大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

辰刻の雫 ~蒼い月~  第43回

2022年03月07日 20時14分32秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第40回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第43回



紫揺があれやこれやと考えている間に男達が部屋から出て行った。
暫く待ちそっと天袋の戸を開けて出てきた。
何もない和室の中で隠れられる唯一の押入れ、その上にある天袋であった。

部屋の外の喧騒は大分と止んでいる。
紫揺である “餓鬼” を探さなくていいと言った宇藤の言葉が陰に隠れながら伝染したのかもしれない。 そう思うと宇藤には目に見えない力があるのだろうか。

だが宇藤が何を考えているのかは分からない。 男達が共時を逃がしたのは宇藤ではないかと言っていたが、もしそうであってもそこに何か策略があるのかもしれない。
簡単に此処の人間は信用できない。

「マツリしか・・・」

「ナニ?」

紫揺が口をきいたので “オチク、チャック” が解除されたと判断したのだろう、肩に止まるカルネラが紫揺を見た。

「何でもないよ。 もうちょっと外が落ち着いたら案内お願いね」

「アンナイ! カルネラ、アンナイ! シッテル!」

紫揺が口元に人差し指を立てると、カルネラも小さなオテテを口に当てる。

「カルネラ、アンナイ、シッテル」

小声で言う。 学習能力は消えていなかったようだ。 おまけにジェスチャーも頭に入っていたとは。 紫揺が微笑む。

「いい仔ね。 もうちょっとしたらお願いね」

「オネガイネ」

カルネラが紫揺の言葉を復唱する。



夕時が既に過ぎ去っていた。
キョウゲンの言うように夕時後すぐに飛んでも城家主の屋敷には忍び込めない。 この時まで我慢をした。

「キョウゲン」

「御意」

キョウゲンが羽ばたき縦に回った。 マツリが地を蹴る。



紫揺が戸に耳を当て部屋の外の様子を窺う。 誰も居ないようだ。 肩に乗っていたカルネラが下りる。

「カルネラ、アンナイ。 シユラ、カクレル」

随分と前に言っていたことを覚えていたようだ。

「うん、そう。 見つかりたくないから。 私が隠れられるところを通りながら案内してくれる?」

「カルネラ、イイコ。 アンナイ。 シユラがカクレル」

ついさっきは  ”シユラ、カクレル” と言っていたカルネラ。
そのカルネラに “が” が入った。 助詞が。 “シユラがカクレル” と。

「カルネラちゃん、すごい!」

「カルネラ、スゴイ?」

「うん。 とってもお勉強してる」

「オベンキョ? ベンガク?」

「うん、そう。 カルネラちゃんは言ったらわかる仔」

「イッタラ、ワカルコ? カルネラ? ベンガク?」

紫揺が頬を緩めてしゃがむ。

「うん、そう。 カルネラちゃんはとってもいい仔。 勉学も出来る仔。 なんでも言ったら何でもわかる仔」

そう言うとカルネラの頭を撫でる。

「カルネラ、ベンガクデキルコ! ナンデモワ、カルコ!」

紫揺が口元に人差し指を立てる。

「カルネラ、イイコ。 ナンデモデキルコ」

小声で言うと、紫揺が笑顔で応える。

「それじゃあ、カルネラちゃん、案内してもらえる?」

自作ショルダーを締め直した。

「アンナイ、スキ。 シユラ、スキ」

屋敷の中の怒号は随分と前に治まっていた。 日常に戻ったのだろうか、今この階はシンとしている。
紫揺がそっと戸を開けるとカルネラが走った、その後を追う。

紫揺が屋根裏まで来た時と違う階段をカルネラが走り降りる。 その後を追って階下に降りる。
二階から一階に降りたはいいが地下牢に行かねばならない。

マツリと共時の話しは朧気(おぼろげ)に聞いていた。 この屋敷の中の地下に行く順を。
だがカルネラが走る所は共時から聞いていたものと随分違う。 共時は忍び込みやすい所から説明をしていたがカルネラは屋根裏部屋からの案内だ、出発点が違う。 紫揺の朧気ではあるが頭の中の地図がグダグダになってしまった。

周りを気にしながら走っていたカルネラが足を止めUターンしてきた。

「シユラ、カクレル」

誰か来たのだ。 カルネラが廊下を戻っていく。 紫揺も踵を返しそれに続く。 廊下に置かれていた角灯の乗った物置台の陰に入ったカルネラ。 紫揺も続いて身を屈める。 ギリギリ身を潜め隠れられるが、ここを通り過ぎられても後ろから誰かが来ても完全に見つかってしまう。

