大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第164回

2023年05月08日 21時15分52秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第160回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第164回



男の家を教え、宿に戻って来てからも似面絵を描き続けたが、宿の紙だけでは十分ではなかった。
紙がなくなった時点でコクリと舟をこぎ出した紫揺をマツリの部屋に寝かせると、杠の部屋でマツリと杠がゴロ寝をした。

「べつに宜しいでしょうに。 初心男みたいに・・・」

紫揺と同じ部屋で寝ても。

「・・・殴られない自信が無い」

横に転がるマツリを眼球だけ動かしてチロリと見る。
別にいいんじゃありませんか? と言いたいが相手は紫揺だ、他の女人のように簡単にはいかないだろう。 それに紫揺を寝させてやりたい。
これ以上紫揺の話をしては毒かと、話の先を変えた。

「沙柊もそろそろ動けるようになったでしょうし、宮都に移しますか?」

「え? 動けるようになったとは?」

享沙が弟と逢ってしまって、他の地への指示を願っていたことはマツリも杠と一緒に文を読み知っている、だが動けるようになったとはどういうことだ。

「尻を痛そうにしておりまして、歩きにくそうにしていたんです。 それは知っていたんですが、あまりにも長引いていましたので、尻を見たら尾骶骨をかなり強く打ったみたいでひびが入っていたと思います。 暫くは安静にするようにと言っておりました。 柳技に面倒を見させています」

「・・・享沙の?」

「はい?」

「・・・尻を見たのか?」

「あ、はい」

「・・・」

「なにか?」

「・・・そっちの気もあったのか?」

「ありません!」


朝一番に紙屋に出向き大量の紙を仕入れてきた。

「わぁー・・・気が遠くなる。 コピー機ほしい」

「すまぬ・・・」

最後の言葉の意味は分からないが・・・。

「いや、謝らなくていいし。 出来ないものは出来ないんだから」

一応、昨日マツリと杠が紫揺の似面絵を真似て描いてみた。 マツリ杠ともにガマガエル武官とは一味違う芸術的なものだった。

「マツリの出来ないコトを一つ見つけて面白いくらいだし」

「だから、万能ではないと言った」

しゅっしゅと、マツリが墨をすっている。 お手伝いできるのはこの程度である。

「いま杠が文官に描き手がいないか訊きに行っておる。 一人でもおればこの半分になるんだがな・・・」

「いつまでに描き終わったらいいの?」

「言ってみればこの紙でも足りんくらいだが・・・」

今日で決起が動くまであと五日。

「宮の者にも描き手がいるかもしれんか・・・。 今日、宮に飛ぶ。 紫は取り敢えずそれまでに描けるだけ描いておいてくれ」

「朱墨」

「ん?」

「とっとと朱墨をすって」

似面絵を描く墨はもう十分にすれている。

「あ、はい」

「ここの文官さんが描いた似面絵は、私がチェック・・・確認できるけど、宮の誰かが描いたものを私は確認できない。 全く同じに描ければいいけど、描いたうえではちょっと違うだけでも、本人と比べると面差しが違って見えるものなの。 だからここだけは、ってとこに朱墨で注意書きする」

時間が惜しい。 既に描き始めている。

「はい・・・」

その後、紫揺が描き終えた全ての似面絵と、朱墨が入った一枚を手に宮に向かって飛んだ。


男達が杉山からやって来た。

「官吏さん」

「はい」

振り返ると巴央と以前頭と思しき男と思っていた男が立っていた。
京也か巴央からの連絡があるとしたら、杉山にいる者たちがやってくるこの時に接触するしかない。 それだけに官所に居る間は出来るだけこの時に姿を現すようにしている。 マツリが出た後、紫揺のことが気になりながらも置いて出てきたが、どうしたというのだろうあまりにも露骨な接触ではないか。

