大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第133回

2023年01月16日 21時22分32秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第130回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第133回



まずは三人の証人が問われた。
何を耳にしたかと問われると、三人の証人が互いに目を合わせると意を決したように一人の男が口を開いた。

「は、はい。 官所で働いていた・・・その、死んだ三人から都司から金を貰ったと聞きました」

「金など! 誰にも金など渡しておらん!」

都司が前に座る刑部官吏に叫ぶと次に視線を証人に向けて叫ぶ。

「何を言うか!」

都司の怒声に証人たちが肩をすぼめ目をつぶる。

「己(おの」らが問われることではない。 知っておることを話せ」

四方が言うのを聞いて証人たちがそっと目を開けていく。

「あ・・・あの、おれの知ってる・・・死んじまったけど」

他の二人に目を合わせると二人が頷く。

「アイツが言ってた。 都司から金を貰ったって。 えっと・・・都司が言った家を燃やせって言われたって」

「馬鹿が! 何を言っている!!」

都司が叫び証人に食って掛かろうとしたのを武官が抑える。 椅子のひっくり返った音が響き証人たちの耳をつんざく。

「ひえっ・・・」

三人の証人が声を上げ互いに身を寄せ合っている。

「気にせず話せ」

危険はない、と四方が言う。 三人がもう一度目を合わせ頷き合うと、意を決したように一人が口を開いた。

「アイツ・・・馬鹿だから」

もう一人の証人が言うと他の二人が頷く。

「悪いやつじゃないんだけど・・・。 いや、悪いか。 都司から言われておれらに相談してきた。 ・・・してきました。 おれらは反対したんだけど・・・金が入るからって・・・。 それでもおれらはアイツを止めた。 だから、アイツも分かってくれてたと思ってた」

だが他の二人に言いくるめられてやってしまった。

「馬鹿を言うな!!」

都司の叫び声に、唐突に違う音声(おんじょう)が場を引き裂いた。

「言ったんだ! お前は言ったんだ! ヤツが言ったんだ!」

都司を睨みつけていた秀亜群の民である四人のうちの一人が言うと、もう一人も叫んだ。

「割に合わないと不服を言ってたんだ!」

「割に合わないとはどういう事だ!」

秀亜群の民に都司が言い返した。

「秀亜の民を殺すに、家を焼くにその金では割に合わないということではないのかっ!」

秀亜群の四人の民が都司を睨み据える。

「な・・・何を言っているのか・・・」

都司が後じさりしようとするが、四方がそれを止める。

「下三十都都司、行司(ぎょうじ)」

名を呼ばれ行司が四方を見る。

「不当に毒草を持ち、そして秀亜群の民の家を焼き秀亜の民を殺したのか」

「なっ! なにをっ! 何を仰います!」

都司はシラを切り通そうとしたが、証人たちや秀亜の民が言い切った。 都司が何を言おうとも、七人の者たちがそれを遮り証言をした。
いまの日本のように物的証拠があるに越したことはないが、ここでは必ずしもそれを必要とはしていない。

「何が悪いというのかっ! 私は都司だ! あの地の豪族だ! 誰に何を言われなければいけない! 民は私の僕(しもべ)だろう! 私のために働いて何が悪い!」

出口を失い開き直った都司が言う。

「では民に命令したというのか」

「命令? 命令ではない! 奴らは金を受け取ったんだ! 奴らが金を受け取って勝手にやったことだ!」

「刑部、進めよ」

四方の冷たい声が発せられた。
あとは刑部が追い詰めていくだけである。

そして翌々日。
下三十都都司が居た席に、四方の目の前に朱禅が座っている。

「申し訳御座いません」

朱禅が深々と頭を下げた。

「秀亜郡司に毒草の詳しいことを教えたのは私で御座います。 咎をお受けいたします」

静かに言った。

「朱禅、秀亜郡司から聞いておる」

秀亜郡司を出頭させていたこの前日、郡司が涙ながらに話した。

『朱禅から何度も何度も止められる文を貰いました。 早まるなと。 ですが・・・どうしても、どうしても許せない。 何の罪もない民がどうして焼き殺されなくてはならないのです! 民が何をしたというのです! 秀亜はゆるりと生きていただけです。 その地に薬草が生えているだけです』

