大福 りす の 隠れ家

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辰刻の雫 ~蒼い月~  第178回

2023年06月26日 21時06分42秒 | 小説
『辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~』 目次


『辰刻の雫 ~蒼い月~』 第1回から第170回までの目次は以下の 『辰刻の雫 ~蒼い月~』リンクページ からお願いいたします。


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辰刻の雫 (ときのしずく) ~蒼い月~  第178回



杠が馬を曳いてくると、そこに文官と武官がひしめき合っていた。

「ど、どうされました?」

手綱を手に杠が驚いた顔をした。 顔だけではなく心底驚いている。
文官より先に武官が口を開く。 こういうところ、実力行使の武官が強いのかもしれない。

「紫さまがお帰りになると、お聞きいたしましたが」

「はい・・・そうですが」

だから何なのだ?

杠の疑問など知る由もない文官武官が混在する間にどよめきが波のように唸りを上げた。

(な、なんだ?)

「次はいつ来られるのでしょうか?」

は? と言いたくなる。 どういう意味だ。 だが言った武官の後ろで誰もが首を縦に振っている。

「紫さまは東の領土に戻られます。 今度いつ宮に来られるかは分かりません。 それを思うと此処、六都には来られるかどうかも分かりません」

文官武官の間で再度どよめきが起こる。

何だこれは。

そうこうしている時、マツリと紫揺が姿を現した。 全員の目が紫揺に注がれる。
衣は来た時に着ていた剛度に借りた衣ではなかった。 マツリが市で手に入れた女人の衣である。 そして額には額の煌輪が着けられている。
マツリと居る時には額の煌輪は必要ないと言われていたが、手に持つわけにもいかない。
マツリが袈裟懸けにしている中には剛度に借りた衣が入っている。 紫揺には荷物を持たせないようだ。

「紫さま・・・戻られるのですか?」

言ったのは文官である。

「はい。 長くお世話になりました。 ご迷惑もかけちゃいました」

「ご、ご迷惑など・・・」

はい、イッパイ頂いた。 精神的に折れそうになった。 杠から紫揺を見ておいてほしいと言われた時には、そんな無茶を言わないでくれと思った。 だから杠が川に行くと情報を漏らした。 そうすれば紫揺が文官の手から居なくなると思ったから。
だが紫揺のかけてくれた色々は思い返せば楽しいものだった。 人生で誰かの腰に手を回し行き先を止めようなどと、そんなことは今までもこれからも無いだろう。 ましてや一名などは将来の御内儀様の腰に手を回した。

文官の一部が似面絵を描いていた。 描く上での注意を細かに受けていた文官。 あまりの細かな注意に辟易していたが、注意を受ける前の似面絵と注意を受けた後の似面絵では、原画となっている紫揺が描いた似面絵に忠実に似せて描けるよう大きく響いていた。 我が儘だけを言いたい放題の紫揺ではなかった、それが分かった。

武官にしては、戸木でのことがある。 困ったことは山ほどあった。 だが紫揺の身体能力に舌を巻いた。 紫揺が薬草を塗り替えに来る度、質問をすれば色んな話を聞かせてくれていた。

「もう、六都に来られないのですか?」

誰が言ったのだろう。
紫揺が口の端を引きニッコリと笑う。

「いつかは分かりませんが、マツリが連れて来てくれると思います」

あとに言葉を添えたかった。 だからマツリが作りたい六都になってと。 みんなで手を取り合って、と。

「紫さま、その時には川でのあの木に上がった要領を教えて頂きたいものです」

「杠が教えてくれますよ?」

名をさされた杠が咄嗟に視線を外す。

「川で、あれほどご自由にされた要領もお聞きしたいのですが」

武官達がことごとく川に落ち、衣を濡らし、酷い時には衣を破いた。 それなのに紫揺は涼しい顔をして岩を飛び回っていた。
それは何度も訊かれた。 その度にやりたいからしただけ、と答えていた。

「いいえ、それより、紫さまの人相書きのことをお伺いしたい」

「いえいえ、紫さまは書がお綺麗。 そこの話も・・・」

文官武官がごった返してしまった。

―――気に食わない。

どうして紫揺を取ろうするのか。 それが杠だけでないのか。
文官武官に応えようとしていた紫揺の腹に手を回す。 ブンと紫揺を持ち上げる。 ストンと馬の背に下ろす。

「・・・は?」

流れが見えなかった。

「各々、紫には問いたいことがあるようだが紫には時が無い」

そう言うと地を蹴って馬に跨る。

「杠、後を頼む」

「承知致しました」

二人乗りの馬が駆けだした。
あまりの流れの出来事に誰もがポカンとしていたが、砂煙を上げている馬の尻を見て我に返った。

「うわぁぁぁー、紫さまー!!」

誰もが後を追うが馬の足に敵うわけもなく、一人また一人と脱落していった。 

「ゴルァー!! 何をしとるかー!」

明け方、武官所に戻ってきた武官長。 だが武官所にはひとっこ一人居なかった。 おかしいと思って武官所を出て歩き回ったが、武官の姿を見かけない。 そこに文官武官たちの叫び声が聞こえてやって来たというわけだった。

