大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第125回

2022年12月19日 21時27分22秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第120回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第125回



『カジャ、紫という者が来る。 訊きたいことがあるそうなのだが』

『お話は聞いておりました。 わたしから話すことは御座いませんので』

ですよねー、とは四方は言わなかったが、心の中ではそう言っていたであろう。

『脅して帰らせても宜しいでしょうか?』

わざわざ脅す必要はないだろうとは思うが、カジャはそういう性格だ、分かっている。

『・・・好きにしてくれ』


『初めまして、紫です』

カジャが身体を大きくしているのにもかかわらず、紫揺がカジャの前にペタンと座り込んだ。 紫揺にしてみればガザンもそうだが、ハクロとシグロを見ているのだ。 初めての時には身体が固まったが、それでも何度も見ている内に大型の獣には慣れた。 ハクロにおんぶ紐を結わえたくらいなのだから。
それに人に襲い掛かった香山猫もみた。 それを思うとカジャは供である。 怖がる理由などなんにもない。

カジャが紫揺の後ろに立つ四方を見上げる。

『えっと、教えて欲しいことがあるんですけど。 教えてもらえますか?』

カジャが四方から目を離し再度紫揺を見る。

『カジャさんって、山猫ですよね?』

たしか、供と主は同じくらいの歳のはず。 主が産まれた時に時の領主である父親が供を付け、主と供が共に学び共鳴していくと聞いている。
よってカジャは四方と同い年だろう。 紫揺より随分と年上になる。 “さん” を付けなくてどうする。

『山猫の習性って言うか、そんなものを教えて欲しいんです』

カジャの口元が波打ってきた。

『香山猫を知っていますか?』

カジャがもう一度四方を見て紫揺に視線を戻した。

『知っておる』

四方は “好きにしてくれ” と言った。 改めて話していいかなどと訊く必要はない。

『カ、カジャ?』

まさか返事をするとは思っていなかった四方の声がひっくり返っている。

『好きにしてよろしいはずでは?』

カジャが四方に問いながら身体を小さくしていく。 四方の目が今にも落ちそうになっている。

『カジャでよい』

『あ、はい。 じゃ、カジャ。 へぇー、元はそれくらいなんだ』

中型犬くらいであった。


「でね、高山から下りてきたんだけど、彰祥草の匂いにつられて下りてきたと思う?」

「有り得んこともない。 その近くの高山に咲く彰祥草と時期がズレていたのなら」

「ああ、そういうことか。 高山の方の彰祥草がもう枯れちゃったとか、まだ咲いていないとかってことか。 そんなに彰祥草の匂いにつられるもの?」

喉をゴロゴロと鳴らして目を細める。

「もうちょっと右」

あ、はいはい、と言って右にずらして耳の後ろを掻いてやる。 その姿を振り返り見た四方が大きなため息をついた。 いつの間にやら指運動は止まっている。

「香山猫が彰祥草の匂いを嗅ぐと、今の我のように気持ちがよくなる。 それを得たいと思うだろう」

「痒いところに手が届くってこと?」

「いや、気持ちがいいということだ。 なんならここを撫でてもいいぞ」

ここ・・・喉元を示した。

「あ、じゃ、寝ころんでもらえる? その方が気持ちいいと思うよ。 ここ、どうぞ」

ゴロンと寝ころんだカジャが “ここ” と言われた紫揺の足の上に頭を置いて横臥すると紫揺が喉元を撫でてやる。 寝ないでね、と一言添えて。
四方がもう一度振り返り、我が供の姿を見て愕然とし卓に突っ伏した。

「父上、お気をたしかに」

「ええ、ええ、これからお仕事ですのに」

カジャから得た情報はこうだった。
香山猫もカジャと同じ山猫。 習性はあまり変わらない。 ただ二つだけは大きく違うということであった。 それは香山猫が彰祥草の匂いにつられるということ。 そして群れを成すこと。

その群れのリーダーが二年草である彰祥草の匂いを嗅ぎわけ、その高山に生きている。 彰祥草は種が弾け飛んで咲くので、咲く場所が少しだが変わっていくということであった。 そして種は似たようなところに落ち群生していると。

