大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第123回

2022年12月12日 20時15分53秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第120回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第123回



「四方様が来て下さらなければ、紫が言ったようにわたくしも止まったままだったかもしれないわ」

茶器に手を伸ばし喉を潤す。
話しているからと、気づかわなくていいわ。 いくらでもお食べなさいな、と言って続ける。
言われなくともバンバン食べていたが「はい」と返事をしておくし、これで遠慮なく食べられる。 バンバン食べていても一応遠慮はしていたのだから。

「妬心を持っていただけるほどに愛されている。 兄は四方様に妬心など感じていなかったわ。 いつも見守ってくれていただけ。 それに不服があったのではないですけどね」

最初は妬心という気持ちが分からなかったという。 だが何度も四方の言葉を聞く度に何となく分かってきたと。 それがどんな気持ちなのか分かるようになると、あることを感じるようになったと。
兄を慕う気持ちと比べるとそれは異質なものであった。
恋を知らなかった澪引が初めて感じた事だった。 兄を慕うそれと求婚をしてくる四方に感じるそれは全く違うと。

「いつの間にか、わたくしも四方様を想うようになってきていたみたいなの」

四方の粘り勝ちか、とどこかまだ四方を受け入れられない紫揺が思う。

「輿入れの時には、迎えに来て下さってずっと馬車の横を歩いて下さったわ。 わたくしの身体を考えてそうして下さったみたい。 従僕が仕事を取られたとオロオロしていたかしら」

澪引の身体を考えて馬車はまるで牛車のような進みだったという。
思い出したのか、くすくすと笑んでいる。

紫揺が茶器に手を伸ばし茶をすする。 何故かポワンとする。 ふわふわと気持ちいい。

「辺境からずっと歩かれたんですか?」

あの四方が?

「ええ、いつもは供の山猫に乗っていらっしゃるのに」

「供って、や・・・山猫なんですか・・・」

「ええ、カジャと言ってね、最近はあまり姿を見ないけれど、若い頃はずっと四方様に付いていたわ。 お義父様と代替わりしてから段々と見なくなったかしら。 四方様も宮内でお仕事漬けになってしまったから」

デスクワークに供は必要ではないのであろう。 あの肉球のある手で筆は持てないのだろうから。

「宮に来てからは、わたくしの書いた文を持って随分と郷里に行って下さったわ。 あちらでは誰も文字を知らないの。 わたくしも宮に来てから教わったくらいなの。 ですから代読もして下さったり、父や母、兄の土産話も持って帰って下さったりしていたわ。 ふふ、四方様はわたくしが知っているのをご存知ないのだけれどね、随分と援助もして下さっていたみたい。 わたくしには言わないようにと四方様から念を押された尾能から聞いていたの」

以外だ・・・、あの四方が? それともそれが恋した者の為せる業なのだろうか。

「どうして尾能さんが?」

四方に止められていたというのに。

「郷里を想うわたくしのことを思って下さったのは勿論でしょうけれど、尾能は四方様一番ですからね。 四方様は手厚くされています、ご心配にはおよびません、とでも考えたのでしょうね」

尾能にとって一番は四方。 まるで杠とマツリのようだ。

「四方様が先代領主と交代されて、宮でのお仕事に就くようになられてからは、郷里との連絡やご様子を見に行かれるってことは無いんですか?」

「馬を走らせて下さっているわ。 その者が代読して土産話を持って帰ってくれるの」

抜かりは無いのか。

「父と母が病に伏せった時、亡くなった時には駆け付けたかったけれど・・・この身体ではね」

そうだったのか。 そうか、よく考えればわかるはず。 澪引がいくらシキと姉妹に見えるからと言っても、澪引はシキの母親だったんだ。 その両親となるともう亡くなっていてもおかしくない。 辺境がどれ程生きていくに厳しい所か知っている。 安穏と隠居など出来ない所だと。
え? 安穏と?

