大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第134回

2023年01月20日 21時29分02秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第130回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第134回



「いったい何を話してんだ?」

塔弥と紫揺の馬が並んで歩く前に紫揺から言われていた。
『塔弥さんと話があるから・・・ちょっと離れててもらえます?』 と。

「野夜、塔弥に関わるなよ」

阿秀が冷たい視線を野夜に送る。

「いや、阿秀。 葉月が今度はどんな技をかけるか見られるチャンスかもしれませんよ?」

「ホンット見事だったな」

「あの時の野夜は笑えた」

「うるさいわ!」

「葉月は彼の地で、男相手にプロレスの技をかけて練習していたそうだからな。 それも相手は漁師だ。 野夜なんぞ簡単にやられる」

そう、葉月が練習相手に選んでいたカクさんは漁師であって屈強な身体を持っていた。

「そういうことは早めに言ってくださいよ・・・」

「最初っから塔弥をからかうなと言っていただろう」

「それとこれとは別で・・・」

「あん? なんだ? 塔弥が下がってきた」

話が終わったということだろう。 阿秀が速歩で紫揺の元に行く。 他の者たちもそれに続く。
阿秀とすれ違いざま塔弥が言った。
「戻ったら此之葉を留めておいてください」 と。
阿秀が目で応えた。


「今日はスッキリとしましたか?」

お転婆で走りまくった紫揺の前に此之葉ではなく、そして前でもなく横に葉月が座っている。

「久しぶりね、葉月ちゃん」

座卓の上には葉月の淹れた茶が置かれている。

「塔弥さんのことを置いて、音夜ちゃんのところにばっかり行ってたら塔弥さん寂しいよ? って、塔弥さんが悪いんだけど」

「紫さまも音夜の所に行ってるじゃないですか」

「ま、まぁ、そうだけど。 ・・・でも、葉月ちゃんには塔弥さんがいるじゃない」

「その塔弥から言われました」

こんな時ばっかり、と葉月が漏らした。

「なにを?」

「マツリ様が来られるそうですね」

「あ、うん」

「塔弥に言ったそうですね、イイ男探すって」

「・・・うん」

「紫さまにとってイイ男ってどなたですか? どんな男ですか? どんなヤローですか?」

微妙、クレッシェンドがかかっている気がする。

「あ・・・葉月ちゃんキレてる?」

葉月が半眼で紫揺をとらえる。

「紫さま! もーちょっと、お心に素直になってはもらえませんか?」

「はい?」

「私は塔弥を想っています。 塔弥がどう想おうと。 私を忌とんでいても」

「いや、そんなことはないし」

「紫さまもそこまで想えません? マツリ様のことを」

「・・・え」

「お心を自由にお持ちくださいませ。 民はそれを願っています。 紫さまのお幸せだけを」

「・・・だって」

“だって” じゃない。 “だって、それは” でもない。
想う想わない以前にマツリの言ったことに乗ってしまえば東の領土に居られなくなる。
民は紫揺を見て、紫の姿を見て歓喜した。 祖母から言われた。 “東の領土を頼みます” と。
それに・・・。

『紫さまにおかれてはあの忌まわしいことから数十年待ち、やっと領土に帰ってきていただきました。 民が望んだ紫さまで御座います』

シキの婚姻の儀の折、澪引が領主に紫揺をリツソの許嫁にと考えている、領主にも考えて欲しいと言った時に領主が澪引にそう返事をした。
遠回しに断っているが、真実それが領主の考えなのだろう。
それにそれだけじゃない、一番大切なことがある。 気のせいかもしれないけど、杠の言っていたことが分かってきたような気がする。

「・・・無理」

自分が何をしなくてはいけないのか分かっている。 何をしちゃいけないのかも。

「葉月ちゃん、ゴメンね。 イッパイ言ってもらったけど・・・。 無理」

「でも分かってはもらえました?」

紫揺がマツリをどう想っているのかを。

「・・・こんな言い方をしたら葉月ちゃんに悪いんだけど・・・。 マツリはハッキリ言ったの」

マツリには紫揺しかいないと。

「でも・・・寂しいの。 今の葉月ちゃんと一緒なの」

「紫さま・・・」

「なんだろね。 寂しいっていやだよね」

紫揺には肉親はいない。 ましてや彼の地、日本から何も分からないこの地に来た。 この地の民が紫揺を受け入れてくれた。 それに応えたい、民たちと離れたくない。 民と離れると思うと寂しい。

