大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第124回

2022年12月16日 20時19分13秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第120回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第124回



紫揺の顔を見て思い出したのだろうと思い、シキが続ける。

「同じ感覚を持っているのね。 ぶつかるところもあるでしょうけど、それ以上に分かり合えるんじゃないかしら?」

え? マツリと同じ感覚を?

暫く紫揺はマツリのことを考えるだろう。 紫揺の顔を見ていた澪引がシキに目を移した。

「マツリがね、四方様に紫を奥に迎えたいと言ったの」

「え?」

「四方様は本気にしていらっしゃらないというか・・・反対のご様子だったわ」

「まぁ、父上ったら・・・」

せっかくマツリが言ったというのに。

「そしてね、どうしてだかは分からないのだけど、急に紫が話してくれたの」

マツリが東の領土で言ったことを紫揺が澪引に話しだした。 アルコールにのせられ口饒舌にすらすらと。
マツリが暫く来られないと言った。
べつに来なくていいと言った。
シキに会いに来てやってくれと言った。 安心をしていい、マツリは顔を出さないと。
そして来てみたらマツリが居なかった。 と。

「え?」

「おかしいでしょ?」

聞きようによっては、マツリに会えなくて寂しい丸出しではないか。 それにそんな話だけをどうしてチョイスしたのか。 他にもあったはずだ。

「それにね」

マツリが支えてくれた、と言って
『マツリがいてくれたら・・・進めるかもしれません』 と。

シキと澪引の瞳が光る。
『もしかしてそれは紫としての力の事だけに対してかもしれません。 でも私は紫です。 紫にはマツリが必よ』

「マツリが必要と言ったのですか?」

「それがね、そこで途切れたの」
『あ! いえ、何でもありません。  あれぇー、私ったら何言ってんだろ・・・』と言って。

「あら、あと一押しだったのですね」

「ええ、でも前に進めていると思えない?」

「ええ、充分に」

「わたくしには力の事は分からないわ。 紫の言った紫としての力の事だけかもしれないというのは、どうなのかしら?」

「はい、そこは気になるところでもありますが・・・」

シキが顎を上げて僅かに瞼を伏せるが、決して視ているわけではない。

「そこが二人の出発点かもしれません」

「出発点?」

「はい。 力の事には紫もマツリも頓着せず話せるようです。 マツリは五色の力を持つ者に力の事を教えるのは任だとしています。 紫は教えてもらわなければ分かりません。 マツリは紫に教えようといたします、紫はマツリの言うことに耳を傾けます。 会話の始まりですわ」

