大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第45回

2022年03月14日 22時09分17秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第40回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第45回



意外だった。 情報屋と聞いていたから、もっとオジサンかお爺さんを想像していた。

それにしても、けっこうイケメンである。 その上、今は厳しい目をしているが、そうでなければ紫揺好みの優しい顔立ち。 黒い髪の前髪は目の上あたりで、横の毛は耳が隠れる程度でそのまま襟足迄ある後ろの髪に続いている。

「あなたが俤さん? あ、ここは言わなくていいよ」

カルネラに俤と覚えてもらってはマツリが困るだろう。
カルネラが首を何度も傾げる。

青年が頷き、続けて「お前は」と訊いてきた。

紫揺がショルダーを置くとその中から鍵の付いた輪っかを取り出し、手早く手拭いを解く。 そして一つずつを鍵穴にさす。 作業の一連の間に口を開く。 だが俤の質問の答えにはなっていない。

「マツリが心配しています」

「え?」

「アニウエ、が、シンパイ、シテマイス」

紫揺の肩の上に目をやった。 赤茶のリス、腹が白、黒い飾毛。 言葉を上手く話せない。 マツリから聞いていた通りのリスが居る。

「・・・カルネラ?」

紫揺が一瞬視線を上げる。

「カルネラちゃんのことを知ってるんですね。 マツリから聞いたんですか?」

「ワレ、カルネラ」

どうしてだか胸を張っている。

「罠ではないのか?」

「罠?」

「ワナ?」

「俺を罠に嵌めようとしてるんじゃないのか?」

「冗談じゃないです。 結構苦労してここまで来たんですよ。 それが罠なはずないじゃないですか」 

結構苦労、じゃなくて楽しんでいたと思うが、と、お付き達なら言うだろう。

「地下の途中でマツリと分かれました。 マツリは私がここに捕まったと思っていると思います。 俤さんと一緒に私も助けに来るはずです。 あ、俤さんがここに捕まっていることは共時さんから聞きました。 共時さんが倒れている所を偶然私が見つけて、その時マツリも一緒に居ましたから駆け付けたということです」

時間を無駄に使いたくなかった。 罠と思っているのなら特にこの作業の間に説明だけはしておかないと、と俤に喋る隙間を与えなかった。 おかげでカルネラの小さーな脳みそはプチパニックを起こしている。

ガチャ。 手応えのある音がした。

五つの鍵の五番目でやっと開いた。 くじ運は絶対に悪いのだろう。 紫揺が口を歪める。
戸を引くと鈍い音をたてて開いた。 あまり音を立てたくない。 俤が出られるほどに開ける。

