大福 りす の 隠れ家

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国津道  第48回

2021年07月02日 23時05分55秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第40回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


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- 国津道(くにつみち)-  第48回



社の中の世界の山の中の木々の間に身を置き、曹司が社内に戻ってきた時には薄の姿はなかった。
すぐに社の外に出て詩甫たちの後を追う。

気を落とす。 もちろん人としての姿も消しているし、霊体の姿もとっていない。 霊同士であるならば、たとえ光の粒であっても簡単に相手に覚られてしまう。 気も感じられるだろう。 ましてや相手は単なる霊ではない。 力のある者だ。

朱葉姫からの話とあったことを考えるに、少なくとも曹司と同じくらいの力を持っているだろう。 物を動かせる、壊せる、山を出ることが出来る。

「・・・」

詩甫たちの姿を捉えた。 まだ坂を下りていない。 出来るだけ詩甫たちから離れて後を追う。
気を落とす、落とす。 大蛇に勘付かれないように。 光の粒となり、その耀きさえも落とす。
己を木々の葉の一枚にすらならない葉脈の程にする。 陽の光の一粒に紛れ込む。 風の囁きの小声に混じる。
そうして徐々に徐々に詩甫たちの後を追いながら、辺りを注視する。

詩甫たちが坂を下りだした。 かなりスローだ。 詩甫と祐樹が手を繋いでいる。 浅香が詩甫の後ろについている。

(どこに・・・)

気は感じない。 大蛇も気を消しているのだろうか。
それとも現れないのだろうか。

(・・・それは有り得ない)

今の曹司はそう確信している。
今まで何度か詩甫が来ていたのに、手を下されたのは二回だった。 それに浅香の話から社を修繕した者達にも手を下したと聞いたが、浅香は手を下されていなかった。 祐樹も然りである。
だがそれは・・・祐樹に手を出さなかったのは浅香が居たからではないのか・・・。

(いや・・・)

その確信は気のせいかもしれない。 己の確信を否定する。

「浅香さん・・・」

今は坂の途中である。 山の上からは落とされなかったようだ。

「振り返らないで下さい。 気を散らせることが相手を必要以上に引き寄せるかもしれません」

本当は “引き寄せる” ではなく “手を下させる” と言いたかったが、そう言ってしまえば余計な不安を煽るだけだろう。
祐樹は坂を下りだしてから、前方左右上下にくまなく目を走らせているようだ。 後ろから見ていると小さな頭がよく動いている。

「祐樹君が上も見てくれています。 野崎さんは前と右横、そこから意識を離さないで下さい」

詩甫の左には祐樹が居る。

浅香は詩甫の後ろに付きながら、詩甫の周りに目を這わしている祐樹と、詩甫の周りに目を這わしている。 詩甫だけではない、祐樹の安全も守るつもりである。

「大蛇はかなり用心しているのかもしれません」

物質に触れようとするときには姿を現す。 そう曹司が言っていた。 透けたままの霊体だと物質を通り抜けると言っていた。

「居るんでしょうか」

居てもらわなくては困る。 こんなことは何度もしたくない。 いくら心臓があっても足りないし、浅香のたった一つの心臓には女の人の日本髪を結えるほどの毛は生えていない。 だから今日ここで終わらせたい。

