大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

国津道  第47回

2021年06月28日 22時39分11秒 | 小説
『国津道(くにつみち)』 目次


『国津道』 第1回から第40回までの目次は以下の 『国津道』リンクページ からお願いいたします。


     『国津道』 リンクページ




                                   



- 国津道(くにつみち)-  第47回



朱葉姫が社の中に入って行ったのを見届けると、曹司が浅香に向き合った。

「亨、何をしに来た」

「おっ、そうだよ折り入って頼みがある」

「何が折り入ってだ、ほんの少し前に頼みにきたところだろうが」

「だから今回は折り入ってだよっ」

朱葉姫が居なくなったと同時に詩甫の身長が元に戻った。 というか、瀞謝から詩甫に戻った。

今は曹司が居る。 まだぽかんと口を開けている祐樹の手をそっと離して社を見て回る。
朽ちてきている。 浅香が大工仕事をした跡もあるが、それだけでは追い付かないだろう。
今日明日とまではいわないが、早くしないと。 少なくとも梅雨までには。

「え? あ? あれ? 姉ちゃん?」

やっと我に戻った祐樹が自分の空になった手を見た。 そこに詩甫の手が繋がれてもいなければ、その姿さえない。

「姉ちゃん!!」

「え?」

祐樹の声に曹司と言い合いをしていた浅香が辺りを見回す。 そこに詩甫の姿がない。

「え? ええーー!!」

いつの間にか詩甫が居なくなっている。 曹司と言い合いをしていた間だろう。 なんと間抜けな話だ。

「野崎さん!」

思わず叫んだ。
すると「はーい」 とお気楽な返事が返ってきた。

すぐに浅香と祐樹が声のした社の横に走った。 すると詩甫が屈んで基礎の部分を見ているではないか。
セメントを塗った部分を見ているようだ。

浅香が大きく息を吐く。

「一人で・・・うろつかないで下さい。 心臓が止まるかと思いましたよ」

「あ、すみません。 曹司が居るから大丈夫かなって思って」

「それはそうですけど・・・」

目の前にはいないが、詩甫の言葉を聞いて後ろで鼻を高くしている曹司の姿が目に浮かぶ。

「姉ちゃん・・・浅香の言う通りだよ。 オレ一瞬死んだからな」

「あ、ごめん」

祐樹の言うことは尤もだろう。

「曹司には話をつけておきました。 とにかく曹司が堂々と見張ってくれている間にお供え物と花を供えましょう」

供え物が入った袋を浅香が持ち、花の入った袋を詩甫が持っていた。
前回、浅香と来たときに、供養石にも社にも挨拶を出来なかったと祐樹が嘆いたこともあって、今回持ってきていた。

後ろを振り返ると曹司が立っている。 しっかりと見張ってくれているようだ。

「曹司、頼むぞ」

「他愛ない」

曹司の言いように浅香が、くそっ、と思う。 別に曹司のことがどうのということではない。 姿を現さない霊体が見えない、その気配を感じないということに対してであった。

浅香が曹司に言ったことは、供え物をし、その後少しの間を置く。 決して掃除はしない。 祐樹も詩甫も気にかかっているだろうが、そこまで全てを曹司に任せる気など無い。
少しの間とは、詩甫が来たことを目立たさせる為だけである。 その間は堂々と曹司に見張っていてもらう。 その後、社をあとにする時には曹司に陰から見てもらう。

『いいか、失敗なんて許されないからな』

『笑止』

『なーにが笑止だよ。 瀞謝は囮になるって自分から言い出したんだからな。 自分の身を投げ出して “怨” を持つ者を誘い出そうとしてるんだからな。 絶対に失敗すんなよ』

『亨は・・・己を信じられんのか』

『はぁ?』

『そういうことだろう。 己を信ずれば疑うことなど必要ないはず』

曹司は浅香であり、浅香は曹司であるのだから。

『当たり前だろうがっ、俺は俺のことを信じてるよ、曹司のことが信用ならないって言ってるだけだ』

『なんだと!?』

そんな時に詩甫が居ない事に気付いた祐樹の声が上がったのだった。
社、供養石の順に供え物と花を置き、詩甫と祐樹が手を合わせる。 浅香は浅香なりに曹司と一緒に辺りに気を這わせている。

「誰か居るか?」

「誰も居らん」

「花生って人もか?」

「花生様は・・・」

花生が言っていた。 『時折こうしてここまで来て朱葉姫に心を寄せる、わたくしはそれだけでいいの』 と、階段を上がったところでそう言っていた。
だからここに来るはずはない。

「花生様は階段を上がったところ以上にはここには来られない」

「それは花生って人の言葉を信じればってことだろが」

「・・・」

即答がない。 今も信じたいと思っているのだろう、信じているわけでは無いのであろう。

「亨・・・」

「ああ、言わなくてもいいよ。 曹司も間に挟まれてんだな」

浅香であり曹司の分霊である亨は曹司が言わんとしていたことを分かってくれた、そう思えた。

「亨・・・まんざらでもないな」

分霊として。

「・・・褒めるんならしっかりと褒めろよ」

珍しく頬を緩めた曹司だったが、すぐに元の厳しい表情に戻った。

「今度は口の利き方を教えてやろう」

「結構毛だらけ。 ・・・花生とその後会ったのか?」

「花生様だ!」

「・・・」

ついうっかり呼び捨てになってしまったが・・・面倒臭い、曹司の返しがとてつもなく面倒臭い返しだ。 だが意地でも花生と呼び捨てにすればこうして曹司が突っかかって来る。 それでは話が進まないし余計に面倒臭いだけだ。

