大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第122回

2022年12月09日 21時48分12秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第120回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第122回



湯浴みと夕餉を終わらせ、前回寝泊まりした部屋に通された。
湯浴みも夕餉も “最高か” と “庭の世話か” がピッタリと付いていた。 四人とも秋我とよく気が合ったようで、夕餉の時には話は弾んでいたが、どうして東の領土での紫揺の失態話をエサに話が盛り上がるのかと、何度突っ込みを入れた事か。
歩いている時に器用に足を滑らせたとか、水桶を向う脛で蹴ってしまって悶絶していたとか、とくにお付きからの又聞きなのだろうが、お転婆での襲歩の話しではキャーキャーと手を叩いて喜んでいた。
寝台に上がりやっと一人になれたという感じだ。

「明日一日、澪引様のお話し相手をして気がお楽になればいいけど」

澪引もシキが居なくなって寂しいのだろう。
そしてリツソのこと。 “才” どれだけ考えてもリツソには逃げ足の早さの才能しか思い浮かばない。 そう思うと四方も苦労するだろう、決して虐めているわけではなさそうだ。
リツソを叱る者が居ないと言っていた。 長い間マツリも殆ど出ているからと。
『安心せい。 我は顔を出さん』 マツリが言っていたのはこういうことだったのだろうか。

「東の領土にも当分来られないって言ってたし・・・」
―――べつに寂しいわけじゃない。

ただ、本領に来るといつも見ていた顔がない。
―――ただそれだけ。

この寝台、マツリが身体を支えてくれていた。
―――褒めてくれた、労ってくれた。

ここで初代紫と話せた。

ゴロン。 仰向けに転がった。
あの松の木に上りに行こうか。 杠と上ったあの松の木に・・・。

「あ!」

ガバリと起き上がった。
あれほど杠と会いたいと思っていたのに、杠が抱きしめてくれると思っていたのに・・・。
今の今まで忘れていた。

「あした澪引様に言って杠と・・・」

杠と会って何を話す? あの時のような寂しさを感じていない。 ただただ杠と会いたい、今はそんな風に思っていない。

「杠・・・」

目を瞑って杠の笑顔を思い出す。 紫揺、と呼んでくれる声を思い出す。 杠の両腕が広げられる。
そうだ、杠と会って話す必要なんてないんだった。 杠は笑って抱きしめてくれる。 泣いている間もずっと抱きしめてくれている。
杠を忘れていた自分をちょっと腹立たしく思いながらも、あした澪引に頼もう。 澪引と話す時間を割くわけにはいかないけど、こんな時間にならいいだろう。 あの松の木に上った時のように。
そう言えば、もう本領に来ることなんて無いと思っていたのに。 もう杠と会えないと思っていたのに。

『また逢える』
『俺の言葉を信じていてくれればそれでいい』

あの時は希望、期待を持っていればいつかは叶うということだろうか、と思っていたが、思い返してみれば以前にもあった。 二人で地下に潜ったあの数日。 東の領土に戻る紫揺にだけ聞こえるように杠は “また逢える” と言っていた。
松の木には明日上ろう。 杠と一緒に。 手に手巾を巻けば許してくれるだろう。


「え? 杠もいないんですか?」

今日は澪引の部屋に招待されている。 卓の上には美味しそうで色もとりどりの菓子が大皿に置かれている。
そして澪引の茶器の横には小皿が置かれてある。
この大皿は紫揺一人用だろうか。

「そうなの。 マツリよりずっと長い間いないわ」

食べてね、と言って目で菓子を勧める。

「まさか・・・地下? ですか?」

「よく知らないの。 ああ、いいえそれはないわ。 杠からの文が届いていたから。 地下から文なんて出せないのでしょう?」

澪引は地下のことなど知らない。 ましてや入ったことなどない。 紫揺の方がよほど詳しい。
あの地下を思い浮かべると郵便配達員もいそうにないし、ポストもなかったはずだ。 東の領土にもポストはないが。
杠がマツリの手足となって動きたいと言っていたのは聞いていた。 きっとマツリの手足となって動いているのだろう。