誰かの足音。 同時に男の声が聞こえる。

(こっちにこないで)

目を瞑って祈るしかない。

「やっと終わりか」

うーんと、男が伸びをする。

「ああ。 地下の面倒なんてイチイチ見てらんねーっつうんだよ」

「飯なんざ毎日やらなくてもいいのによー。 っとに、俺たちゃ給仕じゃねーってんだ」

食器の音となにやら他の音がする。
紫揺の居る所に来る前に戸を開けた気配がした。

(良かった・・・)

開けられた戸を閉める様子はない。 食器を置く音が聞こえる。 そしてもう一つの何かの音。

「洗っとくか?」

「明日のヤツがやるだろーよ。 置いとけ」

戸を閉める様子がなかったとはいえ、部屋の中での会話まで聞こえる。 紫揺の隠れているところに一番近い部屋に入ったのだろうか。

「明日ってーと、宇藤に懐いてるヤツらじゃねーか。 また喧嘩になるんじゃねーか?」

「そん時は、そん時だろ」

「俺は嫌だね」

そう言って食器を洗い出した。

「肝っ玉の小ぃせーヤツだな」

「喧嘩が嫌だって言ってんじゃねーよ。 喜作とつるんでるって思われたくねーだけだ」

チッと舌打ちしたもう一人が仕方なく手伝う。 男が洗ったものを手拭いで拭いていく。 吸水性は無い。 すぐにビショビショになってしまうが絞っては使っている。 故に、完全に拭けているわけではない。

「その喜作、餓鬼を逃がしたってな」

この男たちが地下の者に食事を運んでいる時に起きたことだ。 若い者が走り回っているのは見たがあまり事情はよく知らない。

「城家主には水尾たちが逃がしたって言ったらしいけどな」

手拭いを絞っていた手が止まった。

「けどな? けど、なんだってんだ」

「怪しいもんだ」

食器を洗い終えた男が手拭いを取り上げてギュッと絞ると自分の手を拭いた。



城家主が水尾と呼ばれる男を呼んだ。 そこに他の二人と宇藤もついてきた。

「なんでー、宇藤も一緒に逃がしちまったのかよ」

「まさか。 そんなヘマはしませんぜ」

「じゃあ消えな。 俺が呼んだのは餓鬼を逃がした奴だ。 オメーに用はねー」

「それじゃあ、こいつらも用無しですぜ」

「どういうこった」

「おい、城家主に説明しろや」

水尾が頷く。

自分たちが跳ね上げ階段の下に居ると喜作がやって来て階段を下せと言った。 言われるままに階段を下し角灯を渡した。 屋根裏に行くのも地下に行くのも最低でも二人体制と決まっている。 喜作の後に水尾が続こうと思ったらそれを断られたという。 頭ごなしに。
それからいくらも経たないうちに餓鬼が逃げたと喜作が階段を降りてきた。 その時に三人ともが階段に背を向けていたから水尾たちが逃がしたと言われた、と言った。

階段に背を向けていたことを言いたくはなかったが、宇藤からそこも城家主に言えと言われ渋々それを言った。

「ほざいてんじゃねーだろーな」

キセルに火を点ける。
水尾が怯みかけた時、宇藤が口を添える。

「城家主、喜作は俺と一緒に上がった時に傷は見えねーところだったらいいって言ってやした。 実際、その時には手を出しかけたのは止めやしたが」

城家主が顔を歪める。

「水尾たちをついてこさせなかったのは、餓鬼をやるつもりだったんじゃねーですか」

「本当だろうな」

もしそんなことをしていては売り値が下がってしまう。 それに今後に関わる。

「城家主に嘘を言ってどうするんでさー」

「喜作を呼びな」

城家主の後ろについていた男が部屋を出た。

やって来た喜作に紫揺を逃がしたことは反故としたが、城家主としても手下の手前それだけでは終わらせられないし今後のこともある。

「テメー、餓鬼に傷を入れようとしたのか」

この部屋の中でその事を知っているのは宇藤だけだ。 喜作が顔を横にして宇藤を睨みつけた。 それだけで宇藤の言っていたことが本当だと分かる。
前を向いて立っていた宇藤の口元が嘲るように動く。

「てめぇ・・・」

喜作が身体全体を宇藤に向ける。

「どっちを向いてやがる!」

城家主の声が飛ぶ。
口を歪め、ふてぶてしい態度で城家主の方を向いた喜作。

「テメー、俺を舐めてんじゃねーぞ」

宇藤の下瞼が上がった。

結局、紫揺探しは煙となって消えた。 いつまでも紫揺を探していては喜作の面子に関わるからだろう。 それに紫揺は棚ぼたのようなものだった。 労して手に入れた坊ではなかったのだから、失ってもなんということは無いというところだろう。



