大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第21回

2021年12月20日 22時06分25秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第20回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第21回



着替えを済ませキョウゲンと共に部屋を出たマツリ。

「さて、剛度は岩山に出ておるのか、それともまだか・・・」

朝陽の番であるならば既に岩山に居る、夕日の番であるならばまだ家に居るはず。
部屋を出て回廊脇に置いてあった長靴(ちょうか)を履きながら考える。

「岩山では話せんな、剛度の家に行くか。 ・・・陽があるがいいか?」

馬番たちの居る前で話せる内容ではない。 剛度だけを呼び出して岩穴の外で話すのも不審に思われるだろうし、ろくでもないことをしている者達に要らぬ影響を与えるだけになってしまう。
家に居なければ明日出直すしかない。

「もちろんに御座います」

マツリの肩から勾欄に飛び移っていたキョウゲンが飛び立った。 長靴を履いたマツリが勾欄を蹴る。



「これは、マツリ様。 このようなむさ苦しい所に」

「少々話がある。 目立ちたくないのだが」

「お入りください」

何かあると察した。 返事は早い。
キョウゲンがマツリの肩から羽ばたき、土間に置いてあった背の低い棚の上にとまった。
女房が驚いた目を向けていたが「茶をお入れしろ」と言われ、我に返り慌てて湯を沸かしに台所に向かった。 「構わんでくれ」というマツリの声など耳に入っていないようだ。

家の中に入り長靴を脱ぐ。 剛度に案内されるまま奥の部屋に足を進めると、廊下から入った正面に、よく手入れされたちょっとした中庭が掃き出しの窓の外に広がっている。
「こちらに」という剛度の声に腰を下ろした。

「目立ちたくないと仰っても、キョウゲンに乗ってこられたのでしょう、充分に目立ちまさぁ」

職場ではないからか言葉が崩れているが、マツリとはそんな仲だ。

「離れた所で下りたが」

「マツリ様を見りゃあ、それだけで目立ちまさぁな」

「ではこの話、今はマズいか」

「野暮なことは言わねーで下さい。 見張番の事ですね」

話しの通りが早すぎる。 まだ見張番の “み” とも言っていないのに。

「心当たりがあると言うのか」

「まぁ、ここに来られただけで十分それとわかりますが、俺も不審な動きを何度か見てますから」

「単刀直入に言う。 地下と繋がっている者が最低でも三人いる。 一人は東の紫を連れてきた時、外に出ていた者、あの新しいという者だ。 剛度の話しからすると、もう一人も新しく入った者ではないかと思う」

「あとの一人は?」

「思いたくないが前から居る誰かだろう。 我はあの時の一人以外まだ誰の目も視ておらん」

「あの時、紫さまに付いた二人はどうでした?」

「長くは見られなかったが、目の中に禍(まが)つものは見えなかった。 だがやはり真正面から見んとなんともな」

「アイツ等はまずまず大丈夫かと。 俺の信用もありますし、アイツ等からも話を聞いてますんで」

そこにおずおずと女房が茶を出してきた

「手を煩わせるな、頂く」

すぐに一口を飲み湯呑を置いた。

「聞いているとは? さっき言っておった不審な動きのことか」

「マツリ様もご存知の通り、我らは陽が上ってから陽が落ちるまであの岩山におります。 季節で岩山に居る時が随分と違ってきます。 ですから交代の時も季節で変わってきます」

全て知っていることだがマツリが頷いて聞いている。

「朝陽の番、朝陽が上った時に番をしていた者が、陽が真上に上がり陽が落ちるまでの番の者と交代したら普通は家に帰るんです。 それが帰らないヤツがいます。 いや、一度家に帰ると見せてすぐに家から出てきたりもします。 夕陽の番の時も同じく、番が終わってもう暗いと言うのに、家に戻らずそのまま馬で走っているのを見かけました。 さっき言った奴らが何度かそれを見たんで俺に言ってきたんですが、それから注意をして見ていると、マツリ様が飛ばれた時には必ずそうしているようで」

