大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第53回

2022年04月11日 21時57分15秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第50回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第53回



横の塀を走り抜け裏に回ってきた紫揺と杠。
紫揺が振り返る。 その紫揺を抜いて「こっちだ」と言って杠が先を走り、塀の半分ほどまで行くと足を止めた。

「塀の向こう、この辺りにこんな形をしたものが落ちている。 それを放ってほしい。 少し重いが放れるか?」

コの字型の先に長い棒が付いたような形を宙に描いてみせた。

「やるしかないからやる。 でも重かったらマツリが作っておいた足場のところから放る」

身の軽さを自覚しているし、膂力(りょりょく)のないことも自覚している。
杠が頷く

「あっちに移動しよう」

マツリが作っておいた足場のところに。

「行かなくていい」

え? っという顔を杠が作った。

「時間の無駄だから。 俤さん手を貸して」

塀に向かい合って立つと後ろに歩き段々と塀から離れていく。 目で塀との距離を測る。
そして決まった位置に杠を呼ぶと体勢と要領を伝える。

「そんなこと出来るか? いや、それより危険だ」

「俤さんと私の気が合っていれば出来るし、ぜんぜん危険じゃない」

「壁にぶち当たるだけだ」

「ぶち当たったら当たったで回避する。 回避できるし。 肘を絶対に曲げないでいてくれれば何とでもなる。 なに? 私のしたいようにって言わないの? さっきまで言ってたのに」

だが、と言う杠を置いて紫揺が助走をつけるために後ろに下がる。

「行くよ。 私の足をよく見て私に合わせて躊躇しないで思いっきりね」

眉を顰めた杠だったが、今にもこちらに向かって走ってきそうな紫揺を見て諦めモードに入った。
あの衣は脱がすに限る、と思いながら。

塀に背を向け教えられた紫揺を迎える体勢になる。 腰を落とし手の指を組みそれを上に向けて掌を広げ腕を伸ばして下前に構える。 紫揺の体重は想像するしかないが、多分当たっているだろう。

構え終わった杠が紫揺を見たのを目に止めると紫揺が走って来た。
スピードを落とすことなく杠の前まで走ってくると片足で地を蹴る。 もう一方の片足が広げられた杠の掌に乗った。 紫揺のスピードと重さ、塀の高さ、角度を考えて杠がその手を勢いよく後方斜め上に上げた。

紫揺が片足でロイター板でも蹴るかのように杠の掌を蹴る。 杠は十分な高さと角度に上げてくれた。 立ち位置も丁度良かった。 塀を掴むと身体を引き寄せ、そのまま横跳びで塀を跳び越える。
手から紫揺の重みがなくなった杠、上を見上げ身体を捻って紫揺の姿を追っていた。
スタン。 と、紫揺が着地しただろう軽い音が聞こえた。

「・・・」

あまりのことに声が出ない。

少しすると杠の位置から少し離れた所に、コの字型に棒の付いた物が放り投げられてきた。

「私、どれだけ力が無いと思われてるんだろ」

高さのある塀の向こうに投げるのには、軽々とはいかなかったが到底無理では無かった。

恐れ入ったという風に顔を横に振ると、放り投げられた道具を手に取りコの字型の部分を塀に引っ掛けると棒を持って塀を上り始めた。
塀の上に座りずっと続く塀の角を見ると、マツリが作った足場はまだある。 戻るにこの道具は必要なさそうだ。 塀から外すと外に投げ塀の中に跳び降りる。

「すごいことをやってくれるな」

「あれくらいなんともない」

杠が目を丸くして思わず紫揺を見ると、当の紫揺はニッと笑って歩を出す。 抜け出てきたところの窓の鍵は開いたままのはずだ。

中に誰も居ないことを確認して杠が窓を開ける。 紫揺では十分に届かないからだ。 早い話、中を覗くことも出来ない高さだった。
杠が先に入り窓から腕を出し紫揺を引っ張り上げる。

ここからは迅速に動かなければいけない。 声も出来るだけ出さないように。 紫揺の声が漏れるとそれが女のものだと分かる。 この屋敷に女などいないのだから、たまたま目の覚めた者が不審に思い部屋から出てくるかもしれない。