合点がいったというように澪引が頷く。

「マツリが叩かれたことがあるでしょう? その、二度目に。 その事はもう紫の中でおさまったのかしら?」

「暮夜のお話しをいたしましたでしょう?」

澪引が頷く。

「あの時に、わたくしが考える以上に二人が分かり合えた・・・いえ、分かり合えたかどうかは分かりませんが、かなり近づけたのではないでしょうか」

繊手を口元にやると少し考えてまた口を開く。

「ええ、きっとそうですわ。 だから紫がマツリに・・・。 東の領土に行ったマツリとのお話をあんな風に言ったのではないでしょうか」

澪引が小さく何度も頷く。

「二度目に叩いたことも解決されていますわ、きっと。 それがどうしてかは分かりませんけれど」

「では紫がマツリのしたことを認めたということ? それがマツリへのお返事ということかしら? でも紫からはそんな風には感じないわ」

「ええ、母上からお聞きした限りはわたくしもです。 叩かれたマツリが許す許さないの問題ではありませんし、逆に叩いた方の紫が許すかどうかのお話し・・・」

叩いたから許してあげる。 許すということは叩いた原因を許すということ。 どういうことなのだろうか。
二人の目線が紫揺に移る。
幸せそうに菓子を食べていた。


「昼餉前にそんなに菓子を食べられるからです」

給仕に居た “最高か” と “庭の世話か” が目を合わせる。
前に出されている昼餉がなかなか進まない。

「だって、美味しかったんですもん」

「父さんが言っていたことを覚えていますか?」

「・・・残しません」

そう言うと空になっている秋我の皿と、まだ箸をつけていない自分の皿をせっせと入れ替える。

「秋我さん、食べ盛りでしょ?」

「とうにそんな歳は終わりました」

仕方が無いと言った具合に前に置かれた皿に箸を運ぶ。 お付きたちに比べるとこれくらい楽なものだ。 実際まだ入らないわけではない。 食べ盛りではないが。

「紫さま、あの・・・なにか、どこか、お身体の具合のよろしくない所はございませんでしょうか?」

二日は経っていないが、二日酔いをしていないだろうか。 それとも気分を悪くする酒は残っていないだろうか。

「あ、大丈夫です。 ホントに単にお菓子を食べ過ぎただけですから。 心配しないで下さい」

そのお菓子が問題なのだ。

「そうですよ。 こんなことくらいで心配をしていたら東の領土での紫さまにはついていけません。 ご心配なく」

酒菓子のことを知らない秋我がいともあっさりと言ってくれる。

「秋我さん、東の領土でのことを、ネタ・・・酒の肴にしないで下さいよ」

「それは残念です」

なんだか四人がシミジミしている。 紫揺は、紫は、東の領土でどんなことをしているのだろうか。 どんな生活をしているのだろうか。 桶を脛で蹴ってしまったり、器用にころんだり、秋我から聞かされた話はある。 ほかにどんな風にしているのだろうか。

「秋我様、お話し下さい」

秋我がニコリとした。

「ええ?」

と言ったのは紫揺である。

「あ、その前に、紫さまはお酒をたしなまれますのでしょうか?」

「ああ、それは私も知らないなぁ。 どうなんですか?」

「生まれてこのかた、飲んだことはありません」

再度四人が目を合わせる。

「あの、紫さま、本当にどこもどうも御座いませんか? 頭痛がするなど御座いませんか?」

紫揺がキョトンとする。

「お菓子を食べただけですから・・・」

そう言う以外なかった。

昼餉を食べ終えるとシキがやって来た。
お腹の大きなシキを見て、秋我の目が落ちそうになっていた。 秋我を驚かそうとして紫揺はシキがこれほどにお腹が大きいことを言わなかったからだ。
秋我にしてみれば、澪引にシキの懐妊の言祝ぎを贈ったが、こんなに大きな腹だとは思ってもいなかった。
この秋我の顔、東の領土に帰ってネタに出来ると、紫揺がほくそ笑んでいたことを秋我は知らない。

シキから言祝ぎをもらい、涙を流さんばかりに何度も何度も「有難うございます」と言っていた。
シキは長い間、子が出来なかった秋我夫婦を知っていた。 その耶緒が辺境の子供たちに添うていたのも知っている。

「シキ様、お身体をお大切に。 お元気な赤子を・・・」

それを言うのが精一杯だった。


「ああ? それで千夜(せんや)と昌耶が言い合いを?」

仕事を終わらせ着替えていた四方の手が止まった。 あの日から、澪引が物申してからは、毎日澪引が部屋で待っていて着替えを手伝っている。

『お方様、少々、千夜とお話をさせていただいて宜しいでしょうか?』

『あら、なにかしら? いいわよ、どうぞ』

紫揺が澪引の部屋から出て行った後だった。

『千夜、ちょっと出てきてちょうだいな』

言いたいことは分かっている。 澪引の側付きの千夜がチラリと昌耶を見ると、単なる側付きとは思えない優雅な所作で立ち上がり澪引の部屋を出た。

『酒菓子をお出ししたそうね』

『ええ、紫さまがよくお話し下さって、お方様も喜んでいらっしゃるようでしたわ』

昌耶には中の様子が分からなかったが、それでもそういうやり方はどうか。

『紫さまのことをよくご存じないようですけど、ええ、千夜のお付きするお方様がお気にされている紫さまのことを、千夜はよく知らないようですけ、どっ!』

千夜のこめかみにピキリと青筋が立ちかけた。 それを見た昌耶がふふん、と鼻から息を吐くと続ける。

『紫さまはまだ童女のようなお方。 そのようなことをされては困ります』

千夜がギロリと昌耶を睨む。

『何を仰っているのかしらっ。 房の中のこともよく知らず。 ええ、ええ、それはそれはお方様もシキ様も喜んでいらっしゃったわ。 それになぁに? 昌耶はシキ様の側付きでしょう。 紫さまのことをどうこう言うのはおかしくはなくて?』

『シキ様がずっと紫さまを可愛がってこられたんです。 ええ、お寝になられる時もご一緒だったほど。 紫さまのことはわたくしたちが良く知っていますの。 ですから紫さまのことにちょっかいを出さないで頂けるかしら』

