大福 りす の 隠れ家

小説を書いたり 気になったことなど を書いています。
お暇な時にお寄りください。

辰刻の雫 ~蒼い月~  第44回

2022年03月11日 22時34分26秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第40回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


     『辰刻の雫 ~蒼い月~』 リンクページ




                                  




辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第44回



「どうして子供がここに居るんですか? 地下に子供はいないと聞いています」

紫揺の話し方に何かを感じたのか、若い男が前に出てきた。 それでもはっきりと見える所までは出てこない。

「あなたは?」

「えっと・・・身分を明かすのは難しいです」

こんな所で東の領土の五色です、とは言えない。

“身分” という言葉を使ったことに、地下の者ではないのだろうかと、男が訝りながらも光石の中でハッキリと見える距離まで近づいてきた。

男が自分に応えてくれたと、笑顔で男を迎える。

「身分を明かすのは難しいですけど、本当に怪しい者じゃありません」

暗闇の中に他の人がいたということでカルネラが安心したのか、復唱を再始動し始めた。

「ミブン、シケド、アヤシ、アリマセン」

紫揺の口真似をかなり長く言えたと肩の上で喜んでいる。

男が今迄に気付かなかったのか、紫揺の肩を見た。

「リス・・・リスが喋る?」

一番手前の牢屋。 先ほど朧げにしか見えなかった影がゆらりと立ち上がった。

「あ、この仔は特別です。 それより、あなた達はどうしてここに?」

男が一度頭を下げた後、決心したようにゆっくりと話し出す。

「一家で攫われました」

父親のリスと言ったのを聞いた子供が奥から這い出てきた。 その後ろを母親だろう女がついてくる。

「どうして?」

「いきなりです。 わけも分かりません」

「あなた達を誰か探していないんですか?」

「兄が探しているかもしれませんが、まさか地下だとは考えていないと思います」

「お兄さんはどこにいらっしゃるんですか? 可能ならばお知らせします」

「宮都です。 ・・・宮で、官吏をしています」

何故か申し訳なさげに頭を下げる。

宮都のことは剛度から教えてもらって知っている。 だがそんなことより、この男は兄が官吏をしていると言った。

―――官吏の家族が攫われた?

それは偶然なのか狙ってなのか。

「私は宮の中に入ることが出来ます」

驚いた顔をして男が顔を上げた。

それをじっと耳をそばだてて聞いている者がいる。 先程立ち上がった影・・・男だ。

「お兄さんのお名前を聞かせてください」

「帖地・・・帖地と言います」

「ジョウチさん。 分かりました。 必ず伝えます」

喜び終えたカルネラがまたしても復唱を始める。

「ジョウチ、ワカ、ツタマエス・・・ンン?」

小さなオテテの指をこめかみ辺りに立て、何かが違うと気付いたようだ。

「暗いけど怖くなんかないよ。 一人じゃないからね」

牢屋から手を入れて子供の頭を撫でてやる。 苦手だった子供相手も東の領土でかなり磨かれた。
カルネラが紫揺の肩から腕を伝って紫揺と同じように男の子の頭を撫でてやる。

「コクワナンカナイヒョー、ジャナイカラネ」

“こわく” が “コクワ” になり “ないよ” の “よ” と “一人” の “ひ” が一緒になって “ヒョー” になったようだ。

男の子がニコリと笑う。 母親が久しぶりに見た息子の笑顔だったのか、男の子を抱きしめた。

「もし!」

向かいの牢屋二つから声が掛かった。 光石で照らしながら歩くと手が伸びていた。
まずは正面の牢屋に足を向ける。

「うちも、うちも官吏です、宮で官吏をしております。 隣りもうちも攫われてきました」

また官吏・・・。 偶然で済まされるだろうか・・・。
隣りというのは、同時に声が掛かった隣りの牢屋ということだろう。 もし隣も官吏ならば完全に官吏を狙ってのことではないだろうか。

