大福 りす の 隠れ家

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国津道  第49回

2021年07月05日 22時22分00秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第40回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


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- 国津道(くにつみち)-  第49回



瞼を半分伏せた目で肩越しに花生が振り向く。 浅香の心臓が撥ねそうになる。 羞花閉月(しゅうかへいげつ)、それ程に美しい。

「村の人が持っている花生さんの誤解を解きたいんです。 お話しを聞かせていただけませんか?」

「誤解・・・のぅ」

詩甫の言わんとしていることは想像できる。 花生自身の口で言っていたことなのだから。
花生が顔を戻す。

「薄、憎むのならわたくしを・・・わたくしはそれをずっと受けましょう。 薄がこの世に居る限り、わたくしもずっと居ましょう。 これからもこの山の下に居ます。 もう他の誰をも憎むではありません。 よいですね」

薄からの返事はない。 だが花生の声は聞こえているだろう。 もしそんな気が無いのであれば言い返しているだろう。 言い返してこないということは分かってくれたのだろう。

薄と話をして朱葉姫に会いに行くつもりだった。 だがそれを叶えてはいけない。 波夏真に愛され自分は十分に幸せだった。 これ以上望んではいけない。

「花生様・・・ずっと・・・ずっとお一人で山の下に居られたのですか?」

花生が曹司に微笑んだ。 それが返事だった。

「朱葉姫はどちらかに出られておられるのか?」

朱葉姫の気がどこにもしない。 もし社の中に居るのならば、とうに花生の気に気付いてやって来ているはず。

「はい、今日は社の中・・・」

まで言って曹司が気付いた。 社の中の世界のことを花生は知らなかったのだ。

「社の中に入りますとこの山と同じような場所が広がっております。 そこの小川に皆で出かけられております」

「そう・・・」

それで朱葉姫が気付いていないのか。
朱葉姫を悲しませないよう、葉夏真が仕組んでくれたのだろうか。

(波夏真様・・・有難う存じます)

胸の中で手を合わせ、頭(こうべ)を垂れた。

「曹司、薄のことを頼みます」

「花生様・・・」

「瀞謝、行きましょう」

姿をはっきり見せている花生が一段ずつ階段を下りて行く。

(綺麗なお姉さん・・・薄って人と違うんだ。 ちゃんと歩くんだ)

薄が初めて祐樹の前に姿を現した時には、まるで歩く歩道にいるように足を動かさずスッと移動していた。 祐樹の鼻水が垂れそうになったときだ。

(そう言えば朱葉姫も歩いてたっけ)

朱葉姫、とても可愛らしかった。 その姿から祐樹より随分と歳が上になることは分かっているが、優香を美人とか可愛いと思っていたが、優香さえも見劣りするほどだった。

「祐樹、行こ」

「あ、うん」

詩甫と手を繋いで歩きだした時、浅香の足音が聞こえないのに気付いた。

「浅香、行くぞ」

「あ? え? あ、ああ」

「何ボォーッとしてんだよ」

花生の後姿に見とれていましたとは言えない。 すぐに足を動かした。

花生を先頭に詩甫と祐樹、その後ろに浅香と連なって坂を下り階段を下りて行く。
階段を下りきるとずっと黙っていた花生が口を開いた。

「ここまで来ればもう充分よいでしょう」

朱葉姫が社に戻って来ても花生の気に気付かないということだが、何がよいのかは、三人の知るところではなかった。

花生が振り返り詩甫を見る。

(おお・・・後姿も美しいけど、やっぱり正面・・・いや、肩越しに振り返った時も綺麗だった)

浅香がそんな感想を持っていることなど花生が知る由もないし、知ったとしても特に気を止めることもなく完全にスルーしていただろう。
この美しさは誰からもそう言われていたのだから。 今更である。

「民がわたくしのことをどう思おうと構わぬのだが?」

花生はいつ姿を消すか分からない。 その腕がつかめるものであれば腕をつかんで止めることが出来るが、花生はそうではない。 出来るだけ単刀直入に話さなければ。 それで足を止めてもらわなければ。 足を止めてさえもらえば、それからゆっくりと説明してもよいだろう。
詩甫が首を振る。

「お社が朽ちてきています。 ご存知ではありませんか?」

「社が?」

よく考えるとそうである。 この何百年と誰も修繕になど来ていないのだから。

「はい」

花生が憂色の色を見せる。

「もう・・・誰も来てはいないのですから、そうなるでしょう」

「私たちはお社を修繕したいと思っています」

「・・・」

「朱葉姫はお社が朽ちていくのを、朽ちて潰れるのを見たくはないと思っておられます。 それで私たちにお社が朽ちる前に・・・朽ちて潰れる前にお社を終わらせてほしいと頼んでこられました」

