 
驚いたマツリが振り返る。 キョウゲンも大きな目を更に大きくしている。
そこに彩楓が何の遠慮もなく立っていた。

「マツリ様! 紫さまがっ!」

紫揺に異変でも起きたのかと、マツリが素早く立ち上がり紫揺の横に付いた。 腕をさすっていたのだろう、紫揺にかけられていた布団は胸までめくられている。

「何があった!」

立っていた彩楓がマツリの横に雪崩れ込むように座った。

「お指が・・・」

見ると僅かだが手の指が動いている。 異変ではなく、良い兆しが見えているということだった。

それならそうと、それなりの言い方があるだろうに。 それに指が動くだろうと言っていたのだから、もっと落ち着いた言い方とか、襖の開け方があるだろう。 大きく溜息を吐きたかったが、これまでこの女たちが頑張ってくれたのだから、そういうわけにもいかない。

何と言っても元の原因はリツソだし、浅はかにも紫揺を釣ってリツソに会わせたのは己である。

「あ、ああ・・・。 いい兆候だ・・・」

“最高か” が声を出さない。 身動き一つすることがない。
あと何を言えばいい。 この者たちはどんな言葉を期待しているのか。 何と言って欲しいのか。
・・・分からない。
祖父と思えるような歳の離れた男に嫁ぐ娘の気持ちも分からない。
女とは・・・。
何を考えているのか。

シーンとした空間。 空気の波打つ音さえ聞こえない。

手持無沙汰だ。
紫揺の顔を見ると前髪が乱れている。 手を伸ばし前髪を上げてやる。

「まあ!!」

静かな中に彩楓の声が響き、前髪を上げた手がビクッと震え心臓が飛び出しそうになった。

「まぁまぁまぁ!」

彩楓の声に紅香が目をパチクリさせている。 まるで急に眠りから目覚めたように。

「は?」

マツリが彩楓を見るが、彩楓はマツリの横から覗き込んで紫揺を見ている。

「あの、マツリ様いかがで御座いますか?」

まだ紫揺を見ている。

「ああ、だから良い兆候だと・・・」

「そうですわよね、そうですわよね。 紅香、あと少しで目覚められますわ」

「ええ! 是非ともわたくしたちの手で」

「ええ、勿論。 マツリ様、あちらに行ってらして下さい。 お背中がまだですので」

ずいっと彩楓が進んでくる。 マツリが押し出されるようにして紫揺から離された。
マツリにこんなことをしたのはきっと彩楓が初めてだろう。 だが彩楓の目には紫揺しか映っていない。

どうもこの二人は紫揺の指が動いたことで、余りの嬉しさにフリーズしていたようだ。 そしてマツリが手を動かしたことで、解除されたのだろう。

(・・・どれだけだか)

すごすごとマツリが畳の間を退室する。
襖を閉めその襖に背を向けて座り直した。 指を見る。 さきほど紫揺の前髪をかき上げた左手の指を。

「あ・・・」

ショウジとの会話を思い出した。
あの時、胸に何かが刺さったような、そう言われた。

『・・・あ』

『お心当たりが?』

『姉上が祝言を上げるようだ。 その話を聞いた時には・・・』

そう言った。
だが

「ちがう・・・そうじゃない。 あの時だ・・・」

北の領土でシキが領主を視た時だ。 マツリが探していた迷子の娘がシキが探していた東の領土の紫と分かったあの時だ。
北の五色が力を無くしていると北の領主が言ったのに対してシキが五色の力は民に愛されてこそその力が満たされると言った。 それを己が念を押すように言った時だ。

『民がどれ程、五色を愛するかだ』 そう言った時に胸に刺さるものを感じた。

「どうして・・・」

ショウジが言っていたのは、気になる者がいればそうなると言っていた。

「気になる者・・・」

その前に話していたことを思い出す。

『マツリ様には想い人がおられるのでございますか?』

『そっ、そのような者はっ!』

そう言った。 だがその時に

『―――熱い。 なんだこれは!?』

あんなことになったのは初めてだった。
そしてリョウの話をしていたのに急にショウジが言った。

『マツリ様の想い人とはどのようなお方ですか?』

『そのような者はおらんと言っておる』

『そうなのですか? 失礼ながら、想い人のお話をしました折、マツリ様はお顔を赤くなされましたが?』

『赤く?』

『はい』

『あ・・・熱くはなったが、赤くなどしておらん』

『お顔が熱くなったということは、お顔が赤くなったのです』

顔が赤く。
たしかにリョウの話をしたときにはショウジは顔を赤くしていた。 だから急に熱が出たのかと思った。

『して、マツリ様は想い人とはどうしておられるのですか?』

『だから、そのような者はおらん』

『では、先ほどどうしてお顔を赤くされたのでしょう?』

『・・・それは。 ・・・俺にも分からん』

『もしや? 想い人と意識をされておられない?』 

ショウジはそう言った。

「俺に想い人が居る?」

だから『民がどれ程、五色を愛するかだ』 そう言った時『愛する』 その言葉を口にしたときに胸に何かが刺さったように感じたということか? それならば・・・。

―――それはいったい誰だ。

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