マツリが飛んだ時と言うのは偶然が重なっただけで、単に呑みに行ったり、何かを買いに行っただけなのかもしれないが、と付け足した。

「それと・・・あれは何日前だったか。 俺が朝陽の番の時だったんですが、マツリ様が夕刻前に飛ばれた後、腹が痛いと新しく入ったヤツが途中で帰ったと聞きました」

「そうか」

東の領土の祭の日のことだろう。

「馬でどこへ向かって走っているかは分かるか」

「今のマツリ様のお話から分かりやすく言うと地下の方向です」

「それは何人だ」

「分かっているだけで四人です」

「四人?」

一人増えた。
マツリが溜息を吐いた。 十八人中、四人。 新しい者が二人となると、長く居た者、信用のある者が二人ということになる。 それも現段階で分かっているだけというオマケ付きだ。

「新しい者二人は間違いないな」

「はい」

「あとの者は」

「技座(ぎざ)と高弦(こうげん)です」

「技座と高弦が?」

剛度が頷く。
技座も高弦も三代続く見張番だ。 それがどうして。

「こう言っちゃあなんですが、最初は何でもなかったんです。 今更ですが、女房を貰ってから段々と変わってきました」

「どちらもか?」

「あの二人は同い歳で、女房も仲のいい女同士です。 たしか技座の女房が高弦に己の友だと言って、高弦の今の女房を紹介したと思います」

マツリが眉をしかめる。

「この女房二人が散財するんでさぁ」

「散財?」

「俺らにはそこいらで働いてる者よりずっといい給金が出ています。 あの女たちは最初っからそれが目当てだったのかもしれません。 夕陽の番だったときに何度か呑みに誘ったんですがね、段々と付き合いが悪くなって今じゃあサッパリでさぁ」

「地下と繋がりのある者は報酬をもらっているようなのだが?」

「あの二人がか・・・。 以前のアイツらなら考えられませんが、今ならそんな金に手を付けるかもしれません」

「その女房達はずっとここに居た者か?」

「いえ、違います。 えーっと、どれくらい前になるか・・・」

「十基(じゅうき)の生まれた時だから、六年前だよ」

突然、剛度の女房の声が入ってきた。 茶を置いた後に辞したはずだったのに、いつの間にやら廊下の端に立っているではないか。
十基とは剛度の何人目かの孫だ。 ちなみに剛度は現在四十三歳、結婚が早く子供もすぐに生まれていた。

「ああ、そうだったか。 六年前に四都(よと)から何人かで流れてきたみたいでさぁ」

「四都から?」

「アンタ、アイツ等の話をそのまんま飲み込んでどうすんのさ」

「それは?」

声の主、剛度の女房に顔を向ける。

「いえね、言葉に四都の訛りが入ってないんです」

女房が廊下に腰を下ろす。 最初は緊張していたようだが、マツリの気遣いに気を良くしたようだ。

「こいつぁー、四都の出で」

「十の歳までですけど。 それでも四都特有の訛りが無いのは分かります。 それにあの話し方は六都(むと)だと思います」

マツリとて民と話さないわけではないが、声をかける程度で話し込むわけでもなく、相手もマツリ相手という事で言葉に気を付けて話をしている。 特有の訛りと言われればどうだっただろうと考えてしまう。

「六都?」

マツリが眉をしかめた。
六都の民は良いとは言い切れない。 それどころか問題ばかり起こしている。

「お前、なんだって今まで黙ってたんだ。 六都なら四方様に報告しなきゃなんねーだろーが」

「アイツ等は四都から来たって言い張ってるんだよ。 それをあたしが勝手にアンタに言えるわけないだろうさ」

「だからって―――」

「四方様に上申して間違えでしたでは済まないだろう」

「だからって、今ここで―――」

「黙んな。 マツリ様、アイツらは親の代からとんでもなく金遣いが荒いんです。 あたしも何度も技座に言ったんです。 なんたってうちの人の下で働いていた者の子なんで。 でも技座があの女にことのほか惚れちまってて嫁にしちまったんですよ」