官吏たちを振り切って走っていた馬の足を緩める。 振り返るともう誰も見えない。

「っとに、どいつもこいつも。 どういう料簡だ」

紫揺の頭上からマツリの文句が垂れられる。
マツリの手によって横座りに座らされていた紫揺がごそごそと動き馬を跨ぎ、フレアーのスカートがはためかないように足の下に入れ込む。

「誰も彼も我から紫を取ろうとする」

ブツブツブツブツ・・・。

頭上に垂れられる文句が何気に嬉しい。 おムネにそっと手を触れる。
大きくなあれ。
心の中でそっと呟いた。

それからは時折休憩を入れたり、来た時のように手を伸ばし果実をもいでマツリと一緒に食べたりした。
ゆっくりと馬を歩かせていてもマツリは今日中に東の領土に戻れることを知っている、それを紫揺が知っている。
この六都から宮までの距離、宮から岩山まで、そして陽が沈まぬうちに東の領土の山を下りることも全て計算しているだろう。 何の心配も必要ない。 マツリはゆっくりと、時には早駆けと、それを繰り返していた。

馬上では他愛もないことも話したが、やはり六都の話が多かった。
紫揺が六都のことで質問をする度にマツリが微笑んで答えていた。 マツリの前に座っている紫揺がその微笑みを見ることは無かったが、時折マツリが紫揺の腹に手を回し抱きしめていた。 マツリの微笑みを知るのにそれだけで十分だった。

六都を出て三都での遅めの昼餉のあとには少しの休憩でまた馬に乗った。 思い起こせば北の領土で食後すぐに馬車に乗り、吐いてばかりしていた時のことが懐かしい。 いつの間にか馬の生活に慣れてきていたんだ、と改めて感じた。

武官は武官長に蹴散らされて居なくはなったが、残った文官たちを宥めすかして家に戻らせた杠。

「一度は六都に来てもらわねばマツリ様が子取り鬼と見られるか・・・」

それらしいことを文官の数人が言っていた。 決して紫揺は子供ではないが。

子取り鬼、それは。
美味しそうな肉を持った小さな子。 その肉を喰いたい鬼が子を攫う。 だが攫った鬼が牙を見せて口を大きく開いた時、喰われることを分かっていないのか、余りに愛らしく笑う子。
鬼が口を閉じ、先の尖った爪で子の頬をつつくと、くすぐったくて子が再び笑い出す。
たった一人でずっと山の中で暮らしてきた。 笑い声など忘れていた。 鬼が大きな手で子を抱きしめた。 子を肩に乗せると川に行き川魚を焼いて食べさせた。 鬼と子はずっと一緒に暮らしていった。

そんな語りがどこの都にも残っている。
マツリがそんな子取り鬼と見られてしまっては、官吏たちの協力を快く二つ返事で得ることが出来なくなってしまうかもしれない。
昼餉を食べ終えた時、飛於伊が声をかけてきた。


朝になり目を覚ました女。 何日も臥せっていたからだろう、すぐに身体を動かすことが出来なかった。 ようやく一人で座ることが出来た時には昼餉時になっていた。

「さ、これをお食べ」

出されたのは粥だった。

「急がなくていいからね、ゆっくりとお食べ」

出された粥に匙を入れ小さな口に運ぶ。
いったいどこから来たのだろう。 問いたいが、もう少し落ち着いてから。 それから帰してやればいい。 足の裏の怪我は医者の塗った薬で治ったのだから一緒に歩いて送ってやればいい。

「夕餉の材料を買いに行ってくるからね、食べ終わったら横になっておいで」


陽が大きく斜めに傾きだした頃、あと少しで宮都に入るとマツリの声がした。 早駆けといっても襲歩ほど早くは無かった、それに長い時を走らせていたわけではなかったし、休憩も入れていた。 なのにもう宮都に入る?

