大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第37回

2022年02月14日 22時09分22秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第30回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第37回



「あれでどうかしら?」

「少しは考えて下さるはずよ」

「でも完全にマツリ様のことをリツソ様の兄上だって仰ったし、東の領土の五色様として・・・」

「ええ、東の領土でいい人がいればって仰っていたわ」

「やはり五色様としての任を考えておられるのかしら」

「それが紫さまらしいのだけど。 それこそ私たちがお慕いした紫さまなのだけれど」

「ええ、腰を揉むこともお忘れになっておられなかったわ」

「でも、恋にはお疎いのかしら」

四人が肩を落とす。

「恋を鯉って仰るくらいだものねー」 素晴らしく決まったカルテットであった。



前後を見慣れた見張番に挟まれ馬を走らせる紫揺。

「遅い・・・ってか、遅すぎる」

無駄に長いと言っては怒られるだろうか、だがその宮の壁沿いや森の中の馬道をゆっくりと走るのは頷けなくもないし、壁沿いは退屈ではあったが、森の中ではゆっくり走ることで日々違いを見せる木々、その空間、鳥の鳴き声、森を見て耳を澄ませて堪能出来た。
だが今は森を抜け、何もないだだっ広いだけの砂地が続く広袤(こうぼう)。
とはいえ、阿秀にしたように勝手に走るわけにはいかない。
東の領土にいち早く帰りたいという理由ではなく、単にスピードが楽しめないだけだ。

「楽しくない・・・」

上空を見ると蒼穹の中にキョウゲンが黒々と見える。

「辛いだろうな」

自分は楽しくないと思った。 だがそれは贅沢な話であった。 夜行性のキョウゲンがこの明るい蒼穹の中を飛んでいるのだ。 紫揺に合わせて。
マツリがキョウゲンのことを見下すなと言っていた。 見下してなどいなかったがキョウゲンはマツリの供。 親しく感じたことは無かった。 だが今はキョウゲンに対して申し訳ないという思いがある。

「シユラ?」

紫揺の肩の上のカルネラが紫揺に問いかけてきた。

「うん? なに?」

車の運転とは違う、よそ見をしていても馬が真っ直ぐに走ってくれる。 紫揺が自分の左肩に乗るカルネラを見る。

「カルネラ、シユラ、スキ。 ダイジ」

「そうなんだ。 嬉しい。 私もカルネラちゃんが好きよ。 とっても大事よ」

飼育係をしていた小学生の時にリスも見ていたがそのリスが肩に乗ることなど無かった。 初めて自分の肩に乗ってくれたリスがカルネラだ。
左肩に乗っているカルネラを見ていた目を前に向けようと顔を動かした時、なにかが動くのが目に入った。

「え?」

今は森を抜け、離れた左右に見える、右手に岩山、左手に木々しかないだだっ広い所。 その離れた木々が林立している中、そこで何かが倒れたように見えた。

(人?)

まさか何もなさそうなあんな所に人がいるなどとは思えないがそれでも・・・。 後ろを振り返り大きく声を掛ける。

「待っていてください」

紫揺が足を使い左手で手綱を引く。 そして左に見える木々の林立している中に襲歩で向かった。
後ろを走っていた百藻が前を走る見張番に紫揺が道を逸れたことを大声で伝え、二頭が紫揺の後を追った。
上空ではキョウゲンが紫揺の後を追っている。

「勝手なことをしおって」

勿論キョウゲンが言ったわけではない。

木々の中に入った紫揺。 倒れたように見えたモノをずっと目で追っていたのは間違いなく人であった。 馬から跳び下りる。

「大丈夫ですか!」

それは男であった。 顔に痣を作り、足が痛むのだろうか片足に手を添えている。

「う、ぐ・・・ここ、は・・・」

この場所がどこなのか分かっていないようだ。
だが答える紫揺もはっきりとここが何処なのかを知らない。 詳しい説明は出来ないが、知っている本領という言葉と目に見えるものだけは伝えられる。

「本領です。 もう少し行けば岩山が見えます」

「・・・岩、山?」

男が顔を顰めた。 道を誤ったようだ。 だからここに来るまでに誰にも会わなかったのか。 殴られた頭が方向感覚をおかしくしたのか長く地下に居すぎたのか。 だが岩山と言われれば宮都の中にまだ居るようだ。