「朱葉姫が・・・」

それはどれだけ悲しい決断だっただろうか。 あの優しい朱葉姫が民が建てた社を終わらせるなどと。

「朱葉姫はお社から民の姿を声を笑顔を見るのを楽しみにされていました。 ですが村には大蛇伝説があります。 山の神が遣わしたとか村々で違うようですが、僧里村の一部の伝説は・・・昔語りは、その大蛇が花生さんということになっています。 そして花生さんである大蛇が、女の人を睨むとか手にかけるとか、そんな風に語られています」

「そう」

「それは、前にも訊きましたが、花生さんが里に戻られた時に朱葉姫のことをよく言わなかった、それが起因です」

「そう」

花生の気のない返事、消えられるかもしれない。 どうしても花生を留めたい。

「遠い昔の話ですが、お社を修繕に来た人たちが皆さん亡くなっています」

「・・・そう、山からは男も落ちてきていた」

それも薄のしたことだろう。 だがそれも花生に向けられた憎しみから始まっている。 花生がしたも同然、花生はそう考えているのかもしれない。

「花生さんの誤解を解かなくては、この山に誰も入ってくれないんです。 お社を修繕できないんです。 お願いします! もう一度朱葉姫に民の笑顔を見させてあげてください!」

「朱葉姫、に・・・?」

「はい、花生さんの誤解さえ解ければまずは僧里村の人たちが来るでしょう。 その姿を他の村の人達が見たら、その人達も昔語りの大蛇はもう居ないと信じてくれるでしょう。 そして朽ちているお社を見ます。 村のみんなはきっとお社の修繕に手を貸してくれます。 お社の前で手を合わせ、朱葉姫に話しかけてくれます。 朱葉姫に民を見て頂きたいんです。 花生さん、お願いします。 何があったのか聞かせて下さい」

頭を下げる詩甫を一瞥するとすっと視線を逸らした。

「花生さん、お願いします。 朱葉姫を悲しませないで下さい」

「朱葉姫を悲しませるなどと・・・」

「村の人たちの笑顔を長い間、朱葉姫は見ておられません。 朱葉姫に村の人たちの笑顔を見させてあげてください。 村では今でも朱葉姫の名が語り継がれているんです、村の人たちもお社に来たいんです。 でもどうしても大蛇の伝説が・・・昔語りが残っていて山に入るのを躊躇しているんです」

何人もの民が山から落ちた。 誰一人として救えなかった。 泣いて唇を噛み締めることしか出来なかった。
泣いても唇を噛み締めても、それは自分のせい。 自分が居たから民が山から落ちた。

生きている時にもっと良いやりようを見つけていれば、こんなことは起きなかった、朱葉姫も死ぬことは無かった。 全ては自分のせい。
今も自分の失敗が尾を引いているのか、朱葉姫を悲しませているのか・・・。

「花生さん、お願いします。 まずは誤解を解かなくては、僧里村の人は社に戻っては来てくれません」

花生が深い息を吐いた。
朱葉姫を守れなかった、民を不幸な目に合わせてしまった。 それで終わりではなかった。 まだ続いていた。

「・・・朱葉姫は民に添われた方」

「はい」

「領主が民を守るなど・・・他の領主には有り得ることではなかった。 中央に収めるものを搾取するだけの領主でしかなかった。 ですがお義祖父様もお義父様も領主として民を守り、朱葉姫は・・・朱葉姫と波夏真様はお義父様の背をよく見られていた」

花生が話し出してくれた。 だが安心など出来ない。 少し話して、だから話す気はないと言われるのかもしれない。 詩甫に緊張が走る。

「薄は・・・。 瀞謝、薄を見たでしょう? とても美しい。 そう思いはせんか?」

じっと詩甫と花生の話を聞いていた男二人。
心の中で祐樹が首を横に振り、浅香が花生ほどではないが、まぁそうだろう、などと考えた。

「はい。 お美しい方です」

「座斎村でも村一番の娘でした。 座斎村を出てもその美しさに勝てる者はいない、座斎村はそう考えていました」

美人コンテストの話になるのだろうかと、浅香が心の首を傾げた。 祐樹にしては話の筋が見えなくなってきた。

「波夏真様のお心を射止められると」

「え?」

一瞬声を上げた詩甫を見て花生が笑んだ。 その笑みの意味が分からない。

「座斎村は薄をお館に送り込みました。 お館に送り込まれた薄は最初はどうだったのでしょうねえ、わたくしにはそこまで薄の気持ちは分かりません。 ですが、どの村の娘も波夏真様に心を寄せていました。 お館に送り込み、波夏真様に見初められればその村は村の頂点に立つ」