「分かりません」

分からないということは、曹司は何かの形で浅香と接触をしておらず、今も辺りを探っているということだろう。

「浅香さん・・・」

「はい」

「このままでは・・・浅香さんと祐樹が守ってくれている間は大蛇は出てこないかもしれません」

「え・・・」

「姉ちゃん?」

「一人で歩きます」

「何言ってんだよ!」

「祐樹、手を離して」

「ヤだよ! どうしてそんなこと言うんだよ!」

祐樹に先を取られ、浅香は声にこそ出してはいないが、全く祐樹と同意だ。

「祐樹、お願い」

社が思っていた以上に酷かった。 朽ちていた。 もう猶予などない。 大蛇と一日でも早く向き合うしかない。

「野崎さん、祐樹君の言う通りです。 そこまで野崎さんの身を捨てないで下さい」

「え?」

「大蛇は来ます。 まだ坂の途中です。 その先に階段もあります。 曹司を信用してください」

「浅香・・・」

あれほど曹司のことを信用ならないと言っていたのに。

「浅香さん・・・」

祐樹と詩甫が後ろにいる浅香に振り向いた。 その途端、詩甫の斜め横から一瞬にして肘から下の人の腕が現れた。

「野崎さん―――」

振り返っちゃいけない! まで言えなかった浅香が言いかけた時には遅かった。
詩甫の空いている右手が現れた腕によって引かれバランスを崩した。

「あ・・・」

すると詩甫の手を引いた肘から下の腕、その手首を別の肘から下の腕が掴んだ。
一瞬にして起こったことだが、それはちょうど祐樹の目の高さだった。

肘から下しかない腕が二本・・・。 一本が一本の手首を掴んで・・・。

「い“い”い“―――」

鼻水が出るどころかおしっこを漏らしそうである。
だが辛くも祐樹がおしっこを漏らす前に手首を掴んでいた腕の本体が徐々に現れてきた。
曹司だった。

そして腕を摑まれている本体、その姿が徐々に浮かび上がってくる。 その本体が手首を取られたままの状態で驚きの目で曹司を見ている。
その目は切れ長の目であった。

「どうして・・・」

曹司が大蛇に悲し気な目を向ける。

「あ!」

勢いよく引っ張られ、祐樹と繋いでいた手が解けた。 一瞬叫んだ祐樹。 詩甫の身体が後方に舞おうとした。

浅香が離された祐樹と繋いでいた腕に手を伸ばしたが、勢いよく大蛇によって引っ張られた詩甫の身体が反転しながら、浅香と指先だけが触れた。

「野崎さん!」

浅香の手に握られることなく詩甫の身体が坂に向かって倒れていく。

「姉ちゃん!!」

ドンと、詩甫の身体が受けとめられた。

「・・・あ」

思い出した。
この手だ、この胸だ。

浅香と一緒にこの山を下りていた。 誰かに突かれた。 山を転げ落ちた。 完全に意識がなくなる寸前、この手が胸が詩甫の落ちて行く体を受け止めてくれた。 思い出した。

「何度も、飽いることは無いのか」

身体を斜めにした詩甫がその胸の中に居た。

「今度こそ殺されたいのかと忠告したはずだが?」

「花生さん・・・」

いつから居たのだろうか、花生の姿がはっきりと見え、詩甫の身体を受けとめていた。

「野崎さん!」

花生によって受けとめられた身体はまだ斜めになっている。 すぐに浅香が詩甫の手を取って元の体勢に戻した。
祐樹が呆然としている。

花生が詩甫の斜め下に目を移す。

「ようやっと相見(あいまみ)えたのう」

花生の視線の先を詩甫も見る。
屈んでいる曹司の姿が目に入った。 膝を折って座り込んでいる曹司の手が握る大蛇の姿も。

「あ・・・」

詩甫が一言漏らした。 その姿を知っていたから、姿だけではなく名も知っている。

曹司が悲しげな目でその名を呼ぶ。

「薄姉・・・どうして」

薄が曹司から目を離す。

薄は曹司を社の外まで迎えに来ていた。 そして二人で社の中に入った。 その薄が言った。 朱葉姫が曹司を心配して待っていたと。
だがあの時、朱葉姫が心配していたのは詩甫である瀞謝であって曹司ではなかった。 とは言ってもそこに薄が居たわけではない。 薄は知らなかっただけなのだろうと思った。

だが次には、曹司が戻って来ないと心配をされていたのよ、そう言った。
あの短時間で朱葉姫がそんなことを言うのは有り得ない。 曹司は山の下まで瀞謝を送ると朱葉姫に言っていたのだから。 そして瀞謝のことを曹司に頼むと言い残して行った朱葉姫なのだから。

薄を疑いたくなど無かった。 花生と同じように。
薄に早く小川に行くようにと言われ、社の中の世界である山の中に姿を消し社を見ていた。 薄は荷物を持って曹司の後から小川に行くと言っていたが、薄が社から出てくることは無かった。 ましてやその薄の姿は社内から消えていた。

曹司から目を離した薄がゆっくりと立ち上がる。 曹司が掴んでいた手首を離し薄の掌に添え、同じ様に立ち上がる。
薄がゆっくりと花生を見る。

「花生様・・・」

ずっとそう呼んでいた。 生きていた頃と同じ様に呼ぶが “様” など付けて心の中で呼んだことなどはない。

「薄、それほどにわたくしが憎いか」

曹司が驚いたように花生を見た。 大蛇は朱葉姫を憎んでいると朱葉姫から聞かされていたのだから。
だが詩甫を襲ったその大蛇の正体が薄であった。 その薄が朱葉姫を憎むなど有り得ない。 それなのに今、花生は薄にそれほどに憎いかと言った。
どういうことだ。