「花生って人がそう言ってたんだよな」

「ああ、そうだ。 お歳を召した花生様を見送って・・・それっきりだった。 永年久しく花生様とお会いした。 その時に花生様がそう仰った」

浅香が腕を組む。

「曹司、花生って人の言葉を信じるか?」

「ああ」

「でもどっかで疑ってるよな」

「・・・」

「瀞謝もそうだ」

曹司が眉根を寄せる。

「だがそれは曹司と反対の意味でだ。 花生って人を怪しまなくていい証拠がないということだけでだ」

「どういうことだ」

「花生って人のことを瀞謝は信じている。 曹司以上にな」

「・・・」

「なんだよ、言いたいことがあれば言えよ」

「瀞謝は・・・花生様が残された言葉を聞いておらん」

二人の会話を聞いているだろう詩甫に聞かれないように小声で言った。

「え? なにそれ」

「花生様は・・・」

曹司が花生が亡くなる前に虚ろに言った言葉を浅香に聞かせる。

「口惜しい?」

「声が大きい!」

「だーっ! そっちの方が大きいだろが!」

偉そうに言った浅香をひと睨みすると、殆ど溜息の中で言う。

「もうご自分の意識もなくなっておられただろう」

無意識の中で言った、それは心底からの声であっただろう。

「そういう事は早く言えよ!」

祐樹がチラリと浅香を見る。 詩甫も二人の会話を何となく耳にしている。

「な、浅香、結構言うだろ?」

「みたいね」

やはり祐樹と詩甫にはかなり気を使って話してくれているのだろう。

「ったく、幽霊怒らしてどうすんだよ」

浅香を睨みながら言う祐樹の言いようにくすりと笑って目の前の供養石を見る。

「ご挨拶できてよかったね」

挨拶をする為に前回来たのに、挨拶が出来なかったと悔やんでいたのだから。

「うん」

どうして祐樹が社、とくに供養石を気にしているのか、その理由を訊いたことは無いが、今思えば多分複雑な理由ではないのだろう。
初めて連れてきた時に供養石のことを教えると顔を引きつらせていた。 そして『この石って言っちゃった・・・罰が当たったらどうしよう』 そう言っていた。

今は罰などとは考えていないようだけれど、それが切っ掛けで供養石を気にするようになったのだろう。 それに供養石はどうして建てられたのか、誰に対して建てられたかの話も祐樹に聞かせた。 供養石を大切に想っているのだろう。

「じゃーな! 曹司!」

「今日は送っては行けんがぁー、気をつけて帰るよう!」

白々しい二人の大声が聞こえてきた。

「いいか、坂の上まではゆっくりと歩くから、すぐに誰にもわからずつけて来いよ」

「何度も同じことを言うな。 一度聞けばそれでいい」

今度は本気の二人の小声である。

事前に浅香からどういう方向で曹司に動いてもらうのかは聞いている。 それが今始まったのだろう。 どこに居るか分からない大蛇に、曹司はここまでしか一緒に居ないと聞かせているのだ。
だが・・・まるで小学低学年の学芸会のようだ。

「完全に大根だね」

祐樹が詩甫にコソリと言う。 浅香一人であるならば浅香に聞こえるように言っただろうが、曹司に言う勇気は無いようである。

「それじゃ、お供え物を下げて戻りましょうか。 祐樹君、ご供養石のお供え物を下げて」

祐樹に言うと、浅香が社の供え物を下げに行ったのを見ながら、曹司が詩甫に歩み寄って来た。

「瀞謝、くれぐれも気を付けるよう」

「はい、ご無理をお願いしてばかりですみません」

曹司が首を振る。

「花生様のこと・・・嬉しく思う」

瀞謝である詩甫が花生のことを信じているということだ。 浅香と曹司の会話を聞いていた詩甫はすぐに分かった。
だがその後の話は小声で話していたので耳にしていない。

「とてもお綺麗でお優しそうな方でした」

一瞬曹司の頬が緩んだように見えたが、すぐに厳しい顔に戻る。

「近くには居れん。 気を緩めるな」

「はい・・・」

「祐樹と言ったか」

曹司が供養石から戻って詩甫の後ろに立っている祐樹に目を向ける。

「ひいぃぃぃ・・・・」

曹司に、幽霊に話しかけられた。 詩甫にしがみ付きたいが、そうなれば曹司にも近付くということになる。 持っていたお供え物を抱きしめる。

「瀞謝を頼む」

「あ、あ・・・あい」

そこに社からお供え物を下げてきた浅香が歩み寄って来た。

「んじゃ! 曹司! 帰るな!」

「お、おう! 今日は苦労であった!」

詩甫が脱力した。 祐樹が言ったが、ここまでの大根が何処にいるだろうか。 曹司が気を緩めるなと言ったが、戻る前にこんな大根を聞かされてどうやって気を張れというのか。