そういうことか。 ついさっき花生の言った意味が分かった。

「最初からなのか、お館に送り込まれてからなのかは、わたくしには分かりませんが、薄は波夏真様に心を寄せていました」

それは少し前に花生が薄に言っていたことだ。 ここまでは話す、だがここで話を終わらせる、そう言われるのだろうか。

花生が詩甫から目を外し遠い目をした。

今の花生の気持ちにどう言葉をかけていいのだろうか。 誤解を解く話をしてもらうに、何を言えばいいのだろうか、何を言ってはいけないのだろうか。 どう言えば花生は話しを続けてくれるのだろうか。 詩甫が頭の中で逡巡する。

「わたくしがいけなかったのです」

「え・・・」

「波夏真様が僧里村にお義父様について来られたその時、わたくしは毒蛇に足を噛まれました」

「毒蛇・・・」

何の因果だろうか、どうして蛇の存在がここにあるのだろうか。

「その年は憎里村で毒蛇に噛まれることが続いて死人さえ出ていました。 それを聞きつけたお義父様と波夏真様が村の様子を見に来られていた時でした。 波夏真様がすぐにわたくしの足から毒を抜いて下さり、わたくしをお館に運んでくださいました。 暫くはお館で養生するようにと言われましたが、それをお断りしたのですけど・・・」

「お館で・・・」

そこには薄が居た。

「波夏真様が毒を抜いて下さいましたが、まだ少し残っていたのでしょうね、わたくしは熱を上げ、数日間お館に身を置くこととなりました。 葉夏真様は責任を感じられたのでしょう、毎日毎日わたくしの様子を見に来て下さいました」

そこで恋が芽生えたということか。 僧里村の昔語りに残っている、花生が何か手を使って波夏真の心を射止めた、その真実がこれか。

「薄は・・・それが許せなかった」

「どうして―――」

詩甫が言いかけた。
思わず浅香が詩甫の口を塞ぎたいと思った。 大婆が言っていたように、詩甫には薄の気持ちは分からない、だが今そんな話で止まってはいられないのだから。

「野崎さん、疑問は後で」

詩甫の耳元に小声で言う。

そうだった、今、花生の話の腰を折ってはいけないのだった。

「薄は村に戻った時、村人から波夏真様とのことはどうなったと訊かれる。 薄にしては訊かれたくない事。 だから僧里村からの邪魔が入ったと言いました」

「あ・・・まさかそれでお社を・・・」

最初に社や祠を焼いたのは座斎村だと薄が言っていた。
花生が頷く。

「そのことはずっと後に耳にしたことです。 座斎村が憎里村のお社を焼いた・・・それさえもその時お館に居たわたくしは知りませんでした。 薄の気持ちもお社のことも知らないまま、わたくしは波夏真様に嫁ぎました」

花生は当時のことを後悔しているのだろう。 どうして何も知らず嫁いだのかと。

「波夏真様もお義父様もお義母様も朱葉姫を可愛がっておられた・・・。 朱葉姫も精一杯、民に添われていました。 わたくしも朱葉姫を愛した・・・愛する波夏真様が愛してもおられるのだから」

そこまで言って花生が首を振る。

「もしも波夏真様が朱葉姫を愛さず、朱葉姫を邪険にしておいでならば、わたくしは波夏真様の元に嫁がなかったでしょう」

それは、葉夏真が愛した朱葉姫であるから花生が朱葉姫を愛した、そうではないと言っている。

「そんなわたくしが波夏真様の元に嫁いだ。 更にそれが許せなかったのでしょう」

意味が分からない、どういうことだろうか。 どうして薄は許せなかったのだろうか。
詩甫が浅香を見ると眉根を寄せて頷いてみせてきた。 黙って話を聞いていろということだろう。 浅香はいま花生の言った意味が分かっているのかもしれない。

「薄の様子が段々と変わってきました・・・」

薄は村に戻ると徐々に朱葉姫の悪口を言い始めた。 最初は朱葉姫が変わってきたと言っていただけなのだが、その内に館の中での朱葉姫の姿と一歩外に出た朱葉姫の態度は全く別だと言い出した。
民の様子を見に行くのを面倒だと言い出し、態度も横柄になってきているなど、あらぬことを座斎村の者たちに聞かせた。

