大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第127回

2022年12月26日 21時27分21秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第120回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第127回



「人足は集まりそうか」

せっせと “人足募集” の紙を貼っていた文官が朝陽を眩しそうに振り返る。

「興味を示して見ているようではありますが、実際どうでしょうか」

六都の者は働くことを好まない。 そこを見越してほんの少しだが、相場より高い賃金を出すと書いている。 いや、描いている。 字の読めないものが多いのだから、文字より描いているほうが分かりやすいであろうということである。

「明日には宮都から工部が資材を持って来るが・・・。 ふむ、人足が無いようなら武官を出すしかないか」

六都所有の土地に学び舎を建てる。 そこで徹底的に道義というものを教える。 この腐った六都は根本から叩き込まなければいけない。
強制的に引きずってでも学び舎に連れて来て子供たちに教える。 大人はもう遅い、些細なことでも捕らえて牢に入れるしかない。 そのうちに嫌気がさして少しはおとなしくなるだろう。 中には享沙のように、この六都の在り方に嫌気がさしている者もいるだろうが、そのような者は悪さをしないのだから捕らえるようなことはない。
どこの都にもある学び舎。 昔は六都にもあったが朽ち果てて使い物にもならなかった。


六都都司と六年前の都司夫婦そして六都文官所長と共に悪行に手を染めていた文官が宮都の牢に入れられていた。
帳簿と都司がつけていた三冊の綴じ紐で括られていた物を精査していた文官がそれを手に持ち宮都に戻ってきた。
横領していた額は相当なものであった。 そして都司による静かなる恐喝もかなりの額であった。
これから刑部によって尋問があり咎が出される。


工部が資材を持ってきて運び込んでいる。 結局人足は一人も来ることが無く、武官が手伝う羽目になったが、相当な人数を一度は捕らえた。 灸を据えたのがいつまで続くかは分からないが、当分は大人しくしているだろう。 武官も捕らえるのに走り回ることなく、見まわるだけとなるだろう。

「ふむ、捕らえた者に手伝わすというのも一手だったか」

すでに放免されている者もいるが、まだ灸を据えられている者、これから据えられる者も残っている。
工部の者にあれやこれやと言われながら手伝っている武官を後目(しりめ)にマツリが踵を返した。
向かった先は六都官別所。 捕らわれた者たちが居るところである。



梁湶が書蔵に居る。 紫揺から聞かされた話から、香山猫の生態を書いたものがどこかにないかと探しているが全く見当たらない。
それもそうだろう。 日本とは違うのだ。 獣に近づいてその生態を探ろうなどと考える酔狂な民はいない。

「はぁー、骨折り損か」

ドカッと椅子に座り込んだ時、戸が開いた。

「なんだ、書を探していたんじゃないのか?」

阿秀である。

「今の今まで探していました。 やっぱりありませんね」

香山猫のことで書かれているのは、彰祥草の匂いのする高山に住んでいるということと、その姿が描かれているだけであった。

「まぁ、そうだろうな。 紫さまからお聞きしたことは此之葉がまとめて書いている。 せいぜいその書くらいになるだろう」

「でしょうね。 ですが分散というのは初めて聞きました」

他の獣のことを考えると、捕食対象が少なくなり場所移動をするとか、群れのリーダーが弱くなってきて若い獣がリーダーを倒し、リーダーが変わったということはありがちだったが。
尤もだと阿秀が頷く。

