大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第42回

2022年03月04日 22時02分32秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第40回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第42回



戸の取っ手に手をかけると取っ手が簡単に回った。 やはり鍵をかけ忘れている。

この屋根裏に上がってくるには跳ね上げの階段を下さなくてはいけない。 いま誰かと鉢合わせなどないことは分かっている。

何の躊躇もなく戸を開ける。 いざという時の為に戸は開け放しておく。 万が一跳ね上げの階段が動き出しても、誰かが上がってくる前に元の部屋に戻れる自信はある。

光石をあちこちにかざして廊下の状態を見ながら歩く。
足元に跳ね上げの階段が現れた。 ここまでに隠れられるようなところは無かった。

跳ね上げの階段の横を歩いて奥に進む。 下す階段の一番端に来ると隙間の空いた二本の角材が寝かされてあった。 蹴ってみる。 動く様子がない。 固定されているようだ。 その角材を跨いで歩を進める。 そこそこ進める。

(ここまで来たら角灯の灯りは届かないよね)

ちょっと距離はあるがいざとなればここに隠れられる。
そう思って振り向くともう一方の階段横に向かって歩き出した。 と、そこには何のためにか、下ろされる跳ね上げ階段にかからない一番端に頑丈な板が立てられてあった。 立てられてあると言っても大きな板では無い。 紫揺が丸くなって隠れられる程度のものだ。
その延長上に先程跨いだ角材がある。 角材でこの板を挟んで立てていたようだ。

(万が一にも、階段がずれてしまわない様にかな)

しゃがんで立てられてある板に光石をかざす。
板の縦の部分には割れた後があった。 下を照らしてみると角材の間に板の残骸がある。
最初はこの板がずっと角材の間を走っていたのだろう。 だが何かがあった。 紫揺の思うように階段がずれてしまったのかもしれない。 その時に角材に挟まれて立ててあったこの板が割れたのだろう。
そしてそのまま放置しているのだろう。

(ずさんだな)

さっきの隣の部屋の雑多な物にしてもそうだ。 この屋敷は整理整頓、修理が出来ないようだ。

その板をヒョイと跳び越えて廊下に戻っていく。 隣りの部屋の戸を過ぎ、その奥も見てみようと思ったが廊下はすぐに行止まりとなっていた。

隣りの部屋に戻った紫揺。 雑多な物を見て回った。 縄や布が散乱している。 そして陶器や木彫りの物、絵師が描いただろう・・・春画。
紫揺が眉間に皺を入れる。

(どこでもこういうのがあるんだ)

電車の座席や網棚、駅のホームでもそうだった。 そして都会とは言えない紫揺の住む家の周りにある田畑の畦や道の隅に捨てられていた雑誌や新聞の挿絵と同類。
クシャりと捻って潰した。

それから隅に置かれていた木箱を開けた。
そこには六つの木箱に金貨や銀貨、銅貨が入っていて、一つの箱には金細工で出来たものや飾り石で出来た宝飾品が入っていた。
マツリが見たものと同じである。

その横に何かに使えそうなものがあった。 使うチャンスがあるかどうかは分からないが。 それらを放り投げられていた布でくるみ、更に大きな正方形の布を見つけ、布でくるんだものをその中心に入れ、それを三角に折りクルクルと巻くと袈裟懸けのショルダーに出来るようにした。

ハクロにおんぶ紐を作ったくらいだし、苦手とする針と糸を使うわけではない。 これくらい造作もない。 袈裟懸けショルダーを雑多に置かれていた物の一員として目立たないように置く。

見るものは見た。 再度部屋の境の木を登って本来居なくてはならない部屋に戻ってきた。 カルネラが紫揺の肩の上で何度も首を傾げているのが目の端に入っていた。

「リスじゃないよ」

笑いながらカルネラに言った。

とにかくあの男が夕飯を運んでくるまでは誰も入ってこないだろう。 あの男が入って来るのが目覚まし代わりになる。 寝過ごすこともないだろう。 夜に動けるようにひと眠りしよう。

(私が逃げたのがあの人のせいになるのは気が引けるな・・・)

ゴロンと隅に転がった。



「いったい何を考えてるんだ!」

地下への入り口から少し離れた所で苛立たし気に右に左に歩くマツリ。
さっさと地下から出て宮に戻って四方に報告すればよかったのだろうが、紫揺を置いてここを離れるなどとそんなことは到底できない。 それに武官を出すことも。
紫揺は誘拐されたわけではない。 城家主に言わせると保護しているようなものだ。
それに今このタイミングで武官など出したくない。