曹司が歩いて来る浅香を見るために社の方に振り向くと、社の前に薄が立っていた。 しっかりと形を取っている。 今姿を現したところではないのだろう。

あまり大きくはない眼(まなこ)のようだが、その目を大きく開いて目を瞬かせているのがはっきりと分かる。

「薄姉?」

薄姉という言葉は曹司と朱葉姫がしていた会話で聞いている。 社の中の人だということは分る。
詩甫は薄の姿を社の中で見ていた筈だったが、社の中に入ると朱葉姫しか見ていなかった。 凝視はしていなくとも目の中に入ったのはせいぜい朱葉姫の後ろに控えている一夜と、初めて朱葉姫と会った時に進み出てきた曹司くらいであった。

「綺麗な人・・・」

花生は年齢の割に水を含んだ艶やかな美しさを感じた。 目の前にいる薄姉と呼ばれたその女(ひと)もしっとりとした美しさを感じるが、花生ほど水を含んだ感じはなく、大人の落ち着いた美しさを含んでいる。

だが二人共に共通するのは、見た目に芯がありそうだということ。 それは朱葉姫には見受けないが、きっと心の中に持っているのだろう。 そして朱葉姫を入れて三人に共通することは、美しい容貌に美しく長い黒髪である。

「ですね。 朱葉姫もすごく可愛いらしかったし、ここって美人揃いなんですかね」

供え物を手にした浅香が曹司とすれ違いに詩甫の隣に立っていた。

「もしかして花生って人も美人ですか?」

「はい」

「うーん、朱葉姫のお父さんの領主って人は、顔で選り好みしてたのかな」

「そんなことは無いでしょう」

浅香の言いように半分笑いながら応えると、薄に歩み寄った曹司に目を転じる。

「薄姉?」

「あ、ああ、御免なさい、曹司があんなに大きな声を出すなんて、驚いてしまって」

心底驚かせてしまったようだ。 まだ目を瞬いている。
だがそれもそうだろう。 成長し館を守っていた曹司は特に意識して、朱葉姫と共に可愛がってくれていた薄と花生の前では大きな声など出さなかった。 朱葉姫を失くした二人にはいつも静かにいたいと思っていたからだ。

「あ、これは申し訳ありません」

「いいのよ、わたくしが勝手に驚いただけなのですもの。 さ、朱葉姫がお待ちよ、戻りましょう」

「はい」

二人の姿が揺れ、その姿が目の前に見えなくなった。
さっきまで時代錯誤な衣装を着て二人の姿があった時には、時代劇を見ているというよりも、タイムスリップをしたような感覚になっていたが、現実はそうではない。 気を引き締めなくては。

「曹司はいなくなりました。 少なくともここから坂の上までは、曹司の目がないと思って辺りの変化に気を付けてください」

祐樹が持っていた供え物を受け取り袋に入れると浅香が持つ。

「祐樹君、野崎さんと手を繋いで」

「う、うん」

祐樹に緊張が走る。

「少なくとも坂の上からは曹司が見てくれてはいるはずですが、離れていますし、どちらかと言えば大蛇に気を覚られずに大蛇を探していて、こちらには時々しか目を向けないでしょう。 すぐに助けに来ることは出来ません。 僕が背後を守りますけど、相手は目に見えません。 野崎さんも充分に注意してください」

「はい。 少し突かれたぐらいでは落ちないように気を付けます。 祐樹? お姉ちゃんゆっくり歩くからね」

一歩一歩の足を踏ん張るつもりだろう。 手を繋いでいるのだ、祐樹を巻き込みたくないのであろう。

「祐樹君が聞いてきた話で、尖った木で刺された者もいるそうです。 前、右横、上にも充分に注意してください」

一瞬驚いた詩甫だったがすぐに頷く。

「浅香さんも」

浅香は社の修理をしたのだから。

「はい、では行きましょう」



社の中に入った曹司と薄。 そこに朱葉姫の姿はなかった。

「まぁ、あれほど曹司を心配してお待ちになっていたのに」

「先に行かれたようですね」

「ええ、曹司が戻って来ないと心配をされていたのよ」

「・・・そう、ですか」

「まあ、朱葉姫様にご心配をおかけして、なんて悠長なことを」

「これは、申し訳ありません」

薄が笑みをこぼす。

「お行きなさい。 朱葉姫が待っておいでよ」

「薄姉は?」

「曹司の足には追いつけませんし、わたくしが持って行かねばならないものもあります。 先にお行きなさいな」

「そうですか。 では」

社の濡れ縁から曹司が飛び出した。

「まあ、お行儀の悪いこと」

二十七歳の頃の姿をとっているのに、いつまで経っても薄のなかで曹司は小さな子なのだろう。
そんな薄の声を背に曹司が走った。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 国津道  第46回 | トップ | 国津道  第48回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事