杠が戸の内で廊下の気配を窺うとそっと戸を開ける。 顔だけ出して左右を見る。 誰かいればこの時点で見つかっているが廊下には誰も居なかった。

身を滑らせて廊下に出ると共時から聞いていた二階に上がる階段を目指す。 一階だったら良かったものを、と紫揺ならずとも杠も思っていただろう。
と、どこかの部屋から男の声が聞こえ戸を開ける気配がした。

杠の背中をトンと指先で叩き合図を送ると紫揺が前を走り杠が後についた。 紫揺が一室の戸を開けそこに飛び込み、杠も後に続くとすぐに戸を閉め、そのまま戸に身体を寄せ廊下の気配を窺っている。

光石が部屋を明るくする。

ここはカルネラと入り込んだ台所である。 まだみんな寝ているのだからここに誰も居ないことは分かっていた。 だから一目散に走りここに入った。

杠が外の様子を窺っている間に部屋の中を歩いて見まわす。 カルネラと入った時には鍵を見つけることしか頭になかったが、こうして見ると見事な男所帯だ。 キチャナイ。
そこにふと気になる物が目に入った。

(これって・・・)

手に取ると懐に入れた。

杠を見ると戸を開けて外の様子を見ていた。
男はトイレに立っただけのようだった。 台所の戸が閉まるのを見たが、耳も目も寝ぼけていたせいか「うみゃ・・・?」 と言っただけでトイレに直行した。 その男が戻って来て部屋の戸が閉まったのを確認してから杠が戸を開けていた。

台所から出ると足音を忍ばせながらすぐに足早に階段を目指す。 さっきは突然のことで走ってしまったが、足音がたっていたことは確かだ。 つまらないことで見つかりたくない。

二階に上がると戸の数を数えながら杠が早足に歩いて行く。 ここでうっかり一つでも数え間違えればそれで終わりだ。

一つの戸の前で杠が止まった。
杠がその戸に耳をくっ付け中の様子を窺うがイビキしか聞こえてこない。 人の話す声は聞こえない。
そっと戸を開ける。 中に滑り込むと紫揺も続いた。 板間に布団を敷いて五人が雑魚寝のような形で寝ている。
顔を見るとたしかに宇藤が居た。 孔から漏れてくる薄明りに顔が浮いている。
紫揺が見た時には括られていた黒い髪は解かれ、敷布団の上で自由にしている。

宇藤がこの部屋に居る確認は出来た。 紫揺が杠に合図をして戸を指さす。 紫揺が先に歩いて戸を開ける。 左右を見ると部屋を出てそのまま歩く。

紫揺が何をしたいのかが分からない杠はその後を歩いている。 一つの戸の前で止まった紫揺がそこを指さす。 杠が戸に耳をくっ付けて中の様子を窺うがイビキも何も聞こえない。 そっと戸を開ける。 そこは和室だった。 畳以外何もない。
杠を押して紫揺も中に入った。
ここもカルネラと入った部屋。 押入れには布団が一組だけあり天袋に隠れた部屋だ。

先ほどの部屋を見て気付いた。 五人は板間に寝ていた。 ここは畳が敷かれている。 もしかして城家主に気に入られているという喜作が寝ているのかもしれないとは思ったが、杠と隠れていた時に喜作に命じられて男が飛び出してきていた。 ということはここではなく、あの部屋で喜作は寝ているのだろう。

この部屋の布団が一組だったことは、カルネラと入った時に確認をしている。 ここは特別な人とか、特別な何かがある時にしか使わないのだろうと踏んで杠をここに誘導した。

「ウドウさんのことは任せて。 俤さんは窓から外を見ながらここで待ってて」

小声どころでは無い。 この静けさだ、杠に耳打ちしている。

「どういうことだ」

「ウドウさんは私を逃がそうとしてくれるかもしれない。 そうなると俤さんが出るに出てこられなくなる。 もしウドウさんが私を逃がしてくれるのなら、見張番のいない裏からだと思う。 それをここから見ていて。 ここから出るには窓を開けたらデコボコしたところを利用して俤さんだったら降りられる。 もしかして私もここに戻ってくるかもしれないし、分からないけど」

カルネラと入った時に窓の外は確認済みだ。 身長の足りない紫揺には無理がありそうだったが、杠の手を借りると何とかなるだろう。
ここに来るまでに紫揺が言っていた。 自分が疑われては最後。 杠は宇藤に絶対姿を見られないようにと。