結局かなり地下を歩き回った。 己が地下に居る間は城家主も下手に紫揺には手を出さないように言っているだろうと思ってのことだった。

あと少しすれば夕刻になる。 リツソを取り戻した時のようにキョウゲンが上空の壁ギリギリを飛べば城家主の屋敷まで飛んで行ける。
陽が落ちないと空気孔とも明り取りともいえる、上空にある穴を横切ってはキョウゲンの影が地下に落ちてしまう。 そうなればマツリが飛んでいることが地下の者に分かってしまう。
かといって陽が落ちた後に誰も上を見ないとは限らないが。

「夕刻すぐに城家主の屋敷に行かれてもまだ賑やかでしょう。 忍び込むことも簡単にはいきません」

「分かってる!」

「紫さまのご様子では急いて案じられることも無いかと」

マツリがそこらに転がっている石を手に持って下に打ち付けるように投げた。

「マツリ様・・・」

初めて見るマツリの様子だった。



ギギギギー、跳ね上げの階段を下げる音で目が覚めた。

「あれ?」

紫揺の身体の上には布団が掛けられてあった。

「あ・・・」

あの男が掛けてくれたのだろうか。 夕飯まで誰も来ないと思っていた、いつやって来ていたのだろうか、全く気付かなかった。
女とバレなかっただろうか。
それにカルネラは?

自分のお腹をポンポンと触るがカルネラが居ない。
辺りを探す。
階段が下げられてゆく。 「カルネラちゃん?」 小声で呼ぶ。
すると隣の部屋の雑多に置かれた物の中から「カルネラ、イイコ」 とカルネラの声がした。
布団を撥ね退け隣との境にある板に走る。

「誰か来るからじっとしてて」

階段を上がってくる音がする。 振り返って布団のある場所に戻った。
ガチャガチャと鍵を開ける音。 戸の軋んだ音とともにあの男が顔を出した。
紫揺の顔が歪む。

「へッ、飯の次は布団か」

男が中に入って来る。

(コイツが何かしたら堂々と逃げてやる)

跳ね上げ階段も下がっているままなのだから。

「餓鬼なんて見てるだけでうっとーしいんだよ」

(そっちの勝手をコッチに押し付けるな)

それに紫揺は餓鬼ではない。

戸を閉めて男がにじり寄ってくる。 

紫揺の眉がピクリと動いた。 逃げる時に戸を開けなくてはならない。 それはロスタイムに繋がる。
ゆっくりと少しでも戸から距離のある方に移動する。

「城家主が何を言おうと見えないところならどうでもいいんだからな。 ここに来る前に付いてた傷だって思うだろうさ」

確かに城家主はまだ紫揺の身体を検めていない。 まあ、そんなことをされていては女とチョンバレだが。

隣りの部屋からカルネラがじっと見ている。

隅には行けない。 逃げるには不利だ。 逃げる距離をはかって壁伝いに隅に行く手前で足を止める。

男が紫揺の目の前まで来た。
男にすればそれ以上動けないようにだろう、紫揺の進行方向であった隅に向かっていた方向の壁に足を上げた。
ドン!
男が壁に足を上げた音、紫揺を怖がらせるようにわざと音をたてたと分かる。

(コイツ、救いようのないゲス。 これが本当に子供だったらどれだけ怖い思いをするか、分かってんのかっ!)

子供でなくともこの場面で怯まない紫揺があり得ないのだが。
だが男が足を上げている方向は戸と反対方向である。 紫揺にしてみればラッキーこの上ない。
それに

(こいつは右利きだった)

もう一人の心優しいだろう男を殴ろうとしかけた時にしろ、その男から鍵を取り上げた時にしろ、全て右手だった。

(なら、まずきっと足も右利きのはず)

上げている足が右足、軸足は左足である。 利き足の有無にかかわらず紫揺の動きを止めるだけに進行方向の足を上げた。 それが右足。
軸足が利き足でないのならば、咄嗟に動いた時に身体がぶれるはず。 逃げる紫揺に手を出そうとしても後れを取るはず。 少しでもぶれを誘導するように低い位置で逃げれば最悪尻もちでもつくかもしれない。