紫揺が葉月から聞いたことは有り得なくはないが、滅多に鳥が種を口にすることは無いということであった。
原生と比べ進化した彰祥草がどれ程の香りを持っているのかをカジャは知らないということであったが、それ以前にまず進化した彰祥草を知らないと言われてしまった。 それにどちらかと言えば、彰祥草のことより群れの方を考えるほうが道理が通るだろうとも言われた。

まずは、捕食対象が少なくなった。 他に群れのリーダーが変わった、または分散をした。 その二つが考えられると。
捕食対象が少なくなれば餌を求めて段々と下りてくることがある。 匂いで気持ちよくなる以前の話しだ。 捕食対象が少なくなってくれば、生きるか死ぬかがかかってくるのだから、少々気温が上がっても耐えるだろう。

そしてリーダー。 リーダーが年老いてくれば二位の地位であったものがリーダーに挑んでその座を手にする。
先のリーダーが守ってきていた高山にそのままいることが殆どなのだが、稀に先のリーダーが守ってきていた場所を変えようとする輩が居る。 前のリーダーが守ってきた場所にいれば何の苦も無く安泰なのだが、それに溺れたくないと思う矜持の高い香山猫もいるということであった。

そして分散とは、群れが分かれるということ。 敢えてリーダーに挑まなく、下についた者を連れて群れを離れていくということだった。 そうなると場所を求めるために移動をするが、殆どの高山にはすでに香山猫の群れがある。 そこに割って入るには先住の香山猫と戦わなければいけない。 それには大きな賭けが必要になってくる。
それは先に言った、矜持の高いリーダーも同じであった。
新しい住処を探すに山を下りてくる可能性は大いにあるということであった。

だが一つ言えることは、香山猫は高山に住む。 本領で言うならば宮都や他の都にあるような低い山には現れない。 ある程度山を下りてきたといえど、あくまでも気温の低い所でしか暮らせないからと。

そして最後にカジャはこう言った。
もうそこにその群れの香山猫は現れないと。
言い換えてみれば、紫揺が先住の獣と思われたからだと。 挑まずして去ったのだから、リーダーは紫揺に膝まづいたようなものなのだと。 それにそこに留まろうと思ったのかどうかも怪しい。 単なる場所探しの途中だったのかもしれないと。


「おかしい・・・」

眉根を寄せて言った。

「なにがで御座いますか? あ、ほれ、筆を置いてはなりません」

サポーターのように晒(さらし)を腰にグルグル巻きにしている師が言う。

「匂いがするのに誰も何も言ってこん」

ギクリと一瞬肩を上げた師であったが、すぐに取り繕った。

「さぁさ、この問いの答えはなんで御座いましょう?」

【問一】 森の中にセミが十匹おりました。 二匹採ることが出来ました。 残ったのは何匹でしょう。

「セミなど要らん」

「いえ、要るか要らないかの話では御座いません」

「シユラが来ておらんか?」

「はて? 何のことで御座いましょうか」

師は“庭の世話か” から聞かされていた。
『シキ様からの命で御座います』
詳しいことは聞かなかったが、紫揺がこの宮に居ることをリツソに感ずかせることのないようにということであった。
だがリツソを見ていてその真意が分かった。

「お座りください」

腰を浮かしかけたリツソに師が続けて言う。

「リツソ様、リツソ様はあと少しで十六の歳になられます。 このままでは奥を娶ることが出来ません」

奥を娶るどころか自立さえ出来ていない。 いやいや、もっとそれ以前。 足し算も引き算も桁が上がると怪しい。 応用問題など遠い話。 ひらがなはかろうじて読み書きが出来、紫揺から教わった漢字は書けるが、それは少しの漢字。 文を出そうと思えばほぼ全文ひらがなで書かれるだろう。

「へっ?」

「本領領主の元にお生まれになったからには―――」

師が全てを言う前にリツソが言葉を被せる。

「どういうことだ? 我がシユラを奥に迎えることが出来ないというのか?」

師が恭(うやうや)しく頭(こうべ)を垂れる。

「今のままでは、そのようかと」


紫揺が四方の部屋から戻ってきた。 そして四方の部屋で聞いたことを秋我に聞かせた。 秋我が厳しい顔をする。

「可能性は多々あると・・・」

「そうみたいです。 どれが当てはまるかは分かりませんが」

「領土に帰って調べるしかありませんね」

「はい」

初代紫の力を借りれば、あの時の香山猫に会って話を聞けるかもしれない。 だが・・・それは初代紫が望むものではない。

『わらわの力を取り違えるではない。 わらわの力は嵐のような力を抑える為にのみぞある』

カジャが言うようにあの群れはもう現れないであろう。 だとしても群れはあの群れだけではない。
前のリーダーが守ってきた場所に居たくないと思う新しいリーダーの香山猫、そして分散をする香山猫の群れは他にもこれから出てくるかもしれない。
彰祥草だけが原因ではないと分かったが、決定的に打つ手が見つからない。