村人たちは首を傾げ、また怪訝な顔で聞いている者もいたが、村に戻って来る度に薄が口にするものだから、その内に信じるようになってしまった。

民に向けて笑顔でいるあの朱葉姫の笑顔は作り物、衣を繕ってくれるのはその気もないのに嫌々だと。
自分達は朱葉姫に騙されていたのか、村人がそんな風に考えだした時、それは朱葉姫が花生に染まってきたからだと言った。 朱葉姫は花生の手中にある、あの花生の手の中に。 花生が朱葉姫を変えた、と。

「わたくしを苦しめたい、そう思ったようでした」

それはどういうことだろう。 朱葉姫の悪口を並べたのは花生。 花生もそれを認めたのに。

「薄のしていることを知ってわたくしは家に帰る度、薄と同じことを話したのです。 ですが、聞こえの良いものではありません。 血の繋がりがある者だけに聞かせました、朱葉姫の良くない話を・・・嘘の話を」

薄が口にしていたことが花生のところまで聞こえてきたのだ、そうであれば花生が口にしたことも薄に聞こえるだろう。
この話しを薄が耳にすると、すぐに根底にあるものに気付いてくれるだろう。 薄の考えていることは見透かされている、と。 そうなれば薄ももう口を止めるだろう、そう思ったという。

「ですがそうはならなかった・・・。 薄は・・・呪者を探しだし始めました。 それは朱葉姫に呪いをかけるために。 朱葉姫が嫁ぐまでに、わたくしの愛した朱葉姫の苦しむ姿を目の当たりにさせるために。 薄はとうとう力があると言われている呪者の元に足を運びました。 わたくしが呪者のことを知ったのは、朱葉姫が身罷って何十年と経ってから」

血相を変えた両親が館にやって来て、誰にも話を聞かれないように花生に親族会議が持たれたことを話した。

呪者が花生の両親に頼まれ、朱葉姫に呪いをかけたということを言ったと本家から聞かされたと言う。
そんなことをした覚えのない両親は何度も違うと訴えたが、朱葉姫が苦しんで亡くなったことは誰もが知っていた。 それはこうして聞かされれば、呪にかかっていたと言われれば納得できるものであった。

『何を今更しらばっくれる!』 両親が何を言おうとも、聞き入れてもらえなかった。 物を投げられ罵られたと言う。
そして死んでも朱葉姫を呪うと言って、花生自身が呪者の元に行き、呪をかけたのかとも問うてきたと言う。 それは本当なのかと問われた。
寝耳に水だった。

『どうしてわたくしがそのような事を!』

『花生、お前は家に戻って来る度、朱葉姫様の悪口を言っていたじゃないか』

『それは・・・それには理由があって』

花生が何度も首を振った。

『本心からではありません』

薄は気付いてくれなかったのか、口を止めるどころか朱葉姫に呪いをかけたということなのか。 朱葉姫は流行り病で亡くなったのではなかったのか。

当時のことを思い出したのか、花生の顔が陰ってくる。

「花生さんが言っていたことは、薄って人の耳には入らなかったと思います」

花生がどうして? という顔を浅香に向ける。

「その頃の村は、僧里村とその他の村で対立していたそうです。 座斎村も他の村の誰も僧里村にはかかわらなかった。 そうなると花生さんが話したことの欠片も座斎村にも他の村には伝わりません」

そうか、そうだったのか。
浅香の言いたいことが分かった。 花生は薄が里に戻って朱葉姫のことを言っていると耳にしたのは僧里村からではなかった。 館の裏でコソコソと話されていたことをたまたま耳にしたのだった。 その時はその様な噂は信じないよう、と注意をしておいて噂は立ち消えとなったが。

「そうだったのですか・・・」

「あの・・・それって、その呪いの話って、呪者からだけ聞いた話だったんですか?」

「皆が集まりどんな話をしたのか、詳しいことは分かりませんが、きっとそうでしょう」

詩甫と浅香が目を合わせた。 きっと互いに同じことを思っているだろう。

大婆のところで聞いた話、花生の話が残っているがそれをよくよく思い出すと、大婆は言っていたではないか。
呪者があとになって朱葉姫に呪いをかけたことや、新たに花生に呪をかけた事を本家である大婆の家の先祖に洗いざらい話しにきたと。

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