剛度の下で働いていた技座と高弦の父親達は息子に代を譲って、今はコツコツと貯めた金でゆっくりと生活しているはずだった。
だが、息子たちの女房がすり寄ってきて、父親達からも金を出させているらしく、息子達はそれを気にしていたと、剛度の女房が言う。

「おい、なれなれしく話すんじゃねーよ」

「構わん」

剛度に言うと女房を見て「気にしないでくれ」と付け足した。

「何人くらいで流れてきたか分かるか」

「そうさねぇ」まで女房が言うと「おい!」となれなれしく話し出した女房に、再度剛度の声が飛んだ。

「はい、はい。 三家族で十二・・・いえ、十三人でした」

「技座の女房ということは、二十の歳ほどか。 その六年前というと―――」

技座はマツリとそんなに変わらない歳だったはずだ。

「二十じゃありません。 十七の歳です。 ここに流れてきた時には十一の歳でした」

「え?」

「技座が二十一、女が十六の時に一緒になりました」

女房の言葉にがっくりと肩を落として溜息を吐く。 技座といい秋我といい、この剛度もだ。 何故そんなに早く結婚をするのか。

「お前はもういいから、あっちへ行っときな」

「分かったよ、でもまたアンタが間違ったことを言ったらいつでも口を挟むからね」

「っとに、口だけは達者なやつだ」

「なんだって!」

ビクッと肩を震わせた剛度。
剛度が女房の去った後を見て言ったが、しっかりと聞こえていたようだ。

「なんでもねーよ」

マツリが気の毒そうに剛度を見る。

「こんなこたぁ毎日でさぁ。 それよりこれからどうされます」

「今すぐどうこうということはしたくないが、はっきりした人数とそれが誰なのかを知っておきたい」

「俺の方で洗ってもよろしいが、いや、それが俺の仕事です。 ですがマツリ様に視て頂くほどの確実性はありません。 暫く大人しくしていればいい、なんてことをされたら分かりませんで」

尤もな話だ。
マツリが腕を組み剛度から目を外す。 ずっとキョウゲンで岩山を飛んでいただけなのに、急に己が行って一人ずつと話すなど不自然極まりない。 何か手はないだろうか。

「材料がなくはないです」

マツリが目を剛度に戻す。

「近く内々で祝いがあるんです。 百藻(ひゃくも)が女房を貰うことになりまして」

「百藻が?」

もう嫁をとらないかと思っていた。 心根の良い後家でも見つかったのだろうか。

「へぇ、相手が稀蘭蘭(きらら)って変わった名で十八の歳です」

「じゅ、じゅうはちー!?」

「へぇ、孫みたいなもんでさぁ。 で、四十二になっての嫁貰いですから、見張番で祝いをしようって話になってまして、その席に同席されてはどうですか」

目眩がおきそうだ。 うずくまりたい。 だが今はそんなこともしていられない。 宮に戻ってから十分にしよう。
それに孫のような歳の娘を嫁にする百藻の気持ちも分からないが、女の考えることはもっと分からない。 どうして祖父と呼べる歳の者の嫁になろうとするのか。 宮に戻って女人たちに訊いてみようか。

「今日マツリ様がここにお見えになったのは、もうみんなの知るところです。 ここに来られたのは、東の領土の五色様をお連れになってこられた時に久しぶりにお話ししました。 懐かしくなって俺を訪ねてこられた。 そして百藻の話を聞いたってことで」