「そうですね。 地下じゃなかったら安心です」

それは杠にとって幸せなことなのだから。 そう思うとどこか納得が出来る。 菓子に手を伸ばす。

「澪引さまもご出産のときには里に帰られたんですか?」

明日シキは出産のために宮に戻ってくる。 出産後もしばらくは宮に居るようだ。
澪引が首を振る。

「わたくしは辺境の出なの」

それが? という顔をして菓子を噛んだまま首を傾げる。

「もともと体が丈夫ではないの。 だから懐妊していなくても馬車での長旅が出来ないの」

「それほどにお身体が?」

「ええ、お薬は欠かせないの」

そんな風には見えなかった。 たしかに見方を変えれば儚くは見える。

「それじゃあ、一度もお里に?」

「ええ。 その分、四方様に我儘を沢山言いましたわ」

そう言って笑む。

辺境からやってきてずっと一人で宮に。 辺境と宮の生活は一転していたであろう。 本領の辺境がどんな様子かは見たことはないが、東の領土と変わらないであろう。
耶緒を思い出す。 それこそ耶緒は秋我と結婚して長い間辺境に居た。 結婚してすぐ中心に来たわけではなかったし、そこそこ人生を踏んだ歳にやってきた。 それでも身体の具合を悪くした。

澪引は結婚をしてすぐに宮に輿入れをしている。 いくつで結婚をしたのかは知らないがまだ若かったに違いない。 それこそ十代だったかもしれない。 それなのに親に泣くことも出来ず、甘えることも出来ず、そして三人もの子を産んだ。

「澪引様・・・」

以前、澪引は “辛い” と言った。 その時に紫揺は東の領土にいてみんなが優しくて、心配してくれて、それでも自由にさせてくれて。 大事にしてくれていると思った。
自分の方がずっと恵まれている。 日本の地を知ってくれているお付きや葉月も居る。

「あら、そんな悲しい目をしないでちょうだい? わたくしは幸せよ」

とくに四方に物申してからは。

「特に紫とお話してからはね、わたくしとっても幸せなの」

「え? 私の? ですか?」

「ええ、だから紫にも幸せになってもらいたいわ」

マツリが四方にあれ程言い切ったのだ。 あとは紫揺の気持ちをどう軟化させるか。 出来ることならシキが来る前に。
紫揺がマツリに心を寄せたと聞けばシキも安心できるだろう。
シキがいる間はシキの従者が何かと気をまわしていたが今はそれが無い。 “最高か” と “庭の世話か” が居ることは分かっているが、澪引と四人だけでは心許ない。 昨日、紫揺が来たと聞いた時、澪引の側付きには紫揺のことを言っておいた。


回廊に座る “最高か” と “庭の世話か” がコソコソと話し合っている。

「絶対におかしいわ」

「ええ」

四人が共に回廊に座る澪引の従者をチラリと見た。

「まるで布陣が敷かれているような」

「ようなではありませんわ、姉さん。 完全に敷いていますわ」

昨日から澪引の従者が今までとは違う気がしていたが、間違いないだろう。 陣形を組んでいるようにさえ見えるのがこわい。 男の戦いとは違う、女のコワ~イ戦いの陣形。
澪引の従者がチラリとこちらを見た。

「挑んでいますわね」

「全く以って」

「人数で負けることは確か。 でも」

「ええ、明日にはシキ様が来て下さるわ。 シキ様の従者と一緒になれば」

「こっちの勝ち」

低くオドロオドロしいカルテットがさざ波を立てた。
かくしてマツリと紫揺をくっ付ける為に、どうしてか二分してしまった従者であった。


「澪引様・・・」

遠慮気味に側付きが澪引の後ろから声をかけてきた。

「え? シキが?」

どこからどうやって・・・ではないであろう。 まるっぽ波葉からであろう。 紫揺が宮に居ると聞いて一日繰り上げてやって来たという。
では落ち着いてからこちらに、と言うと、紫揺を見た。

「シキが来たみたいよ」

「え? 明日じゃなかったんですか? あ、具合でも悪くされたんじゃ・・・」

一瞬にして心配顔になる。

「大丈夫よ。 紫が来たのを耳にして一日も待っていられなかったようだわ。 お房に来るようにと言ったから、疲れが取れたらこちらに来るでしょう」
良かった、と、さっきの表情から一転する。 シキの母としてそれは嬉しいことである。
紫揺がシキに借りていた衣装を取りに行くからと、席を立ちかけると、澪引の側付きが「お任せくださいませ」と言って紫揺を止めた。 部屋の中に座していた従者に視線を向けると、従者が頷き部屋を出て行く。

澪引にしてみれはシキが来る前に紫揺を軟化させようと思っていたが、それが叶わないようだ。 でも話を進めておくくらいは出来る。
遠慮せず食べてね、と言うと、改めて紫揺を呼んだ。