宮都の人間に会えば誰彼構わず聞くつもりであった言葉を吐く。

「アンタ・・・俤(おもかげ)って、知らないか」

「え? 俤さん?」

紫揺が目を大きく開いたのはもちろんのことである。

「俤さんに何かあったんですか!?」

この男の姿を見れば俤に何かあったとしか思えない。
その時マツリがキョウゲンから飛び下りてくる音がした。

「お前、勝手なことをするのではない!」

後ろからマツリの声が聞こえた。

「この人、俤さんのことを知ってるみたい!」

振り返りマツリに叫ぶ。

マツリが眉根を寄せ紫揺と男に近寄ってきた。
マツリが男に訊く。

「俤のことを知っておるのか」

どこかで見覚えがある顔だ。 俤と言うくらいなら地下の者でしかないだろう。 地下を回っている時に見た顔か。

「マ、マツリ、様?!」

男が驚いてマツリを見上げた。

「俤になにかあったのか」

「ど、どうしてマツリ様が俤のことを・・・」

「俤に何かあったのかと訊いておる」

二頭の馬が遅れてやって来た。 マツリが追っているのを見て馬の足を緩めていたのだった。 マツリが片手を上げて見張番を止める。 手綱を引いてその場に止まった。

男がせわしなく目を左右に動かしている。

「落ち着いて下さい。 俤さんのお話をマツリに聞かせてもらえますか?」

紫揺が男の手を取ってやる。

マツリの肩に乗るキョウゲンが何度も首を左右に振る。

「大丈夫ですから」

男が紫揺を見上げる。

「あ・・・」

一言漏らした。

「どうしました?」

「赤茶の、ネズミ・・・」

紫揺が男の目線を追う。 そこには、自分の肩の上には赤茶色のカルネラがいる。 だがネズミと言われてそれをリスとは言い変えないで紫揺が問う。

「この仔がどうかしましたか?」

「・・・俤が探していた・・・ネズミ」

紫揺がマツリを見上げる。

マツリが俤との会話を思い出す。 リツソが攫われた時に俤に言ったことを。 あの時はカルネラも共に居なくなっていた。
カルネラとは? 問われた俤に言った。

『リツソの供であるリスだ。 赤茶色に腹が白、黒い飾毛を持っている。 まだ言葉を上手く話せんが、万が一にもそのようなリスを見かけたら捕まえてくれ』

そう言った。 俤はリスとは言わず、わざとネズミと言ったのだろう。

(俤はリツソが見つかったと聞くまでカルネラを探していたのだろうか)

この男、疑うことは無いだろう。 普段の己なら飛んでいる。 こんな所で倒れていても気付くはずなどない。 誰かが仕掛けてきたとは思えない。 だとしたら俤に何かあったのは真実でしかない。

「何があった!」

男が肩を竦めながら心の内で呟く。

―――俤が・・・マツリの狗(いぬ)だった?

「マツリ! そんな訊き方はないでしょ!」

ごめんなさい、と紫揺が謝って男に問う。

「俤さんに何かありましたか?」

「あ・・・」

そうだ、俤がマツリの狗だろうが何だろうが今は関係ない。 自分に思うところがあってここまで来たのだ。 マツリであろうが誰であろうが・・・。

紫揺とマツリを交互に見る。

「マツリのことなら気にしないで下さい。 私に俤さんのことを聞かせてもらえますか?」

俤のことは情報屋と聞いていたが今のマツリの反応を見ていると、単なる情報屋ではなさそうだ。

「地下のことを、知ってるか」

「行ったことはありませんが噂にだけ」

いやいや、マツリから聞いた話と “最高か” と “庭の世話か” からしか聞いていない。 それもその四人は小耳にはさんだという程度だ。
マツリが地下に関わると生きては帰れないという言い方をしていたが、そこはあまり信用していない。