「なんだよその目は。 生意気な餓鬼」

先ほどまでの嘲弄の目に怒りが見えた。

「今日は傷は一つだ。 それと、あばらの骨一本折ってやるよ」

男が手を紫揺に伸ばしてきたところを身を屈めて足の上がってない脇からすり抜け、そのまま戸に向かって走ると素早く戸を開けそして乱暴に閉めた。

何処へ行くか、自分の姿を隠すために。

懐から光石を出すと、すぐに見つけておいた板まで走り身を屈め、光石を懐にしまう。

男が戸を開けて出てきた。 左右を見ることなく階段を下りていく。 急いでいるようには見えない、どこか余裕が見える。

「おい! 餓鬼が逃げて来ただろ!」

叫んでる声が聞こえる。 またこちらに戻ってくるかもしれない。 耳を澄まして下の様子を覗う。
たむろっていた男三人が振り返る。

「え? 餓鬼は・・・」

三人が顔を上に向ける。

(良かった。 やっぱり誰かいたんだ)

一瞬だがここに隠れようか階段を降りようか迷ってのことだった。

男にどこか見えた余裕は、階段を駆け下りてもこの三人に捕まっているだろうと思っていたからのようだ。

「あーん! 逃げたんだよ! てめーら、いま階段に尻を向けてやがったなー! てめーらの責任だ! 餓鬼を今すぐ探し出せ!」

「は、はい!」

足音から男達が走って行く様子が分かる。

(責任転嫁もいいとこ。 サイテー男)

「糞餓鬼が!」

男の足音が遠のいていくのが分かる。

そっと歩き出すと隣の部屋の戸を開けカルネラを呼ぶ、同時に作っておいたショルダーを袈裟懸けになるようにし身体にフィットさせるように括った。
隠れていたカルネラが出てきて紫揺の肩に乗る。

「カルネラちゃん、ちゃんとじっとしてたね。 いい仔だったね」

カルネラの頭を撫でてやる。

「カルネラ、イイコ」

「そうだね、いい仔」

戸に向かって歩を進める。 戸を閉めながらも耳を澄ましている。
この階段が下がっている内に下りなければならないことは分かっている。 だが焦って捕まっては元も子もない。

身を屈めながら階段を一段ずつ下りていると、カルネラが紫揺の肩から下りて階段を降りだした。
一瞬驚いた紫揺だったがカルネラの毛はほぼではあるが保護色になっている。

「リョウ(良)! シユラ、リョウ!」

カルネラが呼ぶ。 誰も居ないということだろう。 これは絶好の相方ではないか。 だが声が大きい。 今は階下やあちこちで男たちの怒声が聞こえているからいいものの、これからのことを考えると声のボリュームは下げてもらわなくては困る。
滑るように階段を降りるとしゃがんでカルネラに「見つかるから声は静かにね」 と言った。

「シズ、カニネ?」

「うん。 えっと・・・小さな声」

小声で言うと、それとともに人差し指を口の前に立てる。
すると「リョウ」 と小さな声が返ってきた。 通じたようだ。

「地下のある所知ってる? 地下の部屋」

「チカ? ノヘヤ?」

「うん。 ずーっと下の部屋」

指で下を指す。

「カルネラ、シッテル」

これまた小さな声だ。 学習能力があるようだ。

「そこを教えて欲しいの」

「オシ、エテホシイノ?」

「うん。 私が隠れられるようにそこに連れて行ってくれる?」

「シユラ、カクレル?」

隠れるの意味は分かっている。 “逃げる” と同じリツソの常套句だ。

「見つかったら困るから」

“見つかる” もリツソの常套句。 ・・・いや、専売特許と言ってもいい。

「シユラ、コマル? カルネラ、イイコ。 シユラ、スキ。 オシ、エテホシノイ」

長すぎたようだ、最後がひっくり返ってしまった。

「ありがと。 私もカルネラちゃんが好きよ」

なんとも緊迫感の無いことだ。

男達の足音がする。 階下から上がってきたようだ。
紫揺が立ち上がりキョロキョロと隠れるところを探す。

「シユラ、カクレル」

リツソの師からリツソを何度隠れさせていたことか。

『師が来る! どこか隠れるところは無いか!?』

リツソが何度も言っていた。

紫揺がカルネラを見るとカルネラが走り出した。 だがその方向は男たちが走って来る方向。
一瞬足が動かなかったが屋根裏へと続く階段の向こうには何もない。 進むしかない。

