大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第52回

2022年04月08日 22時48分42秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第50回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第52回



解凍を終えたカルネラが紫揺の肩に止まっている。 そのカルネラを手に取ると卓に乗せる。

「カルネラちゃん、またあとでね。 リツソ君のところに戻ってて」

「シユラ?」

「帰ってきたら、またイッパイ話そうね」

「シユラ・・・」

なにか不安を覚えているのだろうか、カルネラが紫揺の指をもって離さない。

「お腹いっぱいにして待っててね。 あ、なんなら、リツソ君にお勉強をさせておいてくれる?」

「カルネラ、オナカイッパイ、スキ。 リツソ、オベンキョ、キライ」

「そうね。 でもカルネラちゃんがお腹いっぱいになったら、お勉強が嫌いなリツソ君をお勉強させて。 カルネラちゃん、いっぱい言葉を覚えたでしょ? それに負けないくらいリツソ君にお勉強させて」

キョトンとしているカルネラ。
言いたいことが長すぎただろうかと、紫揺が思案しているとカルネラの声が聞こえた。

「カルネラ、タベル。 リツソ、オベンキョウ。 カルネラ・・・。 オシエテホシイノ!」

紫揺の言いたいことが分かったのかどうかは分からないが、たぶん遠くないだろう。

「カルネラちゃんはいい仔。 カルネラちゃんは出来る仔。 何でも知ってる仔」

「カルネラ、イイコ、デキルコ、ナンデもシッテルコ」

「うん。 そう」

カルネラはリツソが大好きな紫揺の “うん” を何度も聞いている。 これをリツソが知ったらどう思うだろうか・・・。
カルネラを犬猫扱いに顎を撫でてやる。 カルネラが気持ちよさそうに目を細める。 紫揺の指が気持ちいい。

「ではすぐに行ってくれ」

四方の声が聞こえた。
紫揺に撫でられ卓の上で大の字になり、今にも溶けそうにノッタリしているカルネラ。
このままにしておけば四方がリツソにカルネラを渡すだろう。

四方が従者に目を流すが、その意味が分からない襖戸内に入っている従者。
いつも付いていている尾能が居ないことを痛感する。 尾能ならこの話の途中に従者に馬の用意をさせ、門番に通すように言っていただろう。