さっさと俤のことを話せとマツリが口を挟もうと開きかけたが、今は紫揺に預けるのがいいかと不承ながらも僅かに開いた口を閉じた。

「俤さんに何かあったのでしょうか?」

「・・・城家主に、捕まった」

目を大きく開けたのはマツリだ。

「ジョウヤヌシ?」

紫揺が初めて聞く言葉。 それは地下といわれるところの言葉なのだろうかと紫揺がマツリを振り返る。 マツリが頷く。 マツリは知っているということだ。

「俤さんが捕まった? ジョウヤヌシに?」

男が頷き倒れ込みたい体を叱咤して続ける。

「それを聞いて屋敷に忍び込んだが助けることが出来なかった」

紫揺がもう一度マツリを振り返る。 マツリが心痛な面持ちでいるのが見えた。

「この傷は俤さんを助けようとしてできた傷ですか?」

「思っただけじゃあ、何の意味もねーや。 助けられなかった。 単なる傷だ」

「そんなことは無いです。 俤さんを想って下さったんですから。 捕まった俤さんが今どこに居るかご存知ですか?」

「城家主の屋敷の地下。 地下牢に違いない」

もう一度紫揺がマツリを見た。 マツリが頷く。

「あなたのお名前は何と仰います?」

「え?」

「これからマツリとお話していただきます。 お名前は?」

「共時(きょうじ)・・・」

「では、キョウジさん。 もう少し詳しくマツリに話して下さい」

共時がマツリを見上げた。


「そうか。 では、俤はその地下牢のどこかに居るのだな」

共時の話しでは地下は屋根裏と違って広く牢は数があり、ましてや地下一階と二階があるという。
共時とマツリの間で話が成り立ち、更に共時が城家主の屋敷の間取りも説明した。

「はい、屋根裏には居やせんで。 移動させられてなければ地下しかありませんや。 すぐに助けてやってください」

この共時は忍び込んだとき先に屋根裏を見たと言った。 そこから地下牢に行こうとした途中で見つかってしまったということであった。

「・・・だが、なぜお前は地下から出てきた」

見つかって城家主の屋敷から逃げてきたのは分かるが、どうして地下から出て来たのか。 再び城家主に見つからない為だけでは無かろう、俤のことを知らないかと訊いていたのだから。

「俤を助けたかっただけ。 けど助けられなかった。 俺に出来ることは・・・俤の亡骸を救ってやることだけ・・・いや、亡骸は救えないのは分かってる。 ただ・・・知ってもらうために・・・知らせるために」

俤がマツリの狗だったとしてもその気持ちは今も変わらない。

「え?」

そう言ったのは紫揺だ。

「城家主に捕まっては利用できないヤツは殺される。 俤は利用できないヤツです」

マツリが目を据えて話を聞く。

「俤は数日後には殺されるでしょう。 いや、もう殺されているかもしれねぇ。 ・・・それを伝えたかった。 俤を想っているヤツが居るはずだから、それを伝えたかった」

「・・・どうしてだ」

「俺が城家主の屋敷から出た後ですが俤の行動はちょくちょく見張られてた。 新顔に金をやっては地下から出そうとしてやしたから。 そんな心根のあるヤツが、俤が簡単に地下に落ちて来るはずはありませんや」

そう思っていた。 まさかマツリの狗だとは思っていなかった。

「どういうことだ」

「俤は・・・そりゃ、何かあって落ちたかもしれやせん、逃げてきたのかもしれやせん。 地下に。 ですがこの本領に何かを残してきた。 その希望が新顔に向けられたんじゃないかって」

「お前がそう思ったのか」

「俺だけじゃねー・・・ありやせん。 俤から金をもらってたヤツらはみんなそう思ってます」

「お前は屋敷に忍び込んでそれだけやられたのに、どうやって逃げてきた」

「城家主の屋敷の中には俺を慕ってくれているヤツがいます。 そいつが逃がしてくれやした」

「そいつは、それに俤から金をもらってた奴らも俤を助けようとしなかったのか」

「俺が一声かけりゃあ、集まったでしょう。 俤のことを知らせてくれた奴もそう言ってやした。 だがアイツらを巻き込むわけにはいかねーんです。 巻き込んでやられるだけで。 それじゃあ結局俤も救えない。 人数が違う。 それに城家主についてるヤツ等は殺すことを何とも思っちゃない。 こっちは躊躇するヤツばっかりで」

マツリが目を眇めた。 そのマツリの耳に声が飛んできた。

「マツリ、俤さんを救いに行くわよ」

場所をマツリに譲り、後ろに立っていた紫揺の声だ。
マツリが紫揺に振り向く。

「俤さんは生きてる。 助けに行く。 そうでしょ?」

「お前・・・」

「私についてくるなって言わないわよね。 キョウジさんを見つけたのは私なんだから。 それがいやなら私がキョウジさんに地下の場所を聞いて私一人で俤さんを助けに行く。 どう?」