「早く出てください」

どこか訝った目をしていたがカルネラが居ることで開き直ったのだろう、身を滑らせて出てくる。

カルネラが本物かどうかは分からないが、喋るリスなどそうそう居るはずがない。 ここはこの相手を信用して動いてみるのも一つかもしれない。

脱走したのを一秒でも早く知られたくない。 鍵を返しに行く気はないが戸をきちんと閉めて鍵をかけておく。

「ここは他に誰かいますか?」

ショルダーを包み直して身体にフィットするように袈裟がけをする。

「俺だけだ」

紫揺がニヤリと笑って鍵の付いた輪っかごと手拭いで包むとそれを牢屋の中に投げた。 鈍い音が鳴ったが、湿った手拭いが反響音を吸い取ってくれている。

これくらい仕返しをしてやらねば気が済まない。 いや、まだ済んでなどいない。 あのゲス男。 他の男が喜作(きさ)と言っていた男。

足を進めながら気になることを訊く。 事前にカルネラには口元に人差し指をたててみせている。

「ちょっと前に何か食べました?」

カルネラが小声で紫揺の言うことを復唱している。

「ああ」

「いつもその後に、誰かここに人が来たりしますか?」

「いいや」

「今この家の中の人が何をしてるか知っていますか? 大体でいいです。 ここから見つからないで出たいという意味で訊いています」

「それぞれの部屋に戻って博打でもしているはずだ。 だが時には部屋から出てくることがあるみたいだ。 俺はそれで捕まった」

俤に振り返る。

「忍び込んだんですか?」

「ああ、助けたい奴らがいたが反対に捕まっちまったってことだ」

あの五人のことだろうか、それとも官吏の家族のことだろうか。

「少なくともこの階段は安心して上がれるということですね」

誰も来ないのならば。

「ああ」

紫揺が光石を持っている。 今は紫揺に先を歩いてもらわねばならないが、階段を上がると光石は必要ではない、先を歩こうと思っている。

「お前はいったい誰なんだ?」

マツリのことを呼び捨てしている少年か、いや少女か。 自分のことを “私” と言っている。 だがこの歳で自分のことを “私” というのも可笑しな話だ。

「マツリに訊いて下さい」

信用してもいいのだろうか。 もしそうならば、己と同じような立場の者なのだろうか。 だがあのマツリが何人も手となり足となる者を作るはずなどないはず。

「カルネラちゃん、外に出る道は分かる?」

カルネラが首を何度も傾げる。 それはそうだ。 来た時には袋に入れられていたし、帰る時にはあの恐~いマツリの懐に入れられていたのだから。

「それなら俺が分かる」

「じゃ、その行き方を私に教えて下さい。 先にカルネラちゃんに偵察してもらいますから」

「え?」

「道先案内人、カルネラちゃんは優秀ですから」

最後に曲がる所、踊り場まで来た。 あとは角灯の明かりがある。 光石を懐にしまう。

「この階段を上がってどちら側に行くんですか?」

「左だ。 途中右手に部屋がある。 そこには誰も居ないはずだ。 その部屋の窓から出るが、見回りが回ってくるしそこは屋敷の裏側だ。 外に出てから表まで回らなければいけない」

己一人なら入ってきた時の方法で塀を上れるが、この “私” という者には無理だ。

「分かりました」

そう言うと肩に居るカルネラに話しかける。

「カルネラちゃん、左に曲がるから誰も居ないか見て来てくれる?」

「ヒダリにマガル?」

「こっち」

階段の先を指さし、それを左に向ける。

「ヒダリにマガル。 アンナイ。 シユラ、カクレル」

「そう。 よく覚えてたね。 その先のどこかの部屋に入るね」

カルネラの頭を撫でてやる。

「ヘヤにハイル。 カルネラ、イッタらワカルコ、スゴイ、シユラスキ」

そう言うと紫揺の肩をするすると降り、残りの階段を上り最後の一段を残して壁を上り始めた。 天井近くまで上って左を覗き込み右も見る。

「リョウ」

紫揺に向かって言った。

「行きましょう」

紫揺が階段を上がる。 それに俤が続く。
左に曲がると俤が先を早足に歩いた。 走って足音は立てられない。
どの部屋かは俤しか知らない。 カルネラはその先を走っては戸の前で止まって振り返るのを繰り返している。

所々で角灯が消えかかっている。 さっきの男たちが言っていたのはこの事か、と納得をした。 燃料を無駄に使わないようにしているのだろう。

幾つかの戸を走って過ぎると俤が指をさす。

「今カルネラが居る所の部屋だ」

紫揺が手を振ってカルネラを止めようとするが、止められることなど知らないカルネラがキョトンとしている。
俤と紫揺がカルネラの元までやって来た。

「ヘヤにハイル?」

紫揺が頷く。 カルネラが紫揺の肩に上ってくる。
俤が戸に耳を付ける。 誰も居ないはずだが、あくまでも “はず” である。 物音も人の声もしない。 

俤がそっと戸を開けた時、バンと、どこかの戸が勢いよく開けられ男が飛び出てきた。 その後に聞こえてくる怒声。
ギリギリのところで部屋の中に入った俤と紫揺。

「隠れろ」

いつ誰が入って来るか分からないからなのか、見回りが回ってくるからなのだろうか。 とにかく身を隠さなければいけないようだ。 この部屋には光石がない。 窓から僅かに入って来る月明かりを頼りに隠れ場所を探す。

「こっちだ」

隠れろと言われキョロキョロとしていた紫揺の手を引っ張り、紫揺を抱え込むようにして物陰に座り込んだ。

俤が座り込んだのは壁に取り付けられていない棚である。 手で抱えて動かせるくらいの棚だからその時々で動かしているのかもしれない。 実際に今も壁にくっ付けているわけではなく、壁との間に隙間がある。
窓を正面にしてその棚の側面に座り込んだが抱えて動かせるくらいの棚だ、奥行きがそんなにあるわけではない。 かろうじて俤の身体が隠れるくらいだ。