紫揺が深く頷く。

「義兄(あに)の名は白木(しろき)です」

「シロキさん。 あなたもその方の弟さんですね」

「シロキ、オトート、デスネ」

「いいえ、うちの女房の兄です」

そういうと奥から女が出てきた。

「沙禰(さね)と言います」

「カルネラちゃん、弟じゃなくて妹さんだって。 サネさんだって。 一緒にしっかり覚えておいてね」

耳をそばだてていた男が驚いて目を見開いた。

「シロキ、イモート・・・サネ?」

「そう」

カルネラの頭を撫でてやる。

「ここにはいつから?」

「ココニハイツカラ?」

長い言葉をちゃんと言えたことに紫揺の肩の上で喜んでいる。

「ずっと暗闇で時の感覚がありませんが、かなりなります。 うちが一番に攫われてきました」

深く頷くと沙禰に目を合わせる。

「お辛いでしょうが、今少し我慢をして下さい」

自分の名前も言えなかった沙禰が泣きそうな顔で頷く。
堪えきれない不安に襲われているのだろう。

「ガマン?」

我慢の意味は分かっているようだ。 きっとリツソが、我慢は嫌いじゃ、とでも言っているのかもしれない。

「うん、少しの間だけ」

必ず伝えますと言い、隣の牢屋に向かって歩く。
隣りの牢屋の向こうでは中年の夫婦が頭を下げて待っていた。

「頭を上げてください」

「アタマ、アゲルクダサイ」

夫婦がゆるりと頭を上げる。

「ご心配されている方がおられますか? お伝えすることしか出来ないかもしれません。 良ければお聞かせ願えますか?」

長すぎる。 復唱が難しい。

「娘が・・・」

母親が口を開いたが、そこで止まってしまった。

娘? 官吏の中に女の人が居るのだろうか。

「娘さんですね。 どちらにおられる方でしょう」

「ムスメ、オラルレ。 ドチラ、オレラルタカ。 デネス」

ンンン? とカルネラが首を捻じった。 どこか順番を間違えたような気がする。

「宮で下働きをしております」

今度は父親が口を開いた。

官吏ではないようだ。 では官吏というのは偶然だったのだろうか。 それにしても全員が宮の内にいる人間ではないか。

下働きの者なら紫揺も顔を見たことがあるかもしれない。

「もしかすると、どこかですれ違っているかもしれません。 お名前を教えて頂けますか?」

「オナマエヲオシエティ、タダ、ケマスカ」

頭を絞ったが、またもや区切りがおかしい。

「厨で働いております、常盤(ときわ)と申します」

「いつも美味しい食事を作って下さっている方々のお一人ですね。 娘さんのトキワさん。 分かりました」

夫婦が再び頭を下げた。 娘の名前を憶えてもらったのもあるが、美味しい食事と言ってくれたことに対してもだった。
そしてそれは、紫揺が宮で食事をしているということにも繋がる。

「オイシイ? ウマイ? カルネラスキ」

「違うよ。 娘さんのトキワさん。 カルネラちゃんしっかり覚えてね」

一人で覚えられる自信がない。

「ムスメのトキワ。 カルネラ、オボエテネ」

「すぐにとは難しいでしょうけど、必ず助けに来るよう宮に言っておきます。 それまで我慢してください。 みなさんも」

この言葉は牢屋に居る者全員が聞いている。
宮が絡んでいるかもしれない。 三組の話を聞いて兄弟に知らせる程度では終わらないと思ったからだ。

「ガマンシテテテクダサイ」

“テ” が多い。

紫揺が深く頭を下げて踵を返したその時、最初に光石を照らした牢屋から声が掛かった。

「待ってくれ」

声のした方を紫揺が光石で照らす。
ガタイのいい髭もじゃの男だった。 その後ろにもまだ誰か座っているようだ。

髭もじゃの男の顔には痣や傷が出来ていて、牢屋の格子柵を掴む指の形もおかしい。 服にも血が染み込んでいるあとが見える。 だが背中や足腰は何ともないのだろうか、背筋がしゃんと伸びている。