「・・・お前、今、地下の話を聞いただろう。 それにこの共時の姿を見ろ」

「それが何なの? 同じでしょう」

同じとはどういうことかと、共時が紫揺を見上げる。

「身体が痛いのは嫌いだけど心に痛いことはもっと嫌。 キョウジさんと一緒」

「・・・お前」

「何度もお前って言うんじゃないわよ。 それともアンタって呼ばれたいの? 行くわよ、地下に。 キョウジさんのことは、見張番さんに頼んでよ」

「お前が地下に行ってどうこうなるものではない!」

「私を甘く見ないでほしいわ!」

「は?」

「逃げる時には逃げられる。 マツリの足手まといにはならない」

そう言うとマツリの肩に止まるキョウゲンを見た。

「キョウゲン、地下に案内してもらえる?」

「マツリ様・・・」

マツリの肩に止まるキョウゲンがこぼす。
俤がどうなっているのか、俤を死なすことなど出来ない。 時がない。 だからと言って紫揺が必要ではない。

「お前は見張番と東に帰るがいい。 送って行けなかった事はあとに東の領主に詫びる」

「は!? なにそれ?」

「時を争う。 俤のことがある、送っては行けぬ。 見張番と岩山まで戻ってくれ」

「それってバッカもエベレスト!」

「は?」

「若しくはチョモランマ!」

「お前、なにを言っておる?」

「私も行くって言ってるのよ。 さっさとキョウゲンに乗りなさいよ」

「お前・・・」

「マツリがキョウゲンに乗らないのなら、地下への道案内をしてくれないのなら、この岩山の間をあちこち走り回る。 見張番さんも馬もくたびれても走り回る」

マツリが何か言おうとした時、その前を取られた。

「カルネラ、シッテル」

「え?」

「シユラ? カルネラ、シッテル」

紫揺とマツリが目を合わせる。

「カルネラちゃん知ってるの?」

「リツソ・・・リツソ、イタ。 リツソ、ネル。 カルネラ、ハシル。 イッパイ、イタ」

カルネラが言っているのは城家主の屋敷の中のことだろう。 あくまでも屋敷までの道のりではない。 だが、最後の “イッパイ、イタ” は何だろう。 城家主の手下のことなのだろうか。 共時が人数が違うと言っていた。 そんなに手下が居るのだろうか。 簡単に俤を出すことは出来ないのであろうか。

「・・・カルネラちゃん、案内できる?」

「アナイ?」

「屋敷の中を教えてくれる?」

「カルネラ、デキル! カルネラ、イイコ! シユラ、スキ! アナイ!」

紫揺がマツリを見る。

「城家主の屋敷の中は今聞いた。 カルネラの案内は要らん」

紫揺が何の表情もなくマツリの言いたいことを聞いた。

「そっ、じゃ、マツリなんてもう要らない」

マツリが紫揺を睨む。 そのマツリを睨み返した目を横にずらす。

「キョウゲン、キョウゲンに勇気があるなら今すぐ地下への道案内をして」

困ったようにキョウゲンが首を左右に動かす。

「キョウゲンはマツリの根性なしに共鳴してないんでしょ」

「マツリ様に根性がないとは。 そのようなことは御座いません」

マツリが驚いた。 キョウゲンが紫揺に返答している。

「そう、分かった。 もういい。 適当に走る。 キョウジさんのことは、見張番さんに頼んでよ」

そう言うと馬に跳び乗り共時が背を向けている方に馬を走らせた。 背を向けているということはそちらから歩いてきたのだろうから。

「あ! 馬鹿! 待て!」

マツリが呼ぶが呼ばれて止まるような紫揺ではない。 そんな柔な紫揺なら阿秀も塔弥も苦労はしない。


『お天気がいいので辺境に行ってきます。 道は覚えたつもりだから一人で大丈夫です』

と、突然に言い、お転婆で走り出すは、辺境に行くと乗馬用の下穿きがあるのをいいことに辺境の子供たちと木登りや岩飛び遊びをする。 それはそれは、お付きの者の苦労は絶えなかった。

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