「紫と杠の乗る馬の準備を」

「はっ!」

慌てて従者が走った。

杠と紫揺が四方の自室を出る。 ずらりと四方の従者が並んでいる前を歩くと、末席に “最高か”と “庭の世話か” も座している。

「じゃ、門で待ち合わせ。 着替えてくるね。 杠さんが着替えたら門で待ってて」

「分かった」

紫揺と杠が二手に分かれた。
紫揺の後ろを “最高か” と “庭の世話か” が付いてくる。

「昨日の服・・・衣裳、どうされました?」

振り返り目のあった彩楓に訊く。

「洗いに出しております」

「それ、回収してもらえますか? 杠さんのも」

「え?」

「今からそれに着替えます」

それは地下に潜るということ。

「紫さま!」

「濡れる前に回収してもらえると助かります」

「ですがっ!」

「濡れちゃったら、風邪ひきますから」

地下はけっこう冷える。

「風邪・・・お風邪で御座いますか?」

「はい。 濡れていなかったら風邪もひきませんが。 ・・・馬に乗って走っていれば乾くかなぁ?」

紫揺のその言いように “最高か” と “庭の世話か” が顔を引きつらせた。
すぐに紅香が洗い場に走り、世和歌が再度シキの元に走った。

濡れていない小汚い服に最後の袖を通した紫揺。 そこにシキが飛び込んできた。

「紫!」

「シキ様?」

どうしてここにシキが現れるのかという顔をしている。

「地下に行くの?」

「はい。 でもちょっとした事です」

「ちょっとしたってどういう事!?」

シキが初めて紫揺に怒りをあらわにした。

「シキ様・・・」

「わたくしは紫を地下になど送りたくありません!」

思い上がりかもしれないが、シキがどれ程、自分のことを想っていてくれているのかが分かる。 それがどれほど幸せなことであるか。

「・・・ご心配、嬉しいです」

「なら!」

「でも、全然心配ないです。 子供・・・童のお使いみたいなものですから」

あの地下の者なら簡単にあしらえる。 直接に見たわけではないが、筋肉の付き方がおかしい。 ってか、まともな筋肉ついてないし。 全然、トレーニングしてそうにない。

「紫、無茶を言わないで、行かないで!」

「シキ様は私を信じてもらえませんか?」

「え?」

「私は余裕です」

「何を言っているの?」

「シキ様、地下も捨てたものじゃないです」

「え?」

「結構面白いですよ」

何をやっても誰にも注意をされない。 特に最近の塔弥のように。

「面白いなどと!」

そこに波葉が入ってきた。

「シキ様、地下が安全だとは到底言えません。 ですがいま紫さまはシキ様に信じてもらえないかと訊いておられます。 いつ何時もシキ様は紫さまのことをどうお考えで御座いましょうか?」

以外にも波葉が紫揺の側に付いた。 だがそれは四方の下につく官吏としてなのかもしれない。

「信じていますわ。 いつもいつも紫は正直で真っ直ぐで。 その紫がわたくしは可愛らしくて愛おしくて・・・」

シキの目が潤んでいる。 喉が詰まって次の言葉に繋がらない。

「では今も紫さまを信じましょう」

シキも分かっている。 紫揺が地下に行くのは四方から言われたことだと。 シキに紫揺の足を止めさせる権利など無いことは。

「用が済んだらシキ様の前に帰ってきます」

「紫・・・」

「必ず」

とうとうシキが波葉の胸に顔をうずめて泣いた。
波葉がシキに手をまわし紫揺を見る。

「必ず帰ってくるのですよ」

必ず帰って来て下さいではない。 穏やかな目で波葉が言う。

「はい。 その間シキ様を宜しくお願いします」

波葉が苦笑しながら頷くのを見て部屋を出て行った。

(シキ様を宜しくお願いなどと・・・)

お願いされずとも大切な波葉の奥である。


“最高か” と “庭の世話か” が門まで見送ったが門番が驚いた顔をしていた。
四人の女官が泣いているし、紫揺がまたあの小汚い服を着ていたのだから。

門前には百藻と瑞樹がいる。 共時を宮に残して一旦は報告をする為に剛度の元に行ったのだが再び宮に戻って来ていた。 出たり入ったりするのには波葉から門番に口添えてもらっていた。
その二人が駆り出された。 四方の指示で四方の従者から紫揺を送って行くように言われたからである。

門が開いて四頭の馬が出て行ったが、ここでも従者の気付かなかったことがあった。

先に来ていた杠と四頭の馬と見張番二人を見た門番が、見張番だけならまた出て行くのかと思っただろうが見張番だけではない。 その状態で門を開けて良いなどという指示は受けていない。

門番はまだ交代の時間にはなっていなく、夕べ紫揺たちが戻って来た時の門番だ。
昨日の大階段での様子からするに、この男、杠は四方とマツリと関係があるようだ。 マツリと共に宮に来て、その後には四方の声も聞こえていた。 だからと言って勝手に判断していいものではないし、その内に紫揺まで来た。 勝手に東の五色を門外に出してもいいはずがない。
マツリがキョウゲンに乗って出たのは目にしていた。 すぐに門番が四方の従者の元に走っていた。

それを知った四方がつくづく尾能の優秀さを感じた。


“最高か” と “庭の世話か” が部屋に戻ってきた。
シキと波葉の姿はもう無かった。 二人でシキの部屋に戻ったのだろう。 波葉は今日シキに付き添い、仕事などは出来ないだろうと四人が思う。