「紫?」

「はい」

菓子に伸ばした手が止まる。

「ああ、気にしないで食べてちょうだい。 マツリがね、紫以外を奥として迎える気はないって」

「あぃ? えぁ?」

再び動きかけた手がやっぱり止まった。
側付きが眉間を寄せる。

「四方様にそう言ったの。 四方様としては出来れば紫は杠の奥にとお考えなのだけれど、万が一にも四方様が杠の奥に紫を置かれれば、マツリには跡がないから四方様の跡にはリツソを置くようにって」

「はいー!?」

「四方様がね、つくづく仰ったの。 紫と杠は良く似合ってるって。 互いのことをよく分かり合ってるって。 そうなの?」

マツリが言ったことに対して澪引は何かを訊いてきたわけではない。 今訊いているのは四方が言ったことがどうなのかということだ。 マツリの言ったことに紫揺が目くじらを立てて反駁をする時ではない。
菓子に手を伸ばす。

「杠のことは兄と思っています、杠も私のことを妹と思ってくれていて・・・。 分かり合っていると言われればそうかもしれません。 だからお互いに同じように想えるんだと思います」

「では、四方様の命で杠の奥になるようにと言われれば、どうかしら? 紫はどう思うかしら?」

杠と結婚。 杠の奥さん、配偶者、妻。 新妻。 無意識に首をコキンと傾ける。
キャ、っと言った澪引の声は紫揺の耳に入っていない。

杠が仕事から帰ってくる。
『お帰りなさい』
『ただいま』
杠が紫揺の背に手をまわし抱きしめる。 そして額にチュ。

(ああ、駄目だ駄目だ、有り得ない)

巻き戻そう。
菓子を口に入れムシャムシャ。 美味しい。 これで幾つ目だろう。 大皿を見るとけっこう食べてる。

『お帰りなさい、ご飯? お風呂? どっちを先にする?』

『うーん、今日はマツリ様の足になったから疲れたかな? 先に風呂に入ろうか』

『ん。 んじゃ、着替えを置いとくね』

(いやいや、ナイナイ)

杠との会話でこんなものは無い。
まず “お帰りなさい” じゃない。 “お帰り” だ。 そして杠が “ただいま” と言ったら、すぐに抱きしめてくれる。

『今日は大人しくしていたか? 怪我などしていないか?』

こっちだろう。
大人しくして怪我などもずっとしていなく、それが毎日でも杠は訊くだろう。 親を亡くした兄のように。

でも 『行ってらっしゃい』 でも 『お帰り』 でもない。 離れることなんて考えられないのだから。 だから出来ることなら・・・杠の胸ポケットにずっと入っていたい。
ずっと杠と一緒にいたい。 杠に近寄ってくる女の人はみんな蹴ってやる。 私に合格の印を押された者にしか杠を譲らない。
・・・それなのに。
・・・そう思うのに忘れていた。
―――どうしてだろう。
翅(はね)をもぎ取られたようだ。

紫揺が口を開くまで澪引は待っていた。 部屋の隅に居た側付きが外の気配に気付き、もう一人座していた者に目配せを送る。
送られた者が首肯し部屋を出た。

紫揺が首を振った。

「有り得ません」

「どういうことかしら?」

「杠の奥さ・・・奥には杠にお似合いの人がいるはずです。 その人は私のことも認めてくれるはずです。 妹として」

「紫は杠の奥にはならないの? なりたくないの?」

紫揺が顔だけで笑った。 澪引が柳眉を上げる。

「出来ることならずっと杠と居たいです。 杠の腕の中の揺り籠に微睡(まどろ)んでいたいです。 安心してその揺り籠にずっと居たいです。 でもそれじゃあ、私は止まってしまう。 私は杠を止めたくないと思っています。 だから杠も私を止めたくないと思っているはずです。 それに・・・杠の揺り籠に微睡んでいたいというのは・・・私の弱さです。 いつまでも弱くて杠に心配をかけていては巣立ちの出来ない雀と同じです」

ずっと長い間黙っていた紫揺。 それを見守っていた澪引。
紫揺はいっぱいいっぱい考えたのだろう。 紫揺の答えに何と酷な質問をしたのだろうかと考える。

だがここで【注意】が発生する。
あくまでも紫揺の容姿から、澪引がそう考えるのは間違ってはいないだろう。 澪引でなくともそうであろうが。
だが実際、紫揺は冬を越せば、シキが無事に産んだ子が三カ月にもなれは、二十四歳にもなる。 中学生でも高校生でもない、立派なクリスマスイブイヤーを迎える歳になるのだ。
澪引が紫揺に対して “酷な質問をした” と考えるのは可笑しい。 もうそんな歳なのだから。