「曹司、なんという顔をしているの。 優しいと甘いは違うと何度も言ったでしょうに」

どこか子供を叱り教えるような言葉である。

「はい・・・」

だがそう言われても分からない。

「何人もの民が此処を落ちて・・・。 気が付いた時には遅かった、誰一人として救えなかった」

花生が寂しげな顔でゆるゆると首を振る。

「お前だけは救わなくては、とな。 名は?」


詩甫が何度も山の下で花生の名前を呼んでいた。 花生は居ないわけではなかった。 詩甫の姿を見ていた。 もう来るなと言ったのにもかかわらず、またやって来て花生の名を呼び、暫く待つと諦めたのか階段を上って行った。

その昔もそうだった。 何度も来ては階段を上がって行っていた。 階段を上り切ったところまではついていたが、その先について行くことはなかった。 瀞謝が階段を上り切り、坂を上がっていく後ろ姿を見ていた。 その手にはいつもここに来るまでに手折ったであろう野花が持たれていた。 この先で瀞謝が何をしようとしているのかは、見ずとも分かっていた。

そんな瀞謝を放ってはおけず瀞謝が来る度に、瀞謝である詩甫が来る度に後を追っていた。 だがその昔と同じように、階段を上り切ったところで足を止めた。 これ以上は上がれない。 これ以上上がると社に居るであろう朱葉姫に気付かれるかもしれない。 薄に相まみえるまで、それまでは朱葉姫には会えない。

そして事は起こった。
階段の上で待っていると、ずっと先に薄の気を感じた。
今日こそは。
薄に気取られないよう光の粒に姿を変えて木々の間に姿を隠した。

だが薄は一瞬にして動いた。 薄が詩甫を突いた。
落ちていく詩甫。 薄を捕らえるより詩甫を助ける方を選んだ。

そして今日、階段の上で待っているとやはり薄の気を感じた。
今日こそは必ず薄と向かい合う。 薄と向かい合えばその後に朱葉姫に会いに行ける。 もう朱葉姫から姿を隠さずともよくなるはずなのだから。

霊体を光の粒に変えた。 薄に気取られないよう、朱葉姫に気付かれないよう、ゆっくりと坂を上がっていく。
詩甫のずっと後ろにいる薄のその姿が目に入った。 薄は霊体のまま詩甫に近づいている。 万が一にも薄に逃げられないよう、焦らず木の葉の間を移動する。

薄をじっと見ながら木の葉の間に隠れながら移動を繰り返していると、薄のはるか後方、そこに光を抑えた光の粒が見えた。 花生と同じように木の葉の陰に隠れながら移動している。

(曹司か・・・)

霊体を取っていないがそれが曹司だと分かる。 つい最近会ったというのもあるが、ずっと朱葉姫と一緒に可愛がっていた曹司である。 朱葉姫が身罷ってからも同じように可愛がっていたのだから。

(ようやっと気づいたということか)

ふと薄が速く進んだのが見えた。 下を見ると足を止め詩甫と浅香が話をしていた。
花生が移動を止めて見ていると、薄が詩甫の横にすっと回りこんだ。 詩甫も浅香も、もちろん祐樹も気付いていない。
やられる! そう思った時には詩甫に向かって飛び出していた。