「シキ様と波葉様、とても良い雰囲気をお持ちだったわね」

チーンと鼻をかむ。
紫揺のことを話すとまた涙が出てくる。 いや、まだ出ているのだが。 それでも少しでも他のことを考えて気を紛らわせたい。

「ええ、本当に」

手巾を片手に涙を拭きながら、グシュグシュと鼻をすすっている。

「マツリ様と紫さまがあのようになって下されば」

チーン。

「それは・・・あまり想像が出来ませんわ」

チーン。

「ええ。 マツリ様と紫さまではあの様にゆるりとした時の流れではないような」

グシュグシュ・・・とうとうすするのが間に合わなくなった。
チーン。

「どちらかと言えばあの杠様の方が・・・」

四人が杠の背を見ていた紫揺の姿、そしてその後の二人の穏やかな会話を思い出す。

「ええ、杠様とでしたらシキ様と波葉様のような時が流れるような気がしますわ」

四人が目を合わせる。
尤もだ、という目で。
だが全員が首をブンブンと横に振る。

「いえいえ、その様なことがあっては!」

「シキ様にご報告申し上げたら、シキ様も同じような場面を見られたと仰っておられたわ」

二手に分かれた時だ。

「それで? シキ様はなんと?」

「杠様が悪いのではないと。 悪いのはマツリ様だと」

「え? そのようなことを?」

「そう言えばではありませんけど、杠様って見目好くありません?」

「え? ・・・ええ、そう言われれば確かに」

常に紫揺しか見ていないのだ。 杠の顔は改めて思い出さなければいけない。

「私、先ほど杠様に衣装を持って行きましたでしょ?」

三人がコクリと頷く。

「ほら、その時には紫さまはいらっしゃらないから、杠様をまともに見ましたの」

コクコクコクと三人が頷く。 その気持ちは十分わかる。

「とても見目好くお優しいお顔をされていましたわ」

『有難う御座います』 と微笑み、持っていった衣装を受け取った。
三人が互いに目を合わせる。

「それはっ!」

「ええ、紫さまが言っておられたとおりの・・・」

シキからマツリのことをどんどん紫揺に聞かせてほしい、そう言われていた時、紫揺の好みなどを聞いていた。
その中で『優しい顔立ちの人が好き』 と言っていたのだ。

「どう致しましょう!」 お得意のカルテットが見事に決まった。

「あら?」

見事に決まったそのすぐ後にそれを打ち消すように一つの声が上がった。

「どうしたの? 姉さん」

「これは紫さまのお忘れ物なのじゃないかしら」

どうしよう、という目で三人を見る。

紫揺が袈裟懸けにしていた布だ。 結局なにも使わなかったが。
湯殿に入った時、紫揺が身体から外した物だから大事なものかと世和歌が持ってきていたのだ。
それには四人とも見覚えがある。

「どう致しましょう」

「今更間に合わないわ」

「シキ様にご相談を」

四人が頷いて袋を抱えシキの部屋を目指した。


地下の入り口近くにまでやって来た。
紫揺と杠が馬を降りて見張番である百藻と瑞樹を振り返った。

門を出た後に杠から地下に向かうと聞いた時には驚いた見張番の二人だったが、マツリとのことがある。 有り得ない話ではない。 だがその様な指示を誰からも受けていない。

これも四方の従者の手落ちだった。 四方から言われた通りに “紫を送って行くように” と告げただけなのだった。

『これは内密です』 

杠が言うが、内密なら内密でそれなりに指示があったはず。

『門番が聞いているかもしれませんので聞いて来ます』

地下に行くということもそうだが、見たこともない男に紫揺を預けるわけにもいかない。 もし武官長たちが血相を変えてこの門を潜っていたのなら、門番も何かあったと考えるだろうが武官の潜る門はここではない。
そう言った瑞樹を止めたのは紫揺だった。

『内密ですから門番さんは知らない筈です。 時がありません。 行きます』 そう言うと紫揺が馬を走らせた。
驚いた百藻と瑞樹が紫揺の後を追った。
そして一度フッと息を吐いて笑った杠がその後を追ったのだった。


「じゃ、行ってきますのでお願いします」

「くれぐれもお気をつけて」

百藻が紫揺から手綱を受け取り言う。 何をしに行くかは知らないが地下に入るというだけで上等だ。
少し前に地下に入っていたことは知っている。 マツリと二人で。 その紫揺がまた地下に入るというのだ。 何か理由があってのことだろう。 内密だと言っていたのだから紫揺を信じるしかない。