「そうなのね」

一瞬だが愁色を見せる。

「澪引様?」

先ほどの色など無かったように、澪引が婉然と微笑んだ。

「・・・わたくしにも兄が居たの」

「え?」

「兄とわたくしの二人兄妹よ」

澪引に対しては若くしてこの宮に嫁いできて、両親に甘えられなかったと、泣くことも出来ずにいたと思っていた。 両親だけではなかったのか。 一人っ子で育ったから兄弟姉妹のことを考えられなかったが、兄弟姉妹が居るのは今更ではあるが当たり前ではないか。

「どんなお兄様ですか?」

ふふふ、と言いながら遠い目をする。
思い出にふけっているのだろう。
澪引が半眼で今も尚、宙を見ている。

「四方様が妬心を抱かれたの」

唐突だった。 まるで夜の静寂を破るような言葉のチョイスだった。

「え?」

遠い目をしていた澪引が紫揺を見る。

「兄に妬心を抱かれたの。 わたくしにしては・・・それが大きかったみたいなの」

「はぃー!?」

「兄はわたくしを・・・ずっと・・手元に置きたいと思っていたの。 わたくしは病弱だから心配だったのでしょうね。 それにわたくしも兄の側にいたかった。 誰の奥にもなりたくなかったわ。 いいえ、そんなことすら考えることなく、ずっと兄の元に居られる・・・何の疑いもなくそう思っていたの」

でも、と澪引が続ける。
四方がやって来た。 度々やって来る四方に気を引かれたかと言われれば、それを否定することは出来ない。
ましてや四方は澪引に一目惚れだった。 澪引が辺境の女人にも拘らず四方からのアプローチは何度も繰り返されたと言う。 そしてとうとう、ご隠居も出てくる始末になったと。

「ええー! 四方様は時の本領領主を連れてこられて・・・。 え? 権限を振りかざして澪引さまを奥に?」

あの四方なら有り得なくないだろうと “四方あんまり好きでない” 頭がすんなりと考える。
だが澪引が首を振った。

「四方様はわたくしが “はい” と言うまでずっとお待ちになったわ。 お義父様はわたくしの様子を見に来られただけ。 最初はね、そのつもりだっただけ。 でもどうしてか、わたくしを見られた途端・・・」

がっしと澪引の手を取りブンブン振って、四方の奥にどうしても! と声高に言ったという。
四方ですらまだ澪引の手を握ったことなど無かったのにと、あとで四方から聞いて笑ってしまったと、クスクス笑いながら話している。

「四方様が何度も足を運んでくださっている間、兄は見守ってくれていたわ。 それなのに四方様ったら、四方様を見送った後に兄がわたくしの肩に手を置いたり、背に手をまわしているのが気にいらなかったそうなの」

「え・・・もしかしてそれがヤキモチですか?」

澪引が、なんのことかしら? という風に首を傾げる。

「あ、嫉妬・・・妬心の元凶ですか?」

ふふふと、澪引が笑う。

「ええ」

来る度に『腰に手をまわしておったな』 『髪を梳いておったな』 『花簪をさしておったな』 などと前回来た時の去ったあとに見たことをつらつらと言っていた、と言う。 供の山猫の上で後ろ髪を引かれる思いで振り返っていたのだろう。
ココロ狭ッ! と紫揺は思ったが、澪引はそうではなかったようだ。

澪引が話し始めた為、紫揺の手が菓子によく伸びる。
側付きの口の端が上がっている。

「最初はね、四方様は何を仰っておられるのかしら? と思ったりしたの。 ずっと小さな頃から当たり前に兄がしてくれていたことなのですもの。 でもね、だんだんと・・・聞く度に嬉しくなってきたの」

「嬉しく?」

紫揺が目をパチクリさせる。

「四方様はわたくしを見て下さっている、って」

「でもお兄様も澪引様のことをずっと見ていらっしゃったんですよね?」

「ええ、それはもう大切なものを扱うように、壊れないように。 包むように」

一拍を置いて続けて言う。

「紫が言っていた杠の揺り籠と同じように」

あ、っと紫揺が声を漏らした。

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