カルネラがすぐに止まって横を向いた。 そしてそこをカリカリとする。 そこには戸があった。 取手を回し戸を引くと簡単に開いた。 そっと戸を閉め中を見る。 部屋の中の光石が点灯した。 和室になっていて誰も居ないのはいいが困ったことに何もない。
すぐにここも探しに来るだろう。

光石のことを考えると少しでも早く身を隠さなくては、誰も居ないはずの部屋の光石が点灯しているのは可笑しな話になる。 早い話、紫揺がここに逃げ込んだのがバレバレになるということだ。

男達の走る足音が戸の前を通り過ぎたのが聞こえる。 怒声と共に数人が跳ね上げの階段を上がっていく音も聞こえる。 それをBGMに紫揺が身体を動かした。

光石がまだ点灯している中、またもやカルネラが何度も首を傾げている。

「ふふ、リスじゃないよ」

紫揺が笑いながら小声で言う。

「カルネラちゃん、暫くお口チャックね」

そう言って口をチャックするような仕草を見せ、きつく口を閉じる。

「シラバク? オクチ・・・チャク?」

「うん、お口、チャック」

もう一度同じ仕草を見せる。

「オクチ、チャック」

紫揺の仕草を真似た。
紫揺がカルネラの頭を撫でてやる。

光石が消灯した。

それから暫くして戸が開けられたのだろう、数人の男の声が大きく聞こえる。
光石が点灯する。 それを見定めた男。

「何があった?」

(あ、あの人の声)

紫揺の手を繋いでいた、飯を運んでくれた男の声。

「何どころじゃないですぜ!」

「勝手に屋根裏に上がっておいて餓鬼が逃げたって」

「それが俺たちのせいだって言うんだから。 なんとか言って下さいよ、宇藤(うどう)」

男三人が思いのまま喋っている。

(あの人、ウドウって言うんだ)

この部屋で隠れられる場所、押し入れに目をやった一人の男。 その男が襖に近づき襖を開ける。 だがそこには一組の布団が置かれているだけだった。
男が天袋を見上げる。

「おい、探さなくていい」

天袋を見上げた男も残った二人の男も宇藤をみる。

「どういうことですか」

天袋を見上げていた男が宇藤の元に寄ってくる。

「わからねーか?」

宇藤と呼ばれた男が片方の口の端を上げる。

「お前らの言いたいことは分かった。 餓鬼が逃げたのはお前らのせいじゃねー。 それは俺が城家主に言ってやる。 喜作(きさ)はそれで城家主に・・・そうだな、殺されはしねーか」

「まあ、気に入られてますんで」

「だが、疵瑕(しか)は残るだろう」

宇藤の言いたいことが分かったのか、男三人がニヤリと笑う。

「喜作を潰す絶好ってことですか?」

「まあな」

「宇藤、何を考えてるんですか?」

「なにも」

「そんなことは無いでしょう?」

「何を言いたいでー」

「共時を逃がしたのは宇藤でしょう?」

(え・・・)

共時が言っていた。 城家主の屋敷の中には共時を慕っている者がいると。 そいつが共時を逃がしたと。

「馬鹿なことを」

「宇藤、俺たちを信じてくだせーや」

宇藤が男を見る。

「喜作には俺たち、ついて行けねーんです」

「この地下に来て何をほざいてんだ」

「俺たちは・・・俤に―――」

「その名は出すんじゃねー!」

「ですが! 俤が地下に!」

(生きてるんだ!)

紫揺が光明を得た。

「出すなと言ってんだろーが!」

「あんな一番下に押し込められて、俤をこのままにしておくんですか!」

宇藤に睨まれながらも男が言う。

「テメーの保身を考えろや。 俤が何を言っていたかよく考えろ」

「こんな時に共時が居てくれれば・・・」

ポツリと男が言った。
宇藤がその男を睨む。

「俤もそうだ、共時の名も出すな!」

宇藤と言われるこの男、他の男が言っていたように共時を逃がしたのだろうか。 あの時に共時から逃がしてくれた男の名前を聞いておくのだった。 だが後悔をしても始まらない。

「とにかく餓鬼を探す必要はねー。 探すふりだけをしておけ。 まずはヤツを貶(おとし)める」

「ちゃんと城家主に言ってもらえるんですか? 俺たちのせいじゃないって」

「ああ。 それがヤツを貶めることになるんだからな」

(この宇藤って人、何を考えてるんだろう?)

地位的なものがあるようだが、その序列が分からない。

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