そして毒草も。

『何度も文を出しました、毒草のことを教えて欲しいと。 ですが朱禅からの返事は毎回教えてくれるようなものではありませんでした。 ですから朱禅の手を振り切ろうとしました。 もういいと、そう文に書きました。 すると朱禅が・・・』

〖では、大萬(だいまん)の毒草を知っていますね、秀亜の土地に生えているものです。 その毒草をお使いください。 大萬は薬効が急速ですが、即、死に至ることはありません。 嘔吐、下痢の症状が続きますが、年寄で六日ほどは持ちます。 解毒の薬草は夾濡(きょうじゅ)ご存知ですね。 煎じて下さい。 煎じて下さい。 お願い致します。 どうぞ、どうぞお願い致します〗

『そう書いてきました』

文には濡れた跡があった、朱禅が涙ながらに書いたのだろうと秀亜郡司が言った。 己が朱禅を苦しめたと。

朱禅が静かに口元を緩める。

「罪は罪で御座います。 咎を・・・」

下三十都都司には一生の労役。 秀亜郡司は毒草を使ったが、宮都から許可が下りている。 毒草が生える地なのだから当然である。 だがその使いようが問われるところだが、情状の余地がある。
毒草の薬効が頂点を治める前に、解毒の薬草を煎じて苦しむ下三十都の民に飲ませている。 それにこの状況で郡司を捕えてしまっては、秀亜群の民が荒れるかもしれない。 散々な小言だけで終わり、刑部に残されることはなかった。

そして朱禅。
朱禅は主犯である。
だが真実は秀亜郡司が方法を朱禅に問うただけであって、秀亜郡司が主犯・実行犯である。
だが朱禅が言い切った。 指示をしたのは己、朱禅であると。 郡司は己に言われてやっただけであると。
その朱禅に秀亜群の民全員から嘆願書がきていたことを朱禅は知らなかった。

「朱禅、秀亜の民から届いておる」

一段上から四方が何枚もの紙を見せた。 字など書けない民が精一杯頑張って書いたであろう紙を。

「秀亜郡司を説得したのであろう?」

「己の力不足で御座います。 力不足は何の役にも立ちません。 何もしなかったと同じで御座います。 ましてや毒草の指示をしました。 咎を問われるに十分で御座います」

「秀亜の民の心を踏みにじるというのか?」

「・・・私にその価値は御座いません」

「相変わらず・・・」

頑固だ。
外目には柔らかい。 外目どころか接しても柔らかい。 だが芯は頑固だ。
能吏として財貨省から刑部省に移って間もない頃だった。 まだご隠居が本領領主でいた頃だった。 四方が東西南北の領土、そして本領内を山猫であるカジャに乗って奔走していた時であった。

『四方様、私にお手伝いをさせていただけませんでしょうか』

女官からの手伝いこそ受けていたが、まだ従者を持っていない時であった。

『え?』

『お願いをいたします』

朱禅が深々と頭を下げた。

『どうして・・・』

『お手伝いをさせていただきたい。 それだけで御座います』

四方よりずっと年上の朱禅に頭を下げられれば断ることを戸惑われた。 四方は知らなかったが、あとで聞いて朱禅は一介の官吏どころか能吏であったという。

「昔話になる。 どうしてわしについてくれたか話してはもらえんか?」

あの時、朱禅が申し出た時、とうとうその理由を話してもらえなかった。

「・・・覚えておいででしょうか。 四方様が秀亜に来られた時、朦朧としている女人を助けられたことを。 四方様がやっと十五の歳におなりになったくらいだったと思います」

四方が記憶を甦らせる。
そう言われれば、この秀亜群と下三十都の話を聞いた時、秀亜郡司からの書簡を読んだ時に思い出したことがあった。
薬草の藪の中で朦朧としていた女を郡司のもとに運んだ。 女が朦朧としていたのは、薬草の藪の中であったが、それは薬草といっても毒草の藪であったと。
後で知ったことだったが、季節的に毒草が香りを放つ時期であったらしい。 あのままあそこに居れば毒草にやられていたかもしれなかったと。
四方が頷く。