「で? 阿秀は何用ですか?」

「紫さまがもう一度あの辺境に行きたいと仰っておられるんだが、梁湶が何かを見つけていればなにか策を講じれるかと思ってな」

「何の策もなく辺境に行くには代償が大きいですからね」

危険な道程でもあるし、馬の疲れも激しい。 とくに野夜と悠蓮の乗る馬は。

「どうするんですか?」

「このまま留め置いていて勝手に飛び出されても困るしなぁ・・・」

「大体、行って何をするつもりでいらっしゃるんですか?」

「行ってみる、それだけしか仰らない」

「・・・阿秀も大変ですね」

人ごとのように言うしかなかった。 実際人ごとである。

「最近の領主も元気がないみたいですし」

紫揺のお守りから領主の心配まで。 つくづく筆頭でなくて良かったと思う。

「ああ、いったいどうされたのか。 秋我は心配ないと言っているんだがなぁ」


数日前に遡るが、秋我は秋我で本領から戻って来てすぐ、父親である領主に本領であったことを報告せねばならなかったが、報告もなにも何もなかった。 あくまでも本領では。

「何もないに越したことはない」

領主はそう言ったが、秋我が口を引き結び眉根を寄せている。

「どうした?」

大きく息を吸い、勢い良く息を吐くと口を開いた。

「本領では何もありませんでしたが、本領に行く前、領土の山を歩いている時に紫さまから問われたことがあったんです」

領主が両の眉を上げる。

「どうも・・・紫さまは本領のどなたかを、拳で殴られたようです」

領主が驚いて目を見開いた。

「痣が残るほどに」

領主の見開かれた目からどんどんと黒目が上がっていく。 どこを見ているのだろうか。

「父さん?」

「・・・」

考えられるのは本領領主四方か、それともマツリか。 それともそれとも、他に誰かいるのだろうか。

「・・・本領が何か言ってきてから考える」


「だからっ! お転婆は禁止です!」

「だーって、ずっとじっとしてたんだもん! 身体が鈍って仕方がない!」

本領から戻って来てすぐに絵師に捕まりじっとさせられていた。 絵は仕上がってホッとしたものの、阿秀からはそうそう辺境には行けないと言われるし、尚且つお転婆も禁止と言われた。 阿秀にすれば、いつ勝手にお転婆に乗って一人で辺境に行くか分かったものではない。 塔弥を厩の見張に立てていた。

「子たちと走りっこでもしてきて下さい」

そんなことを歴代の紫はしていないが。

「ダントツブッチギリで私の勝ちじゃない。 楽しくもない」

“だんとつぶっちぎり” は分からないが、言いたいことは分かる。
誰が本気で走れと言った、子供相手に。

「じゃ、ガザンと」

「勝てるわけないでしょ!」

ガザンとも本気で走るつもりか。 ドンダケ勝負をしたいんだ、そして勝ちたいんだ。

「お転婆に乗ってあの辺境に行こうとしているでしょう」

「うっ・・・」

呆れてしまうほどの丸分かり。 溜息交じりに塔弥が続ける。

「一人で行けるはずないでしょう」

「い、行くなんて言ってない」

その顔と声を詰まらせながら、行くと言ってるようなものではないか。

「顔が行くって言ってます」

「え?」

もしかしてマツリが透けて見えると言ったのは、脳みその中のことじゃなくて顔のことだったのか?
顔が透けて見える? 自分は今どんな顔をしているんだ。 それともキン肉マンの額の “肉” の字のように自分の額に “行” と文字が浮き上がってきたのだろうか。
そっと額をこする。

キン肉マンのことは知らないが、紫揺が何をしているのか想像は出来る。 小さく溜息をつくと紫揺に訊ねる。

「行ってどうするつもりですか?」

「うん・・・。 えっと・・・」

やはり行くつもりだったのか、それもなんの策もなく行きたいだけのようだ。

「行ったら行ったでね、何か気付くことがあると思うの」

「前に行った時に何か気付きましたか?」

「あの時は香山猫のことをよく知らなかったし、どっちかって言うと民が気になって行っただけだから」

「辺境は簡単に行けるところではありません」

「知ってるよ、それくらい。 でもまた襲われたらどうするの、そんなことになったら後悔してもしきれない」

「紫さまのことを先住の獣だと思ってもうそこには来ないと聞いてきたんでしょ? えっと・・・山猫に」

「山猫じゃなくてカジャ」

それを言うなら山猫のカジャであろう、カジャは山猫なのだから。
塔弥が何度目かの溜息を吐く。

「その道のりで紫さまに何かあっては、我らが後悔してもしきれません」

「うん、私もそう思う。 いや、私に何かあることは無いけど、野夜さんと悠蓮さんの馬は怪しいからちょっと気になってるし。 二人に何かあったらそれこそ後悔しきれない。 だから二人を抜きで・・・ってか、一人で行けるけど?」