「カルネラちゃん、お口チャックね」

チャックをする仕草を真似るカルネラ。 真似るだけで訊き返さないということは覚えているに違いない。

戸が開けられた。 角灯を持っているようで部屋全体に灯りが灯る。 俤の腕の中で紫揺が首を巡らす。 と、窓の外に男の横顔が見えた。 見回りだ。

紫揺の身体にまわされている俤の腕を指で突つき、顎を上げて上にある俤の顔を見る。 入ってきた男の気配に集中していた俤が “うん?” とした顔を見せる。 紫揺が窓の外を指さす。 俤の顔が引きつり、紫揺を抱えていた片手を外して座り込んだまま手を着くと、ゆっくりと背にしている棚に九十度回りこむ。 今ここで新たに誰かが入ってくればすぐに見つかってしまうかもしれない。
壁と棚の隙間に無理をして入り込んだが、窓の向こうの見回りの男がこちらを向くと見つかるかもしれない。

「よー」

男の声が聞こえた。 部屋に居る男だ。 俤の身体がビクンとなったのを紫揺が全身で感じる。

男が角灯を持ったまま窓に近づきガラリと窓を開ける。

「よー」

もう一度男が声を掛けた。 窓の外に声を掛けていたようだ。 更に俤が身体一つ分移動する。 まるで紫揺は胸に抱えた大きなぬいぐるみのようだ。

「今日はオメーが見回りか」

「今日も明日もだ。 やってらんねーぜ」

窓の向こうの男はこちら側の男が丁度邪魔になって部屋の中は見えないようだ。

「明日も?」

「城家主の機嫌が悪くてな。 こっちはとばっちりよ」

「ああ、餓鬼が逃げたってやつか?」

俤がまさかと思って下を見る。 その気配に気付いた紫揺が上を見て自分の鼻を指さし、にっこり笑う。
こんなことで判断をしていいのかどうか迷うところだが・・・腕の中に居る “私” を信用してもよさそうだ。

「ってーか、喜作に対してよ」

「どういうことでー?」

「喜作の態度が気に入らねーみてーだ。 ありゃ、下手すりゃ切られるかもしんねーな」

「そりゃ、楽しみだ」

「ハッ、オメーもどっち付かずなヤローだ」

「ほっとけ」

「で? オメーはそんなとこで何やってんだ」

「その喜作に酒を持って来いって怒鳴られたんだよ」

酒の棚は俤と紫揺が居る方と対面にある。 この男は話し終えると右を振り返るはずだ。 まずこちらを見ないだろう。 左を振り返られたら見つかるかもしれないが、その時にはやり合うしかないかと俤が頭を巡らせる。