「あんた、さっきリスって―――」

リスそしてカルネラと言っていた。
そこまで言って男が大きく目を開けた。 見覚えのあるリスが紫揺の肩に止まっている。 間違いない。

「そのリスがどうしてアンタの肩に止まっている」

「ちょっと訳ありで」

「ワケアリデ」

「あなたは? あなたも官吏のご家族か何かですか?」

「俺は違う。 だが・・・」

紫揺が次の言葉を待つ。

「・・・デカームと」

「デカーム? デカーム、ですか?」

「デカームゥー」

スンゴク楽しそうに言う。 何度も繰り返し言って、かなり喜んでいる。 紫揺の肩の上で腹を抱えたり、手足をバタバタして喜ぶ。 完全にツボったようだ。
暴れ過ぎて紫揺の肩から背中にコロコロと転がってしまった。 慌てて服にしがみ付き紫揺の肩までスルスル上がったが、まだツボに嵌まっているようで何度も小さな声で言っては喜んでいる。

「誰に伝えればいいですか?」

「誰にも伝えなくていい。 ただ、宮の中で・・・デカームと人に聞こえるように言って欲しい」

また、宮。 やはり何かあるのだろうか。 それにしても奇妙な要請だ。 だが断る理由などない。

「分かりました」

そう言うと後ろを覗き込んだ。

「何人いらっしゃるんですか?」

男が振り返り、また紫揺を見た。 何故か情けない顔をしている。

「ここに二人、向かいに三人。 合計五人だ」

「分かりました。 言いふらせばいいんですね」

「ワカーリィー」

デカームとごっちゃになったようだ。

「よろしく頼む」

紫揺が頷いてその場を後にしようとした時。

「それと、隣」

男が右横を向き、また紫揺を見た。

「様子を見てやってくれないか。 絶対に口を割らないってんで、痛めつけられたようだ」

痛めつけられた? それではこの男の傷もそうなのだろうか。
頷いた紫揺が隣に足を進める。
光石をかざすが光が届かない。 じっと目を凝らすと、うっすらと座り込んでいる小さな影が見えるだけだ。

「今のお話を聞かれていましたよね? お隣の方が心配されています。 前に出て来て頂けないでしょうか。 私は決してあなたをどうこうなどと考えていません」

「安心して話した方がいい。 宮の者に間違いない。 それは俺が保証する」

隣りから男の声が届いた。

保証する? どういうことだろう。 男の方を見た紫揺が顔を戻す。

「お願いします。 お話を聞かせてください」

影がゆらりと揺れ立ち上がった。 打たれた身体が痛いのか足を引きずっているし、かなりゆっくりとしか歩けないようだ。
光石に照らされた顔を見て紫揺が驚いた。

「大丈夫ですか!?」

年老いた顔だった。 その顔にいくつもの痣が出来ている。 細い手足が折られている様子はないが、肩を押さえている手の甲も肌の色を失っている。

「・・・なんとか」

細い女性の声、その声を出すのですら辛そうだ。 だが、だからと言って放ってはおけない。 訊くことを聞かねば。

「無理をさせてすみません。 お一人ですか?」

奥を覗き込むが何も見えない。

「安心していい。 本当に俺が保証する、宮の者だ」

再度男が口を添える。

「ご家族が宮にいらっしゃるんですか? 官吏ですか?」

「・・・」

「お願いします。 教えてください」

「・・・官吏ではありません」

官吏じゃなかった。 どこかでホッと胸を撫で下ろすが、そんなことでおさまる話ではない。 この歳で囚われの身となって家族がどれほど心配をしていることか。

先ほど宮に言うとは言ったが、知らせることの人間が居るのならば知らせるに越したことは無い。 先の三組とて同じ。
日本なら誘拐と分かれば警察は動いてくれるし、万が一にも東の領土でそんなことがあれば自(みずか)ら動く。 だがここは日本ではないし、東の領土でもない。 宮に言ったところでどうしてもらえるかは分からない。