「もしかして・・・、お兄様は澪引様のお身体を考えて四方様にお預けになったんですか?」

辺境で身体の弱い者が生きていくなど、簡単なことではない。

「宮に来て暫く経ってからそれに気付いたわ。 きっとそうだとわたくしも思うの。 兄は見守るだけで何も言わなかったもの」

手放したくなかったのかもしれない。 だがそうすれば澪引の命の時が短くなってしまう。

「マツリも同じように考えると思うの」

「はい?」

どうして急に? それに同じって、四方と? それとも澪引の兄と? いやそれとも澪引と? いやいや、遡って尾能とか・・・それは有り得ないか。 どうしてだろう、考えが散漫する。

「紫はマツリのことをどう思って?」

澪引がゆるりと僅かに首を傾げる。 シャランと柔らかな音が鳴り、桜の花が舞いそうな美しさだ。
先の言葉は質問ではなかった。 あとで誰と同じと考えたのかと訊けばいい。 まずは質問に。 質問に・・・。
どう答えればいいんだ。

「どう思う・・・」

「ええ」

紫揺が眉根に皺を寄せる。

「最初とは随分と変わったと思うの。 違うかしら?」

「それは、そうです。 いやな奴とか、腹立つとか、色んなことは考えなく・・・思わなくなりました」

少々、解せない言葉があるが、澪引の質問に “是” と応えたのだと分かる。

「何か新しいことは感じたかしら? 思ったかしら?」

「新しいこと、ですか?」

「些末なことでもいいの。 何かないかしら?」

考える。
ポコポコポコ。
頭の中で木魚がなる。
ポコポコポコポコポコ。
どうしてだろう、何も浮かばない。 考えようとするがまとまらない。 頭の中がフワフワしているせいだろうか。

「えっと。 マツリが東の領土に来たんです」

そして暫く来られないと言った。
澪引は頷いて聞いている。
べつに来なくていいと言った。
シキに会いに来てやってくれと言った。 安心をしていい、マツリは顔を出さないと。 そして来てみたらマツリが居なかった。
急にすらすらすらと紫揺が話し出した。
どうしたことだろうと思いながらも、澪引が目を細めて聞いている。

「べつに会いたいと思ってるわけじゃないんですけど・・・」

「では会いたくないとも思っていないのね?」

「それは・・・そうかもしません。 あ! って言うか、マツリがここに居るのは当たり前と思っていましたから」

「マツリに会いたいかしら?」

「え? ・・・そ、ど、・・・どうでしょうか」

紫揺が眉間に皺を寄せて首を傾げる。

「どうしてこんなことを言っちゃったんでしょ。 ああ、頭散乱です」

頭を散乱させてどうする。 見られたものではない。

「混乱してしまったかしら?」

側付きが顎を上げ半眼になった。

(なかなかに強情な・・・)

だがそろそろ限界だろうか。
部屋の隅に居たもう一人に目で合図をする。 頷くとそっと部屋を出て行った。

「マツリに会えなくなっても何ともない? ああ、ごめんなさい、混乱しているのよね。 杠と会えなくなったらどうかしら?」

「それは杠にも言ってます。 私がこっちに来ないと会えないんだからもう会えないって。 杠はまた逢えるっていっつも言いますけど」

「ええ、杠はよく分かっているから」

どう言う意味だろう。 だが考えようとするとポワンとする。

「杠に思うようにマツリにも思えないかしら?」

紫揺が首を傾げる。

「考えないで? 混乱しているのですもの。 思ったままを教えてもらえるかしら?」

「・・・分からないんです。 杠と会えないって分かってても寂しいです。 でも杠に会うために本領に来ることなんて出来ないし、杠もそんなことを望んでないし。 でも・・・マツリは。 ・・・マツリは」

澪引が待つ。

「マツリは支えてくれました」

「そうなのね。 四方様がわたくしを支えて下さったようにマツリも紫を支えたのね。 わたくしはそうして下さった四方様に甘えました。 紫はどう?」

マツリの腕の中に居た。 心だけではなく身体も支えてくれていた。 褒めてくれた。 労ってくれた。

「マツリがいてくれたら・・・進めるかもしれません」

澪引の朱唇の端が柔らかく上がった。

「杠に褒めてもらって、労ってもらって、それはすごく嬉しいです。 心が満たされます。 嬉しくて満面笑みです。 でもマツリに褒めてもらっても、労ってもらっても、満面笑みにはなりません。 ただ、進める。 もしかしてそれは五色としての、紫としての力の事だけに対してかもしれません。 でも私は紫です。 紫にはマツリが必よ・・・あ! いえ、何でもありません。 あれぇー、私ったら何言ってんだろ・・・」