名前を聞かれ、詩甫と言おうか瀞謝と言おうか迷った。 だがその迷いは一瞬であった。

「瀞謝と申します」

詩甫の声に呆然としていた祐樹の気が戻った。

「姉ちゃん・・・」

詩甫の腕を両腕でぎゅっと抱え込む。 もう二度と離さないと言わんばかりに。

「そうか、瀞謝か。 昔の名か?」

花生の目には詩甫は瀞謝と写っているのだろうか、それとも詩甫と映っているのだろうか。

「はい」

「大事なくよかった」

有難うございます、と言って詩甫が頷く。
花生がゆっくりと薄を見る。

「薄・・・わたくしが憎ければ、わたくしだけを憎めばよいのではないのか? どうして民を手にかけたのですか」

民に手をかけたのはやはり薄だったというのか。 曹司が頭を垂れる。

「民・・・民と言っても僧里村の者」

薄が花生に言う、それは手をかけたことを認めたということ。 曹司が口を引き結ぶ。

「それはわたくしが憎くて、わたくしの里の村の者を手にかけたのではないのか? 僧里村とて民、朱葉姫が大切にされている民ではないか」

薄が一瞬花生を見てすぐに目を外す。

「花生様が嫁いで来られて、僧里村がどんな態度でいたかご存知のはず」

「決して良い態度ではなかった、そう言われていたことは知っておる。 だからと言って民の命に手をかけることが許されるはずがないでしょうに、分かっていよう」

薄がキッと花生を睨む。

「僧里村は我が座斎村の社を焼いた」

浅香と詩甫が、え? っとした目をした。
他にもいるかもしれないが、探そうとしていた座斎村の女、それが薄だったのか。 この薄が館でのことを話そうとしなかった女なのだろうか。
それに今話されているこの話は祐樹が星亜から聞いてきた話であろう。 社や祠を壊したのではなく焼いたというところは少し違っているし、壊されたのは僧里村の方だと聞いていたが・・・。

「ええ、哀れなことをしたもの」

薄が口を歪める。

「それだけ? それだけで御座いますか!?」

「薄・・・」

「どうしてその前に座斎村が僧里村の社を壊したからと言わないのですか!」

互いにそんなことをしていたのか。
それはきっと朱葉姫の兄の嫁になることが絡んでいたのだろう。

「互いに哀れだったということ・・・どちらが先でも後でもありません」

薄が曹司の手を撥ね退けた。

「それ! それがっ! それが気に入らない!」

「薄・・・」

「波夏真(はかま)様はそんな花生様をお好きと仰る!」

曹司がどういうことだと眉間に皺を寄せ、残された三人は初めて聞く名前に誰だと首を傾げる。

「薄・・・薄が波夏真様に心を寄せていたのは知っています」

「ええ! ええ、そう! お館にお仕えしてずっと葉夏真様を見ていた! それなのに! 花生様が横から葉夏真様を奪った! 葉夏真様を騙して!」

浅香と詩甫がようやく葉夏真という人物が誰なのか分かった。 花生の夫であり、朱葉姫の兄であったのか。

「薄姉・・・そのようなことは御座いません」

「いいのですよ曹司、薄の気が済むまで」

「気? 気が済む!? 気など済むはずがない!」

「そう・・・こうして長くこの世に生きていないのに、それでも生きていた頃の薄の憎しみは続いているのですからね」

「知ったようなことを・・・!」

「ですから薄、貴方の憎しみはわたくしに向けなさい、向けなくてはいけなかった。 民にも朱葉姫にも向けてはいけなかった」

薄の表情が一瞬にして固くなった。

「花生様?」

「曹司、わたくしは朱葉姫をお守りできなかった。 でも曹司には朱葉姫をお救いしてもらいたかった」

「え・・・あの・・・」

守ると救う。 何がどう違うのか。 花生が守ることの出来なかった朱葉姫、それは朱葉姫が流行り病に倒れたということだろう。 花生は流行り病から朱葉姫を守ることが出来なかった、その後に朱葉姫を救うとはどういうことだろうか。 もうこの世に居なくなった朱葉姫を救うとは。

花生はずっと薄を見ている。 薄の手先が震えている。 その震えが段々と広がっていき、肩が震え足が震え出した。

「後悔をしているのね?」

「うっ・・・」

薄の目から一筋の涙が落ちた。
花生が震える薄の背をさすってやる。

「亡くした者たちの命は戻って来ません。 朱葉姫の命も。 ですがもう遥か昔のこと。 薄が手を下していなくとも、誰も今の時には生きていません。 もう心を偽らないでちょうだいな、ね。 薄? 薄が後悔をしていると知って安心できました」

薄が両手で顔を覆うとわっと泣き出し、その場に座り込んだ。

「永年・・・苦しかったでしょうに。 もっと早くわたくしが気付くべきでした」

薄姉、と言いながら曹司もしゃがんで薄の背をさすってやっている。

浅香と詩甫が目を合わせた。 今の話から間違いなく大蛇は薄だということが分かった。 人はこの世に肉体があろうとなかろうと、汚れたものは涙で洗い流すことが出来ると聞く。 もう大蛇は現れないだろう。 これで一山超えた。 だがまだ難題が残っている。

「花生さん」

詩甫が花生を呼ぶ。

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