「武官さん達ときた時にはもっと馬を走らせていたのに、もう宮都に入るの?」

「ふむ・・・、察するに武官は回り道をしたかもしれんな」

「え? どうして?」

「紫を知らない者はそうするだろう」

「うん? どういう意味?」

「我が紫をよく知っているということだ」

何か誤魔化されたような気がするのは気のせいなのだろうか。

「・・・紫と別れて暮らすと言ったことを今更ながら後悔している」

「撤回しないでよ」

頭上でマツリの笑いとも言えない息が漏れたのが耳に入る。

「婚姻の儀だけは早々に済ませたいがなぁ」

婚姻の儀と言われどこかくすぐったく、突然に聞かされた言葉は自分の話ではないようにも思える。

「でも六都のことがあるでしょ?」

一日で終わるのならば何ということもないが、そうではない。 嫁ぐシキで五日間行われた。 だがマツリの場合は七日間となる。 その間に問題が起きても婚姻の儀を中断することも抜けることも出来ない。

「東の領主は何か言っているか?」

「特に何も。 ただ葉月ちゃんがマツリと会わなさ過ぎって。 何日でもマツリのところに行っておいでって」

そしておムネを大きくしておいでって、だがそこは言えない。

「ああ、そうか。 葉月が言ってくれたからこうしてやって来たのか」

「うん」

「一旦東の領土に戻ってまたすぐに来んか?」

「さすがにそれは」

自由に動ける今が好機だろう、と六都のことに踏み切った時に分かっていた。
短い期間でどうこうなるものではない。 それだけに今動いていいものかという懸念が無くはなかったが、好機を逸してはどうにもならなくなるかもしれないと思った。
懸念、それは紫揺とのことだった。 あの時はまだ紫揺から色よい返事をもらっていなかった。 六都のことに動き出してしまっては、紫揺との距離を詰められなくなってしまうと思っていたし、紫揺が色よく返事をしてくれたとて、簡単に婚姻の儀に踏み切れないだろうと思っていた。 まさに今がそうだ。

ずっと馬を歩かせていて誰もが振り向いていた。 マツリが騎乗する前に小さな女人が乗っているのだから。 女人と分かるのはその衣を着ていたからであるが。

チラチラと民に見られ自分は何と思われているのだろうか、時々頭の片隅に思ったが、もしかしてマツリもそう思っているのだろうか。 だから婚姻の儀だけは早々に済ませたいと言ったのだろうか。 この者は御内儀であると、はっきりとさせたいのだろうか。

宮都に入って随分となる。 陽もかなり傾いてきたが、まだまだ明るさはある。

「え? ・・・マツリ、あれ」

目の先で煙が上がった。 そこは宮になるはず。

「落とされるなよ」

一言いうと今までにない速さで馬を走らせる。

気付いた民たちも煙の方角を見ている。 野次馬根性だろう、走り出す民も居たが、後ろからの蹄の音に振り返り思わず道を譲っていた。
目のずっと先に立派な大門があるはず。 近付くにつれ、その大門が黒焦げになり煙を上げているのが目に入った。
民が遠巻きに大門の中を覗いている。

「どかんか!」

蹄の音に混じってマツリの恫喝が響く。 民が蜘蛛の子を散らすように四散する。
門の前まで行くと馬を止め、民に睨みを利かしていた外門番に目を止めると「何事か!」 と叫んだ。
外門番が宮の中を指さし、あの者が・・・と、一言いったあと口を閉じてしまった。 指さされた方を見ると、累々と門番や下働きの者たちが倒れている。 その先に足取りがおぼつかないのか、ふらふらと歩く女人の後ろ姿。 前からは武官が走って来ている。
マツリが馬を走らせようとした時「待って!」と紫揺の声が上がった。

「刺激しないで。 私が行く」

前の女人を見据えながら紫揺が馬を降りた。

「な! 何を言っておる!」

「あれは・・・五色の力だもん」

どういう意味だ、五色は宮都にはいない。 どこかから流れてきたというのか、いいや、五色には ”古の力を持つ者” が付いている。 その者の姿が見えない。 ”古の力を持つ者” の手から居なくなってしまえば報告がある。 いいや、それ以前の話である、今までにこんなことはなかった。
五色は ”古の力を持つ者” に育てられ、勝手なことなどしない。

外門番に馬を預け歩き出した紫揺に付こうとしたが、紫揺がそれを手で遮る。

「女子は女子で話す。 マツリは武官さんを止めて」

半笑いの顔をマツリに向けた。
こんな所で・・・意味が分からない。 “じょし” とはなんだ。

紫揺が走り出し、距離を取って目の前をふらふらと歩く少女の前に出た。 紫揺より背が高い。 だが顔があどけない。 紫揺より年下だろう。 可愛い顔の作りをしているが、その目はどこか焦点が合っていない。