あと一押しだったのに。
側付きが心の中で舌打ちをした。

さっき出て行った従者が戻ってきた。 手には菓子の載った大皿が持たれている。
もう一人の側付きが立ち上がり茶を入れ直す。

「紫さま、どうぞお飲みください。 混乱をされているようですので、この茶でゆるりとされて下さいませ」

有難うございます、と言い飲んでみると今までの茶と味が違った。

「サッパリしてます」

側付きが頷くと、紫揺が茶を飲み干した。
今度は違う茶葉で茶を入れる。

「新しい菓子に合う茶で御座います」

新しい大皿が置かれた。 まだ菓子が残っているというのに大皿を下げた。 とは言え、かなり紫揺一人で食べた。 食べ干してしまうと困ったことになるかもしれない。 昼餉が食べられなくなるとか、太るとか、そしてそれ以外にも。

「どうぞお召し上がり下さいませ」

側付きが一礼して元の位置に戻っていった。

下げた大皿を持って澪引の部屋を出てきた従者が “最高か” と “庭の世話か” を手招をしてきた。
何事かと四人が目を合わせるが、敵に呼ばれたのに行かないわけにはいかない。
回廊の角を曲がり、すっと一室に入った。 もう一度四人が目を合わすと腹に力を込めて後に続く。
振り返った従者が大皿を四人の前に差し出してきた。

「紫さまにお出ししていた菓子です。 一つお食べ下さいな」

再再度四人が目を合わせ、それぞれが一つを手に取る。

「紫さまにお出ししておりましたのですよ? 毒など入っておりません」

四人が同時に口に入れる。 それぞれが違う菓子だけに、ナニナニ味というのは違っているが共通するものがあった。

「これって・・・」

丹和歌が一番に口を開いた。 この味に一番詳しいのは丹和歌だったようだ。

「え? なに? なにかあったの?」

姉である世和歌が丹和歌に問う。 紫揺と同レベルのようだ。

「ええ、そうね」

彩楓が言うと紅香も頷く。

「はい、そうです。 酒(しゅ)を練り込んでいます」

「しゅ、酒を!?」

世和歌が驚いて声を上げる。

「ほんの僅かですが、紫さまはよくお食べになられるのでお口が滑らかになられるだろうと考えた次第です」

お酒に強ければ何の効果もなかったが、と付け足す。

「なんという無茶をなさいますか!」

「お酒をお飲みいただいたわけではありません。 あくまでも酒菓子(しゅがし)ですので」

そう言うと目を流しながら部屋を出て行こうと一歩を出す。

「主を思われるのなら、これくらいはされませんと」

暗に紫揺のことを思っているのならば、紫揺の幸せを思うのなら、これくらいしなくてどうする。 今まで何をしていたのかと言っている。
パタンと襖が閉められた。
呆気に取られていた四人がその音で我に戻った。

「くっ! くやしーーー!!」

悔しいとは言っても、到底この四人にそんな発想はなかったし、教えられてもそんなことをする気はない。

「紫さまはお酒はどうなのかしら?」

「そんなお話は今までなかったわ」

と、回廊を何人もの人が歩いていく音がする。

「シキ様だわ」

「ええ、きっと」

明日と聞いていたが、急遽今日に繰り上がったと澪引の従者にシキの従者が言ってきた。 その時に四人もその従者から聞いた。 四人も元はシキの従者を務めていたのだから仲間である。