全身に脱力を覚える。

「行けるわけないでしょう。 まず道のりを覚えていらっしゃらないでしょう?」

「うーん、キョロキョロしながらだったら分かると思う。 ほら、岩とか木とか目印になるものがあるし」

よじ登りたい岩や、目をつけていた木とか。

「却下」

「なにそれ?」

「もっとそれらしい理由・・・策を講じて下さったら、俺からも阿秀に口添えをします。 家に戻って頭を捻ってきて下さい」

後ろで聞いていた此之葉がくすくすと笑いだした。

「紫さま、今日は諦めて策を講じましょう。 塔弥はどいてくれそうにありません」

恨めしい目を塔弥に送り此之葉の言う通りに策を講じるしかないのかと家に戻っていった。

「あ、そうだ。 前に言ってた、葉月ちゃんに山菜の山に連れて行ってもらえないでしょうか?」

「そうでしたね。 それでは明日、行きましょうか」

いや、これからが退屈なのだ。 策など講じられないのだから。

「今からでは駄目なんですか?」

「朝早くに出ませんとなりませんので」

行ったことはないが女達はいつも朝早くに出ている。

「そんなに遠いんですか?」

「たしかに近くはありませんけど、馬で行くわけではありませんので」

「あ、そっか」

葉月は馬に乗れない。 というか、この領土で馬に乗れる女人は紫揺くらいなものだ。

「でも策を講じるって言っても何も浮かばないし・・・」

「一度落ち着きませんか? 茶をお淹れします」

紫揺に何か要らないことを考えられては、お付きたちが困るであろう。
ことりと此之葉が紫揺の前に湯呑を置いた。

「塔弥さんったら、頑固なんだから」

どちらが頑固だろうか。

「塔弥は紫さまの身を案じているんです。 分かってやって下さい」

チロリと此之葉を見て湯呑を手に取る紫揺の様子を見て要らないことを考えさせないように此之葉が続けて言う。

「辺境ってそんなに危険なんですか?」

「平地を歩いている分には何ともありませんけど、山の中に入るとけっこう足下の危ない所があります」

「足下の危ない所?」

「私、高所恐怖症ですから、崖の横を歩くとか・・・基本、高い所には行けないんですけど、それでもちょっとした高さのところを馬で歩く時があるんです。 沢を渡ったりすることもあります。 ま、沢を渡るのは楽しいですけど」

恐怖症は原因が分かれば克服されると聞く。
紫揺の先端恐怖症は祖父に刺さっていた木の枝が、閉所恐怖症はあの洞、そして高所恐怖症は崖から落ちたこと。
紫揺が持っている記憶ではなく先の紫の記憶だが、知らず紫揺にその記憶が流れ込んできていたのかもしれない。
原因が分かったお蔭で二つの恐怖症はなくなっていたが、原因が分かっても高所恐怖症だけは克服されなかった。 これは紫揺自身が持っていたものなのだろう。 複雑な要因はなく、単に高いところが恐いだけかもしれない。

「馬車ではいけない所ですか?」

「全然無理です」

ということは、紫揺は歴代紫が足を運んでいなかったところまで行っているということになる。 歴代紫は馬車で行っていたのだから。

「そんなところまで・・・」

「最初は皆さん驚いていらっしゃいましたけど紫のことは知っていらっしゃったから、以前はそこまで奥に住んでいなかったんでしょうね」

ほぅっと此之葉が息を吐く。

「どうしました?」

「今代 “紫さまの書” に書き記すことがまだまだありそうです」

辺境での道程など今まで聞きもしなかったし、お付きたちも特に言ってこなかった。 お付きたちに詳しく訊き書き足していこう。 今代紫の偉業を。

「そうですか?」

当人は何とも思っていない。 どちらかと言えば足元の悪い道は好きだ。 馬がこれ以上は入れないという時には、馬番を残して他のお付きたちと歩いて行くが、楽しいことこの上ない。 阿秀と塔弥に走るなと止められなければの話だが。

「うーん、それにしても策かぁ・・・。 なーんにも思い浮かばないしぃ・・・」

行けば何なりと、としか考えられないのだから。

結局、この日はガザンと領主の家の奥にある緑の広がる所に行き、走り回って遊んだ。  近場の民と触れ合う気になれなかったからだ。
夢には見なくなったが、紫揺の脳裏に未だにあの残酷なシーンが思い浮かべられているなどと、たとえ塔弥でも知るところではなく、知っていたのはガザンだけであった。
紫揺の相手をしていたそのガザンは紫揺と遊べることにかなり喜び、テンションが上がりまくって珍しくワンワンと吠えていた程だった。