唯一、カジャが言っていた気温の低い所でしか暮らせない、そこにかけるしかない。 あの場所に香山猫が耐えてなら暮らせる気温なのかどうかは分からない。
カジャが言っていたように、あの場所に留まろうとしていたのかどうかさえ分かっていない。 単なる場所探しの途中だったのかもしれないのだから。
早々に打つ手は見つからなくとも、調べることから始めなくては。

「さて、今日領土に戻れそうですか?」

澪引にはそう言ってあるが、シキが言祝ぎに来た時に「もう少しゆっくり出来ないかしら?」と言っていた。
シキは今、朝の散歩をしていてそれに澪引もついて行っている。 紫揺も誘われたが丁重にお断りをした。 カジャから聞いた話を忘れないうちに秋我に伝えたいからという理由を付けて。
せっかく里帰りをしてきたのだ、お腹を大きくした娘の身体を労わりながら、母娘の時を楽しんでもらいたいのだから。

「昼餉の前にまたお誘いに来られるって言ってらしたから、その時に言ってみます」

それまでは本を読んでいたいが、その本が何処にあるのかも、どの本を読んでいいのかも分からない。
マツリが居ないから。
それに読み初めても数ページで終ってしまうだろう。

「私のいない間どうしてたんですか?」

「庭を眺めていましたら朱禅殿がいらして、色んな話を聞かせていただきました」

朱禅、紫揺と秋我が初めてこの宮に来た時に、四方と話していた六十を過ぎたであろう四方の従者。 自己紹介はその時に済んでいる。
尾能のように四方に付いているのではなく、どちらかと言えば少し離れて外堀を見ている立場にあるようだ。
秋我に話しかけてきたのも、シキが秋我に世話になったというのを知っていて、退屈させないように気を使ったのだろう。
自分が居ない間、秋我が退屈していたら申し訳ないと思っていたが、どうもそうではなかったようだ。

「一番興味を引いたのは、薬草の話しでしたね」

「薬草? え? 秋我さん薬草のことを知ってるんですか?」

「辺境に居ましたからね。 私のいた辺境には薬草師も医者もいませんでしたから、民が怪我をすれば薬草を持って駆けつけていました」

「どこで薬草の勉強をしたんですか?」

紫揺が勉強というのは勉学のことだとお付きたちから聞いている。

「耶緒の両親に教えてもらいました」

「え?」

意外な人物の名であった。

「辺境に住んでいれば、知恵がついてそれを代々伝えていきますので。 それを教えてもらったということです」

「そうなんだ」

それが耶緒との切っ掛けなのだろうか。

「たしか朱禅さんって・・・珍しく官吏から四方様の従者になられたんですよね」

「ええ、たしか父さんがそう言ってましたね。 せっかく官吏になられたというのにもったいないって」

「それも能吏だったらしい―――」

のにね、と最後まで言うことが出来なかった。
襖が慌ただしく開けられたとおもったら “最高か” と “庭の世話か” が飛び込んできたからである。

「失礼をいたしますっ! お立ち下さいませっ!」

何のことかと思いながらも、あまりの迫力に負けて紫揺と秋我が立ち上がった。

「こちらへ! お早く! 秋我様も!」

彩楓が紫揺の手を引き、紅香が襖の外を覗いていたかと思うとそのまま回廊に出て行った。 そして “庭の世話か” が茶器を大急ぎで片づけている。

「よろしくてよ」

紅香の声が聞こえた。

「行きましょう。 秋我様も」

紅香の声に応えるように彩楓が言う。

「あ? あの? いったい何が?」

彩楓に手を引っ張られながら、何度か回廊を曲がる度に、先を行く紅香の声が聞こえてきていた。 そして一つの戸の前で止まった。 その戸には襖に描かれているような絵は描かれていない単なる木戸であった。