『ちょっかいだなんて、昌耶からでるお言葉とは思えませんわ。 それに、わたくしたちはお方様から紫さまのことを頼まれておりますの、お願いねと。 そちらこそ今までのらりくらりとして、紫さまのお気持ちを窺えていないんじゃありませんでしたこ、とっ!』

『のらりくらり? それこそ千夜からでるお言葉とは思えませんわっ! 急いては事を仕損じるということをお知りにならないのか、し、らっ!』

今までにも紫揺は澪引の部屋に来ている。 澪引とシキとそして紫揺の話を聞いている。 それにシキと澪引が紫揺とマツリをくっ付けようとしている話も聞いている
そこで今回、澪引から紫揺のことを頼まれたのだ。 はりきらいでどうする。
段々とボリュームが上がり、澪引の部屋の中まで会話が聞こえてきていた。
そこで紫揺を送り出したあと、母娘の会話をしていた澪引とシキが仲裁に入ったということだった。

「ええ、千夜も昌耶も有難いのですが・・・」

「ああ、それはそうだろう。 其方にはわしが選び抜いて従者を付けたのだからな」

昌耶もシキに付く前は澪引についていた。
四方が選んだ中に教育係もいた。 澪引に字を教え、宮での言葉を教え、所作もなにもかもを習わせた。 当時その補佐に着いていたのが千夜だった。 澪引とほとんど変わらない歳だったというのに千夜は何もかも出来ていた。
そしてほとんど変わらない歳だからこそ色んな話も出来た。 千夜はいつも頷いて聞いてくれていた。 とは言っても、自分はどうして何も出来ないのか、と言った時に千夜が慰めてくれる程度のこと。 けっしてキャピキャピと恋バナなどをしていたわけではない。
初めての懐妊の時には千夜がずっと付いていてくれた。 不安ばかりだった澪引を励ましてくれていた。

『澪引様、何もご心配することは御座いません。 健やかなややがお生まれになります。 ご安心ください。 この千夜が見守っております』

「シキには其方が選び抜いて昌耶を付けたのだからな。 二人とも其方たちのことしか思っておらん。 其方たちの為になることしかせんのだからな」

男社会で言うところの忠臣である。

「千夜も紫に異変があれば、抜かりなく手を打っただろうし、まぁ、昌耶の言うことも分からんでもない。 あの紫が酒を吞んであれ以上になることなどと考えたくもないからな」

昌耶は紫揺がお子さまだからと言っただけで、酒乱とは言っていない。

着替え終わった四方が、どうしてだろうかといった具合に腕を組んだ。
どうしてだ? 千夜にしても昌耶にしても澪引とシキの為になることしかしない。 その二人がマツリとくっ付けようとしている澪引とシキに手を貸している。
あの二人は澪引とシキの為にならない時にはちゃんと進言をするはずなのに。

たしかに地下のことでは活躍した紫揺だ。
だがどうなんだ? 捨ててこようとしたものを忘れて宮までもって帰って、その中にあったものが偶然に零れ金。 目にとまったからと持って帰ったのが、偶然に乃之螺の帯門標だったり。 活躍したといっても偶然にあったこと。

杠をどうやって地下から出してきたのか詳しいことは分からないが、地下の牢屋に目を走らせ、尾能に尾能の母は立派だったと言った。 それに百足からの伝言を受け取っていた。
これも偶然なのだろうが、偶然だけで終わらせられるだろうか。
四方がブンブンと心の中で首を振る。
地下のことは地下のこと。 あくまでも紫揺が次期本領領主の奥になるかどうかの話しとは別である。 どれだけ偶然を引き寄せようが、その結果が本領のいざこざを治める切っ掛けとなろうが、本領領主の奥には関係のないこと。

「千夜と昌耶は納得したのか?」

澪引とシキの説得に。

『千夜、わたくしの想いを受けてくれたのですね』

本当は “でもそうじゃないの” と思っている。

『もちろんで御座います。 初めてお方様がお願いね、と仰って下さったのですから』

『え?』

『お方様はずっとずっと、お一人で乗り越えられてこられました。 わたくしが居ますのにわたくしに頼って下さいませんでした。 でも初めて、お願いね、と言って下さいました』

だからっ、燃えます!