「シキ様!」

大きなお腹に手を添えてシキが入ってきた。

「まぁ、大きくなったわね。 まるで明日にでも産まれそうね」

「触ってもいいですか?」

ポワンとした頭の中だったのが、段々とはっきりとしてきた紫揺がシキの腹に手を伸ばす。

「ええ、蹴られるかもしれないけど」

クスクスとシキが笑う。

「疲れは取れた?」

「はい、とうに取れていたんですけど、昌耶がなかなか出してくれなくて」

「ふふ、やはりシキは昌耶に任せるのが一番ね」

「あ、蹴った!」

ポコリ、と紫揺の掌が蹴られた。

「きっと、ややから紫へのご挨拶ね。 わたくしも」

澪引がシキの腹に手を当てる。
まだ生まれていないというのに赤ちゃんの存在は大きい。 誰もが幸せになれる。
澪引の部屋が幸せに包まれた。

「え!? 酒菓子を?」

「ええ」

「紫さまはお酒は?」

「お話をしたことが無いの」

「でもまぁ、シキ様も房に入られて何も言ってこられないということは、大丈夫だったのでしょうけど」

「何をコソコソ話しているのです?」

いつの間にかシキの従者の先頭に座していた昌耶がこちらにやって来ていた。

「昌耶様、それが、お方様の従者が紫さまに酒菓子を出されたとか」

「え!?」

「紫、来てくれて嬉しいわ」

椅子にかけ、ようやっと落ち着いて話が始まった。

「もっと早くに来られれば良かったんですけど」

「東の領土で忙しくしているのね? 領土はどう?」

「香山猫が下りてきてちょっと困ってしまっていましたけど、それ以外には何もありません。 みんな幸せにしています」

詳しいことは言えない。 胎教に宜しくないことくらい紫揺にだってわかる。

「香山猫が?」

そうだった。 紫揺が東の領土に来る前はシキが辺境を飛んでいたのだ。 何か知っているだろうか。

「シキ様が回っておられた時にはそんなことはありませんでしたか?」

「ええ、あったわ」

「え!?」

まさかのま、だった。

「ロセイで飛んでいる時に見かけたの。 でも人郷まで下りることが無かったからその時はそのまま見逃したの。 そうね、わたくしから言うよりもカジャから聞いた方が詳しく説明してくれると思うわ。 夕餉の時にでも・・・終わってから父上に言ってカジャと会えるようにするわね」

カジャとは、四方の供だと澪引から聞いたところだ。 山猫だと。

「あ、そうか。 猫同士なのか」

「ゆっくりできるのでしょう?」

「明日シキ様が来られるということでしたから、シキ様とお会いしてから明日戻るつもりでした」

「そんなに急かなくても。 領土は落ち着いているのでしょう?」

「秋我さんを戻してあげたいのもあって」

「え? 秋我が来ているの?」

「はい。 耶緒さんがもう少ししたら出産? えっと赤子が産まれますから。 シキ様より少し早く。 だから帰してあげたくて」

出産という言葉がこの地にあるのか誰にも訊いていなかったし、ややというのは、宮の者だけの言葉らしいから民は赤子のままでいいのだろう。

「まぁ! 耶緒が?」

シキは辺境で秋我に世話になっていた。 当然、耶緒のことも知っている。

「秋我がさぞ喜んでいるでしょうね。 わたくしから秋我に言祝ぎを伝えたいわ。 あとで一緒に行きましょうね」

珍しく子供のように喜んでいる。 いつもはしっとりとして澪引の姉かと思うくらいなのに。
そう、風に揺れる藤の花のように。

「澪引さまは桜の花、シキ様は藤のよう」

急に何を言うのかと、澪引とシキが何度か目を瞬いた。

「あ、すみません急に。 でも澪引様とシキ様を例えるならそんな感じって・・・」

側付きの片眉が上がる。
酒菓子がまだ残っているのだろうか、茶を飲ませてもうスッキリしたはずなのに、と。

「ふふふ、マツリと同じことを言うのね」

「え?」

「全く同じではないけれど、母上には桜色、わたくしには藤色がよく似合うというのよ。 マツリの前に居る時は藤色の衣装を着ていてほしいって言うほど」

藤にも色んな色がある。

「何色の藤色ですか?」

「薄い紫よ」

同じ色をイメージしていた。

視気(シキ)の目を使わずとも紫揺の表情から同じ色を考えていたのだと分かる。

「ね、わたくしが初めて紫と会った時に言ったことを憶えているかしら?」

「え?」

シキとは初めて会った日から沢山話をしてきた。 ましてや初対面の夜から同じ布団で寝たほどだ。
紫揺がコキンと首を倒す。
「きゃっ!」 とハモった声が聞こえた。

「まぁ、シキ、あまり急に喜んではややに刺激がいってよ」

ソロリソロリと首を戻す。

「ああ、そうでしたわ。 アッ・・・」

腹の中から苦情を申されたようだ。

「やや、元気ですね」

「ええ、元気すぎてあまり眠れないくらいよ。 ね、思い出した?」

うーん、という顔を紫揺が作る。

「仲がいいのねって言ったのを覚えていないかしら?」

あっと思い出した。 それが始まりでまたどんどんマツリと睨み合ったのだった。

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