「暫しの間、こちらにお願い致しますっ」

「いらしたわ!」

「お早く!」

紫揺と秋我の背を押し塗籠に放り込んだ。
光石があるからいいようなものの、中は窓もなく、これで光石が無ければ真っ暗だっただろう。
訳が分からずキョトンとする二人であった。

バン! と先ほどまで紫揺たちが居た部屋の襖が開けられた。

「・・・おらんか」

襖を閉めることもせずそのままに、隣の部屋に行くとまたバン! と襖を開ける。 それが延々と繰り返されているが、まさか塗籠に隠されているとは思いもしないだろう。

「リツソ、ベンガク、オベンキョシマショ。 シユラとオヤクソク!」

「わかっておる!」

勉学をしなければ紫揺を娶ることが出来ない。 師が言った。 だから勉学はする。 ・・・紫揺とする。 紫揺と一緒なら勉学も楽しい。 それにどうしても紫揺の匂いがする。

「ン?」

一言漏らすとカルネラがポカスカと叩いていたリツソの頭からスルスルと降りた。 回廊に下りきると立ち上がり首を傾げている。 耳の飾り毛が優しい風にフワフワと揺れている。

「どうした? カルネラ」

「リツソ、オベンキョをスル。 カルネライイコ」

そう言い残して走って行った。

「あ! カルネラ!」

追おうとしたリツソの前に影が出来た。

「へ?」

見上げるとそこに腰に手を当てた師が立っていた。

回廊の影からリツソを覗いていた “庭の世話か” を見つけたカルネラ。 自分の身が見つからないように回廊の外側を走り、そっと “庭の世話か” の後ろについた。
“庭の世話か” は紫揺が居る時にはずっと紫揺に付いているのは見て知っている。 そして “最高か” も。

「連れていかれたわね」

「ええ、わたくしが最後まで見ておくわ。 丹和歌は彩楓たちに教えてきて」

いつ師から逃げ出すか分からないが、今回、師はかなりきつくリツソの手をとっている。 腰が痛くてそうそう追いかけられない。 再度逃げられては追えないからだろう。
丹和歌が頷くと左右に分かれ動き出した。

二人の会話が分かったわけではないが、動物的勘なのか、単にリツソに近づこうとしない方を選んだのか、カルネラが丹和歌の後を追った。

塗籠の前に立っていた “最高か” が丹和歌の姿を捉えた。

「どうだった?」

「あちこちの房を開けていらしたわ」

「気付かれたということ、かしら・・・」

「どうかしら・・・」

塗籠の外から声がする。 もう出てもいいのだろうか。

「あのぉー、もう出てもいいですか?」

最初は何が何だか分からなかったが、隠されているのだと覚り暫くじっとしていたが、もうその必要はないのではないであろうか。

「あ!」

慌てて戸を開けると三人が頭を下げた。

「申し訳御座いませんでした」

三人が頭を下げた途端、回廊の外側に居たカルネラの目に紫揺が映った。

「シユラー!」

ギョッとして三人が振り返ると、足元を毛玉がすり抜けた。
カルネラが紫揺の肩までスルスルと上がっていく。

「カルネラちゃん!」

「シユラ、ミツカルゥー」

紫揺を見つけて甘えるように紫揺の顔に抱きつく。

「見つかる、じゃなくて、見つけた、だよ?」

いつもリツソが “見つかる” と言っているのだろう。

「ミツケタァー」

秋我はカルネラの存在を知らなくもない。 前回初めて見た時にリツソの肩にちょこんと乗っていたのだから。
だがそのカルネラが話せるとは知らなかった。

「リ、リスが話すのですか?」

「私も最初は驚きましたけどね。 あ、カルネラちゃんの時にはもう慣れていましたけど」

「え? 他にも話せるリスが?」

「いいえ、リスじゃなくて、その時には狼でした」

解せないといった顔をした秋我であった。

“庭の世話か” は、紫揺がカルネラを可愛がっていることは知っている。 もちろん “最高か” も。
見つかってしまっては致し方ない。 カルネラをリツソの元に帰さなければいいのだ。

回廊の向こうからシキの従者が歩いてきた。

「あ、丹和歌、シキ様がそろそろと」

紫揺を呼んでいるのだ。

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