食器を拭き終わった男たち。 部屋から出て、後に出てきた男が戸を閉めようとした時、先に出ていた男が「なんだあれ」 と言った。 戸を閉めた男が顎で示された方に目を移す。
角灯の置かれている物置台の下に布が見える。

男達の声が紫揺の方を向いているのが分かる。 紫揺がそっと目を動かすと服の裾が僅かに物置台から飛び出していた。
別の男たちの声が聞こえた後に、いちど置物台から顔を出した時に出てしまっていたのだろう。

その男たちの声と言うのは、城家主に言われ喜作を呼びに来た男たちの声だったことは紫揺の知るところではなかったが。

(しまった・・・)

だが今から引っ張るわけにもいかない。

「放っておけ。 面倒臭せー。 それより角灯が消える。 行くぜ」

(角灯が消える? どういう意味?)

戸を閉めた男が先に歩き出し、紫揺の服の裾を見ながらもう一人の男が続いた。
足音が去って行き、どこかの戸を開けたのだろう、戸の閉まる音がした。

(心臓が止まるかと思った)

殺していた息を大きく吐く。

「カルネラちゃん、寄りたい所がある」

「ヨリタイ?」

「うん、さっきの男の人達が入った部屋」

「ウン、サッキ、ヘヤ」

男達が食器を洗っている時にも一度顔を出してどこの部屋かの確認をしている。 紫揺が立ち上がる。
すぐに走って戸を開ける。 中に誰も居ないことは分かっている。 あの二人の声しか聞こえなかったのだから。

戸を閉めると消えかけていた光石が再び点灯した。 廊下には所々に角灯が吊るされたり、置かれたりしているが、和室といいこの部屋といい、各部屋には光石が設置されているようだ。
この光石があるお陰で明りに不便は無いが、誰かが来た時に隠れてもその前に光石からも隠れていなくては紫揺がここに居たことを示すものでもある。 ある意味厄介だ。

「台所」

「ダイド、ロコ」

区切りはおかしいし少しひっくり返ってしまっているが、紫揺の言葉を復唱するのが楽しいらしい。
壁にかけられていた物を見る。

「やっぱり。 あの音はこれだったんだ」

「オトハ、コレ、ダッ、ンダ」

長いセンテンスの完全復唱にはまだ少々難があるようだがカルネラは喜んでいる。

「でも、どれだろ」

「ドレダロ・・・デモ」

壁には四つの大きな輪っかが掛けられ、その輪っかに鍵がぶら下がっていた。

男達は “地下の面倒” “給仕” と言っていた。 そして鍵の重なり合う音がしていた。 そうなればここのある鍵のどれかは地下に行くに必要な鍵なのだろう。 そして牢屋の鍵なのだろう。

全部持っていくには無理がある。 四つの大きな金属の輪っかにはそれぞれ一個から八個の鍵がぶら下がっている。 鍵のこすれ合う音を出しては自分が見つかってしまうだけだ。

「うん?」

「ウン?」

目を細めてよく見る。 大きな輪っかに何かが彫られてある。

そこには “チカ” と彫られているものが二つと “ウラ” と彫られているものが一つと “ヤネ” と彫られているものが一つあった。

“ヤネ” と彫られているものには鍵が二つぶら下がっている。 “ヤネ” は “屋根” ということだろう。 屋根裏には二つ部屋があったのだから、これは間違いなく屋根裏部屋の鍵だ。

“ウラ” と彫られているのがどこの鍵なのかは分からないが、俤は地下に閉じ込められている。 では “チカ” と彫られた二つの輪っか。 これが “地下” のことだろう。

“チカ” と彫られた横にそれぞれ、/(スラッシュ)が一本のものと//二本のものがある。 単純にこれは地下一階、地下二階という意味だろうか。 逡巡している間はない。

天袋で聞いていた時 『あんな一番下に押し込められて』 と男が言っていた。
迷わず “チカ//” を手に取った。 鍵が五つ付いている。 五つもついているのならば、牢屋に通じる戸を開ける為の鍵と牢屋の鍵なのだろう。 そう思うと単純に牢屋は四つもあるのだろうか。