「だが!」

そこまでウドウを信じられるか。

「時間が惜しい。 口論する暇なんてない」

そう言い残すと戸を開け廊下に出てしまった。

紫揺について行くわけにはいかない。 紫揺の邪魔になるだけだ。 紫揺の計画をぶち壊すことになりかねない。
歯痒さにどこかに八つ当たりをしたいが、大きな音をたてるわけにもいかない。 今の己に出来ることは、紫揺が無事に宇藤のいる部屋に入れたかどうかを確認することだけだ。

外に出た紫揺の後姿を見る。 宇藤のいた部屋の様子を戸の外から覗っている。 紫揺が戸を開けるとその姿が目の前から消えた。
すぐには紫揺は出てこないだろう。 戸を閉めた杠が何もない部屋を見回す。

「ん?」

足元でかさりと音がした。
戸を開け閉めしている内、紙が戸のおこす風に煽られて杠の足近くにやって来たのだろう。
紙を拾い上げた。


数刻前のこと。

“最高か” と “庭の世話か” がシキの元を訪ねた。 しっかりとそこには波葉が居た。
やっぱり、というように四人が目を合わせた。

「どうかしたの?」

目を赤くしたシキが四人を見る。

「これを・・・紫さまがお忘れになられたようで」

「え?」

「紫さまが地下から戻って来られた時に持っておられたものです」

そう言われれば見覚えがある。 湯殿に走り去る紫揺の背にあった物だ。

「もしや地下に行かれるときにはこれが必要なのかと」

「まぁ、どう致しましょう・・・」

シキが波葉を見る。

波葉が椅子から立ち上がり、四人が持って来たグルリと巻いたそれを受け取る。 卓の上に置くとスルスルと巻きを解く。 中から出てきたのは針金や鉄で出来た小さな棒状の物、髪飾りもある。 他にゴチャゴチャ。
リツソの玩具に負けない蒐集(しゅうしゅう)である。
波葉が首を捻る。

「とても重要なものには見えませんね。 紫さまはこれを何かに使おうと思われたのでしょうか」

と言ったすぐ後に一つの物に気付いた。
それを手に取りまじまじと見る。

「これは・・・」

「どうなさいました?」

波葉がそれから目を離すとシキを見る。

「これ以上お泣きになられませんように」

そう言うと今度は四人に目を送る。

「シキ様のことを頼みます」

事の次第が全く分からない “最高か” と “庭の世話か” の四人。 四人が訊きたいのは、これが紫揺の忘れ物ではないのだろうか、だからどうしていいのかということだ。
だがそれに答えることなく波葉が部屋を出て行ってしまった。

波葉の背中を追うシキ。 互いに目を合わせる四人。

「シキ様、どう致しましょう・・・」

問われシキが卓の上にひろげられている雑多な物を見る。

「紫が必要と思っていれば忘れるなどということは無いでしょう」

もしそれを紫揺が聞かされれば、いや、完全に忘れていた、と言うだろう。 その忘れていたは、これらを「捨てておいてください」と言うのを忘れていたということだが。

波葉が執務室にはいないであろう四方の自室に走った。


(どうしてウドウさんが一番奥に寝てるのよ)

雑魚寝をする五人だが、その一番奥に宇藤が眠っている。
三人がイビキを立てている。 少々のことがあってもこの三人は起きないだろう。 だが宇藤ともう一人がイビキを立てていない。 もともとイビキをかかないのか熟睡していないのか。

足を忍ばせて男達を跨いでいく。
宇藤の横に来た。 窓を背に屈みこむ。
普通ならゴクリと唾を飲むところだろう、だが紫揺にそんなことは見られない。 それどころか宇藤の頬をツンツンと指先で突いている。