「四方様が助けて下さったのは私の姉で御座います」

四方が目を大きく開けた。

「私は五都に出て、官吏になるべく勉学に励みました。 それと同時に薬草が生える土地に居ながら、毒草のことをよく知らなかったということを知りました。 官吏の勉学と共に毒草の勉学も致しました。 あの時四方様が助けて下さらなければ、姉は単に命を落とすどころか、もがき苦しみ顔も身体もただれて・・・見る影もなかったかもしれません」

朱禅が四方を見ていた頭を下げて再び四方を見る。

「姉のご恩をお返ししたかった・・・だたそれだけで御座います」

朱禅の姉は知能というものを母の腹に置き忘れてきていた。 そして後に生まれた朱禅は、姉が置き忘れてきた知能を持って、二人分の知能を持って生まれてきたような子であった。
それだけの才がありながら、能吏と言われた男が姉の恩を返すだけの為に・・・己に付いた。 付かせてくれと言った。

「・・・朱禅」

朱禅が四方の従者となった時、何度も返そうとした官吏の資格。 だが総省が受け取らなかった。 いつでも戻ってきて欲しいと言って。
朱禅への咎は、その官吏の資格を剥奪。
官吏の資格を剥奪ということは官吏にすれば大きなことである。 だが朱禅自身が返そうとしていたこともあり、今は四方の従者であり今後も。 よって必要なものではなかろうということで、咎はそれにとどまった。

郡司が解毒の薬草を煎じ下三十都の民に飲ませ死者が出なかったということ。 それを指示したのは朱禅であるということ。 嘆願書があったというところも大きい。
そして今も四方の従者としている筈だった。 明日も外堀を守るように。

朱禅に育てられた尾能。 その尾能が四方の従者に言った。 「朱禅殿のご様子を伺って来てくれ」と。


「朱禅・・・」

公舎、いわゆる側付きや従者たちが居する所である。 朱禅もそこで寝起きしていた。
その部屋で朱禅が息を終えていた。

『四方様 幸せで御座いました 身勝手をお許しください 朱禅』 そう書かれた文が置かれていた。

「・・・すまぬ、すまぬ」

四方が朱禅の身体を抱えた。



「え?」

「ですから紫さまのご誕生の祭にマツリ様が来られます。 その時まで待つと伝えて欲しいとのことでした」

「はぁ?」

「何を待たれるのかは、紫さまは知っておられると仰っておられましたが」

胃の腑を痛めている領主に代わって秋我が言う。
部屋の隅に控えていた此之葉が首を傾げる。

「はぁ!?」

「お心当たりが御座いませんか?」

殴った心当たりが。

「・・・マツリが来たら・・・追い返して下さい」

いや、それは困る。 紫揺が誰も殴っていなければそれでいいのだが・・・。
殴っただろう?

「そのようなことが出来ないのは紫さまも御承知のはず」

はい。 ご承知です。
紫揺が諦めるように息を吐く。

「・・・分かりました」

「では失礼いたします」

秋我が出て行くと入れ違いにガザンが部屋に入ってきて足元にすり寄ってきた。 ガザンの首に手をまわして抱きつく。

「ブフ・・・」

先ほどまで秋我が座っていた位置に此之葉が座る。 ヘッドロックを我慢して受けているガザンにお気の毒様、と言う目を送って口を開いた。

「何かお心当たりが?」

本領で誰かを叩いた、いや、拳で殴ったということを秋我は領主にしか言っていない。 領主もまた誰にも言っていない。 よって此之葉の知るところではない。

「あー・・・、まぁ・・・」

だが秋我や領主が考えることは大きな間違いである。 ある意味正解でもあるが、今回マツリが来ることに対してだけは、大きな勘違いである。

『紫の気持ちを考えないのかと言っておったな。 今度来た時にはその気持ちとやらを聞かせて欲しい』

「ブグググ・・・」

「あの、紫さま?」

「はい・・・」

何を訊かれようともこの話は此之葉にはしにくい。 此之葉が苦しむに決まっている。

(ああ、そんなことはないか。 マツリがあんなことを言ってたけど屁のカッパ。 マツリのことなんて嫌い。 とっとと東の領土でいい男を探すんだ、そう言えばいいだけの事か)