放り投げられていた手拭いを持つと上手い具合に濡れている。 鍵が密着しやすいし消音になる。 一つ一つ鍵の間に手拭いを挟んでいき、大きな輪っかから動かないように固定する。 そしてそれを身体から外したショルダーに入れる。
他に入っているものもズレて音をたてないようにしっかりと包んで身体に密着させるようにもう一度袈裟がけにする。
万が一この鍵じゃなくてもこの中にあるものを使ってどうにかするつもりだ。

「OK、寄り道終わり。 あとはカルネラちゃんお願いね」

「オケー、ヨリオ、ワリ、オネガイネ。 シズカニネ。 カルネラ、アンナイ」

紫揺が小声で言っているので静かにするということは覚えているようだ。
言葉数の増えてきたカルネラ。 紫揺がカルネラの頭を撫でた。

戸にへばりついて外の音を確認する。 人の声も無ければ気配もなさそうだ。 そっと戸を開ける。
戸の下からカルネラが走り出す。 紫揺があとを追う。

今が何時か全く分からない。 もともと本領や各領土には時計というものがなさそうだが、それでも人が寝る時間かまだ起きてる時間かくらいは知りたい。

地下の食事を引き上げてきたことを思うとそれは夕飯なのだろうが、夕飯をとる時間が何時くらいなのかも分からない。

カルネラがするすると壁に上り天井まで行くとヒョイと左を覗いた。 先程カルネラがUターンしてきた場所の先だ。
また降りてくると紫揺を振り返る。

「リョウ(良)」

小声で言って左に曲がる。 紫揺が後に続くとそこは細い階段になっていた。

(地下に続く階段?)

地下に見張などいないのだろうか。 とにかくカルネラを追って階段を降りる。
曲がった踊り場まで来ると先が真っ暗だった。 廊下の角灯の明かりが届かないからだ。

真っ暗ということは見張などいないのだろう。 懐から光石を出して足元を照らす。 するとそこにカルネラがいた。 カルネラも暗すぎて動けなくなったのだろう。
という事はカルネラが以前ここに来た時には明るかったのだろうか? それとも、ここに入る男のあとをついてきたのかもしれない。 先ほどのように上に上ってついて行けば簡単に見つかることもないだろう。

(あ、さっき上に上ったのはその時の学習があったからなのかな)

カルネラがスルスルと紫揺の肩に上ってきた。

光石をかざしながら階段を降りていく。 最後の段を降り終えるとそこには広い空間があるようだった。 奥の方で幾人かの人の気配がする。 子供がしくしくと泣いている声も聞こえてくる。

紫揺が眉根を寄せながら声のする方に歩いて行く。
不用心かもしれない。 言ってみれば地下で悪さをして捕まった者達の気配なのかもしれないのだから。 でも地下に子供はいないと聞いている。 子供の泣き声がするのがおかしい。 足を進める。
光石を照らしてもその範囲は知れている。

その光石に照らされて頑丈な木で作られただろう格子の柵が見えた。 その格子の柵を追って上を照らしていくと天井まで繋がっている。

(牢屋の柵?)

今度は光石を左右に振ってみる。 何本もの柵が顔の幅ほどにあけて格子状にある。
テレビで見たことがある。 これは間違いなく牢屋。
牢屋に着くまでに鍵が必要な戸など存在しなかったようだ。

一番手前の牢屋の前で足を止める。 小さな光石では奥まで十分に照らすことが出来ない。 牢屋の奥に誰かが座っているのは朧げに分かるが、はっきりとまで見えない。

奥まで歩いて行くと左右に四つずつ牢屋が並んでいたのを確認できた。 “チカ/” と彫られた輪っかには鍵が八個付いていた。 間違いなく “チカ/” と彫られた輪っかは地下一階のことだったのだろう。

先ほどの朧げにしか分からなかったと同じ列、一番奥の子供の泣く声がしている牢屋に光石をかざす。
子供が大きな声で泣きそうになったのを誰かがその口を手で覆ったのか、子供の声がくぐもった。

「驚かせてごめんなさい。 泣かなくてもいいよ」

紫揺が光石を自分の顔に持ってきて怪しい者じゃないと示そうとしたが、中からは「ヒッ!」という、大人の声が聞こえた。

(しまった・・・)

そう、紫揺がやったのは、お化けだぞ~、と言うように下から顔を照らしたのだった。

「あ、ゴメンなさい。 どう照らせばいいかな。 とにかく怪しいものではありません」

男の子供の服を着て落ち着いた口調で話す女の声。 これを怪しいと言わずして、何を怪しいと言えばいいのか。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 辰刻の雫 ~蒼い月~  第42回 | トップ | 辰刻の雫 ~蒼い月~  第44回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事