「それを・・・その寂しさをマツリ様は埋めてはくれませんか?」

今までに見たことのない笑みで紫揺がフッと笑った。

「いいの」

「いいのって?」

「私はここに居るの。 この東の領土に。 みんなと一緒にいるの」

「紫さま・・・」

シキがマツリは紫揺のことを考えていると言った。 でも紫揺が望むことを叶えるのは不可能なこと。

「お聞かせください・・・紫さまはマツリ様のことをどう想っていらっしゃいますか?」

「・・・分かんない」

「お嫌いですか?」

「・・・マツリを・・・殴ったみたいなの。 塔弥さんから聞いてるでしょ?」

葉月がコクリと首肯する。

「記憶にないんだけど。 それほどマツリを許せなかったんだと思う。 許す気もなかったし」

それは紫揺の首筋に口付けをしたことなのだろうと、葉月が静かに聞く。

「マツリが・・・何度でも殴られるって。 でも無かった事にはしないって。 意味分んない」

支離滅裂に紫揺が言う。

「紫さま、東の領土の民は紫さまのお幸せだけを願っております」

だからマツリのことを考えて下さい。

「・・・」

いっぱい考えた。 だが、どれを取っても、

「紫さまのお幸せに―――」

「血は残す。 残すよ。 それに・・・子供が、私の産んだ子が紫の血を引くかどうかは分かんないけど。 もし血を引かなかったら、その子が大きくなって子供を授かるまで私が東の領土を守る。 紫が生まれるまで、私が生きている間、死ぬまで東の領土を守る」

「・・・紫さま」

「それが紫に与えられた義務・・・責任だから。 本領から新しく五色を迎えるなんてこと有り得ないんだから。 紫と言う名はこの東の領土において絶対的なもの。 それを私が受け継いだんだから」

名の重みを知ったのだから。

「私はまだまだだけど、でも紫の名に恥じないように・・・東の領土で生きたい。 初代紫さまに、お婆様に応えたいの」

「紫さま」

「葉月ちゃんごめんね」

男はマツリだけじゃない。
それに・・・マツリには応えられない。 応えちゃいけない。



六都文官所に居た杠は移動先がマツリ付ということになったということで、宮都から六都に官吏としてマツリと共に戻ってきていた。

「今宵が満の月ですか」

朝陽が顔を出したばかりの曇天の空を見て杠が言う。 今宵は東の領土で紫揺の誕生の祭がある。

「ああ、悪いが東の領土に飛ぶ」

「お気になさらず」

マツリと杠の間には今も四方と朱禅のことが頭の片隅にある。
あれからどうなったのだろうか。 すぐに六都に戻るべきではなかったのだろうか。 だが己が手を入れた六都を放っておくわけにはいかなかった。

マツリと杠が六都に戻ると、監視の目であった宮都の武官が減っていてもマツリたちの募集した人足の民は働いていた。 日中に発散した汗と共に肉体は疲れ、夜には寝ていたようだ。
人足たちは特に何の問題も起こすことなく、日々を過ごしていたと享沙から聞いた。 ただ、いまだにかっぱらいや、暴れたりしている者はいるということだが、武官が捕らえては官別所に入れているということであった。

宮都から戻ってきたマツリが官別所に入れられた者たちの罪状を見て、無償労働他、軽いものには灸を据え、今までと同じように人足として働かせた。

「こんな時に・・・」

どうしてあんな伝言を言ってしまったのか。 東の領土に。
そう考えていた横から杠の声が聞こえた。

「己が自害して・・・」

え? 何を言い出すのかと、思わず杠を見た。

「マツリ様にお子がおられたとして、己が自害したからといって、そのお子が幸せをすくおうとしていた手を止められたら・・・。 なんと思われますか?」

杠が自害をしたからと言ってマツリの子供には何の関係もない。 朱禅、四方、マツリとの関係を置き換えて考えてほしい。

寸の間、驚きに止まっていた表情筋が弛緩する。

「・・・そうだな」

まだ子供などいないが居なくとも分かる。

「驕(おご)ったことを申してしまいました」

マツリと杠の関係を四方と朱禅の関係に置いたのだから。

そんなことはないとマツリが首を振る。

「宮に寄ってから東の領土に行く。 早めに出ても良いか?」

東の領土の祭は月が出てからである。

「一日くらいで何が変わることも御座いませんでしょう」

水面下で状況を見ている享沙や他の者たちからも怪しい報告はない。 ちなみに絨礼と芯直も似ていない双子として井戸端を聞く役割に復帰している。
柳技はとうに紙屋を辞めた巴央と共に人足に混じって力仕事をしながら、男たちの間に不穏な動きがないかを見ている。 柳技に関してはまだまともに力仕事は出来ないので、アレを持って来いと言われ取りに走ったりと、使い走りのような事をしているのだが。