巴央が頭と思しき男、將基(しょうぎ)の脇を肘で突く。

「ほら、言いな」

將基が顔を歪めている。
あの時、巴央が声を低くした。

『うざいんだよ』

とうとう限界がきた。

『オレが力山に言われて最後尾を歩いてた? ふざけんなよ。 なんでオレが力山に言われるがまま動かなきゃいけない。 オレを見下してんのか』

今までの態度を一転させた巴央から將基が目を外した。

『・・・悪かった。 宮都からの奴かと思ったからだ』

『は? ・・・どういうこった?』

將基が何でもないというが、簡単に終わらせる気はない。

『おい、勝手に疑っておいてそれはねーだろうよ。 オレの納得できる話をしてもらおうか』

渋る將基を何とか吐かせたが聞き逃せない話であった。
それはまだマツリが来るずっと前のことだったと言う。

やさぐれながら呑み屋で呑んでいると声がかかってきた。 本来なるべきだった六代目本領領主の直系、その後ろ盾をしないか、と。
その時は本気にしなかった。 隣に座ってきた相手の椅子の足を蹴り上げて返事としたが、今こうしてマツリの指示のもと動き始めて変わってきたことがあるのには気付いている。 己自信も、己と同じやさぐれどもも。
その時のことはとっくに忘れていたが不意に思い出した。 それに後ろ盾とはどういうことだろうかと。

思い出したきっかけを作ったのは京也と巴央であった。
声をかけてきたのは六都では見かけない奴だった。 官吏たちと似た口調・・・多分、宮都の者。
だから六都で見かけなかった巴央と京也がそいつの仲間かと思った。 杉山の者を怪しい道に引きずり込もうとしているのではないかと。

『確かにオレはそんな奴じゃない。 だけど、おい・・・』

『ああ、杉山の者が巡回をしている。 夜に。 いつまたオレみたいに声をかけられるか分かったもんじゃねー。 だがまぁ、随分と前のことだ、今もそんなことをしているのかどうかは分かりゃしないがな』

『・・・官吏に、官吏にその話をしようぜ。 せっかく真っ当に・・・ああ、いや、真っ当でなくてもいい。 だがオレたちは仲間だ。 一緒に学び舎もここも、屋舎も建てた。 毎日同じ飯を食ってる。 一人でも外れる奴を作りたかねー。 その、後ろ盾? それが何の意味か分からねーが、官吏の頭で考えるだろうさ。 それに領主がどうのこうのなんて、何かに巻き込まれでもしたら大事になっちまうかもしんねぇ。 オレたちは仲間を守る。 人っ子一人オレたちから外させねー』

お互い “後ろ盾” の意味が分からなくはない。 “本来なるべきだった六代目本領領主の直系” その後ろ盾。 具体的にどうするのかは分からないが、剣呑だということは肌で感じる。

『官吏が信じるか?』

杉山で働いている者の話を。

『あの官吏、自警の群を作った時の。 それか・・・なんてったっけ、箪笥を見せてくれた官吏。 あの二人の内どちらか。 あの官吏たちだったら分かってくれる』

杠か帆坂。 こんな話は杠に限らなくてもいいだろう。 それに將基はマツリが六都に来るずっと前の話だと言っていた。 杠は時々見かけないときがある。 少しでも早く伝えなければ。

「顔は覚えていますか?」

紫揺が言っていた話と同じだ。

「うろ覚えだが・・・見れば思い出すと思う」

「似面絵があります。 一緒に来て確認していただけるでしょうか」

本気にしてくれたらしい。

巴央が顎をしゃくって、行けと促す。
向かったのは宿ではなく分官所の分官所長室。 描き手が増えた。 文官二人が自分の席で描いている。 何枚かに一枚、絵が崩れてきていないかを紫揺が確認しながら文官所長室で自分も描いている。
部屋の戸は開けっ放されている。
將基を連れた杠が入ってきて紫揺の描いた似面絵を見せる。