『お方様が何と考えられていらっしゃるのか、分かっております。 一日も早くお方様のお心のままにわたくしたちは動きます』

ある意味、恐い団体かもしれない。

『千夜、ありがとう』

でもね、方法を考えて欲しいの・・・。 とは言えなかった。

『昌耶? 紫のことを考えてくれて嬉しいわ』

『当たり前で御座います。 シキ様は紫さまのことを御妹として考えておられるのですから』

『それだけじゃあないわね?』

『あ・・え?』

『昌耶も紫のことを想っているわよね?』

『・・・シキ様が余りにも紫さまに心を寄せられるので・・・つい』

『つい、じゃないわよね?』

昌耶がシキを見る。

『・・・紫さまは、可愛い御座います。 ですが、それを教えて下さったのはシキ様で御座います』

『昌耶、ありがとう』

でもね、いがみ合うのはやめて欲しいの・・・。 とは言えなかった。

『千夜も昌耶も手を取り合って協力してくれると嬉しいわ。 ね?』

『紫もマツリに心を寄せてきているみたいなの。 これからはそっと見守る・・・、少しのお膳立て程度で上手く運ぶと思うの。 昌耶も千夜も頼みますね』

澪引とシキが言えなかったことを互いが補足して言うこととなった。
一瞬睨み合った二人だが、仕える主から言われては物申せない。
『そのように』 と二人が声を合わせた。

「なぁ、澪引? 紫とは・・・」

何と訊いていいのだろうか。 四方から見ればマツリと言い合いをするだけの人物だ。

「女人から見てそれほどに想える者なのか?」

「まぁ、何を仰られるかと思えば」

組んでいた腕を解き眉を上げる。

「可愛らしいでは御座いませんか」

そんな一言で終られても困ってしまう。 四方から見れば澪引の方がよっぽど可愛いのだから。

「シキ様に御座います」

尾能が僅かに襖を開け、衝立の向こうから声をかけてきた。

「通してくれ」

襖が開けられシキが部屋に入ってきた。 回廊では四方の従者の末端に座っていた千夜の隣に昌耶が座った。

「お方様のお言葉忘れてはいませんでしょうね」

「そちらこそ、シキ様のお言葉を覚えておいででしょうね」

「わたくしは昌耶より若いので? 物忘れなど御座いません」

昌耶のこめかみの血管が浮く。

「ええ、そのお歳なのに、敬うということを御存知ないのかしら?」

「ほほほ、何を仰られるのやら。 わたくしの方が先に側付きになりましてよ。 敬ってもらわなくてはならないのは、わたくしの方ですわ」

「何をコソコソと言っておられるのか?」

末端に座る四方の従者に言われ「何でも御座いません」とハモった。

「香山猫が?」

「はい。 わたくしも東の領土で一度、高山から下りてくるところを見ました」

「それで?」

「カジャが何か知ってはいないかと。 紫と話をさせていただけないでしょうか?」

四方がまたしても腕を組む。 供が主以外と話す。 有り得ない事だ。 それにカジャは気位が高い。 そんじょそこらの山猫や供とはわけ違う。

「カジャは話さんだろう。 わしから訊いておく」

「いいえ、カジャも話すと思います」

「カジャ、も?」

「夕餉の用意が整いまして御座います」

衝立の向こうから尾能の声がした。


翌日、朝餉を終えた紫揺が四方の部屋に通された。
初めて入ったわけではないが、そこには初めて見るハクロとシグロにも劣らない大きさの山猫が居た。 身体全体は薄めの茶色。 そこに黒い歪な丸模様が入っている。 耳の先には黒い飾り毛があり、金色の目は煌々とし、その中の針のような黒い瞳が紫揺を睨みつけている。
いつもは奥の部屋にいたのだろう。

四方と澪引、シキが卓を囲んで椅子に座っている。 四方が気に食わないと言った顔で片手で頬杖をつき、もう一方の手は親指以外を順にタタタタと何度も卓に落としている。

「四方様、そんなにお怒りにならなくても」

「そうですわ。 ロセイもキョウゲンもそうでしたから」

あの時キョウゲンは話してはいないが、少しでも四方の気が済むようにキョウゲンを道連れにする。

フン! と鼻を鳴らしソッポを向く五十一歳。 “お怒り” ではなく拗ねているのだろう。

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