「ケッ、相変わらず勝手を言ってやがるぜ。 まぁ、せいぜいお前も喜作に苦労しな」

「馬鹿やろうが」

ピシャンと窓を閉めた。 外の男が笑っている声が聞こえる。

「こっちの気も知らねーでやがる」

見回りの男の笑い声が遠のいていく。
ブツブツ言いながら右に振り返り酒の棚に角灯を掲げ、一本の瓶を手に部屋から出て行った。

俤が脱力して紫揺から一旦手を離したが、あまりにも狭い。 紫揺を抱えて元の位置に戻る。
紫揺が立ち上がろうとしたのを俤が止めた。

「あの酒が気に食わなければすぐに戻ってくるかもしれない。 次の見回りが過ぎてから出る。 それに他のヤツも酒を取りに来る可能性もある、暫くこのままで居ろ」

己一人なら素早く動けるが、紫揺が一緒だと手間取るだろう。 余裕を見て抜け出したい。
しばし待ったが男が戻ってくる様子はなかった。

「あのお酒で良かったみたいですね」

「ああ、だがまだいつ誰が入って来るか分からないからな」

今は紫揺を抱えていない。 足の間に座らせて、膝を曲げた己のその膝の上に、腕を置いている。

「お前はシユラという名か?」

紫揺が上を見上げる。 俤が紫揺を見下ろしている。

カルネラが “シユラ” と言っていたのだから気付いても当然だ。 だが、今の自分は紫揺であって紫揺でない。

「私のことはマツリに訊いて下さい」

「どうして己の名を己で明かせない?」

「まっ、色々事情があって」

と、窓の外から光石の灯りがほんのり目の端に映った。 同時に刺すような視線。
顔を上げて俤を見ていた紫揺がゆっくりと首を動かす。

「・・・マツリ」

え? っと、顔を上げた俤が窓の外を見た。
射貫くような目でそこにマツリが立っていた。

「マツリ様」

俤が立ち上がろうとしたが足の間に紫揺が居る。 先に紫揺に立ってもらわなければ立つに立てない。
紫揺が立ち上がると俤もすぐに立ち上がった。 俤が窓の所までいき、そっと窓を開けた。

「マツリ様」

「俤、無事だったか」

「ご心配をお掛けしました」

「見回りが回る前にここを抜ける」

「はい」

俤が振り向き、後ろにやって来ていた紫揺を見るが、その様子を見ているはずのマツリから何も言われない。 この “私” のことをマツリが知っているということだ。 もう疑う必要もないだろう。 その紫揺を抱き上げようとする。

「要らない。 自分で窓くらい跳べるから俤さん先に出て」

「外に降りるとここより高い」

「俤、構わん。 先にお前が出てこい」

マツリに言われてしまえば仕方がない。
俤が窓に足をかけて外に飛び出た。 続いて紫揺が窓に跳び乗り窓を蹴ろうとした時、マツリの手が伸びてきた。

「へ?」

そのまま抱きかかえられて地面に下ろされた。

「これくらい何ともないのに」

紫揺が不平を漏らすがマツリは完全に無視をしている。

「この塀を登る。 ついてこい」

塀の高さはそこそこある。 たとえマツリが蹴り上げて手を伸ばして跳び上がっても届く高さではない。 僅かでも足場になるようなところがあれば上れるかもしれないが、それも見当たらない。

マツリのあとに紫揺が続き、殿(しんがり)は俤。 その俤が何度も後ろを振り返り見回りを警戒する。
部屋の窓から光石の明かりが漏れている。 足元は充分に見ることが出来る。 窓があるごとに屈んで通り過ぎる。

塀の角まで来ると色んなものが積み重ねられているのがぼんやりと見える。 見回りもこんな角まで見ないのだろう。
よく考えるとこの屋敷は始末が悪かった。 整理整頓が出来ていなかったのだ。 足場になる物ぐらいそこらに放り投げていたのだろう。

「マツリが作ったの?」

「行くぞ」

(かー、無視ですか!?)

紫揺が言ったように、この足場は見回りの合間を縫ってマツリが作っていた。 紫揺と俤を屋敷の外に出すに為にはこの塀を乗り越えなくてはならないのだから。 その為に少々時をとってしまっていた。

マツリに続いて紫揺も足場を上がり塀を跳ぼうとすると、いつ懐から出したのか、一度仕舞っていた光石を持つマツリが立っていた。 有難い、着地位置が見える。 なのに塀を蹴ると着地前に後ろからマツリの手が伸びてきて紫揺を受け取った。

眉を寄せて後ろのマツリを見上げるが、目を合わせようともしない。 ストンと下ろされる。

続いて俤も跳んできた。

「外の見回りは今はないようだ」

マツリが歩き出す。

「え? 以前はあったんですか?」

「ああ、リツソが攫われた時には中の見回りが無くて外の見回りがあった」

俤がマツリの半歩後ろを歩く。 その後ろを紫揺が歩いている。 もう屋敷を出たのだ、急ぐ必要も誰を気にする必要もない。

紫揺がおもむろに懐から光石を出す。

マツリの後ろに光石の灯りがともった。 思わず振り向いたマツリ。 紫揺のその手に光石が握られているのを目にした。
どうして紫揺が光石を持っているのだろうか。 光石はそうそう持てるものではないはずなのに。
と、もう一つ気付いたことがある。 紫揺の肩にいたはずのカルネラが居ない。 マツリが歩を止める。

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