「いや、違う」

溜息を吐きそうになって寸でで止めた。

「顔も違うし、ここ。 ここに大きな黒子があった」

右の眉の上あたりを指で押さえた。

「そうだな・・・親指の爪くらいの大きさだったと思う」

かなり特徴的だ。

「念を押してお尋ねします。 官吏と同じような口調だったんですね?」

「ああ、間違いない」

「承知しました。 その時になれば頼みます。 ご足労有難うございました」

ご足労・・・そんなこと言ってもらったことなどない。 それにどうして坊がこんな所で似面絵を描いているのか不思議に思いながらも、面映ゆい顔で官所を出た。

杠と將基の話を聞きながらずっと手を止めることなく描いていた紫揺。

「怪しい人が増えたの?」

「そうみたいだ」

「官吏さん?」

「多分」

「ここの、じゃなくて?」

「ここでは見かけないと言っていたし、今も知らない顔をしていた」

文官所長の部屋に入るには、文官が仕事をしている部屋を通らなくてはならない。 それに大きな黒子のある者などいない。

「ん?」

「どうした?」

朱墨の筆に持ち替えると、文官が描いた少し崩れてきた似顔絵のチェックを始める。 描かれた似面絵の上に朱墨で描き直そうとして筆を止め硯の上に筆を戻すと人差し指でこめかみをグリグリし始めた。

「どっかで見たような・・・」

「え?」

「ここに黒子。 大きな黒子」

右の眉の上を人差し指で押さえた。


執務室の外から声がかかった。 中にいた尾能が立ち上がり、四方の後ろに立ち斜め前に座っている文官に聞こえないように小声で言う。

「マツリ様が茶室でお待ちで御座います」

執務中だというのに茶室。 それに紫揺が会いに行っているというのに。
何かあったか。
無言で立ち上がると執務室を出た。 心得ている尾能は立ち上がりかけた従者たちの足を止め、三人だけを指名する。

「あとの者は控えの房で待っているよう」

三人を引き連れて四方の後を追い茶室に向かうが、随分と離れた所に三人を座らせた。
四方の前にすすっと入って茶室の襖を開ける。 そのまま外に座そうとしたがマツリがそれを止める。

「尾能も聞いて欲しい」

時間を無駄にしたくない。
尾能が四方を見ると四方が頷いてみせたのを受けて襖内に座る。

「茶は」

「いりません」

すぐに紫揺が聞いてきた話を始めた。
尾能が驚いたように目を大きく開けている。

「ご存知でしたか?」

「・・・随分と前にそれらしいことを聞いたと百足から報告があった」

やはり百足は耳にしていたのか。

「だがそれ以上は分からなかった」

杠は人前に出て探りを入れるが百足はそうではない。 影で動く。 杠なら声をかけられれば、それに乗ったふりをして探ることが出来るが百足には出来ない。 それに又聞きや噂であればそれを最初に口にした者を簡単に特定できるものではない。 特定さえ出来れば動けたのだろうが。

「・・・また紫か」

「それほどお厭ですか。 護衛を二人だけしか付けない程に」

隠せない剣を声に乗せる。

「紫が断っただけのこと。 ましてや道案内の一人だけでいいと抜かしおった、無事に着いたようだな」

「はい」

「何事もなくか?」

「特には聞いておりません」

チッ、と四方が舌打ちしたのは気のせいなのだろうか。 だが今は紫揺のことで時を取っていてはいけない。 脇に置いてあった何枚もの似面絵を四方の前に置いた。

「これは?」

「紫が描きました。 今も描いております。 これが、しばさきという官吏だそうです。 顔に覚えはありませんか?」

片手で似面絵を持ち、もう一方の手で顎をさすっている。

「ふむ。 上手いものだ。 よく似ておる、というか、そのものか」

「ご存知で?」

持っていた似面絵を尾能に渡すと尾能も知っていたようで、ほぅー、っと声を上げている。

「工部の者だ」

「工部?」

似面絵を置くとすっと襖を開けて尾能が出て行き、少しすると戻ってきた。 離れた所に待たせていた従者に柴咲の確認をさせに走らせたようだ。

「柴が咲くと書く。 この者は確か・・・」

どうだった? と尾能を見る。

「領主筋では御座いましたがもうかなり薄いかと。 六代目が取り上げられた権利を一部、四代前がお戻しになりました」

はるか昔の六代目が取り上げた権利。 領主筋を取り上げ尚且つ民草以下とした。 当時は官吏などとは無かったが、それに相当する役どころはあった。 領主筋はそのお役に就くのが誉とされていたが、それに就くことを取り上げたということである。
そしてこの時代、民であれば官吏にもなれるが、民以下なら官吏にもなれなければ商売をすることも出来ない。 それを領主筋までとはいかないが、四代前が民まで戻した。