翌日、葉月に連れられて山菜の山に登った。

「もう少し冬に近づけば山菜も採れるんですけどね」

案内役の葉月が言う。
東の領土は温暖である。 短く暑い夏が終わり今は過ごしやすい。 だがまだ先だが、次には短く寒い冬が来る。 とは言っても、夏は暑いと言いながらも、じりじりと焼けつくようなものではないし、冬は雪が降るほどにはならない。 そして短く寒い冬の前には山の恵みである秋がやって来る。

「此之葉ちゃん、大丈夫?」

山など歩くことがない此之葉には・・・いや、一度だけある。 本領に行くため、東の領土の山の中を歩いた。 散々だったが。
山の中が楽しくて仕方のなかった紫揺、うっかりそのことを忘れていた。 後ろを歩いている此之葉を振り返るとかなり息が上がっている。 それに顔色も良くない。

「あ、此之葉さんごめんなさい。 気付かなかった」

「いえ、その、よう・・・な、ことは」

声も絶え絶えに言う。
此之葉の後ろをゾロゾロと歩いているお付きたち。 その先頭の阿秀に目をやる。

「阿秀さん、此之葉さんを見てあげてください」

段々と足が重くなり息が上がっているのは分かっていたが、後ろを歩いていた為、此之葉の様子を見ることは無かった。 すぐに阿秀が此之葉の横に付く。

「此之葉? 少し座ろうか」

「い、いいえ・・・これ、しき」

「充分これしきじゃないですよ」

此之葉を見て言うと前を歩いていた葉月を見る。

「休憩入れても彰祥草の所に行ける?」

葉月が此之葉の様子を見る。 片眉が動いた。

「一回くらいなら行けますけど・・・。 此之葉ちゃん無理しない方がいいよ」

一回の休憩では収まらないだろう。

「無理、なん、て」

紫揺が唇を噛み短く息を吐く。

「此之葉さん、このままここで阿秀さんと休憩していて下さい」

「むら、さ・・・き、さま」

「いま無理をして、明日寝込んだらどうします? 明日が無くなりますよ? 今日はここまで一緒にいてくれました。 明日も一緒にいましょう。 ね?」

「む、らさき、さま」

“明日も一緒にいましょう” それに心を動かされたのだろう、此之葉が疲れていた頭をガックリと下げた。

「お水を飲ませてあげてください」

紫揺が言うと阿秀の後ろについていた若冲がすぐに腰にさげていた竹筒を阿秀に渡した。 お付きたちが腰から下げている竹筒は紫揺用であったが、一つくらい無くなってもなんということはないであろう。

「“古の力を持つ者” には、私には分からない重責があるでしょう。 でも私と此之葉さんの間のことです。 重責に押し潰されないで下さい。 ね、気軽に」

お付きの誰かの眉が動いた。 それとも全員だろうか。
気軽? 此之葉のことはいい、置いておこう。 だが紫揺の気軽が過ぎる、何事においても。 そうではないだろう、もっと考えてくれなければ困ると、お付きの頭に浮かんだことを紫揺は知らない。

「じゃ、阿秀さんお願いします。 葉月ちゃん、進んで」

阿秀が息を上げながらぐったりとしている此之葉の口に竹筒を当てる。 その横を他のお付きたちが歩いて行く。

「飲めないか?」

息を上げている此之葉に問う阿秀の声がお付きたちの背に聞こえた。

しばらく歩いては後ろを振り返る葉月。 此之葉のことがあって紫揺が気になるのだが、紫揺にそんな様子は見られない。 それどころか正反対である。

「紫さま、楽しそうですね」

「うん、こういうところ大好き」

お付きたちがゲッソリという顔をしたが、それを紫揺が目にすることはない。

「もっと、沢とかあったら楽しいんだけ・・・」

紫揺の言葉が止まった。
前を半分まで向きかけた葉月が振り返る。

「紫さま?」

だがそこに居るはずの紫揺の姿がなかった。 お付きたちが駆けだしたのを見ただけだった。

「紫さま! お止まり下さい!」

お付きが言うが紫揺の足が止まることはない。
楽しくて走っているのではない。

―――呼ばれている。

誰、誰が・・・。

―――誰かが呼んでいる。

葉月の案内する道筋から外れて山をかけ登って行く紫揺。 そこは道ではない。

―――誰が呼んでるの。

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