「ガザンが・・・」

「・・・え?」

腕を解いてガザンを見ると、今にも昇天しそうな顔になっているではないか。

「わっ! ガザンごめん!!」

戸の外から塔弥の声が聞こえた。 部屋に入ってきた塔弥が今日はどこに行くかと尋ねる。

「良い気候になりましたので辺境にも行けますが?」

此之葉がピクリと動き、ガザンの身体をさすりながら紫揺が考える。

「うーん・・・」

紫揺はガザンを見ている。 その隙にそっと塔弥に耳打ちをする。
紫揺の誕生の祭の時にマツリが紫揺に会いに来るとさっき秋我が言ってきた。 それまでに万が一のことがあっては大変だと。
辺境には行かない方がいいと言っているのだ。
塔弥が頷く。

此之葉に言われたこともあるが、塔弥が辺境と言ったのに、それに釣られてこない紫揺の態度がおかしい。 いつもなら辺境と聞いただけで紫揺にガザンのような尻尾があったなら、ブンブン振っているのに。
それにマツリが来ると聞いてこの様子だ。

「ああ、それとも・・・山菜の山を上りましょうか?」

「え?」

「結局、あの時には彰祥草を見られませんでしたから。 今は咲いているでしょうし」

「ああ、うん・・・。 でもあの香りでは物足りないって分かったし・・・」

老木がその映像を視せてくれた。

此之葉と塔弥が目を合わせる。 塔弥が仕方ないと言った具合に、一つ溜息を吐いて覚悟をするように言う。

「お転婆で出かけましょうか?」

「え? ・・・何処へ?」

「何処へでも。 今日は民をまわるのはやめましょう。 ですがっ、襲歩はお控えください。 それをお約束していただけるのでしたら阿秀に俺から頼みます」

「う、ん・・・」

お転婆でも釣れないのか、それとも襲歩をするなと言われたから気が乗らないのか。

「いかがされます?」

「うん・・・。 うん・・・今日はお休みさせてもらう。 お転婆で出る」

「お約束は?」

「・・・グルグル回るくらいならいいでしょ?」

襲歩で。

「勝手にどこかに行かないで頂けるのでしたら」

「うん・・・約束する」


塔弥と紫揺の馬が並んで歩いている。 少し離れてお付きたちの馬がぞろぞろとついてきている。

「葉月ちゃんとどうなった?」

「どうって仰られても」

「話し、ちゃんとしてる?」

「・・・」

「ちゃんと言わなきゃ」

「・・・」

「阿秀さんに言われたらしいね。 私を待つようにって」

前を向いていた塔弥が紫揺を見た。

「此之葉さんにも言ったけどそんな必要ないからね。 待ってたらいつになるか分からないから」

「紫さま?」

紫揺も塔弥を見る。

「阿秀さんはちゃんと此之葉さんと話してるよ。 色んなことを男の方から話さなくっちゃ。 あ、でも今言ったように待つ必要はないからね」

紫揺の様子に触れられたくないのか、それを言いたかったのか、それでもと塔弥が話の筋を変える。

「マツリ様が来られるらしいですね。 次の満の月の時に」

「マツリのことはいいから。 ちゃんと葉月ちゃんに話して。 葉月ちゃんを寂しくさせないでよ」

マツリは塔弥と違ってはっきりと言う。 マツリには紫揺しかいないと。 だから寂しくはない。
でも寂しいのは・・・。
え? と思って塔弥から視線を外した。
どうして今そんなことを思わなくてはいけないのか。 今でなくともどうしてそんなことを思ってしまったのか。

「紫さま?」

「ね、私も頑張ってイイ男探すから。 そのうち誰かと結婚するけど待つ必要なんかないんだから。 葉月ちゃんに上手く言えないんだったら、明日にでも葉月ちゃんと結婚してよ」

「無茶を言わないで下さい」

結婚とは婚姻の事。 他にも分かる言葉は増えてきている。 今までより随分とマシに紫揺との会話が出来るようになってきている。

「紫さま、マツリ様―――」

塔弥が言おうとしたことを紫揺が遮る。

「広い所に出たら襲歩していい?」

塔弥が大きく息を吐いてから「はい」と答えた。 葉月の努力は無駄になるのだろうか。

紫揺の額には “額の煌輪” が揺れている。 徒歩であろうと家を出る時には必ずつけている。

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