「紫さまを頼みます」

杠から手綱を受け取った瑞樹もそう言う以外ない。

見張番二人はここで待っているようにと杠から言われた。 杠から指示を受ける筋合いなどは無いが、馬を置いていくわけにもいかないし、連れて帰っては紫揺の帰る足がなくなる。 しぶしぶ杠の言うことを聞くということになってしまった。

二人が並んで歩く。
杠はマツリとは違う。 地下の者たちにどう見られるかなど考えなくていい。 それにこの早朝に誰も居るはずがない。

「武官さんの集まりが良かったら結構早くにここに来るかもしれないね」

「そうだな」

「走る?」

杠が眉を上げる。

「シユラのしたいように」

言ってから笑いを噛み殺している。

「なに?」

「シユラってあんまりジッとするのが得意ではないのか?」

紫揺が頬をプクッと膨らませるとクックと笑い声が漏れてきた。

「宮ではそんな風に見えなかったんだけどな。 あの衣装もよく似合っていたし、宮の女人にしか見えなかった」

「だからそれはシキ様の見立てがいいから。 私はどちらかというと、こういう衣の方が好き。 動きやすいから」

そう言って両手を左右に伸ばす。

「そうか。 じゃあ、動きやすい衣で走るか」

「うん」

杠が先に地を蹴った。 紫揺がそれに続く。
紫揺の足音を耳にしながら時々振り返る。 ジッとしていられない性質(たち)なのがよく分かる。 走り始めた時と全く距離があいていない。
時々休憩を取るように歩きながらどんどんと奥に進んでいく。

「俤さんはどうやってあの塀を乗り越えたの?」

地下に入ったのだから、ちゃんと杠から俤と言い変えている。
マツリが作った足場は中からは使えるが外からは使えない。

「それなんだがシユラの手を借りたい」

「二本で良ければ」

そう言って手をヒラヒラとさせた。
杠が言うには、ちょっとした道具を使ってあの塀を乗り越えたということであった。 出る時の為にその道具は塀の内に入れてあったという。
マツリが作った足場のところから紫揺を肩車で上げるから紫揺が先に入り、その道具を外に投げて欲しいということである。

「屋敷の中は私一人でも大丈・・・」

と言いかけて止まってしまった。
前回見つかるところを杠に助けてもらったことを思い出したのだ。
杠が口の端を上げる。

「肩車が恐いか?」

あの塀の高さを思うと普通の肩車では無理だろう。 杠の肩の上に立たなくては。 それでもこの身長。 簡単には届かないかもしれない。

「恐くないけど他の方法もある。 一度そっちを試してからでもいい? 俤さんの手を借りるけど」

「シユラのしたいように」

二度目。 心地良いフレーズ。 紫揺がニッと笑う。

「朝の見張番はどうなってるの?」

「表側に何人かいるだけだ。 その他はさすがに朝はない。 地下の者は夜行性だからな」

「じゃ、忍び込みやすいね。 ウドウさんの部屋知ってる?」

「共時から聞いてきた。 共時が居た頃と変わっていなければ、だがな」

「一か八か、か・・・」

こんな時にカルネラが居てくれればと思うが置いてきてしまった。
あと一つ角を曲がると城家主の屋敷という所に来た。 抜け出した時は暗く、表に立つ者をあまり意識せずに済んだが今はそうはいかない。
空気孔の役目も果たしている明り取りの穴から朝陽が斜めに入ってきている。 角から見張番の方を覗き込むと、二人が座り込んで塀にもたれて頭を垂れている。

「あれ? 寝てる?」

「そのようだな」

「じゃ、一気に」

そう言うと紫揺が走り出した。 まさに脱兎の如く。

「へぇー・・・」

紫揺の足の速さに感心しながら杠も走り出す。
シンとする中、二人の走る足音にも気付かず二人の見張番は舟をこいでいる。

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