「他にもそのような者が官吏になっておるのか?」

「申し訳御座いません、存じ上げません。 私がこの者のことを知ったのは偶然で御座います」

知り合いの娘がこの男に一目惚れをした、と兄から聞かされて身元を調べただけであった。
尾能から顔を移したマツリ。

「その筋の者が官吏の中に居るのかどうか、式部省に問い合わせればわかるのですか?」

「いや、分からん。 百足から聞いた時に、そのような者たちを探そうとしたが、四代前が何もかもを消されておった。 民にまで上げた、これ以降何も必要なかろうと、それで十分だろうと過去の跡を一切な。 尾能がよく調べたものだと思う程だ」

「本当に偶然、調べられただけで御座います」

分かるのならその者たちを確保しようと思ったが、そう簡単にはいかないようだ。 仕方がない、進めるところは進めなければ。 どうしてこの似面絵を描いたのか説明を始めた。

「また・・・紫か」

「どれだけお厭ですか」

「そういうわけではない。 意外と知恵が回るのだな、と思っただけだ」

そんな言い方ではなかっただろう。

「各都に似面絵をまわす御許可を頂きたいのですが」

「ああ、今はそれしかないか」

四方の返事を聞くと尾能が膝で進んできて四方の前に置かれた似面絵の束を手にする。

「どちらから回しましょう?」

「昨日の時点で六都、ということは・・・」

「今頃は五都か七都・・・で御座いましょうか」

「先ほどの話では、五六七八都は一二三四都にゆっくりと入るということだったな?」

「はい」

「この枚数では・・・五六七八都は諦め一二三四都で動けなくさせるしかないか。 各都に一枚ずつ武官所に配り、残りを・・・まずは三都に貼りつける」

「承知いたしました」

四方に向かって言うと今度はマツリを見る。

「他に御座いますでしょうか」

己は茶室を退いてもいいかと訊いている。 尾能自ら武官舎に行き早馬を走らせる手立てをするのだろう。

「この似面絵を写し描きできる者はおらんか?」

枚数が少ないのだ。 マツリが何を言おうとしているのかは分かる。
首を傾げかけた時、襖外から声がかかった。
尾能が少し襖を開けて聞くと短い内容だったのだろう、すぐに襖を閉めた。

「柴咲は昨日の朝に一度顔を出しただけで、その後に居ないそうです。 今日は出仕していないようで、昨日も今日も無断ということです」

もう官吏の職に用は無いということか。

「四方様、先程マツリ様が仰られたことで御座いますが、一枚だけこちらに頂いても宜しいでしょうか」

誰かに描かせてみるということ。 それが単数なのか複数なのか。

「構わん」

四方の返事を聞くと、マツリが朱墨の入った一枚の似面絵を尾能に渡す。

「紫からだ。 描き写す際の指示が書かれておる」

「有難うございます。 紫さまはご用意周到で」

チラリと四方を見ると、ブスッとした顔をしている。 笑いが漏れないように口を引き絞ると茶室を辞した。

「すぐに武官を戻せるか」

「致し方ありません」

「やってきたことが泡となるか」

「・・・少々戻ったとしても・・・泡にはなりません」

「そうか。 この事、他に策を考えておるのか」

「昨日の今日です。 それも夕刻に紫が持ち帰った情報です」

「紫に問うたが、何をしにマツリの元に行った」

「それは・・・。 そう言えばバタバタしていて聞いておりませんか」


バタバタバタと紅香が走ってきた。

「え? マツリ様が戻ってこられているの!?」

「せっかく紫さまがマツリ様の元に行かれたのに?」

「ええ、茶室に入って行かれる所を見たの」

「そんな! すれ違いもいいところじゃないのー!」

お二人にはご縁が無いのかしら・・・。 心の中に暗雲が立ち込めていった。

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