「では何をしていらっしゃる方ですか? ご心配をされていると思います。 探されていると思います」

一人目が言っていた。 いきなり攫われてきたと。 きっとこのお婆さんもある日突然攫われてきたはず。 家族の心痛を思うとこちらまで心が痛くなってくる。

「・・・」

「この・・・坊か? いつまでもここに居られるわけじゃない。 コイツも危険と背中合わせだ。 さっさと言わないとコイツも捕まる。 そうなれば他の者の願いが叶わない」

隣りからの援護射撃に、思わず心の中で手を合わせる。

「・・・立場は申し上げられません。 ですが尾能(びのう)と申します。 息子で御座います」

未だにデカームに嵌まっているカルネラをツンツンと指でつつくと 「ビノウさん。 息子さん」 と声に出して言う。 カルネラにも覚えてもらわないと自信がない。

「ビノウ、ムスコ」

我に返ったカルネラが復唱する。
“さん” の意味が分かっているのだろう。 紫揺が “さん” を付けていても全て省いている。
カルネラの頭を撫でてやる。

「私のことはいいです。 それより皆さんのことをお頼み申します」

身体が痛いだろうに、他の者のために腰を折っている。

「承知しました。 出来るだけ早く助けに来られるよう尽くします。 お身体が痛いのに無理をさせてすみませんでした」

そして隣でまだ格子柵を握っている男に「大丈夫ですとは言い難いですけど・・・」と隣の様子を伝えると、この牢屋は今の者達で全員なのかと尋ねた。 光石でかざしてもよく見えないのだから。 八つある牢屋の内、残り二つには誰も居ないのだろうかと。

「あとの二つは空いている。 いま話したので全員だ」

そう聞くと頷いてみせ、今度こそ踵を返した。

「カルネラちゃんが言ってたイッパイ、イタっていうのは、あの人達の事?」

「イッパイ、イタ。 シユラミタ」

間違いないようだ。

「他にどこかに誰かいた?」

「ホカドニコカニ、ダレ、カイタ?」

首を傾げる。

誰も書いていないし掻いてもいないが心当たりはなさそうだ。

「そっか。 わかった。 ありがと」

「ソッカ、ワカッタ、アリガト、シユラスキ」

笑んでカルネラの頭を撫でてやる。
今のが無駄な時間とは言わないが、目的は俤を救う事。 急がねば。 先程の階段まで足を早める。

その姿を見送った男が格子柵を掴んだまま頭を下げ、伸ばしていた背筋を丸める。 背中も腰も痣だらけであるし、肋骨にはひびが入っているかもしれない、背中を丸めるとなお痛い。 その男の後ろから声がかかる。

「言ってよかったのか?」

「五人が五人とも捕まったんだ。 恥っさらしもいいとこだが放ってはおけまい」

「っんとに、恥っさらしもいいとこだ」

向かいの牢屋に座る三人が身体を小さくしている。

「カルネラちゃん、続きの階段はどこにあるか知ってる?」

「ツヅキ? カイダン?」

「そう、もう一つ階段がない?」

降りてきた階段を指さす。

「カイダン、アッチ」

カルネラが短い手を横に出した。 どうも暗い中を歩きたくないようだ。 紫揺の肩から下りそうにない。
指さされた方に歩き出す。 すると降りてきた階段の後ろ側に下りの階段が現れた。
その階段を降りて行く。

今度は曲がることがない、直線の階段のようだ。 階段を降りる。 短い階段であったからなのか、その天井の低さに合わせた階段であったからなのだろうか、この階の天井は先程と比べて随分と低い。

階段を降り切ると先程と同じように広い空間がひろがっているようだ。 奥に歩いて行くとやはり牢屋があった。

「俤さん、いらっしゃいますか」

「イラッサイ、スカ」

“いらっしゃい” とは言いにくいようだ。

明かりも無ければ何もない地下二階の空間。 小声で言っても響き渡る。

「誰だ」

奥の牢屋から声が聞こえた。
光石を手に足早に歩く。

「どこにいらっしゃいますか? 手前まで出て来て下さい」

「ドコ、イラッサ? テマエ、デキテ、クダサイ」

一つ一つの牢屋を照らすが奥までハッキリと見えない。 無駄な時間だ。
人の動く気配がした。 いま照らしている牢屋ではない。

「・・・一番奥」

足早に奥の牢屋に行く。 光石で照らすと格子柵の向こうには、マツリより若気な青年が立っていた。

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 辰刻の雫 ~蒼い月~  第43回 | トップ | 辰刻の雫 ~蒼い月~  第45回 »
最新の画像もっと見る

小説」カテゴリの最新記事