「そうだな・・・」

止まり木にとまるキョウゲンを見た。

「キョウゲン、宮に戻った具合で秀亜に飛び、また宮に戻ってもらえるか?」

「造作も御座いません」

今日は曇天のようだ。 快晴の中を飛ぶことを思えば少しはマシだろう。

「宮には馬で戻られますか?」

辺境の秀亜群に行くには馬では時がかかり過ぎる。 仕方なくキョウゲンに頼むが、曇天といえど、可能な限りはキョウゲンを飛ばしたくない。

「ああ、そうする」

「用意してまいります」

宿を出て官所の厩に向かった。


馬で宮に戻ってきたマツリが回廊を歩いていた。 取り敢えずは着替えようと自室に向かっている。

「お帰りなさいませ」

マツリを見かけた庭師たちが声をかける。
部屋で着替えをしている間に門番から聞いたのであろう。 着替え終わり襖を開けると尾能が座していた。

「お帰りなさいませ」

手をついて頭を下げている。

「父上のご様子を訊きたい」

部屋の中に入るよう促す。
部屋に入ると襖を閉め、そのままその場に座った。 マツリは座卓の前に座している。

尾能の説明はこうであった。
すぐに秀亜群に戻った秀亜郡司に早馬を走らせた。 秀亜郡司は馬車で戻っている。 その為、秀亜群に着くずっと前に道中で会ったということだったが、早馬がその秀亜郡司からの文を持って帰ってきた。
そこには野辺送りは秀亜群で行いたいと書かれていた。

涙にくれている朱禅の甥である若い薬草師が静かに見送る中、馬車で朱禅の遺体を運んだが、朱禅の横に四方がついていたということであった。 四方はそのまま秀亜群での野辺送りに参列し三日間帰らなかった。
帰って来てからは二日間、喪に服していたという。
秀亜群では尾能だけが四方に付き、他の従者は宮に残していたということであった。

「ご心中はまだまだで御座いましょうが、今は何事も無かったかのように過ごされておられます」

ポロリとこぼしたという。 咎を下した時にすぐ秀亜へ戻していればこんなことにはならなかったのだろうかと。
すかさず尾能は言ったという。

『万が一にも、そのようなことをされておられましたら、朱禅殿は今までの時を悔やまれたと存じます。 四方様が朱禅殿をかわらずお傍に置かれました。 朱禅殿はお幸せで御座いました』 と。

朱禅の最後の文にもそう書かれていた。

話を聞き終わったマツリが顔を下げ深く息を吐いた。

「失礼を承知で申し上げます。 私が四方様にお付きしております、マツリ様のご心配はご不要かと」

六都の話を尾能も知っている。 心配せず六都のことに専念しろということだろう。

「・・・そうか」

気を使ってもらっている。 こんな時にはそれを受けるのが一番だ。

「一度、秀亜群を見に行こうと思っているのだが、あちらはどんな具合だった」

「あの時は誰しもが悲しみに暮れておりました。 秀亜群から出た初めての官吏で御座います。 その上、四方様の従者となられた。 秀亜群の誇りでもあったでしょう。 事の次第を聞いた民は、その命を自分たちが取り上げたとすら思っていたようですから」