その線で行けばどうかと目が問うている。
マツリが頷く。
何もかも段取ってくれるのは楽だ。 頷くだけでいいのだから。

それにしても百藻が・・・。 頭から離れない。

出来れば早急に、今日にでも分かれば良かったのだが、見張番の動きは己が飛ばなければそれでいい話。
内々の祝いは明々後日と聞いた。 「いや、ギリギリでしたな」と剛度が言っていたが、紫揺が東の領土に帰る時には送ってやらねばならないだろう。 明日には目覚めるだろう。 なんとか明々後日までは居てくれないものだろうか。

「六都の話しは驚きましたなぁ」

己の女房のいる方をチラッと見るようにして言う。

「ああ、全く知らなかったが、女房から六都と聞いていれば父上に報告していたであろうな。 まぁ、あくまでも剛度の女房が言う話だけであって、本当に四都かもしれんが」

「お調べになられるおつもりで?」

「・・・我には無理だな。 官吏に訊けばいいだろうが、今はそれもままならない。 と言っても父上にこれ以上仕事を増やさせては申し訳ない。 報告はするが時を改めてからの事になるだろうな」

各都から居を移す時には各都にある官所に出向き異動書を出さなければいけない。 辺境から各都に入って来る時には入都書を出さなければいけない。
マツリはデスクワークを一切していないのだから、それこそ書類がどこにあるのかも知らない。
茶を飲み干すと剛度の家を後にした。



遅い昼食を四方と摂る。 今回も人払いをしてある。
四方は文官との仕事があるため、常なら太鼓が鳴れば昼休みを取りその時に昼食をとるのだが、今日は昼休み返上でやりかけていたことを止めずようやく終わらせたようだった。
その昼食の場はマツリの報告の場となった。 男だけになると食事の時であっても仕事の話になるようだ。

「では、明々後日には、はっきり分かるということだな」

「まずは。 剛度が言うには全員出席のようですから」

「それにしても技座(ぎざ)と高弦(こうげん)がなぁ・・・」

四方にすれば技座も高弦も幼いころから知っている。

「だが裏が複雑でなく良かったということか」

単純に金に目がくらんだということなら、それまでである。

「見張番の事はそれで良しとして、あとは官吏か」

「その前に」

「なんだ」

「技座と高弦の女房二人ですが、四都から来たと言っているそうなんですが、剛度の女房が言うに、四都特有の訛りが無いと」

「訛り?」

「はい、剛度の女房は十の歳まででしたか、四都にいたそうなんです。 女房が言うにはあの話し方は六都だと言うんです」

「六都!? 六都から流れてきたと?」

「あくまでも剛度の女房が言っていることです。 剛度は気付かなかったようですし、本人たちも四都と言い切っているそうで」

四方が箸を置き腕を組む。

「六都なら見過ごせんな」

「六年前に流れてきたそうです。 三家族で十三人。 技座の女房が流れてきた時には十一の歳だったそうです」

マツリの報告にどんどんと四方が渋面を作る。

「官吏のことが分かってから、このことは文官に任されればどうでしょう」

「悠長にはしておられんが、六年も経っていれば今更か」

「はい、それに六都と決まったわけではありませんから」

「リツソはどうだ」

組んでいた腕を解いて箸を持ち、最後に残っていた含め煮の残りを食べ始める。
四方の話しが飛ぶのは分かっている。 驚くこともない。 話が終わったと思えば、次に必要なことを訊いてくるのだから。

「夕餉が終わるまで母上のところに居るように言っております。 夕餉が終わってから紫にもう一度会わせます。 紫のあの姿を見て己の軽挙を反省・・・考え直してもらわなければなりませんので」

「紫はどんな様子だ」

「先ほども見て参りましたが順調です。 早ければ明日の朝くらいと思っておりましたが、その前に気付くかもしれません。 四人の女人が頑張ってくれております」

「堂々とはいかんが褒美が必要か」

「そうお考えで下さいますなら、医者と薬草師にも」

「ああ、そうだったな」

マツリが立ち上がり茶を淹れ、四方の前にも置いた。

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