「五色ね?」

少女が足を止め、ゆらりと紫揺を見た。

「門をあんな風にしちゃいけないし、門番さんに閃光を浴びせても駄目よ?」

少女がすっと腕を前に出す。 人差し指以外は握られている。
紫揺がニコリと笑う。

「五色の力で人を困らせちゃ駄目。 教えてもらわなかった?」

少女の指先から閃光が走った。
紫揺が掌を広げ少女に向ける。 掌から突風が吹き、少女の放った閃光を巻き取り方向を変える。
閃光が植木に当たると枝が折れ、その枝から燻ぶった煙が上がる。

目の前でおこったことにマツリが止める前に武官たちの足が止まる。 そのまま止まっているようにと走ってきたマツリが指示を出す。

「危ないよ? そんなことしちゃ駄目」

少女が次から次に閃光を放つが、紫揺がことごとく方向を変える。 植木が折れ、砂煙が上がり、大階段や回廊を破壊する。
武官達が慄(おのの)いて後退る。

「四方様! どうかこれ以上は!」

回廊を走ってきた四方を尾能が止めるが、その尾能を払おうとしている。

「父上!」

回廊下に居たマツリが走り寄ってきて回廊に上がり四方の横に付いた。

「いったい何があったのですか!?」

「分からん、わしもこの騒ぎで気付いただけだ。 ええい、尾能、離さんか!」

「どうか、どうかこれ以上は!」

いつ閃光が飛んでくるか分からない。

「父上、紫が刺激しないようにと言っておりました。 ここは五色同士で」

「何を言っておる! ここは宮だ、わしが守らねばどうする! それに紫に万が一のことがあってはどうするつもりだ!」

「力の差は歴然です」

紫揺が笑っていた。 あの笑い方は地下で見た時の笑い方と同じ。 宇藤に手を引かれていた時の笑い方と。
四方が改めて紫揺と少女に目を移す。

「ね、何がしたいの?」

少女が首を傾げる。 手を下げる。 閃光が止まった。

「み、や」

「みや? うん、ここは宮。 合ってるよ。 誰かに会いに来たのかな?」

「宮、に、入、る」

『高妃、あと少しだ。 あと少しで陽の目を見られる。 外に出られる。 そして宮に入る』

「うーん、どういう意味だろう。 もう宮に入ってることは入ってるけど・・・。 えっと、お名前は?」

閃光が走っていた時には、あちらこちらが破壊され、声を荒げなければ聞こえなかったが、閃光が止んだ今はあまりのことに誰もが口を閉じているからなのか、少女の声は小さすぎて聞こえないが紫揺の声はよく聞こえる。
どうしてここで名前を訊いているのか、誰もがそう思った。

「・・・間が抜けたことを言っておるな」

マツリは横目で四方を見ただけであった。

「高、妃」

その声は紫揺にしか聞こえていない。

「そっか。 私は紫」

どうしてここで自己紹介なのか。
いや、そんな疑問は二の次、閃光に当たり運悪く火や煙を上げているところがある。 いまがチャンスとばかりに桶に水を汲み、四方の従者が走り回っている。

「宮には入ってるよ? 宮のどこに行くの?」

「宮、に、いる」

『宮だ。 高妃はそこで生まれるはずだった。 今もそこに居るはずだった。 宮に入れるぞ』

「うーん、宮のどこかな? 案内しようか?」

あまりよく知らないが。

遠巻きに見ている者や武官たち、どう考えてもどう聞いても、聞き違えではないはず。 今、案内しようかと言った。 この場面において、あまりにも緊張感が無さすぎるのではないか。

「どい、て」

再び高妃の腕が上がる。 四方の従者が驚いて桶を置いて逃げ出す。

「これ以上物を壊しちゃ駄目だよ?」

どちらかというと、高妃の放った閃光の方向を変え、結果、破壊につながったのだから、破壊しているのは紫揺ではないのか? 一部の者がそんなことを頭に浮かせたが口には出せない。

紫揺が四方の従者が置きっ放しにしていた桶に手を向けた。 続いてその手を勢いよく高妃の手に向ける。
高妃が閃光を発したその寸前、紫揺の操った水が高妃の手の周りにぷよぷよと絡みついた。

「キャッ!」

思わず高妃が声を上げて座り込む。

「ごめんね、痛い思いさせて」

閃光は青の力で出しているのは分かっている。 それは小さな雷のようなもの。 電気を帯びているのだから水に流れて己に返る。

その時、紫揺の額にあった額の煌輪から紫赫(しかく)が走った。 紫赫が高妃を捉える。

「え? なんで?」

自分自身を見失ってなどいない。 冷静に対処できているつもりなのにどうして紫赫が?

初めて目にする現象に誰もが驚愕の目を向けている。 声さえ出ない。 四方とマツリも同様であった。

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