そこまで言うと一度大きく息を吸ってゆっくりと吐き、そして続ける。

「四方様の出された咎に不服を言うどころか、感謝をしておりました。 今頃は落ち着いているのではないでしょうか」

「そうか・・・承知した」


「六都はどうだ」

マツリと四方だけの遅い昼餉である。

「いまのところ問題なく。 荒者たちには朝から体力を使わせ、夜に暴れる体力を残させておりません。 文官所からの報告はいかがでしょうか」

前日に受け取っていた文官所からの書簡を携えていた。
四方が眉を上げる。

「文官所には行っておらんのか?」

マツリの箸が止まる。

「杠が厩番に一人置いておりますが、下手な動きは無いということです。 文官の仕事は新しい文官に任せておりましたので。 何か御座いましたか?」

そういうことか、と言って首を振った。

「いや・・・何と言おうか。 あの時、捕らえた後に調べた報告が上がってきたが、あとになってまだまだ続々と上がって来ておる」

マツリが箸を再び動かす。

「続々とは?」

「捕らえた者たち以外にも。 ああ、もう移動をして六都には居ない文官だが、ちょくちょく誤魔化していたようだ」

「では以前からそのようなことがあったということですか?」

「ああ。 誰だったのかをいま調べさせておるようだ」

どこに移動したか、後を追わなければいけない。

「六都の民だけではなく、そういう色がついた分官所でしたか」

「ああ、文官がそのようなら民もいい加減になろう」

「戻りましたら文官所に顔を出してみます。 それと、六都と辺境の境にある杉の山なのですが、伐採してもよろしいでしょうか?」

あの時、文官にここから杉山まで徒歩でどれくらいかかるかを訊いた。 キョウゲンに乗って飛んでいると徒歩での時間感覚が分からない。
文官が難しい顔をしたので、手っ取り早く話した。
学び舎を建て終わったあとの事を考えていると。 毎日あの杉山に通い木を伐り山のふもとに運ぶ。 伐った木は他の材料として他都に流通させる。 木材として成り立たないものは薪としてでも加工なりなんなりすると。
文官がそういうことかと手を打って納得をした様子を見せると、通えなくはないが、往復だけで時を取られるのではないかと言った。
それは好都合、疲れてもらうに越したことはない。

「そういうことか。 あの山は六都の管理にあるのか?」

誰かが持っている山では困る。

「はい。 文官に調べさせました」

マツリに引っ付いて離れなかった文官である。 文官の勘違いでは困るのでちゃんと調べ直させた。

「では宮都から何を言うこともない。 いま六都は都司、文官所長不在だ。 マツリが回すがいいだろう。 手続きは怠るな」

「承知しました」

「だが・・・行って帰るだけで時がかかるということは、一日の労働がさほどの金にならんということか・・・」

一本を流通させるだけで何日もかかるということ。

「泊まり宿でも建てればいいのでしょうが、それは追々」

今は疲れさせるのが何よりも先決だ。

四方が伸ばした箸の先を見ていた目でチラリとマツリを見る。
言いたいことは分かっている、労働賃金のことだ。 今の賃金は宮都から出ているし、学び舎を建てる為の材料費もだ。

「都司や文官所長、手を染めていた文官たちからいくらか入りませんでしたか?」

咎を言い渡し、誰がどれくらい横領していたか分かった後に家に踏み込み、残った家族が多少のあいだ生活できるほどをおいて、金を取り上げ金になる物は没収し金に換えた。

「多少はな。 だが今まで横流ししていた程もない。 入った金は一旦、六都の都庫に入れておるが、宮都からの貸しはいずれ返してもらうぞ」

「承知しております。 まともに動き出せば少しずつでも返していけましょう。 それに宮都への税もきちんと納めていけます」

「まともにとは・・・いつの話になるのか」

我の目の黒い内には、と言いかけて口を噤んだ。 冗談でも今そんな話は出来ない。

「我が居なくなって少しはリツソは変わりましたでしょうか」

「リツソにわしの跡は取らせんからな」

四方に睨みつけられたマツリが口に入れかけた芋を落としそうになった。 何を急に言うのか。 リツソに少しは責任感がわいてきたのかどうかを尋ねようとしただけなのに。

「いえ・・・そういうことでは」

「全く・・・父上がお甘やかしになるから」

「なにか・・・お爺様とリツソが?」

なにかとってもイヤな気配がするのはどうしてだろうか。

「北の領土からハクロが来た時に父上も宮におられてな」

「ハクロが? 北に何かありましたでしょうか」

羽音に何かあったのだろうか。 それとも民に。

「いや、そういうことではない。 シグロを本領に戻したいということであってな」

北の領土でヒオオカミと呼ばれている狼たちは元をただせば本領の狼である。 北の領土のように狼たちの力の元となるヒトウカは居ないが、どの領土よりも高い山がそびえている。 そこで暮らしていれば何ということはない。
狼たちの言葉が分かるのは本領の一部の者だけという理由はそこにあった。

「シグロを?」

「ああ。 もう既に戻っておる。 今日が満の月か。 次の満の月を過ぎていくらか経つと産む頃合いではないかな」

「あ? え?」

「ハクロの仔だ」

マツリの時が止まった。

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