「う・・・ん」

宇藤が顔を横にする。
更に紫揺が宇藤の頬を指でつつく。

「・・・ぅん?」

宇藤が気付いたようだ。

「何だよ、うっせー」

言いながら手で頬辺りを煽ると、宇藤の声に紫揺が身を縮めた。
前に寝ている四人を見る。 誰も起きないようだ。
小さく息を吐くと、再度、宇藤の頬をツンツンする。

「うざいんだよ!」

手で煽った宇藤が起き上がった。 するとそこに紫揺が居た。 ニッコリ笑っている紫揺が。

「え・・・」

現状が全く分からない。 だが口から出たのは「坊・・・」 の一言。
紫揺がそれに応えるように更に笑顔を作る。
眠りから覚醒した宇藤。

「坊、どこに居た?」

紫揺が首を振る。 そして左手の掌を前に置くと、その少し上に鉛筆を握るように右手を置いて動かす。

「言いたいことがあるのか?」

コクリと紫揺が頷く。

「待ってろ」

この坊は口が利けない。 その坊の仕草からして何かを書きたいと読んだ。

戻って来た宇藤が筆と墨壺と適当に取った数枚の紙を坊である紫揺の前に置くと、筆を墨壺につけすぐに書き始めた。
達筆で。
書かれた文字をみた宇藤が紫揺を見る。

「どうして坊がそれを知っている?」

紫揺が小首を傾げて見せると紙に返事を書く。

『ここを出たあとにきいた おじさんやさしかった だから逃げてほしい』

「おじさん?」

宇藤が面白げに言った。

「そうだな、坊からしたら俺はおじさんか」

『逃げて つかまる前に』 書いた後に切羽詰まった顔を見せる紫揺。

「坊、お前は学のある所の子か?」

紫揺が首を傾げる。

「漢字が書けるんだな。 それも良い字だ」

紫揺にしてみればほんの僅かの時も省きたく、知っている漢字を使いたかったが、あまり漢字を使っては怪しまれると思って見た目の年相応にひらがなを活用したつもりだったが、それでは足りなかったようだ。 それに鉛筆やボールペンなら達筆を隠せるが、筆を持ってしまうとどうしても達筆になってしまう。
紫揺が首を振るとまた書き始める。

『逃げて つかまる なかまをつれて逃げて すぐに』

「おいおい、何を言ってんだ」

宇藤がひょうきんな顔をして紫揺を見る。
宇藤の声に隣に寝ていた男が目を覚ました。 夢うつつだが。

「うっせ・・・」 一言いう。
宇藤が紫揺である坊を背中に隠す。
男が起き上がると目をこすりながら体を起こしている宇藤を見た。

「宇藤か。 まだ起きる刻じゃねーじゃねーか・・・」

そう言うと男が大きく欠伸をした。

「うっせーんだよ。 ケチ付けてねーで寝てろ」

「うっせ」

そう言うとまた布団に戻った。

宇藤が自分を隠してくれたということで紫揺自身の安全が確保できたように思う。 だが一番大切な逃げてもらうことに宇藤が本気に思ってくれない。 どうすればいいのか。
一枚の紙にずっと書き続ける。

『なかまとにげて なかまとにげて なかまとにげて・・・』

それしか浮かばなかった。 それを書き続けた。

「坊・・・」

紫揺が宇藤を見た。
最後に一言書いた。 『おねがい』 と。
紫揺の書いた紙をすべて手に取ると宇藤が紫揺の手を引いた。

「坊、見つかる前にここから逃げな」

紫揺が宇藤に懇願するように首を振りその手を払おうとする。 それを許さない宇藤。

「坊の言いたいことは分かった」

紫揺が小首をかしげる。

「安心しな」

何かを言いたげな目線を紫揺が宇藤に送る。

「だから、分かったって。 坊の言うように逃げる。 安心しな」

紫揺が筆を使いたそうな仕草をする。

「ん? まだ言いたいことがあるのか?」

こくこくと紫揺が首を縦に振る。 宇藤が紫揺の手を離すと筆を持った紫揺の手が再び誤魔化せない達筆で書く。

『今すぐに出て なかまと もう少ししたらつかまる』

「坊、お前・・・」

『おじさん、やさしかった。 お返ししたい。 つかまらないで』

紫揺の心が届いたのか、宇藤の目の色が変わったように見える。

「坊、お前だけでもすぐに出ろ、お前まで捕まっちまう」

紫揺が首を振る。

『おじさんと なかま』

「坊・・・」

『早く』

「・・・坊を逃がしたらその後に逃げる。 安心しな。 だがその前に坊がここの奴に捕まっちまっちゃあ笑えねーだろ。 さ、こっちだ」

宇藤が紫揺の手を引く。

紫揺の気持ちは分かってくれたようだが宇藤はまだ本気にしていない。 それが分かる。 紫揺を逃がそうとしているだけだ。 だが紫揺からしてみればこれが限界だ。 これ以上、宇藤に念を押せない。 宇藤に手を引かれるままに走り出した。

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